« 看護・介護 | メイン | 趣味/実用 »

2009年04月11日

『33個めの石 傷ついた現代のための哲学』 森岡正博(春秋社)

33個めの石 傷ついた現代のための哲学 →bookwebで購入

「なにげないエピソードを糸口に」

 バージニア工科大学でおきた無差別な銃乱射によって、32名の大学生の命が奪われた。犠牲者を悼んでキャンパスには32個の石が置かれ、花や手紙で飾られていたが、ある日、33個目の石が置かれていた。犯人も大学生だったのだ。犯人を悼んで置かれた石も他と同様に飾られ、追悼の対象になっていたが、何度も持ち去られ、そのたびに石はまた置かれたという。
 これは2007年の出来事ということだから、そう昔の話ではない。でも、私にとっては海外で起きた一瞬の衝撃的事件でしかなかったから、本書を手に取るまではこんな後日談も知らずにいた。しかし、森岡さんは、この事件は他人ごとでも、過去の出来事でもないと言っているのである。   バージニア工科大学銃乱射事件は、犯人のための33個目の石が置かれたことから、陰惨なアメリカ社会にも、ささやかな希望があることを示している。そして、森岡さんが次に並べたエピソードは、JR福知山線の脱線事故である。犠牲者106人の慰霊祭が行われたが、運転手はその中にはいなかった。 「運転士も無残に殺されたのだ。」「死者となった運転士をも追悼する社会へと変わっていってほしい」。私も同感だが、実際には、  「神戸新聞の報道によれば「JR西は慰霊式の内容を遺族アンケートを踏まえて決定。慰霊の対象は、運転士を含め百七人とすべきだとする声もあったが、百六人を希望する声が上回った」という。  バージニア工科大学の話には救いがあるが、結局のところ、大学サイドは慰霊碑には32名の名前しか刻まなかった。どちらの事件も、許せないのは社会なのだが、なんだか、これでは空しいだけという気がする。 遺族の気持ちもわからないでもないが、どのようにしたら、人は殺人や過ちを犯した人間を許せるようになるのだろうか。許すとしたらどのように許せるのだろう。こうして、ひとつのエピソードから、普遍的な真理を追究する哲学的思考が始まる。

  森岡さんの哲学には、いくつかスタイルがあるが、学者らしい理路整然とした部分は置いておいて、私がいつも面白いなあと思うのは、森岡さんの人間性がほとばしっているようなところである。それは個人的な弱さを曝け出しても、あなたはどう思う?と問いかけてくるような気さくな態度で、たとえば硬派な学者が反論許さじと緻密な理論を展開するのとは対極の唐突さと強さで、錆びついた思考回路の活性化と本性の開示を迫ってくるような感じだ。それを森岡さんは「自分を棚上げしない」とおっしゃるのだが、「え?森岡さんはそんな風に考えるの?」とびっくりしたところから、「私は違うわよ」と改めて考える糸口を与えられ、ずるずると引き込まれていくのだ。何か反論しなければならないが、そういう考えもあるのかも・・・という風にも思い出し、でもやっぱり違うわ、と再び我に戻ってきて、そうやって森岡さんと自分の思考の間を往復しながら、自分の鈍感な心性に気付くのである。(と同時に心のどこかで、森岡先生が繊細すぎるのではないか、大丈夫だろうか、などと心配になったりもするのも面白い)。
  「おしゃれと化粧」という章があって、私はそれなりにおしゃれも化粧も楽しくするのだが、森岡さんによれば、おしゃれとは「おしゃれじゃない人」を外す「集団のダイナミズム」で、「「あの子、おしゃれじゃないよね」と自分がけっして言われないようにするために、決死の覚悟で自分を飾り立てて守ろうとする営みという一面をもっているのである。」
すぐさま「それば違うだろう!」と私は反駁するのだが、そういうこともあるかもしれないとも考えてみた。そしてそんな思考が提示されたからには、化粧が差別的構造をもっていることも、少しは意識しなければならないのかな?という風に考え始めるのである。森岡さんの哲学には後を引くメッセージ性がある。
 他にも「中絶について」、「不老不死について」、「加害と被害について」など、森岡さんは独自の考えを述べておられるが、私の思考回路とどこか似通っていながら、どこかがすごく違っている。
あえていえば、相対主義に対する態度が違うのかもしれない。何かを批判するとき、私はたんにキツくなるだけであるが、森岡さんはそうではない。自分をさらけ出して他者を問う。優しくまじめな人だといつも思う。
 森岡さんの本を紹介するのは二回目である。同じ人の本を続けて紹介していいのかなあという思いもあるが、歪な現実と崇高な学問を行き来しながら、人の生き死にを考えようとする者にとって、森岡さんは貴重な先導者で、書き手である。


→bookwebで購入

2008年12月31日

『ニーズ中心の福祉社会へ 』上野千鶴子+中西正司(医学書院)

ニーズ中心の福祉社会へ  →bookwebで購入

「当事者主権の次世代福祉戦略」

  2008年は波乱万丈の年だったが今まさに暮れようとしている。こうして今年を振り返ってみると、まず新年早々から中医協の診療報酬改定があった。後期高齢者医療の終末期相談支援料案が浮上し、驚いて取り下げてもらうように活発に動いた。最終的には4月24日の朝、終末期相談支援料の政府決定を受け、即座に異議を唱えるために当日夜に厚労省で記者会見をし、その後他のメディアの取材もあり多方面から同様の批判が噴出し、6月の大臣判断で相談支援料だけは一時凍結に持ち込むことができた。
こないだは『良い支援?』(生活書院)の感想から、知的障害者の相談支援の難しさについて取り上げたが、終末期医療でも同じことだ。相談支援は一回いくらのシステムにはそぐわない。それにそもそも支援者(医者や事業者)主導の制度で満足できる人がいたとしても少ないだろう。

