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2007年06月25日

『折れない葦  医療と福祉のはざまで生きる』 京都新聞取材班(京都新聞出版センター)

折れない葦  医療と福祉のはざまで生きる →bookwebで購入

「2006年度 日本新聞協会賞受賞」



インターネット配信などもあり、
情報は常に過剰供給で身辺で氾濫している。
だから、知りたくもないようなことも知らされるので、
悪いニュースに溺れるような気もしないでもない。

でも、社会の底辺に生きる人たちの中に、
語りだしたい人たちは大勢いる。
もしも、大きな声が出せるのなら、
不特定多数の人々に向かって、
叫びたい人たちがいる。

では、そのような声を、他人様の不幸などを、
知りたくないという人たちに、
いったいどのように、届けようか。

まずは、大声で叫びたい、知らせたいという
人々の側に留まること。
そうして、大勢の目にとまるところに自然に居て、
ペンの力で人々の共感を呼び覚ますんだ。
これは、他の媒体ではなかなかできないから、
新聞がもつ元来の力、紙媒体の役目と私は信じている。

取材班の岡本記者が、東京の私のところにやってきたのは
もう、かれこれ2年以上も前のことで、
彼がうちの玄関先で、関西風に挨拶した時、
なぜ京都新聞が?と訝ったのだが。

彼の取材先は埼玉の独居ALS患者、谷岡康則さん。
ハンドルネーム「ベア」さんで、
療養の知恵を公開するために
自分でホームページを開設していた。

自立支援法に、医療制度に、ヘルパーの吸引、
法制度はどんどん様変わりするけれど、
社会の大きなうねりの中に、ALS患者の生は巻き込まれてしまう。

岡本さんのベアさん取材は長く続いたが、
病気の進行に加えて社会的なサポート不足で
ベアさんの療養生活はどんどん困窮していった。

でも、孤独に耐え、なおその先を生きようとする
ベアさんの言葉を、パソコンの画面に拾いながら、
思い悩む岡本記者の姿に、仕事の枠を越えた使命感と、
病者に寄り添う者へのシンパシーを、
ALSの家族当事者である私は感じていた。

福祉の地域間格差は深刻だ。

たとえば、ALSひとつをとってみても、
どこで発症し、どこに住んでいるかで
余命もほとんど決定されてしまう。

治療の選択は、患者の自己決定などといわれるが、
それこそが大きな勘違いで、
だから、公的介護制度の遅れた地域での
独居ALS患者の生存は風前の灯。

ベアさん独自の療養上の工夫とは裏腹に、
私にはとても心配していたことがあったし、
それに、岡本記者の参与に従って、ベアさんの本心も
次第に見え隠れしはじめていた。

クリスマスイブの夜をALS患者の谷岡さんと二人で過ごした。
谷岡さんが一九七〇年代の日本のロックバンド「頭脳警察」の
曲をかける。

命を捨てて男になれと言われた時は/震えましょうよね
逃げなさい/隠れなさい・・・・・・

死の自己決定を議論した後で、この歌詞の意味をどう受け止めたら
いいんだろう?それぞれの生きざまに出会うたび、心を揺さぶられた。 p54


岡本さんが拾ってくる言葉は、ベアさんの可能性を
広げるものばかりだったので、私たちはメールで相談をして
ペンの力を別様に働かせよう、ともしていた矢先に、
最悪のことが起こってしまった・・・。

ベアさんのことだけではなく、
取材班の記者たちが、密着取材した人たちの生は
どれもが苦闘の連続で、悲惨でさえあるものの、
力強く明るく描かれている。

これは取材した者の視点が、「こちら側」にあることを
確実に証明しており、重病を患う者の日常の幸福を
描き出すことに成功した、たいへん稀有な連載であった。
身も心も削って取材したであろう、若い記者たちに拍手を送ろう。

