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2007年08月24日

『生きることを学ぶ、終に』 ジャック・デリダ[著] 鵜飼哲[訳] (みすず書房)

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 デリダを読み、「生き残り」をどう生きるか考えよう.

 都内は先週、記録的猛暑で最高気温を更新したが、昨日も、そして明日もあさっても、私はALSの人たちの付き添い(目撃者として)である。彼らの生き方は真夏も真冬も関係ない。むちゃくちゃである。喉から呼吸器を着けている者も、嚥下障害で唾液さえ上手に飲み込めない者も、この暑い最中に「宣伝活動」をやめないし、気力も衰えない。重病人の自覚がない。
 昨日のKさんは、練馬区包括支援センター主催のケア研究会で講師を依頼されていた。2年前は奥さま以外の排泄介助をあれほど嫌がっていたのに、それが今では区内のケアマネやベテランヘルパーたちが教えを請う排泄被介助の当事者である。その上、彼はトイレ介助の演習DVDを自作自演で作成してきた。

また明日は、独居の女性ALS患者といっしょに、青森で開催される日本難病看護学会のシンポジスト。そのため、私たちは二ヶ月前から航空券を予約していた。朝一番のJALは7時半、羽田発だ。ところが、彼女の呼吸器の型番では、離陸時と着陸時は止めなければならないといわれ、生命維持装置を止めろといわれて怒った彼女は突然キャンセルしてしまった。だから、明朝は青森に私はこのまま空路。彼女は陸路。

この人たちが、あまりに平然として見えるので、一般の人にはさぞ不思議にうつるだろう。しかし、当人たちにはそれが「フツウ」になってしまっている。死が眼前に迫っている生だが、とにかく彼らは最期まで生きることに忙しいだろう。忙しすぎてどう生きようなどと学ぶ暇がないから、生きている限りとにかく、前へ前へと進むしかない。
 
 ところでデリダ。残念ながら、私には難解すぎてわからない。だけど、いくつか著書は読み、その謙虚で暖かい人柄を思い浮かべたりはしていた。彼の訃報を知ったのはいつだっただろう。そういえば、青土社の若い女性編集者が、慌てて知らせてくれたのは3年前だった。また、その翌年には、大学院で小泉義之先生とデリダの『死を与える』とE.ルディネスコとの対談『来るべき世界のために』を読んだ。だから、デリダには縁があるように感じられていた。というよりも、私の周囲の博学の人たちが、私に「デリダ」「デリダ」と囁くから、次第に好きになってしまったのかも。
 ただ、この『生きることを学ぶ、終に』は、難解ではない。私にも身近に、わかったように感じられる。まず表紙のデザインと薄さに惹かれたのは隠さないでおこう。 文中で、デリダは自分の病いを見つめながら、生や思想を語っている。デリダによれば、生き残りとは「死よりも生きることの、すなわち生き残ることのほうを好む生者の肯定」(P62)。そう語っているデリダも、進行癌に侵されながらも、生き続けることを肯定的に指し示している当事者である。

ALSのような生、虐げられた者たちの死にぞこないの生が、死を脱構築してきたのである。

 歴代の哲学者たちが、「気遣いに満ちた死の先取り」(p62)をして、必ず訪れる瞬間に備えて覚悟を構築していく中で、デリダは全く違っている。つまり彼に言わせると、「享楽することと、迫る死を思い悲嘆に暮れて泣くことは同じこと」になる。そして、「自分の生を思い返すとき、私には、自分の生の不幸な瞬間まで愛するというチャンス、それらを祝福するチャンスがあったと考える傾向があります。」(P64)とも言い、生を最期の一滴まで飲み干そうとしている。どこを読んでも哲学者の最期の覚悟が伝わってくる。
そしてまた、私にはまったく新しくはないのだが、デリダは次のように言う。

「<生きることを学んだ>ことはけっしてありません。実にまったくないのです!生きることを学ぶとは死を学ぶことを意味するでしょう。これは古い哲学的思想です。私はその真理を知っていますが、それには従っていません。」(p23)と。
 本当に私はこれと同じ言葉が「現前する」場に、しょっちゅう立ち会っている。だから、デリダは死んだが、デリダの哲学を継ぐ者は、そこここにいる、ということだ。その言葉は、呼吸器の排気と呼気の合間に交わされる。文字盤をはさんで目と目で応答可能な、親しい者同士の会話の中で。
「私は、死を受け入れることを学びませんでした。私たちはみな猶予中の生き残りです」(p23)と。




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2007年08月16日

『変身-カフカ・コレクション』 フランツ・カフカ[著] 池内紀[訳] (白水Uブックス)