  夏ごろからは、自立支援法の重度障害者等包括支援の在り方の研究事業に携わり、日本中聞きまわって、モデル事業ができる人と場所を探したりした。しかしこれも難しかった。現行の自立支援法の中で包括的サービスを稼働させることは難しい。重度障害者等包括支援とは、呼吸器をつけて地域で暮らす人を、二種類以上のサービスの組み合わせによって、(つまり施設系サービスと在宅系サービスの組み合わせによって)、はっきり言えばコストダウンを狙った特別なサービス枠組みである。平成18年自立支援法施行時に開始されたが、報酬単価が安すぎること、医療と介護の連携の成果である医療的ケアが医師法17条に抵触するとかで、評価できない点など、事前に解決すべき問題が多すぎて、いまもって全国的に実施できない。そして、ここでも相談支援の在り方に問題は集積している。つまり、いくつかのサービスを利用する際に障害ケアマネというべき相談支援専門員が相談に乗ることになっているが、その仕事たるや膨大で、やってもやっても尽きることがなく、10年以上の長期に及ぶこともざらだ。その上、療養者らは当事者になる以前にクレーマーになってしまい、不平不満で人間関係のトラブルが絶えない。だから、介護派遣事業所ばかりではなく、相談支援専門員もなり手がいないだろう。
 医療が必要な重度障害者のケアプランを埋めること、そしてその遂行を任されることが、実はサービス提供者の大変な負担になっているのだから、なおのこと、患者自身が自分のケアプランは自分で立てられるように、すべきなのだ。そのための相談支援者なら、当事者やアドボカシーの中から養成できる自信がある。この一年はそんなことを考えて、政策立案者にも訴えてきた。

                     ********

  これから紹介する本も、当事者が自分でニーズを把握し、政策をデザインし、アクションを起こして制度につなげることを提言している。仕掛け人は医学書院編集者の白石正明。白石の企画「ケアをひらく」シリーズは、いくつもの名著を生み出してきた。うちの本棚の一角も占拠されているが、ここからは、浦河べてるの家の当事者による『べてるの家の「非」援助論』。立岩真也『ALS 不動の身体と息する機械』。故人になってしまった小沢勲『ケアってなんだろう』などが見える。多彩な執筆者に根強いファンが多い。時節にかなった企画にいつも刺激を受けるが、今回の『ニーズ中心の福祉社会へ』の副題は当事者主権の次世代福祉戦略。来年度の自立支援法見直しと介護保険改定みて、上野千鶴子、中西正司両氏の企画を白石が後押しし、出版にこぎつけたのだろう。医学書院社内での編集会議(戦略会議)に幾度も傍聴のお許しをいただき、遠慮なくALSの立場から口を挟ませていただいた。楽しかったし、とても勉強になった。

  日ごろから、患者の権利擁護などをしていると、いつも突き当たってしまう根源的な問題、壁がある。それは彼らにとって自分のニード把握が困難であるという事実だ。そして、患者の多くは最初は自分のニードがわからないのだろうと感じてきた。自分が何を望み、何をしたらよいのか、どこに向かって生きればよいのかがわからなくなってしまっている。だから、もっとつっこんだアドバイスしたいのだが、彼らの主体性を尊ぶ立場でもあるので怯んでしまう。これは高齢者でも同様のようで、当事者主権は何も被支援者だけの問題ではないようだし、彼らの意見をそのまま受け入れさえすれば、それが当事者主権だとも言えないようだ。そのことについては執筆者も各所で触れている。
  これまでも上野、中西両者は、当事者性の生成についてあらゆるところで発言してきた。以前には岩波新書の『当事者主権』で、フェミニズムと障害者運動のそれぞれの当事者性について述べていたが、双方うまくリンクしてはいなかったように思われた。しかし今回は、当事者をケアの対象者である障害者と高齢者に絞り、執筆者も増えたので、多角的にケアの当事者ニーズをフォーカスできていると思われる。
  最初にまず上野が介護「ニーズの顕在化」の困難と構造的な「当事者性の抑圧」「家族の問題」を乗り越えても「当事者になること」の大切さについて語り、最終章で中西は一翼を担ってきた障害者運動団体である全国自立生活センター(JIL)を、高齢者に拡大したような「福祉サービスユーザーユニオン」の構想を広げている。 このあたりは、特に目新しい感じはしない。二人がずっと以前から言ってきたことが繰り返されているが、中盤を埋める執筆者による論考は、上野に言わせれば「合意ができているわけではないが」、ケアワーカーと専門性(笹谷春美)、生活クラブ生協千葉の実践(池田徹)、高齢者のニーズを顕在化させる試み(齋藤暁子)、高齢者虐待とケアマネージャーの介入(春日キスヨ)、「土建政府」から「福祉政府」への転換(大沢真理)、財源と社会サービスモデルの関連性(広井良典)、楽観してよいはずだ(立岩)などが、両者の理念に厚みと幅を持たせることに成功している。
   
