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2007年12月29日

『遊歩のグラフィスム』平出隆(岩波書店)

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「揺るぎのない螺旋の軸」

 あるとき、著者は日々たまってゆくばかりの「書くべき便り」を対処するための妙案を思いつく。《THE ONE & ONLY MAIL ON 》。アルファベットのゴム印でそう記し、日付を捺した葉書で、一日に唯一の便りを書くことをとりきめるのである。一日一通しか「書いてはならない」という「禁止のかたちをとる」ことによって、「書かねばならない」ために停滞していた仕事はすみやかに流れだす。
 この本のはじめには、著者がそれを「直すことばかりを思案しながら、長く生活してきたような気がする」いくつかの「習性」が列挙される。たとえば「夜更かしをする」「本を最後のページまで読まない」「机辺の整理整頓ができない」「締め切りを過ぎないと原稿を書かない」等々。  そうした「習性」のひとつであった「受信した便りへの返信が遅い、あるいは、無沙汰のままいつのまにか失礼してしまう」は、《THE ONE & ONLY MAIL ON 》という「一日一通」式の考案によってみごとに解消され、彼はこの快挙をまえに、自ら考え出したその方法と形式についてさまざまに検討する。そしてその筆は、これを思いつく「なりゆき」のもととなった「日付絵画」の制作者、美術家の河原温の仕事へとおよぶ。


 「《THE ONE & ONLY MAIL ON 》――この文字の中の三つの《ON 》には、私の河原温へのひそかな謝辞という意味合いもこめられている。もちろん、私は河原温の作品と自分の葉書とを同列に並べようなどと、おおそれた考えをもっているわけではない。ただ、言語論である時間論でもあるような絵画に、目を瞠りつづけている。そして、その言語論と時間論を、自分の日々の覚束ない詩への思考に役立てようとはしている。
 河原温の芸術が、芸術という形式への徹底した反省と、形式に身をゆだねてしまうことへの決然たる拒否から生まれているように、私もまた次のような態度に終始したいからである。
 詩や文学の常套句的な形式に収まりきろうとするくらいなら、時間と言語に由来する、身のまわりの混乱を整えているほうがましだ。」


 この形式化された葉書の書き方、というよりは書く仕方に、あるいはその着想に、私は平出隆というひとの詩人を感じないわけにはいかない。
 たとえば「手紙の書き方」という。お礼の、案内の、お詫びの、お見舞いの、といったような。ふだん、実用書のならびにときたまみかけ、素通りしてしまうそんなことばに、私はここでまったくべつのひらめきをおぼえる。それは、マニュアルに沿うことを拒んだ、いわゆる「手紙の書き方」のアイデアなどではなく、「手紙」や「書く」ことやその「仕方」への自身なれきった思考のみちすじが逸れ、あたらしい経路をのばしていくような痛くも心地よい感覚である。

 あることばにじっと目をこらす。見方を変えてみる、ちがう角度から眺めてみる。けれども私はそれまで、ひとところから一歩も動いてはいなかったのだと気がつくのである。せいぜい首をかしげるか、背伸びをする程度だったのではないか。
 踵をかえして歩をすすめ、しばらくしてふりかえったとき、それまでとはまったくべつの景色が目のまえにひろがるような、ことばにたいするときのそうした驚きを、私は平出隆の詩や、通っていた大学の教員であった彼の授業によってはじめて経験したのだったが、本書における詩人の足取りを追っていると、しばしばおなじようなことが私のなかで起こるのだった。

 「一行なしに一日なし」。プリニウスによるとされるこの成句に、ベンヤミンは『一方通交路』のなかで「だが数週となるとどうだろう」という一行をつけくわえ、これを格言とも箴言ともつかぬ領域へと持ち出したという。
 ここから、ベンヤミンの選んだ「断章という形式の反形式性に寄り添うことのできた人」と著者の考える正岡子規の筆の運びへと歩はうつり、『仰臥漫録』の書かれた子規庵を訪れた著者は、そこでみた子規の遺した地図の、道程をたどった赤い線に、一日に歩いた軌跡を地図に記すという河原温の作品《I WENT》のシリーズを思い起こす。
 あるいは遊歩の作家・川崎長太郎の歩行をたどり、その作品に描かれた色町跡へとのばした足は、いつしか著者が学生時代を過ごした小倉の繁華街、彼にとっての最初のパサージュを抜ける。
 ワイマールのゲーテの家では、その階段の優美さに惹かれ、これまで収集したあらゆる階段のデータから、彼の理想の階段、「遊歩の階段」の設計公式をみちびきだす。
 こうしたさまざまをたぐりよせてはなされる遊歩を追いながら、読み手もまたどこかへと移動してゆくのである。

 「日々は階段である」と著者はいう。上がり下がりも不明な、緩やかな螺旋を描いている階段なのではないかと。 


 「緩やかな螺旋とは、見えない時間軸に沿ってそのまわりを、それと知らずに廻りつつ進んでいる感覚であって、人は幼年時代から、自分を牽きつけるこの棒磁石状の時間軸のまわりを廻っているにすぎないか、とも思えてきた。逃れようとして、ふたたび惹き寄せられる。軸に沿って一方向へ移動しているので、それを成長と名づけることもできなくはない。けれども人が自分の一周に気づくかどうかは、さまざまな条件によっていると思われる。」

 「たとえそれが不運や不幸によってできている生涯であっても、螺旋そのものは喜びであろう。そんなことを思うのも、いつか見た光景にまったくちがう角度から遭遇しなおすということを、螺旋の経験として感覚することが度重なってきたからである。
 といってそれは結局、おのが習性と限界のせいと反省するのがよいのかもしれない。習性は方向をつくるが、限界がそれをたわめる。成長などはなかった。」


 本書そのものが螺旋の軌跡をたどるように、その筆はふたたびプリニウスの「一行なしに一日なし」へと還っていく。ベンヤミンの「一行なしに一日なし――だが数週となるとどうだろう」。はじめ、その真意をわかりかねていた著者であるが、もうひとつの翻訳「ひと筆もなき一日があってはならぬ――とはいえ、そんな数週間はあってよい。」にあたり、なるほどとなる。「持続の中でのとびとびの休みはよろしくないが、あえてとる『ひと筆もなき数週間』のヴァカンスには意味がある、ということだろう」といい、自身が十九年間「本筋の仕事」をあらわさずにいたこと、「新詩集というものを刊行していない」ことをひきあいにだしている。
 そもそも、冒頭に列挙された「直したい習性」について、「それに近頃、直せそうな兆候があらわれてきたのである」と本書は書きだされたのだった。詩という形式からはなれてさまざまな遊歩をくぐり抜けてきた著者の、「逃れようとして、ふたたび惹き寄せられる」螺旋の軸は揺るぎなく果てしない。「成長などなかった」というが、書かれたものを、それを書く主体との間のいちばん奥底で規定するのは、その習性と限界なのだろう。


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