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2014年02月07日

『ベンジャミン・ブリテン』デイヴィッド・マシューズ/中村ひろ子訳(春秋社)

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「ブリテンと無垢の世界」

 2013年が、英国の作曲家、ベンジャミン・ブリテンの記念の年(生誕100周年)であったことは記憶に新しい。それを記念して、彼がかつて契約していた Decca レーベルを所有するUniversal は自作自演を中心とする、シリアル・ナンバー付の全集を発売した。Universal はほぼ同時期に、指揮者およびピアニストとしてのブリテンの全集も発売している。こちらはパーセルからショスタコーヴィッチまで彼の優れた演奏が楽しめる構成になっている。もちろんブリテンの記念年を祝ったのは Universal だけではない。Signum Classics など英国系のマイナー・レーベルからも例年になく多くのアルバムが発売された。

 というわけで、長年にわたるブリテン愛好家としては、書籍においてもブリテンの評伝もしくは作品論を待望していたのだが、一向にその気配がないまま12月を迎えた。そんなおり、記念年になんとか間に合わせて年末に発売されたのが本書である。訳者によれば、また筆者の記憶でも、これまでブリテンにかんする本は、日本では翻訳書も含めて一冊も刊行されたことがなかった。英国音楽のガイドブックや英国音楽を特集した音楽雑誌をとおして部分的にブリテンが紹介されることはあったが、いずれもCDのライナーノーツを超えるものではなかった。本書は決して大部のものではなく、また、最新の研究成果が反映されているわけでもないが、ブリテンとその音楽を知るうえで読者の期待に十分に応えるものである。

 著者のデイヴィッド・マシューズは弟のコリンとともに現代イギリスの作曲家としてよく知られた存在である。彼は若い時代に、ブリテン晩年期のアシスタントとして作曲の教えを受けた。あとがきの中で訳者が引用している「尊敬し、深く理解しているが、内輪の仲間ではなかった」と語るマシューズのブリテンにたいする思いは、そのまま本書の読後感につながる。

 彼のブリテンに向かう視線は、どこまでも冷静であり、客観的である。著者自身も作曲家であることから、本書では、ブリテンの思想と楽曲とのかかわりが、楽譜の分析をとおして丁寧に検証される。ブリテンの手紙や日記も適切に引用され、考察の裏付けとしての役割を十分に果たしている。さらにいえば、H. Carpenter の“Benjamin Britten: a Biography”に代表される先行研究の成果もきちんと反映され、ブリテン研究の入門書として本書は申し分ないものである。

 だが、こうしたプロセスを経て浮かび上がってくるのは、ブリテンへの親近感ではなく、作曲家という生き方を選択したブリテンのストイックともいえる人間像である。読了後に、それが具体的にどのような生き方であるかを、おそらく読者は正しく説明することができるだろう。一方、そこで待ち受けているのは、読者であるわれわれが決して踏み込むことのない世界に佇んでいる、外部者としてのブリテンである。ブリテンの音楽はいつでも手が届くところにある。われわれはブリテンの音楽に喜びを覚え、慰められ、夢を見る。しかし、われわれは決してブリテンその人の世界には入れない。

 読者がブリテンと地平を共有できないのは、彼が同性愛者であるからではない。また、彼がこの世では実現不可能なユートピア的な平和主義者だからでもない。こうしたことは彼を受容するうえで、なんの妨げにもならない。読者であるわれわれ(この場合は、著者も含めて)とブリテンとの親密な関係を拒むのは、本書の中でキーワードとして再三にわたり言及される「無垢」と呼ばれる世界の存在である。著者は、生誕100年のための序文の中で次のように述べている。

 「ブリテンは、無垢の世界に留まっていたいという自らの願望を表現するためだけでなく、いかに無垢が経験によって損なわれるかを示すためにも少年の声を用いた。多くの点で、ブリテンは大人の世界に馴染んでいなかった。(中略)ブリテンはまた、この世の悩み苦しみを避けて、眠りの王国に逃れた。(中略)その眠りとは死だが、同時に天国の夢、無敵の美でもあるのだ」

 われわれは確かにブリテンの音楽を美しいと思う。だが、その美しさは、われわれが日常的に経験する美しさとは少しばかり異なる。それは、過去の一時期、記憶のはるか彼方にある幼年期に、運がよければ出会えた美しさ、もしくは人生を終えようとする瞬間に垣間見ることができるような美しさである。われわれはブリテンのように無垢の世界を生きることも、甦らせることもできない。われわれはこの世にあってブリテンの音楽のような媒体をとおしてのみ無垢の世界を感じることができる。