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「カフカ、『変身』に見られる家族の自立」

夏休みといえば宿題、宿題といえば感想文だが、久しぶりに手に取った『変身』は多様な読み方ができる稀有な小説であった。

『変身』は、高校時代に読んだきりだから、内容も漠然としか覚えていなかったが、「目が覚めたら虫に変わっていた」とは、突然、理由もわからず発症していまうALS患者の境遇と酷似している。だから身近な神経難病者のストーリーとして、『変身』を読むこともできなくはない。しかし、それはやめておこう。ここには、家族の変容も描かれている。たとえば93ページ。介護してきた妹の堪忍袋の緒が切れてしまう。

「お父さん、お母さん」ザムザの妹が口をひらいた。ここからストーリーは急転直下の勢いで終局に転じていく。たたみかけるような会話。それまでおとなしく兄の運命を受け入れていたはずの妹が最初に口をひらいた。それを聞いたザムザは心臓に楔を打ち込まれたも同然だ。
「もうこのままはダメ。・・・わたしにはわかる。・・・このへんな生き物を兄さんなんて呼ばない。・・・もう縁切りにしなくちゃあ。人間としてできることはしてきた。面倒をみて我慢したわ。・・」

矢 継ぎ早に繰り出される妹の強い言葉に父親が同調する。人格否定は続く。「どうしてこれがグレーゴルかしら?」「もしこれがグレーゴルなら、人間とこんな動物がいっしょに住めないことに、とっくに気がついている。自分から出て行っている。」もし、グレーゴルが「自分たち家族に対して思いやり深くあるのなら、こんな結果にはならなかったはず」と言うのである。 
かわいがってきた妹から、関係性の断絶を宣言するかのように、わが身の現実を突きつけられて、むしろ解放されたのは、当のグレーゴルの人間性だったのかもしれない。
だから、彼はようやく自分の身を「ほとんど感じなく」なりはじめていた。ギブアップ寸前まで行った。本来なら虫に変身した時点で死んでいたも同然だったが、ここまでしぶとく生き延びた。この辺の感情は呼吸器を着けた後のALS患者の心情そのものである。
 虫の姿で生きることは家族にとって迷惑なことだし、そんなことはザムザもALS患者も百も承知だ。
しかし、それでもなお頑張りがきいたのは、妹や父母がいたからだった。だから、命を諦めかけてもなお家族のことを「懐かしみと愛情こめて思い返した」。そして、ほとんど本能のまま「消えうせてはならい」と最後まで念じたのだが、それも「意志とかかわりなく、がくりと落ち」、ごみ屑のようになって死ぬのである。黙って死にゆく最後の場面は圧巻だ。

この小説でもっとも不可解な点。それは、ザムザ本人が「なぜ虫になってしまったのだ」と自問したり苦しんだりしない点にある。そこを私は、ザムザが虫の身体を受け入れているからだろうと読んでみる。
カフカはザムザに発症の意味を問わせない。生きること自体が不可解なエゴだからだ。
家族もまた自我がぶつかり合う小さな社会だ。私たちはどんなに孤独になろうと、努力したとしても、自分以外の人が存在する社会に生きてしまう。その限りにおいて、自分の容貌や能力は自分で選び取れたり、自分で評価できるものではない。常に存在は社会の目、他人の批判にさらされてしまう。属性や生来の所与は個人の努力ではどうにもならないことなのだ。たとえば、出生時から「変身」している人だもいる。マイノリティ、ジェンダー、貧困、障害、疾病、出生による差別などは、個人の責任の範囲にないし、努力で変えようがない。だから、ザムザはなぜ「変身」したか、などと自問しない。問うこと自体が愚問だから。
カフカが虫になぜ?と問わせなかったように、私たちも有形無形の自己を黙って受け入れるしかない。自分から本人は逃げられない。コントロール不能な自分という存在の、コントロール不能な理由について、私たちは無頓着でしか生きていられないとも読める。
だから、虫として家族の生活を侵食する存在になってもなお、家族に寄生し思い通りにしようとするザムザに遠慮などないのである。それどころか夢見がちでさえある。
悪虫の姿のままで新しい生活への脱却を何度も展望している。言ってみれば、家族の養い手として家族を支配してきたザムザの影響力は、虫へ変態することで一掃リアルさが増している。ただ、私にとっては、冒頭で述べたように、ザムザの心情よりも、彼が虫になった時と虫として死んだ後の、家族の変化に興味がある。話を家族の視点に戻そう。