こうして、京都の大学に通院する東京人の私もまた、
京都新聞のファンになっていたので、
新聞協会賞の栄冠は輝くべきところに輝いたと思った。

新聞業界の倫理もまだまだ信じられる。
そう思わせてくれる受賞だった。



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2007年06月14日

『マドンナの首飾り-橋本みさお、ALSという生き方』山崎摩耶(中央法規)

マドンナの首飾り-橋本みさお、ALSという生き方 →bookwebで購入

「マヤヤが書いたみさおの本」

前回の続きで、真っ当なジャーナリストの書いた本を
取り上げようと思ってた矢先、
今朝ダウンロードしたe-mailで、がくっと力が抜けた。



さくら倶楽部より宴の御案内

入梅前夜、皆様にはお変わりありませんか
梅雨入りを記念して、また厚労省S氏の異動を祝い、
スコッチと焼き鳥の会を企画しました。
ご多忙とは存じますが、取りあえず飲みませう。
15日、金曜日19時ごろ402号室に、お集まり下さい。
いつものワインと久保田もあります。

 橋本みさお


配信先を大急ぎで確かめると、いつもお世話になっている厚生官僚、
売れっ子女子アナ、NHKの敏腕記者、帝京大のソーシャルワーカー、
ALSの当事者に家族にALS協会の若手理事、それに上野千鶴子さん・・・。

あのお、、怪鳥。  じゃなかった会長。
うちは健全なNPOで飲み屋じゃないんですけど(ひや汗)。
(まあ、健全な飲み処といえないことはないですが)

先々週は、東大に赴任されたばかりの清水哲郎先生を呼びつけた。
そしてまたその翌週は看護協会の小川理事だった。
いつもダンディなこのおふたりは、どうにも逃げきれず、
みさおの常連名簿に載ってしまった。

超多忙でも、操メールで直接呼ばれると断れないので、
仕事が終わり次第、練馬のマンションの一室に
駆けつけてくださる。

みさおさんは鼻からの経管栄養だから、
自分で用意した焼き鳥やワインは飲み喰いできないんだけれど、
美しくテーブルを飾って客人を歓待するのは大好き。
寝たきりでも甲斐甲斐しくヘルパーたちに指示出す姿は
料亭の女将と形容されることもある。

だいたい、毎月かならず偉い人たちを集めて
宴会しているALS患者は、世界中でキミくらいでしょう。

人工呼吸器が一時も放せないキミのような人は世間的には
「終末期」「不治の病」「延命」ってことになっているのに
まったく、重病人の自覚なしで、
世にも珍しいALS患者の独居生活をエンジョイしている。

呼吸器ユーザーのみさおさんとの会話は彼女独自の口文字盤。
私には読み取れない彼女の口文字を読むのは、
彼女が訓練をした若い学生ヘルパーたちだ(老練介護者も数名)。

だから、必ず第三者が介在する付き合いになるのだけれど、
そのようなコミュニケーション方法に
無駄のない暖かく強いつながりを感じるのは、
私だけではないだろう。

またITはALS患者の生活に不可欠なツール。
彼女も、かすかに動く足の中指に
タッチセンサーを設置して
夜中でもあちこちメールを打っている.

費やす労力と時間を感じさせない
みさおさんの文章は軽快だけど、
時に皮肉っぽい。

みさおさんが、もしALSじゃなかったら、
私たちはPTA活動でも出会っていたかもしれないね。
だけど、こんな数奇な運命のおかげで、
私たちは出会えたのだ、とも言えるし、
活動の場も、学校じゃなくて霞ヶ関や永田町のほうが
似合ってる、とも言えるかもね。

今回、紹介する『マドンナの首飾り』の作者、
マヤヤこと山崎摩耶さんも、<みさお倶楽部>の常連だ。
昨年は、毎週のように練馬のマンションに通って、
みさおさんの人生の聞き取りをしていた。
赤いスーツが似合う小柄でパワフルな人。

私から見ても、似た者同士のおふたりは、
ヘルパーの吸引問題をめぐってはあちこちで対立していた。
両極の獅子で、看護職の職域と独居患者の生存をかけて
闘った間柄でもある。