 ブリテンは、われわれと同じ世界の住民であると同時に、無垢の世界の住民でもある。無垢の世界に限らず、通常、もうひとつの世界を生きようとする人間は詩人と呼ばれる。詩人は孤独を生きることができる。だが、ブリテンが選んだのは、詩人ではなく、作曲家という生き方だった。詩人ではないブリテンは、無垢の世界を生きるために特別な助け手を必要とした。ブリテンの生涯のパートナー、テノール歌手のピーター・ピアーズである。無垢の世界でブリテンが安らぎを得るためにはピアーズの庇護が絶対的に不可欠であった。

 本書には、ブリテンを取り囲むさまざまな人物が登場する。オーデンも、ショスタコーヴィッチも、ロストロポーヴィッチも出てくる。だが、巻末の人名索引を見てもわかるようにピアーズにかかわる記述箇所の多さは突出している。ブリテンについて書こうと思えば、結局のところ、ピアーズについて書かないわけにはいかない。本書はブリテンの生涯を忠実に描出した結果、ピアーズの役割と使命を正しく語ることにも成功したのである。

 「ピーター(ピアーズ)はその名のとおりブリテンが残る生涯(アメリカ時代以降の生涯)をとおして拠り所とした巌であり、揺らぐことなくブリテンを支え続けた。(Peterという名の元になった十二使徒の一人ペトロの名はアラム語で岩、石をさす)」(同書72ページ)


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2013年12月27日

『ボブ・ディランという男』デイヴィッド・ドールトン/菅野ヘッケル訳(シンコーミュージック・エンタテイメント)

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「アメリカの地にボブ・ディランのうたが聴こえる」

 聴き手がボブ・ディランをどのように受けとめているかを知る最良の方法は愛聴盤を列挙してもらうことである。いや、この方法は前提に無理がある。ダウンロードやストリーミングの時代を迎え、リスニングは確実に「盤」と離れたところで展開しているからだ。もしかしたら、「アルバム」という概念さえなくなるかもしれない。つい先日、ディランの公式録音のすべてがCDボックスとUSBメモリーキーの形式で発売された。CDにして全42アルバム(47枚)の堂々たる全集である。ちなみにファイルの方は映像分も含めて18KBほどになる。したがって、正しい問いかけとしては、愛聴盤もしくは愛聴ファイルを挙げてもらうことになる。

 この質問のポイントは、(先ほど無効かもしれないといったばかりだが)複数のアルバムを提示してもらうことにある。おそらく多くの場合、近接した時期に制作された作品が並ぶと予想される。必ず選ばれそうなのが、“The Freewheelin’Bob Dylan”と“The Time They Are A-Changin”の組み合わせ。“Bringing It All Back Home”と“Highway 61 Revisited”の二つもかなり確率が高いだろう。中には“Slow Train Coming”と“Saved”、“Shoot of Love”のゴスペル三部作を選ぶ人もいるかもしれない。本書の中で引用されているクーパーズタウンのコンサート・アナウンス(2004年)は、こうした組み合わせの蓋然性を裏付けるものだ。

 「(前略)みなさん、ロックンロールの桂冠詩人を迎えましょう。60年代の対抗文化の希望の声、フォークをロックで手籠めにした男、70年代には化粧をし、物質濫用のかすみに姿を隠し、ふたたび現れてイエスと出会い、そして90年代後半、突然のギアチェンジをして、非常に強力な音楽を発表した人。みなさんボブ・ディランです!(同書410ページ)」

 クロノロジカルにコンテンツ化された紹介をディラン自身が望んだかどうかはともかくとして、彼は内外のロック雑誌の特集などで、このように整理、分析されて説明されることが多い。こうした傾向の裏側には、その発展の過程も含めて、ディランを予定調和的に受け入れようとする独善的な聴き手の存在がある。そこには、対抗文化の旗手がカントリー・ソングを歌うことへの嫌悪感があり(Nashville Skyline)、老いたロックンローラーが今さらながらにクリスマス・ソング(Christmas in The Heart)を歌うことへの違和感がある。そんなとき、聴き手は、「あのときのディランはスランプだった」とか、「あのときのディランはどうかしていた」と思い込もうとする。多少説明を加えると、このような嫌悪感や違和感はディランのある側面を好む聴き手が、そうでない側面に接したときに生じることが多い。つまりディランにおいては、聴き手に理想のディラン像があり、それと異なったディランが提示されると拒否反応を起こす傾向があるということだ。

