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2007年09月10日

『医療立国論―崩壊する医療制度に歯止めをかける!』 大村昭人(日刊工業新聞社)

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書名の『医療立国論』は、いわずもがな『医療亡国論』に向けて一石投じてやろうという著者の意気込みを端的に表している。著者の大村昭人氏は、巻末の履歴によれば、帝京大学医学部名誉教授で、現在も医療技術学部臨床検査科で教鞭もとっておられるらしい。麻酔科と呼吸療法にお詳しいとある。となれば、人工呼吸器はご専門のうちであろう。なんとなく親近感もわく。

 ここで私ごとではあるが、90年代のアメリカ、イギリスに暮らしてみて、日本の何が懐かしかったかといえば、実家の母の煮物料理の次に医療であった。とにかく日本の医療の敷居の低さと迅速さ、公平さは無学な私にでさえ明らかな違いがわかったし、それは、外から見て初めて評価できるものであった。日本では、医療へのアクセスも含む「安全」と「水」はタダ同然とされてきた。しかし海外では、それらはわざわざ選んだり、購入したりしなければならなかった。イギリスの医療も、NHSは登録制で治療費もタダではあったが、息子の高熱で救急に駆け込んだにも関わらず、異様に長く待たされた。だからまともな医療を受けようと思ったら、それなりの医師に個人契約していなければならないと知った時は驚いたもんだ。医療も安かろう悪かろうであるから、日本人診療所に契約するまでは、小さな子どもを二人も抱えていては、いつもびくびくして、突然、高熱でも出された朝には大慌てであった。イギリス人が庭にハーブを絶やさないのは、インフルエンザでも火傷でも、自分で治してしまおうという魂胆ではないかと本気で疑っていたくらいだ。

 だが、ここのところの医療費削減を唱える日本政府の焦り方が、尋常ではないような気がしている。誇るべき、国民皆保険と最後まで見捨てない日本の医療が、あの恐ろしくつめたい米英の現実を真似ていくようにも思われるので。すでにいくつかの学会は患者の命に関わる治療も、停止できるようにするというし。すると、私の仲間たち(呼吸器ユーザー)は、トウゼン経済的発想から真っ先に切り捨てられる側にいる。だから、このような本がうちの大学院の先生以外の方から出版されるのを、私は首を長くして待ち望んでいた。

著者によれば、1983年の厚生労働省保険局長吉村仁氏の「医療亡国論」とは、「このまま租税・社会保障費が増大すれば日本の活性化が失われる」という彼の持論が一人歩きしてしまった末に、「全ての誤りが始まった」ということだ。
著者の批判は直球で容赦ない。たとえば、「「医療過剰という前提」も根本的に間違っていた」(p15)。ちょっと長くなるが、少子高齢化について、「高齢者が昔と比べて、暦の年齢よりも生理学的面ではずっと若返っているから、70歳でも80歳でも働きたいと思っている人は少なくない。こういう人たちに働いてもらい、自分で自分をサポートしてもらい、保険料とか税金とかを払ってもらう環境を整備すれば、「昔は5人で1人を支えていたのが、将来は1.5人で支える」というような悲観的で後ろ向きな議論をする必要は全くないのである。」(p156-157)。このあたりの高齢弱者の自立概念は、「ちょっと具合が悪くなっても、国が後ろで支えてくれるから」自立できるというもので、従来の障害者運動の「施設を出て、他人の介助を得て地域で生活をしよう」という主張と重なってくる。
 そしてまた、欧米の医療先進国の実態から私たちが学べるのは、医療の市場化が医療を荒廃させるという現実でしかないと言い切る。市場原理は医療のような情報不対象分野には公平さを欠く結果を招くだけで、結局はグローバリズムによって発展途上国と先進国の格差が広がったように、患者の権利はどこへやら、民間保険会社の1人勝ちが予想されるだけであるというのだ。いちいちもっともなので、頷き続けているうちに最後まで読めてしまった。「小さな国家」は評価できても、せめて人命は国が保障せよなどという主張も、介護保障制度の充実を求めてきた私たちの主張そのものである。
医療経済というと、なんだか難しい事のように思えるが、何にも増して身近な問題である。こういう話題に疎い人にこそ、ぜひ読んで欲しい。


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医療政策や介護、在宅医療に関連して、今週末イベントふたつ。
どちらにも出させていただきますので、どうぞいらしてください。

NECシニアITサポーターフォーラム in Odaiba
2007年9月15日(土) 午後2時より午後5時 ~会場:国際交流会議場~

NPO在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク
第13回 全国の集いin 東京2007「支え合う地域の創造」
2007年9月16日(日) 会場、一橋大学
ディスカッション
会場:21番教室 / 時間:9:45~12:15
「わが国の障害者福祉を徹底検証する―自立支援法の功・罪、介護保険との統合問題(?)障害者差別禁止法への期待」

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