  全10章9名の社会・経済学者と実践家による理想論的理論武装によって、国民全部ではなくても、その筋の人々の合意形成を目論んだ論集。私はぜひとも患者にこの本を読んでもらって、当事者性に目覚めて欲しい。個人的なクレームではなくて、社会のためにこそ発言して欲しいと願っている。
 さっそく来年1月20日東大で、執筆者揃ってのお披露目会があると聞いたが、日時がわかり次第、ここにお知らせできると思う。
 → さっそく、お知らせいただきました。 書評会ということですが、こちら的には決起集会になるのかな。申し込みしたほうがよさそうです。http://www.arsvi.com/a/20090120.htm



→bookwebで購入

2008年12月21日

『良い支援?』寺本晃久、末永弘、岡部耕典、岩橋誠治 (生活書院)

良い支援? →bookwebで購入

「”たいへんな人”の自立生活っ?」

昨日、中野サンプラザでJALSA講習会が行われた。富山県から患者会研究の伊藤さんも参加され賑やかな会になった。
 うちの患者会では年に一度、有志が集まってこのような勉強会を開いてきたが、年々大きな行事になり資金集めも企画も大変な仕事になってきた。  まだ新しい支部がホストになると丸一年間かけて全国からゲストを迎える準備をする。これが支部の結束を固め支援者の機運を盛り上げる。それに呼吸器をつけた人も新幹線や飛行機でやってくるから、医療体制も万全になる。来年は広島県支部がホストだ。それで支部の人たちが視察も兼ねてたくさん参加していた。

「思いついたらすぐ実行しなくっちゃね。何年も時間かけられないし。」

来年の話をすると鬼が笑うというのなら、私たちの周囲ではたくさんの鬼が笑い続けているはず。来年には仲間の命がないかもしれないから。楽しいことは思いついた途端にしなければ意味がない。だから支援にも超スピードが要求される。でも人生の刹那を楽しめるALSの人が好きだから、みんなも頑張れるのだと思う。
  ただ、私にはまだどのような支援が良いのかわからない。そもそも、相談とか支援とか胡散臭いとさえ思っている。それが上流から下流に向かって流れるように行われる時、圧力になる可能性のほうが大きいと思っている。システム化された支援ほど害悪になるものはないから。

  昨日の話はもちろんそういう話ではなかったが。講師を務めた植竹日奈さんは『人工呼吸器をつけますか?』の著者のひとり。MSWにピンとくる人のほうが少ないだろうが、病院勤めのソーシャルワーカーのことである。他にも何人かMSWが参加して、それこそ丁寧に参加者の話を聞いてくれていた。初対面でも優しく傾聴し、相談者に自分で答えを引き出させるのが彼らの得意技だ。ただし、現実にないものを紹介してくれるわけではない。良い未来は相談にくる患者や家族が自分で作るものだから。

     ***
 
 少し前に悲しい事件があった。東金の幼児の遺体遺棄事件だ。そしてさらに悲しいことにしばらくして容疑者が明らかになったが、それは知的障害をもった青年だった。画面いっぱいに映し出された屈託のない笑顔。それは、大人の体に子供の心が住んでいることを語っていた。容疑者が知的障害者だというそのことよりも、報道の配慮のなさのほうに私は驚いた。これではまるで「こういう人には、気をつけましょう」だ。日本中の母親たちにステレオタイプな反乱が起きなければよいが。そして、死んでしまった子と死なしたと言われている子の親のことが気になってきた。
かわいい盛りの子どもを奪われた親の気持ちなど到底理解できるものではないが、テレビ画面いっぱいの容疑者と言われた者の笑顔。人殺しと呼ばれてもなお笑っているのだ。
私は彼の家族のこれまでと、これからの苦労を思い描いていた。地域で暮らす子を持つ親の不安も理解してもらえなかったのではないだろうか。これは大変なコミュニケーション障害である。だから、このような事件があるとなおのこと、いつでも危害を及ぼす危険な動物のように、施設収容だけが解決策のように思われてしまうだろう。
 彼の親子関係は立体的に報道されたが、この家族を取り巻く社会は見えてこなかった。


 『良い支援』。皮肉なタイトルだなあと思う。だから「?」がついているのか。納得。
寺本晃久、末永弘、岡部耕典、岩橋誠治の共著で、知的・精神障害を持ちながら地域社会で暮らす人たちや身内の支援の生生しい体験が綴られている。
知的障害・精神障害の自立生活とは何か。自分で書いたり語ったりできるけっこう多弁な重度身体障害者の運動と比べて彼らの運動の歴史はこれまでほとんど語られてこなかった。したがって障害者の自立といえばまず自己決定で、それができなければならないように言われてきた面があるが、知的精神に障害のある彼らにはその自己決定が難しい。
そのような人たちが、親元や施設を出て暮らすこと自体が無茶だ、危険だと思われている。しかし、そもそも自分で決め自分を治する生活ができる人だけが、地域社会で生活する資格があるといえるのだろうか。
本書の中でも、常識破りの奇行が繰り返され周囲の人たちが振り回される。近隣住民の白い視線に晒される。急激な環境変化についていけず、パニックに陥った身体は破壊的な力を放出する。だから些細な刺激にも反応してしまう知的や精神の障害にも、日常的にそばで見守る人が必要なのだ。奇行に体ごと寄り添うと、それらの行為にはそれなりのワケがあることがわかってくる。自分で決められない人、自己表現ができない人が本当は何をしたいのか、本当はどう感じているかを引き出す「支援」の在り方が具体的に語られている。
ただし、そういえばまた施設に入れば済むだろうという話に舞い戻ってしまう。これはどのような障害も同じだ。そしてまた、誰にでもできそうな見守りという介助に一定の税を配分することも理解されにくい。
後期高齢者終末期相談支援料に自立支援法の相談支援専門員。国の審議会や検討会では、矢継ぎ早に支援の必要性が強調されだした。そして、そのたびに私たちは霞が関に飛び出していくことになった。弱者のための相談支援の必要性が医療機関にも理解されてきたのはうれしいことだが、その支援の在り方の具体的な中身がこれまで何年も問われ続けてきたのである。繰り返すが、システム化された支援は本人にとっては害悪でしかない。

