« 2008年12月21日 | メイン | 2009年03月07日 »

2008年12月31日

『ニーズ中心の福祉社会へ 』上野千鶴子+中西正司(医学書院)

ニーズ中心の福祉社会へ  →bookwebで購入

「当事者主権の次世代福祉戦略」

  2008年は波乱万丈の年だったが今まさに暮れようとしている。こうして今年を振り返ってみると、まず新年早々から中医協の診療報酬改定があった。後期高齢者医療の終末期相談支援料案が浮上し、驚いて取り下げてもらうように活発に動いた。最終的には4月24日の朝、終末期相談支援料の政府決定を受け、即座に異議を唱えるために当日夜に厚労省で記者会見をし、その後他のメディアの取材もあり多方面から同様の批判が噴出し、6月の大臣判断で相談支援料だけは一時凍結に持ち込むことができた。
こないだは『良い支援?』(生活書院)の感想から、知的障害者の相談支援の難しさについて取り上げたが、終末期医療でも同じことだ。相談支援は一回いくらのシステムにはそぐわない。それにそもそも支援者(医者や事業者)主導の制度で満足できる人がいたとしても少ないだろう。

  夏ごろからは、自立支援法の重度障害者等包括支援の在り方の研究事業に携わり、日本中聞きまわって、モデル事業ができる人と場所を探したりした。しかしこれも難しかった。現行の自立支援法の中で包括的サービスを稼働させることは難しい。重度障害者等包括支援とは、呼吸器をつけて地域で暮らす人を、二種類以上のサービスの組み合わせによって、(つまり施設系サービスと在宅系サービスの組み合わせによって)、はっきり言えばコストダウンを狙った特別なサービス枠組みである。平成18年自立支援法施行時に開始されたが、報酬単価が安すぎること、医療と介護の連携の成果である医療的ケアが医師法17条に抵触するとかで、評価できない点など、事前に解決すべき問題が多すぎて、いまもって全国的に実施できない。そして、ここでも相談支援の在り方に問題は集積している。つまり、いくつかのサービスを利用する際に障害ケアマネというべき相談支援専門員が相談に乗ることになっているが、その仕事たるや膨大で、やってもやっても尽きることがなく、10年以上の長期に及ぶこともざらだ。その上、療養者らは当事者になる以前にクレーマーになってしまい、不平不満で人間関係のトラブルが絶えない。だから、介護派遣事業所ばかりではなく、相談支援専門員もなり手がいないだろう。
 医療が必要な重度障害者のケアプランを埋めること、そしてその遂行を任されることが、実はサービス提供者の大変な負担になっているのだから、なおのこと、患者自身が自分のケアプランは自分で立てられるように、すべきなのだ。そのための相談支援者なら、当事者やアドボカシーの中から養成できる自信がある。この一年はそんなことを考えて、政策立案者にも訴えてきた。

                     ********

  これから紹介する本も、当事者が自分でニーズを把握し、政策をデザインし、アクションを起こして制度につなげることを提言している。仕掛け人は医学書院編集者の白石正明。白石の企画「ケアをひらく」シリーズは、いくつもの名著を生み出してきた。うちの本棚の一角も占拠されているが、ここからは、浦河べてるの家の当事者による『べてるの家の「非」援助論』。立岩真也『ALS 不動の身体と息する機械』。故人になってしまった小沢勲『ケアってなんだろう』などが見える。多彩な執筆者に根強いファンが多い。時節にかなった企画にいつも刺激を受けるが、今回の『ニーズ中心の福祉社会へ』の副題は当事者主権の次世代福祉戦略。来年度の自立支援法見直しと介護保険改定みて、上野千鶴子、中西正司両氏の企画を白石が後押しし、出版にこぎつけたのだろう。医学書院社内での編集会議(戦略会議)に幾度も傍聴のお許しをいただき、遠慮なくALSの立場から口を挟ませていただいた。楽しかったし、とても勉強になった。

  日ごろから、患者の権利擁護などをしていると、いつも突き当たってしまう根源的な問題、壁がある。それは彼らにとって自分のニード把握が困難であるという事実だ。そして、患者の多くは最初は自分のニードがわからないのだろうと感じてきた。自分が何を望み、何をしたらよいのか、どこに向かって生きればよいのかがわからなくなってしまっている。だから、もっとつっこんだアドバイスしたいのだが、彼らの主体性を尊ぶ立場でもあるので怯んでしまう。これは高齢者でも同様のようで、当事者主権は何も被支援者だけの問題ではないようだし、彼らの意見をそのまま受け入れさえすれば、それが当事者主権だとも言えないようだ。そのことについては執筆者も各所で触れている。
  これまでも上野、中西両者は、当事者性の生成についてあらゆるところで発言してきた。以前には岩波新書の『当事者主権』で、フェミニズムと障害者運動のそれぞれの当事者性について述べていたが、双方うまくリンクしてはいなかったように思われた。しかし今回は、当事者をケアの対象者である障害者と高齢者に絞り、執筆者も増えたので、多角的にケアの当事者ニーズをフォーカスできていると思われる。
  最初にまず上野が介護「ニーズの顕在化」の困難と構造的な「当事者性の抑圧」「家族の問題」を乗り越えても「当事者になること」の大切さについて語り、最終章で中西は一翼を担ってきた障害者運動団体である全国自立生活センター(JIL)を、高齢者に拡大したような「福祉サービスユーザーユニオン」の構想を広げている。 このあたりは、特に目新しい感じはしない。二人がずっと以前から言ってきたことが繰り返されているが、中盤を埋める執筆者による論考は、上野に言わせれば「合意ができているわけではないが」、ケアワーカーと専門性(笹谷春美)、生活クラブ生協千葉の実践(池田徹)、高齢者のニーズを顕在化させる試み(齋藤暁子)、高齢者虐待とケアマネージャーの介入(春日キスヨ)、「土建政府」から「福祉政府」への転換(大沢真理)、財源と社会サービスモデルの関連性(広井良典)、楽観してよいはずだ(立岩)などが、両者の理念に厚みと幅を持たせることに成功している。
   
  全10章9名の社会・経済学者と実践家による理想論的理論武装によって、国民全部ではなくても、その筋の人々の合意形成を目論んだ論集。私はぜひとも患者にこの本を読んでもらって、当事者性に目覚めて欲しい。個人的なクレームではなくて、社会のためにこそ発言して欲しいと願っている。
 さっそく来年1月20日東大で、執筆者揃ってのお披露目会があると聞いたが、日時がわかり次第、ここにお知らせできると思う。
 → さっそく、お知らせいただきました。 書評会ということですが、こちら的には決起集会になるのかな。申し込みしたほうがよさそうです。http://www.arsvi.com/a/20090120.htm



→bookwebで購入