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2008年04月01日

『現代思想』3月号~特集:患者学-生存の技法(青土社)

『現代思想』3月号~特集:患者学-生存の技法 →bookwebで購入

「患者の体験に学べ」

2月号、3月号と続けて誌上で貴重なインタビューをさせていただいた。前号はご紹介したとおり、難病治療を現代思想の切り口から中島孝医師に語っていただいたが、今回は難病対策の歴史を遡り、その創始期に活躍された川村佐和子氏のインタビュー。ふたつ合わせて読むと過去から現代に至る日本の医療思想史の傍流を感じられる企画になっている。難病治療は医療の主流にはなりえないが、「不治」と呼ばれる疾患に、人間がどのように対処するかは、哲学の領域でもある。医療と哲学が交差する「難病」という地点で、現場の医師や看護師が何を考え、政策にどのように関与してきたか/しようとしているかがわかるという、なかなか渋い試みなのだ。だからこの二つのインタビューはセットで読んでいただきたい。哲学や生命倫理学を志す人にとっても、難病医療は必修科目と考える。
 川村佐和子先生とはヘルパーの吸引問題が浮上した時に初めてお会いした。 本書を読んでいただくとよくわかるように、スモンの原因究明と患者会の立ち上げの立役者のお一人である。医師や看護師のたまごたちがセツルメント運動と称して山間部の無医村や町の貧困者に訪問医療をおこなっていた頃の話から始まる。川村先生は、東大の看護学生だった頃から、おこころざしが高かったとはいえ、一介の保健師がやがて全国で集積的に発生していた奇病を、若手医師らとスモンによる薬害と特定していくくだり、そして全国の患者家族を束ねて政治につなげ、患者会設立へとつながていく辺りは、難病医療の大河ドラマとも云えよう。その結果、国は世界的に稀な「難病」の定義を行うことになった。何が稀有で貴重であるかといえば、不治の病人に対する医療資源の分配を、日本はその時点で認めることになったからである。そして、それはやがて、治療研究と患者の社会的救済も盛り込んだ難病対策研究事業となり、前号の中島孝氏の戦略に受け継がれていくのである。  しかも、難病研究事業は基礎研究だけではなく、ケア研究にも予算を配分するという姿勢で、欧米の生命倫理の流れとは別の倫理観を日本の医療にもたらした。私は個人的には、難病の定義と歴史は、憲法9条に匹敵する影響力をもっていると考えるが、実際に難病事業のおかげで、日本の難病患者は人工呼吸器がレンタルできるようになり、在宅でも訪問診療や看護が無料で受けることができるようになった。そこで、入院患者はどんどん自宅療養を選ぶようになり、家族と呼吸器と共にのんびり生きる知恵と技を生み出した。最長で33年?。探せばもっといるかもしれないが、患者たちは自宅でこそ生き延びている。それを誰が延命などと呼べるのだろう。機械との生は、希少であっても、患者だけではなく、人類に恩恵をもたらすヒントの宝庫なのである。枯れ木に水をやったかのようにみえる難病医療も、収穫期はこれからなのに、このたわわな実りに気がつかずに腐らせたら、それこそ日本は無駄をしてきた、ということになってしまう。

 3月号の執筆者は、ほぼ全員が何らかのつながりがあるか、折に触れて患者の間で話題に上るような方々であって、私にとっては親近感の強い特集号である。中でも多田富雄先生は、若い執筆者の多い今号中で高名で偉い方なのだが、2年ほど前にある編集者を通して、安楽死尊厳死反対運動に加担をお願いしたことがあった。ちょうど先生はリハビリ期間の短縮のことで、当事者運動を指揮されていた頃で、「遠くから応援しています」との丁寧なメッセージをメールでいただいた。「何でも真剣に取り組んでしまう性質なので、尊厳死反対運動に加担したら、本当に死んでしまうかもしれない」とのお言葉は、もったいないくらい親身に感じられ、多田先生のご活躍とご健康をメールの画面に向かってお祈り申し上げたのだった。それが、あれからたった2年ほどの間に、多田先生は何冊もご執筆になり、新しい能まで書き上げるご活躍ぶりである。全身性麻痺に加え次々過酷な病状に襲われながら、お仕事のペースは落ちないのである。いや、先生はきっと仕事のペースは落としているとおっしゃるだろう。でも、いのちを振り絞っておられる。患者の知恵を伝えていく使命をもっておられるのがわかる。

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 山海先生と松原先生の対談は、前号で中島氏が語っておられたサイバニクス、ロボティクスの延長談義である。松原先生は4年前の大学院入試時に面接官をしてくださった。その際、確か「機械と人体の接続部の痛み」について実際にどうなのかというような質問をしていただいた記憶がある。最近では、大学院でも神経疾患患者の意思伝達装置などの研究を始めたが、研究の広がりや成果のことなども含めて、6月号だかの脳神経倫理特集号で、また私は『現代思想』を紹介することになるのだが、山海先生と中島先生は、倫理というより臨床のほうで、本当に人体と機械の接続を安全に推進する立場におられる。だから、倫理学者の問題意識とは異なる意見が読める。山海先生のような科学者が、お金や悪に心を奪われないよう、働きかけるのも患者学の領域と考える私は、患者サイド、つまり機械の消費者の立場から、臨床と倫理双方にうるさくいろいろ注文をつける役目なのだ。庶民感覚と主婦感覚が役に立つと思うことはよくあるが、実際そういう役回りで科学者ばかりの研究会に参加したり、席があったりしている。

 庶民代表の執筆者では、杉田俊介、ALSDの岡本晃明、伊藤佳世子らの文章がある。病いの当事者ではないが、いつも当事者といっしょにいる目線と体験は患者学特集に欠かせない。GIDの規範からの逃走ということで、GIDって何?レベルの読者に、GID規範を逆に指し示した吉野の文章は切れ味がよい。

 2月号、3月号とも売れているので、ご購入はお早めに。


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