むしろ、何も知らない無資格者が付添い見守り観察しつづけ自問することによって作り出される二人の関係性、「その世界にひたっていく」(p42)ことが良い支援の始まりなのだと本書は教えてくれている。


→bookwebで購入

2008年10月22日

『ケア その思想と実践3 ケアされること』上野千鶴子編(岩波書店)

ケア その思想と実践3 →bookwebで購入

「ケアされる側の作法とは」

タイトルに「ケア」がつくと、売れるといわれる。
というか、ここのところ上野千鶴子さんと交流があるALS患者の橋本みさおも、本書に一章を寄せている。 それで、こないだ橋本の独居を尋ねた折に、玄関脇の四畳半にオレンジ色の表紙の本が何冊か積まれていたので一冊もらってきた。 パラっとめくって、橋本のいつもの元気な文体に目が留まった。こうして活字になるとりっぱなものだ。これなら、健常者も障害者もわからないが、橋本の執筆作業はいつもベッドの上。両足を伸ばしてクロスさせ、上になった足の中指で、スイッチを操作して、ベッド脇のパソコンに入力している。スイッチはタッチセンサーなので、かすかに触れると反応して、パソコン画面のカーソルが縦横に動くのである。  そうやって、一文字一文字、何日もかけて言葉を確定し入力していく。すると、言葉がつながり、文になり、やがてはひとつの章になる。これが「意思伝達装置」の使い方である。  患者の間では、命の次に大事と言われるほど重宝しているが、進行性疾患なので、やがてはタッチセンサーのスイッチも押せなくなる時が来る。それが30年後かもしれないし、3年後かもしれない。神経性疾患は個人差があり個別のニーズがまったく違うので、人のふり見て我がふり治せという格言は使えないが、橋本も本書の中で、この「個別性」については、けっこうしつこく言及している。  それを、私は個性といいかえてもいいと思うのだが、橋本操のキャラには、ALSによってもたらされた部分と、生来のものとの両方があって、それが分かちがたく混在していているところが、魅力という気がする。ここまで付き合いが長く、そして深くなると、ALSが彼女の個性の一部という気がしてくるのも当然だ。ALSの発症と独居によってもたらされたものが、橋本の希少な人格、キャラを決定したのだ。そして、それ以外のキャラだったら、こんなに親しくはならなかっただろう。私は彼女の実際の介護をしたことは全くないが、お互いにALSの当事者である。だから、互いに一般人にはわからない、当事者特有の問題を抱えているので、ケアし合っていると思っている。

