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2008年01月31日

『アメリカン・スクール』小島信夫(新潮社)

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 昭和四十二年に文庫オリジナル作品集として刊行されたものの復刊。
 表題作の「アメリカン・スクール」とは、在日米人のための小中学校のことであるが、いま、在日外国人や帰国子女の通う学校というと、「インターナショナル・スクール」というほうがなじみがあるので、なにやらそれは、文字通りの「アメリカの学校」ではなく、たとえばファッション・ブランドやカフェ(それも、80年代の)の名前、あるいはCDか映画のタイトルのようにみえてしまう。それでその字面から、きらびやかでアンニュイな商業空間を思いおこしてしまうのだけど、これは敗戦後まもなく、昭和23年が舞台の物語。

 「アメリカン・スクール」へ見学へ行くために、県庁のまえで待たされる日本の英語教師たち。弁当持参、服装は清潔にとのお達しにしたがって集合した彼らは、ここでは生徒である。横柄な役人に引率され、軍属の施設のなかにあるスクールをめざして片道六キロの道のりをゆく。歩行者用のものでないその舗装道路の片側に列をなす彼らの横を、進駐軍の車で何台も走りすぎる。唯一の女性の参加者であるミチ子に話しかける兵隊たち。彼女に手渡されるチーズやチョコレート。
 誰もがお腹をすかせ、「すべての好意が食糧の供給であらわされる時期だった」から、ミチ子からチーズを分けてもらった伊佐は悪い気がしない。しかし、ミチ子が達者な英語で兵隊と話をしているあいだ、彼はそのすぐかたわらで、話が自分に振られるのではないかと気が気ではないのは、彼が英語を話せない英語教師だからである。

 「英語を話したことは一度もなかったし、自分が英語を教えている時、会話が出てくるとくすぐったいような恥ずかしいような気持ちになった」という伊佐は、英語を担当しているというだけで通訳にかりだされた経験に懲りていた。「相手の分からぬ英語を聞きとったり、自分が話すことを思うと、脚がすく」み、耐えかねて、通訳を担当することになっている黒人の運転するジープから飛び降りたほどだった。「彼はあの時ほんとに衝動的に黒人を殺しかねなかった。あれがあのまま二日とつづいたら、彼は逃げ出すならともかく、ほんとに相手を殺していただろう。」
 一方、巧みに英語を操り、見学者一行の代表のように振る舞う男・山田は、萎縮する伊佐を軽蔑し陥れようとする。

 「(日本人が外人みたいに英語を話すなんて、バカな。外人みたいに話せば外人になってしまう。そんな恥ずかしいことが……)
 彼は山田が会話する時の身ぶりを思い出していたのだ。(完全な外人の調子で話すのは恥だ。不完全な調子で話すのも恥だ)
 自分が不完全な調子で話しをさせられる立場になったら……
 彼はグッド・モーニング、エブリボディと生徒に向かって思い切って二、三回は授業の初めに云ったことはあった。血がすーとのぼってその時はほんとに彼は谷底へおちて行くような気がしたのだ。
 (おれが別の人間になってしまう、おれはそれだけはいやだ!)」

 英語を話すことへの伊佐のこの激しい拒絶は、敗戦という経験――江藤淳の解説によれば「もっとも深い敗北をもたらした圧力――しかしつながりようのない圧力」であるところの小島信夫にとっての「アメリカ」がもたらしたものである。また、伊佐に山田が抱く悪意やアメリカに対する媚びと卑屈、山田以上に英語の会話能力のあるミチ子の「たしかに英語で話す時にはもう自分ではなくなる。そして外国語で話した喜びと昂奮が支配してしまう。」という警戒心もおなじであろう。

 それにしても、英語を話したら「別の人間になってしまう」という伊佐の、まぎれもない「おれ」としての自らが拠って立つ足場の、なんとあやふやなことか。彼にふりかかるハプニングの、その屈辱と辛苦の外圧が、彼を支え立たせている唯一のものであるかのようだ。
 そのほかの作品の主人公にしてもおなじである。ことに、終戦直後の東海道線の車中で、主人公につぎつぎとまきおこる困難な事態をえがいた「汽車の中」では、彼をとりまく殺人的な混雑は、その身の置きどころのなさ――自らの拠り所の不確かさをまさに象徴する。

 主人公の立場から発することなく、不条理なできごとが、自立しえない主体をかろうじて立たせているような物語に、読者の私はめまいがしそうだ。
 今回の復刊で、オリジナルでの江藤淳による解説とならんでくわえられた保坂和志の解説によれば、「いきなり読者をある不安定さに突き落とす」小島信夫の小説については、「テーマや題材を語るのではなく、文章の響きとかあの特異な跛行感に踏み込んでいかなければしょうがない」と書く。
 そこで、自らも小説を書く者である保坂は「小島作品の文の組成を知るために、小島信夫のような文で頭に浮かぶ情景を何度も書いてみ」る。すると、「文が手の中で勝手に動くようだった。文の重心が予測できないのだ。重心が不安定に作られた球体のオモチャがたしかにあった。私はそれを振っているうちに手が球に振り回されるようになって、止めようにも止まらなくなった。」のだという。

 このたびの初期作品集の復刊は、戦後ほどなくの日本人のアメリカに対する感情を知りたいと思い、まさに小島信夫を読もうとしていた矢先であった私にとってとてもタイムリーだった。そういう「つもり」があったので、これらの作品を、小島作品の主要なモチーフのひとつであるとされる「アメリカ」に沿って読んでいたのだったけれど、ページを繰るうちに、これまでじつはあまり近寄りたくないと思っていた作家の、その文章の引力にからだが傾く感じがあり、それが船酔いのように辛抱ならず、それでいて心惹かれもするのだった。
 だから、なにより江藤淳の解説のあとでは、こうでもしないと書きようもないだろうとも思いつつ、自らも小説を書くひとである保坂和志の、まったく解説になっていないその解説をおもしろく読んだ。