 本書は、プロローグとイントロダクション、それに続く全28の章をとおしてディランをトータルに描いた大著である。当初のタイトルが『ボブの脳』ということもあり、ディランの頭の中の探索が目標である(同書416ページ)。タイトルはその後、『ボブ・ディランという男(Who Is That Man?: In Search of the Real Bob Dylan)』に変わったが、先入観や前理解を極力排除してディランに取り組む姿勢、要所々々におけるディランの詩への適切な言及、関係者たちの豊富な証言をとおして彼をクローズアップさせる手法など、第一級の評伝に仕上がっている。ディラン研究には類書も多いが、本書は客観性の高さと文献としての信頼度から、ディラノロジスト(ディラン研究者)の教科書ともいえる存在である。

 本書はクロノロジカルにディランを追うが、それがあまり意味のあるアプローチでないことがやがて明らかにされる。ディランはスペリオル湖のほとりの町、ミネソタ州デュルースで生まれ、5歳のときに鉱山で有名なヒビングに移り、ミネソタ大学時代まで州内にとどまる。しかし、ディランにとってこのような過去は過去としての意味をもたず、アメリカ中西部も中西部としての地域的な意味をもちえない。それだけではない。ユダヤ系移民の子孫としての、ロバート・アレン・ジマーマンという本名もディランにおいては重要ではなく、後には、公民権運動とのかかわりさえも、初期ディランの熱狂的な聴き手が情熱を燃やすほどには、重きを得ていないことを本書は示す。

 ディランは、自分がオクラホマの生まれであると公言する。また、自分はイタリア系移民の子孫であるともいい、公民権運動時代の有名な歌を(それがどれほど高い地位にある者=ローマ教皇、ヨハネ・パウロ二世の要請であっても)あえて歌わないときがある。ディランについて経歴詐称者であるとか、過去をつくり変える人間であるとか、そのときどきの気まぐれで行動する人間であるというのは容易い。だが、ディランにおいて過去はたんなる過去ではなく、常に再創造できる可能性を秘めた場である。ディランは現在を生きると同時に、過去をも生き、その過去は神話と呼ばれる世界に片足をかけている。そもそも「いま」を生きる人間があえて創造したものが神話である。歴史として語られる時代もディランには「いま」である。西部開拓の時代も南北戦争の時代も、そして聖書の時代さえもディランにとっては創造の現場としての「いま」である。

 アメリカの歴史がメイフラワー号から始まったわけではないことは周知の事実である。アメリカは神話としてメイフラワー号とピルグリム・ファーザーズを必要とし(大西直樹著『ピルグリム・ファーザーズという神話―作られた「アメリカ建国」』参照)、神に選ばれた人々を先祖にもつ国として自覚をもつことが求められた。アメリカはアメリカであると同時に、イスラエルであり、カナンの地でもあった。アメリカはそのように自らの神話と歴史と国を創造してきた。常に過去の歴史をアメリカの「いま」と共存させ、他の場所を「ここ」として読み替えてきた。マサチューセッツ湾植民地の人々が旧約時代の預言者エレミヤ(の嘆き)とともに生きたように、ヘミングウェイが初冬のパリに在って北ミシガンを生きたように、オバマ大統領がリンカーンとキング牧師を常に内包しているように、ディランは、南部出身のブラインド・ウィリー・マクテルを、ウディ・ガスリーを、エルヴィス・プレスリーをわれわれの前で甦らせてきた。ディランはアメリカの「いま」と「ここ」を、歴史と国(州)の境界線を越えて「うた(詩・歌)」い続ける。

 本書が語るのはそのようなディランである。本書の28章は28のディランのパーツでもある。それぞれがどこかの章とつながり、読み終えたとき、ディランの全体像がみえてくる構造になっている。特筆すべきことは、日本におけるディラン研究の第一人者である菅野ヘッケルの優れた訳も相俟って、随所から著者と訳者のディランへの愛情が伝わってくることだ。このような著者と訳者に恵まれたディランは幸せであるといえるが、その愛情がディランの聴き手にも及ぶとなると、これはたんなる書物ではなく、ディラン宣教の書と呼べるだろう。

 本稿の文頭でディランの全集について言及した。ディランについては、たとえCDで購入したとしても、全アルバムをリッピングした後に、一曲一曲をファイルで自在に聴くことを勧めたい。ディランにおいては、ときに聴き手が、自分の手で(アルバムではなく)ひとつひとつの「うた」をつなげ、総合することが求められるからだ。
※USBメモリーキー形式のボブ・ディラン全集はハイレゾ音源ではない点に注意されたい。CDレベルのFLAC format(FLAC44.1KHz)とMP3 formatで構成されている。


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