 他の執筆者も障害の当事者であるが、編者の上野千鶴子さんの文章はいつものように歯切れがよい。そして、ケアされる側に蓄積された経験に目を向けている。ケアする側と、ケアされる側の非対称性については、以前から多くを論じてきた人だが、ここでも介護される側の技法や作法として、『おひとりさまの老後』で掲げた十か条を再録している。これには、苦笑いできる箇所もあって、たとえば(5)相手が受けいれられやすい言葉を選ぶ。確かに、患者に介護者を手玉に取るように扱って欲しいと願わない日はない。介護される側も相当気を使わないと、この関係は成り立たないのだ。

~~~~^-~~~~~~

 ここから、日記モードになる。10月7日、千葉で長期療養中の男性ALS患者が、もし意思伝達ができなくなったら、呼吸器を外して欲しいと文面にしたため、主治医のいる亀田病院に提出した。
 このことが、NHKの朝のニュースで流れ、内輪ではけっこうな話題になって、ALS協会のメーリングリストでは、患者同士が死ぬ権利をめぐってしばらく激論になった。
 確かに、意思伝達装置が命の次に大事だと主張している人たちだから、それができなくなるばかりか、文字盤さえ使えなくなったとしたら・・。そう考えると恐怖であろう。正直に、そんな生活は怖いと言って、経験したことのない死を選ぶほうがましという患者がいたとしても、それはそれで、私は患者の死にたい気持ちだけは、認めようと思っている。
 ただし、ここにもあるように、「ケアをする権利」というものがある。そう。私たちはまさに、この一点に心を寄せて、何年も、まったく動かぬ者の介助を自分の自宅でしてきているのだ。
それも、文字のひとつひとつを拾う介助から医療的ケアまで、幅広く網羅してきた。並みの努力ではなかったはずだ。だから、あえて言わせてもらうのなら、24時間べったりと様々なケアを受けて共に生きてきて、それでもなおかつ、いずれは自分の命を勝手に始末するなどということは、到底許されない傲慢だと私は思う。
 それに、結局、患者は自分では死ぬこともできないのだから、ここにも「死の介助」という介助する側の問題が生じてしまうではないか。
「死ぬ権利など障害者の権利にはない。」そう言って、私がぷんぷん怒っていると、
「死にたい人は死になさい」と橋本はあっさりと言う。でも、それは呼吸器を着ける前。介護が本格化する前に自分で決定しろという意味だ。
 人工呼吸器を24時間装着し、自分との境界がわからないほどにつなぎとめてきた家族や介護者を残して死ぬというのだが、これを他方の患者たちは身勝手だともいうのである。
 こうして、患者同士の議論は尽きない。
・・・これもケアをめぐる問題だし、この際だから、どんどんやってください。・・・

この、「死を介助する義務」については、いずれ上野さんに考えてもらいたいテーマである。
内心、在宅のドクターたちが、そんな介助が癖になってしまったら、怖いと思うけどな。



→bookwebで購入

2007年12月10日

『母よ!殺すな』 横塚晃一[著]、立岩真也[解説] (生活書院)

母よ!殺すな →bookwebで購入

「今一度、「愛と正義を否定する」」

「青い芝」と聞いて震え上がる人を何人も知っている。そのうちのひとりKさんは何でも若かった時に彼らの介助を買って出たが、かえってさんざん叱られて、それで障害者を見るのもいやになってしまったとか。笑えるような、笑えない話だ。その後、障害者の地域生活のために必要な制度ができ、介助が公的資金を得て事業化された。そしてヘルパーは有償仕事になり障害者は利用者になった。だがそれはまたそれで、新たな問題が勃発して「ワーキングプアー」に代表されるヘルパーの生活がクローズアップされだしているし、事業者を通してヘルパーが派遣されるシステムでは、介助の本質が見えなくなったとも言われている。
もし、著者の横塚晃一氏が元気だったら今の状況を何と表現するだろう。この本に書かれているのは、介助どころか、障害者の地域生活どころか、彼らの存在がまだ社会に認められていなかった頃の話だ。当時彼ら脳性まひの運動家たちは毎日闘っていた。では何と?本書は彼らが闘っていたその何かを紐解く。 そして激化していった日本初の障害者運動を牽引したカリスマのひとり、横塚晃一の書き物と思想と身近にいた人々の横塚伝を収録している。再刊までの紆余曲折はあとがきで立岩氏が述べているように、この本はその筋その方面では長く待たれていたのだが、「もっともふさわしい編集者の手によって再刊」となった。

 その生活書院の高橋さんとはあちこちで会う。学会で福祉系の集会で。受付近くに陣取り他社と並んでこの本や「さようならCP」(DVD)などを売っている。「(売れ行きは)どう?」と声をかけると「もう買う人が買ってしまったからね」と不景気な返事が戻ってくる。こないだの日本生命倫理学会でも出入り口近くに陣取っていたので、「どう?」(としか言えない私も芸がない)と聞くと「こういうところに来る人にこそ読んで欲しいね」と。
 そうか。障害学を真剣にやっている人なら真っ先に手に入れただろう。一部の人々にはバイブルのような書であるから。また運動系の人も理念のお勉強に熱心なら買うかもしれない。ただ、確かに分厚い。重い。そういう本はベストセラーを生み出すような気軽な購買層には縁がない。それに障害者の本は一般向けではないように思われてしまう。しかしこれはもっと広く読まれてよい本だ。下手な小説よりずっと面白いし、エッセイ、歴史小説、哲学書が好きな読み手にも十分に応えるだろう。そしてまた生命倫理や医学や看護を学ぶ人には、別の意味でぜひ読んで欲しいと私は願う。ここに書かれているのは従来の生命倫理や医学によって、いわば健常者の思想と慈悲溢れる理論家たちによって、生まれる前も生まれた後にも殺されてきた者たちの、あなたたちと共に「生きたかった!」という魂の叫びの代弁であり、そして今もって社会の側溝に追いやられている脳性マヒ者の真実の姿だから。