 保坂のいう「重心が不安定に作られた球体のオモチャ」に「振り回されるようになって、止めようにも止まら」ない、その感覚は作品のなかの人物の、作家の、そして読者のいる世界に充満しているものの圧力によるのだと、やはり私はどこかで「解釈」してしまうのだけれど、それは、読みおわったいまにしてみればそのように考える、というくらいのことに過ぎないのである。
 こうして小島信夫という作家に、はじめてちゃんと向き合ったような気がしている私の、小島信夫をあらためて読もうと思ったきっかけはもうひとつあるのだが、それはつぎの本の紹介で書くことにしよう。


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2008年01月18日

『猫のあしあと』町田康(講談社)

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「愛猫家につける薬」

 猫とつく本にはしぜんと手がのび、猫を愛する作家となれば無条件に親近感をおぼえてしまうのは猫好きの性なのだろう。数年前、ある猫雑誌で町田康が取材されているのを読み、自宅で数匹の猫と暮らしているのみならず、病気の野良猫やひきとり手のない捨て猫などを仕事場に預かっていることを知ってからというもの、彼は私にとって「猫好き作家」のくくりにおさまってしまった。作家にしてみれば迷惑な話かもしれないが、町田康はもはや作家であるいぜんに猫を愛するひととして、なみなみならぬ存在感をはなって私のなかに君臨しており、それは私にとって猫はブンガクとはくらべようのないものだからで、そこまでしてなぜ猫なのかと問われると、なんと答えたらよいのか、つくづく愛に理由はないとしか言いようがない。

 ところで作家による猫の物語には涙なくしては読めないものが数々存在し、内田百間のノラしかり、村松友視のアブサンしかり。本書の前編である『猫にかまけて』など読後半日床にふせってしまうほど大泣きし、もう二度と読むものかと決めたのだけれど……。
 『猫のあしあと』でも、猫との別れはやってくる。読むにつけ、自分の猫が逝ってしまったとき、はたしてじゅうぶんなことができていたのかどうかと思う。どんなに愛しているつもりでも、気づいたときにはもはや手遅れであったことはやはり悔やまれる。もの言わぬ猫のことであるから、人間が気づいてあげるしかないので、やはりこちらの注意が足りなかった。本書にも何カ所か、これはどうもおかしいと、猫の異変に気がつく場面があって、ああ私もあのときは、と心が曇った。

 ある程度覚悟ができていたからか、涙の量は前作ほどではなかったが、著者の、とにかくできうるかぎりのことはすべてやるという猫への献身ぶりには前作にもまして考えさせられる。 
 動物の飼いかた、愛しかたはひとによってちがうかもしれない。猫のばあい、いまでこそ、完全室内飼いをよしとし、去勢避妊手術は当然のこと、各種伝染病の予防接種などもきちんと受けさせるというのが飼い主の常識とされているが、すべてのひとにそれが通用するわけでもない。外へ自由に出られなくするのは猫の不幸だと考えるひともいれば、去勢避妊手術は人間のエゴだと考えて増えるがままにするひともいるし、生まれてきた子猫を始末するひともいる。いまの、いわゆる猫の飼いかたの常識にしても、それはいつのころからそういうことになったのだろう。

 昭和の三十年代に、梅崎春生が猫のことを書いた小説を読むと、そもそも猫はねずみ対策のために飼われはじめ、さかりがくれば家をとびだしボロボロになって帰ってくるし、ささいなことであっさりと死ぬ。また飼い主もそれでいちいち大騒ぎすることもないのだった。
 ところで梅崎春生の書く猫の話には、涙なくしては読めないものもあるが、一方、「カロ三代」という、飼い猫の「カロ」を気にくわない作家が、蠅叩きをもってしじゅう猫を追い回しては「打擲」し、はては死なせてしまうという話もある。たしかに、人間から酷い仕打ちを受けるカロは哀れでしかたがないが、物語の最後、隣家の天井裏で、天井のあなから脚をにょっきり出して死んでいるのはカロでなく、梅崎春生そのひとなのではないかと思い、やるせない。しかし世の中にはそのような読みかたをするひとばかりではないので、当然この話は世の猫好きのたいへんな怒りを買い、抗議の投書が殺到したらしいが、これがもしいまなら、手紙くらいではすまされないかもしれない。

 ブンガクではなく猫に話をもどすと、「カロ三代」の書かれた時代とは、ひとの生活も、猫の生活も、ひとと猫の関係もずいぶんかわった。人間はじりじりと追いつめられて、ヒステリックになりがちになり、しかしそれは人間の招いた状況なのであるから、自分たちでなんとかするしかないのである。一方、猫たちには何の罪もない。糞害も、ゴミ捨て場が荒らされるのも、伝染病が蔓延するのも、すべて人間の都合がもたらしたものなのだから。

 ……などと、猫とこれを飼うことについては、ついこうしてぐるぐるとまとまりもなく書き連ねてしまうが、町田康は四の五のいわず、ただひたすら、縁あって出会った猫たちにできうるかぎりのことをするだけである。保護団体からつぎつぎと猫たちを預かり、ケージを組み立てて居場所を拵え、食餌を与え、トイレを掃除し、傷の手当てをし、具合が悪ければ病院に連れて行く。
 猫にただ依存するだけの私のような猫好きには、少々辛い本である。著者の文章の芸が、唯一の救いだ。


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