 もし、ザムザが反社会的な毒虫にならなかったとしたら、この家族はいったいどうなっていただろうと考えてみたい。ザムザ以外の家族の「変身」は、個の自立のためにも待たねばならないものであった。しかし、虫になる前のザムザが「人間」「兄」「息子」「一家の稼ぎ手」でいる限り、そのような変化は起こらなかっただろう。稼ぎ手がいなくなった家族は、労働と介護の義務を突然負うことになり、小間使いのような生活も送る。以前とは考えられないひどい暮らしだ。しかし、そのような経験が、虫からの自立を促したともいえる。

これが家族の物語りでもあることの証明に、虫が死んでも物語は終わらないばかりか進展する。これは彼の死によって終焉に向かう物語ではなかった。家族はザムザの死を悲しむどころか、長期介護や忍耐や義務から開放されて自信に満ち溢れた人に突如これも変貌し、間借り人を追い出し、手伝い女も今夜にはクビにしようと「自分たち」で決めるのである。小説の最後で家族は「決定できる主体」となる。そして、ザムザが死んだ当日だというのに、介護の疲労を癒すまでもなく、虫を葬るでもなく、三人揃って久しぶりに電車に乗って遠出するのだ。そこで親が別方向に目覚めるのは、娘の美しさである。
夫婦は、娘を嫁がせることで新たな家族の獲得というもくろみに目覚めていく。なんという変わり身、「変身」の速さだろう。

「変身」を「病い」に例える読みは安直と私も思うが、「変身」を当事者にとっての変身どころではない「所与」「属性」の問題として、あるいは家族にとっての「自立」の問題提起と読み替えて、社会や介護の問題を『変身』を通して考察してみた。



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2007年08月05日

『夜のミッキーマウス』谷川俊太郎(新潮社)

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「おとなになってから出会える詩もある」

またしても谷川俊太郎さんの詩だ。
私は谷川さんの詩がよほど好きなのだ。

谷川さんにはまだお会いしたことはないけど
こんな風なラブレターをあちこちに書いていれば、
きっといつか逢えるだろう。

そしたら、詩人と無縁の騒々しい生業だけれど
そのときばかりは神サマに許しを乞おう。
わたくしも詩人といっしょに詩人になる。
そしたら全うな言葉もきっと蘇ってくる。

仕事や生活に疲労した夜には、詩集。
ふと手にとってしまうのだ、
詩人と語り合うような気持ちになって。
この詩集もその中のひとつ。

「同じ土壌から匂いも色も形も違ういろんな花が咲くように、
作者にも予想がつかないしかたで詩は生まれる」
だから「野花のように」詩をそこに
存在させたいだけ、と谷川さんは言う。

そして、確かに野花のような29の作品は、
むかしむかし、現代国語の教科書で出会った
いくつかの作品の香りを残してる。

でも、今さらながら谷川さんを凄いと思うのは、
私がおとなになるまで待っててくれたと
わかるから。

収録されているそれらの詩は、
きっと10年前の私には、こういう風には伝わらなかった。
20年前なら多分、全く別の読みをしていたはずだ。

詩は谷川さんが言うように、ただそこに存在する。
だから、何かを意図して誕生したのではないのだから、
読み手もまた、年齢や経験を積み重ねながら、
新しい意味を添えていくことができる。詩は、
読み返した回数だけ観ることができる絵だ。
まるで風景みたい。読みなれたページに
発見があり、慰めてくれる

さりげなくステキな作品ばかりだが、好きなのは
筋ジス青年の性を彷彿させる、「なんでもおまんこ」
この歓びも永遠の中の瞬間、「あのひとが来て」
文明に生きる乾いた自分、「いまぼくに」
寸劇みたいな「不機嫌な妻」「有機物としてのフェミイスト」
「スイッチが入らない知識人」「愛をおろそかにしてきた会計士」

ひらがなばかりの「よげん」「ちじょう」
「ふえ」からすこしだけいんよう。

・・・

はらからのこえをかりことばをかりた
つぶやきにひそむしらべは
もつれあうなさけをきりさり
ゆりかごをはかにかさねて
かぜのようひとびとのこころさわがせ
ひとすじによぞらにきえる
そのとがにきづくことなく

・・・

そして、今日は詩集最後に収録されている
「五行」の次の二連が胸に沁みる。

昨日を忘れることが今日を新しくするとしても
忘れられた昨日は記憶に刻まれた生傷
私には癒しであるものが誰かには耐えない鈍痛
だがその誰かも私に思いださせてくれない
私の犯したのがどんな罪かを

その人の悲しみをどこまで知ることが出来るだろう
目をそらしても耳をふさいでもその人の悲しみから逃げられないが
それが自分の悲しみではないという事実からもまた逃げることが出来ない
心身の洞穴にひそむ決して馴らすことのできない野生の生き物
悲しみは涙以外の言葉を拒んでうずくまり こっちを窺っている




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