 青い芝の会、通称青い芝は最初は同人誌を通じた脳性マヒの人々の集まりだった。それが過激な運動集団になったのは、障害児殺しが相次いだ頃からだ。横浜市金沢区で将来を悲観した母親が当時二歳になる脳性マヒの子を絞殺した事件に減刑の嘆願運動が起きた時、彼ら「殺される側」から根本的な問題提起が起こった。社会は「かわいそうなお母さん」に同情を寄せたが、彼らは母親の殺意の起点に障害に対する偏見があったことを見逃さなかった。「障害者の親兄弟は障害者と共にこの価値観――働かざる者人に非ずという価値観によって、障害者は本来あってはならない存在とされる――を持って迫ってくる社会の圧力に立ち向かわなければならない。」しかし、社会の反省は彼らの思いとは別の方向へ、介護する側、親に対する福祉となって重度心身障害者の施設建設に向けて動き出していた。
  また、青い芝は同時代に国会議員として優生保護法改定や安楽死協会を設立に寄与した太田典礼とも闘っている。現在の日本尊厳死協会の前身でもある安楽死協会の主張は、当時は「無用な者は社会から消えるべき」というストレートなものであった。そして双方とも今もってなお対立しているが過去のような接点は少ない。むしろ横塚氏の「母よ!殺すな」という主張は、今は患者が引き継いでいるという思いが私にはある。重度の身体障害者で難病患者でもあるALS患者にしてみれば「家族よ!患者を殺すな」と言いたい時もあるし、家族愛はしばしば慈悲殺や患者に病名告知をせず呼吸療法もせずに死ぬままにする(それは自然死と呼ばれるが)といった行為にもつながるからだ。だから、家族愛を蹴飛ばして一時の孤独を選んでも、なお社会に生きようとする患者運動、患者文化の出現を心から待っている。家族の愛を否定すること。それはそのまま言葉どおりを受け取ると間違った理解をしてしまうだろう。横塚氏の言動の多くは彼の心情の裏返しと見えなくもない。彼は親を深く愛していたがゆえにその愛を否定したし、健常者と障害者の共存と平等を祈るがゆえに反社会的な言動を繰り返したのだ。
 そう言われても、これじゃ何のことだかさっぱりわからないだろうから、是非この分厚い本を買って読んで彼らの運動哲学を知ってください。
 最後に。良い本は仲間を連れてくる。というのも本書の装丁は日本ALS協会発行の機関紙JALSAのデザインをお願いしている糟谷さんと知ったところだ。彼女には協会の編集会議でしょっちゅうお会いしているが、こんな地縁も不思議ではないような気がする。表紙にモノクロの横塚晃一が微笑んでいる。一言。すごくかっこいい。


→bookwebで購入

2007年11月06日

『粗食のすすめ レシピ集』幕内秀夫(東洋経済新報社)

粗食のすすめ レシピ集 →bookwebで購入

「忘れていた本当のおいしさと豊かな生活」

  スピード料理の本を探していたら、妹に「はい、これ」と手渡された。
食べ盛りの息子がいつも腹ペコだから(信じられないくらい食べる!)、窓の外が暮れてくると夕餉の支度が気になりそわそわしてしまう。とはいえ仕事合間の手料理はだんだんと手抜きになる一方だ。料理は決して嫌いな方ではないが、致し方なく早くてボリュームに頼るメニューか、デパートのお惣菜に偏ってしまう。でも、そんな貧困な食生活ではいけないよと本書が棹差してくれた。思い返せば親の介護を始める前は日ごろのお料理にも相当手間隙かけていたような気がする。もちろんそんなのは過去の栄光であって、子どもたちの記憶に専業主婦だった頃の、私のエプロン姿は残ってはいない。もちろん夫も。

  でも、香り発つような「粗食」のカラー写真に蘇る主婦感覚。ページを繰るたび現れるスローフーズの数々は、京都の高級料亭の料理に負けない風格である。結婚当初の一日千円以内のお惣菜作りに始まった私のお料理遍歴は、アメリカに渡ってからは同居人に教わったカリフォルニア+ケイジャン料理、そしてヨーロッパに渡れば、伝統的なイギリス料理はマークス&スペンサーの冷凍食品。後に娘のPTAで教わったのが英国領インド料理に韓国料理。サマータイムのBBQでは火おこしが得意になった。また難民寸前のクルド人に教わったのは、ヨーグルト、ニンニク、葡萄の葉を多用する料理で、これらはみな日本人の口に合った。でもこうして多国籍軍を渡り歩いたのが結局はまた和のお惣菜へと引き戻されるのである。

 さあここで、「春の食卓」に紹介されている朝ご飯、昼ご飯、晩ご飯三食のメニューをちょっとだけご紹介すると、朝:ご飯(五分づき米・きび・あわ)うどのみそ汁。昼:小松菜の卯の花和え、根三つ葉と豆腐のみそ汁。晩:ご飯(五分づき米・きび・あわ)あじの塩焼き、春菊のごま和え、たまねぎとわかめのみそ汁。「冬の食卓」では、朝:あずきご飯(玄米、あずき)、大根と油揚げのみそ汁。昼:はりはり漬け(写真では、朝のあずきご飯のおにぎりと番茶が添えられている)。晩:あずきご飯、たらのおろし煮、レンコンの梅肉和え、豆腐とわかめのみそ汁、白菜づけ、番茶。秋の食卓、朝:ご飯(三分づき米、きび、はと麦)、焼き目刺し、たくあん、さつまいものみそ汁、ばん茶。昼:ごまみそうどん、ばん茶、晩:ご飯(三分づき米、きび、はと麦)、さんまの塩焼き、きのこと黄菊のくるみ合え、たくあん、白菜のみそ汁、ばん茶。朝:ご飯(三分づき米、麦、あわ)、大根とにんじんのぬか漬け、焼き海苔、里芋と小松菜のみそ汁、ばん茶、昼:からみもち、ばん茶。夜:ご飯、(三分づき、麦、あわ)、かきと焼き豆腐のみそ煮、きんぴらごぼう、大根とにんじんのぬか漬け、ばん茶・・・・。 1ページに2人分を一食ずつ。

  和食器も素朴な大鉢、小鉢、湯飲み、汁つぎ、豆皿、片口鉢、ぐい呑み、丼。海外転居を繰り返していた頃は和食器は重ねることを想定して作られていないなあとつくづく恨めしく思ったものだが、手元のお茶碗のご飯の上がお皿の役目もするのだから、何枚も同じものを揃えておく必要はないのだ。
そして少しずつ盛られたシンプルなお惣菜は、たぶん息子の胃袋と嗜好を満たすことはできないかもしれない。でもその母親は正直に言えば自分の健康をそろそろ気遣いたい齢である。こってり料理の最中は「息子と同じではいけないよ」と言う囁きがどこかから聞こえてきて質素な食事を好ましく思うし、旅先の田舎料理には日本人の血潮を感じる今日この頃でもある。執筆者の幕内さんによれば、日本人には日本で採れる野菜や魚がカラダに合うそうだ。そして季節の素材を大事にしながら質のよい調味料で調理をすること。基本は何を食べるべきかではなく、その季節に何がとれるか、である。
「長生きしているのは明治の人で、私たちは体格はりっぱになったが、体質体力は落ちている。現代の食生活は豊かになったのではなく、でたらめになっただけ」と語る。「FOODは風土」。伝統食と民間食養法の研究者で、巻末の作者紹介を見れば食生活の総合的なコンサルティングをなさっているらしい。だから、巻頭から20ページまでは「粗食のすすめ」の講義である。ご飯を理想の主食として、「「おかずは残してもいいからご飯を食べなさい」。これが健康への第一歩です。」か。お料理は剣見崎聡美さんが担当されている。

 あくまでも、日本の食文化の継承と食科学に裏づけされた貴方の健康のためにご紹介いたしました。介護予防とかメタボ対策のためではありませんヨ。



→bookwebで購入

2007年10月23日

『〈病〉のスペクタクル 生権力の政治学』 美馬達哉(人文書院)

〈病〉のスペクタクル 生権力の政治学 →bookwebで購入

「「健康」は義務なのか?」

  今回も神経内科医が書いた本を紹介する。   著者の美馬先生とは先日、某書店が企画したイベントで久しぶりにお会いしてその後、飲みに行ったが、正面に座られた美馬さんのステキなネクタイ、よく見ればアニメ柄である。きっと研究者のステレオタイプを「裏切られて」喜ぶゲストの顔が見たかったのだろうが、本書でも一種の「裏切り」を目指していると美馬さんは言う。前書きにもあるように、医学医療を確固たる独自の学問分野としている「既存の知の制度」に喧嘩を売るつもりだ。そしてまた、その医学と社会が作ってきた数々の言説も。 だから、初っ端から「健康増進法」が批判される。

 国民が健康増進に躍起になり、その脇で病気の恐怖を煽るメディアの宣伝があると、病気の恐怖と予防が反照しあうような事態を招いてしまう。そしてそれは、発病した人々を「義務を守れない人々」とラベリングし、人為的状況的差別を引き受ける立場に追いやることになる。
 先ほど地下鉄のつり広告に、「メタボでクビになりました」という週刊誌の見出しをみたばかりだが、まさにこのような状況を美馬さんは困ったことだと思って、「健康増進に役に立たないばかりか、病的な主張を広げている」と言われたくて、本書の執筆を目指すことになったという。

  そんな美馬さんのことを「病的」とは呼ばないまでも、「ひねくれ者」と呼ぶ社会学者の立岩真也氏を相手に2時間超。対談は書店のカフェに陣取って行われ、最初は硬かった美馬さんの口も、立岩氏に煽られて滑らかになった。
  医療批判は社会学の十八番。そしてついでに患者側から言わせていただくと、医療が社会的難問を多く抱えていることは疑いようもない事実だ。しかし、現実を見ているはずの臨床医はなぜか沈黙してしまっている。フーコー以降、医療がひとりひとりの「顔」を、すなわち患者の生活や個別性を消去していることは指摘されている。そうして、政治は医療によって、少数の者を静かに淘汰してきたか、あるいは奴隷化してきたのだが、その「手先」となって働く人々は現実が直視できないのだと、稀少疾患の者は常々ため息交じりに考えるのである。医療従事者が自己を棚上げせずに業界を省みることは難しいらしい、と。*
 しかし、美馬さんの語り口を聞けば、彼が今でも京大の付属病院で週一回診療をしている現役の臨床医だということを忘れてしまいそうになる。医学には内部から風穴を開ける必要があり、それができるとしたら同業者しかない。そしてそれは社会学や医療社会学とはまた別の手法、さらに言えば、学問と臨床といった領域を横断するような別の手法があるはず。私はひそかに美馬先生に期待している。

 * もっとも「医者に患者の気持ちなどわからない」、というのもステレオタイプである。

  さて、美馬さんが紹介しているスペクタクル(壮大)な事例は、SARS、鳥インフルエンザ、エイズ、ES細胞、脳死、脳機能、がん、ストレス、そして難病、植物状態という風に、各国の政治経済史から病いにまつわるエピソードを拾ってきたもので、そういった意味でも本書はスペクタクル(豪華)で、各テーマは拡散し収束しようがないが、それぞれ独立した豊かな科学読み物になっている。
 たとえば、第六章では脳の視覚化が検討されるが、CTスキャンの装置の最初の発売元は、あのEMI、ビートルズのレーベルとしても知られている会社であるというエピソードが紹介される。また、「タンタン」としか言葉を発することができない者の脳のスケッチと美馬さんの「脳」の三次元構成画像が並べられ、病変部位が図解されたりしている。その「タン」としか発声できない男は、医学的には異常で病理的な存在に振り分けられても、「タンタン」に極めて変化に富む身振りをまじえて考えていることはほとんどが表現できたという。歴史的な事例の紹介の中に「医学」と「生活」の断層があらわにされる。

 立岩氏も指摘していたが、各テーマの可能性と方向性が章ごとに一つずつ、ここで示されたと考えれば、それぞれについて膨大な研究が積み残されていることになる。だとすると、私はどの部分を担当することになるだろう・・(という風に読んでみると良い)。

 たぶん、あとがき「アウシュビッツの回教徒」の章は、こちら側に向けられた美馬さんからのエールと私は勝手に解釈している。それは、「合理的な市民社会の価値観が、人間固有の活動的生活(ビオス)としての政治の領域に基礎を置いている」ことを、批判せよという風に聞こえてくる。
 確かに、私の周囲には民主主義社会において、ビオスから分離させられそうなマイノリティが集まっているが、それは植物状態などと呼ばれる重度の脳障害をもつ人、人工呼吸器と経管栄養とナースコールの日常的利用者、他者によって終末期と呼ばれるような人たちである。政治的弾圧により「生ける屍」とも「これが人間なのか」とも呼び捨てられてきたような人たちも入るだろう。現代のゾンビ、つまりあるQOL指標によれば「ゼロ以下のQOL」と一方的に評価されるような、ゾーエとして存在する生である。しかし彼らの尊厳は、社会政治の中に彼らを位置づけ、人間としての基本的な権利を復権させる研究と実践(それでもなお生き、なお生かすこと)によって細々と守られているのである。

 あ、そうか。美馬さんの本で改めて分かったような気がするが、アガンベンも気がつかなかった「その領域に内在している希望のモメント」を、私たちはとっくに発見している。そして、今、美馬さんが興味を抱いておられるという脳神経倫理をめぐる諸問題については、脳にダイレクトに働きかけるインターフェイスを用いて、ゾーエと双方向のコミュニケーションを図ろうとするような「病的な主張」に加えて、その実践をする者のひとりとして、私にも手伝えることがあるかもしれない。

 


→bookwebで購入

2007年06月25日

『折れない葦  医療と福祉のはざまで生きる』 京都新聞取材班(京都新聞出版センター)

折れない葦  医療と福祉のはざまで生きる →bookwebで購入

「2006年度 日本新聞協会賞受賞」



インターネット配信などもあり、
情報は常に過剰供給で身辺で氾濫している。
だから、知りたくもないようなことも知らされるので、
悪いニュースに溺れるような気もしないでもない。

でも、社会の底辺に生きる人たちの中に、
語りだしたい人たちは大勢いる。
もしも、大きな声が出せるのなら、
不特定多数の人々に向かって、
叫びたい人たちがいる。

では、そのような声を、他人様の不幸などを、
知りたくないという人たちに、
いったいどのように、届けようか。

まずは、大声で叫びたい、知らせたいという
人々の側に留まること。
そうして、大勢の目にとまるところに自然に居て、
ペンの力で人々の共感を呼び覚ますんだ。
これは、他の媒体ではなかなかできないから、
新聞がもつ元来の力、紙媒体の役目と私は信じている。

取材班の岡本記者が、東京の私のところにやってきたのは
もう、かれこれ2年以上も前のことで、
彼がうちの玄関先で、関西風に挨拶した時、
なぜ京都新聞が?と訝ったのだが。

彼の取材先は埼玉の独居ALS患者、谷岡康則さん。
ハンドルネーム「ベア」さんで、
療養の知恵を公開するために
自分でホームページを開設していた。

自立支援法に、医療制度に、ヘルパーの吸引、
法制度はどんどん様変わりするけれど、
社会の大きなうねりの中に、ALS患者の生は巻き込まれてしまう。

岡本さんのベアさん取材は長く続いたが、
病気の進行に加えて社会的なサポート不足で
ベアさんの療養生活はどんどん困窮していった。

でも、孤独に耐え、なおその先を生きようとする
ベアさんの言葉を、パソコンの画面に拾いながら、
思い悩む岡本記者の姿に、仕事の枠を越えた使命感と、
病者に寄り添う者へのシンパシーを、
ALSの家族当事者である私は感じていた。

福祉の地域間格差は深刻だ。

たとえば、ALSひとつをとってみても、
どこで発症し、どこに住んでいるかで
余命もほとんど決定されてしまう。

治療の選択は、患者の自己決定などといわれるが、
それこそが大きな勘違いで、
だから、公的介護制度の遅れた地域での
独居ALS患者の生存は風前の灯。

ベアさん独自の療養上の工夫とは裏腹に、
私にはとても心配していたことがあったし、
それに、岡本記者の参与に従って、ベアさんの本心も
次第に見え隠れしはじめていた。

クリスマスイブの夜をALS患者の谷岡さんと二人で過ごした。
谷岡さんが一九七〇年代の日本のロックバンド「頭脳警察」の
曲をかける。

命を捨てて男になれと言われた時は/震えましょうよね
逃げなさい/隠れなさい・・・・・・

死の自己決定を議論した後で、この歌詞の意味をどう受け止めたら
いいんだろう?それぞれの生きざまに出会うたび、心を揺さぶられた。 p54


岡本さんが拾ってくる言葉は、ベアさんの可能性を
広げるものばかりだったので、私たちはメールで相談をして
ペンの力を別様に働かせよう、ともしていた矢先に、
最悪のことが起こってしまった・・・。

ベアさんのことだけではなく、
取材班の記者たちが、密着取材した人たちの生は
どれもが苦闘の連続で、悲惨でさえあるものの、
力強く明るく描かれている。

これは取材した者の視点が、「こちら側」にあることを
確実に証明しており、重病を患う者の日常の幸福を
描き出すことに成功した、たいへん稀有な連載であった。
身も心も削って取材したであろう、若い記者たちに拍手を送ろう。

こうして、京都の大学に通院する東京人の私もまた、
京都新聞のファンになっていたので、
新聞協会賞の栄冠は輝くべきところに輝いたと思った。

新聞業界の倫理もまだまだ信じられる。
そう思わせてくれる受賞だった。



→bookwebで購入