だから、マヤヤの筆によるみさお伝の出版は、
在宅医療という戦場を舞台に、
元看護協会理事の山崎摩耶さんが、
日本ALS協会の橋本みさおとの
終戦を誓って,そして、新たな共同戦線の場を
政治に見いだして書いた本だ、と私は読んだ。

というのも本書の中で、みさおさんのヘルパーたちは、
堂々と医療行為をしているが、それを支えてきたのは
地域の看護職という内容で、それこそが真実なのだから。

素顔のみさおとマヤヤが垣間みれる本。



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2007年06月02日

『何も起こりはしなかった』ハロルド・ピンター[著]喜志哲雄[編訳](集英社新書)

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「自由民主主義の名の下の人権侵害と言語の危機」

 今ほど、わが国の患者の自由が脅かされていることは過去なかった。 しかし、たぶんこのような私たちの危機感も、恒常化すれば議論にすらならなくなるにちがいない。 日本の医療もやがてまともな治療を享受できぬ者を大量に生み、法と自由の名の下に人々を差別化していくことになる。というのも、医学系学会は軒並み一方的で一面的な治療停止指針を盛り込んだガイドラインを策定中で、無言の患者の生命を毟ろうとしているからだ。  たとえば、救急隊が現場で救命しなくなっては何が救急だと私は言いたい。  また一部の医者や倫理学者は自発呼吸のない者から人工呼吸器を外し取るために、病人に一筆念書を書かせることを企んでいる。それを患者の「死ぬ権利」、またの名を「リビングウィル」などと呼ぶのだが、死に権利をかぶせてどうするのだろう。生きる権利を問われぬまま、病人は生きながら葬られているのに。
一般病棟では物言えぬ人のベッドにナースが巡回してくるのは、一日たった6回などというところもある。それ以上はナースを呼んではいけないとさえ言い渡されている。だから、実際は呼吸器を外すまでもなく、痰が詰まって死ぬこともある。ほら、法律を作る手間などいらないのだ。  もしも、本当に患者の視点に立つのなら、医療における作為的な行為の是非ではなく、むしろ不作為の行為にこそ注意を向けるべきであろう。無言の患者の多くは、ほどなく「自然に」死んでいくからだ。そうして日々大量無差別にこの国の人々は、病院や自宅で不作為、すなわち「自然」に殺されているのだが、「何も起こりはしなかった」ことになっている。 しかし、たまに現実が表面化すると途端に不味いことになってしまうから、書面と法をもって患者に死ぬ権利与えようなどということになってしまう。

さて書評にうつろう。題名はまさに『何も起こりはしなかった』。
アメリカには1980年台後半に約2年間、イギリスには1990年代の初頭に3年半ほど私もお世話になったのだが、その両国がこれでもか、とばかりにこき下ろされている。
この書は2005年度のノーベル文学賞受賞者、ハロルド・ピンターが、ユーモア溢れる演劇的センスと下品極まりない言葉を駆使して、アメリカとその「属国」となった母国イギリスを批判し続けてきた発言記録集である。

ノーベル文学賞授賞記念講演をはじめ、国連や各地での講演、チャンネル4、『ガアーディアン』、『オブザーバー』フィレンツェ大学や下院での演説、ヨーロッパ演劇賞授賞式前日に行われたマイケル・ビリトンによるインタビュー「劇作家として」などが収録されていて、短編ばかりだから読みやすい。

たとえば、メジャー雑誌のほとんどが掲載を躊躇したという「アメリカンフットボール(湾岸戦争に思う)」の凄まじくお下劣な詩の一節。

ハレルヤ!
これはいける。
おれたちはやつらのクソを吹きださせた。

おれたちはクソをやつらのケツに吹きもどし
やつらのオマンコくさい耳からふきださせてやった。

「当時広く認められた勝利主義、男らしさの誇示、戦勝記念行進などといったものから生まれた」というこの詩は、メディアに持ち込まれるたびに掲載を断られたのだが、編集主任たちの個人的意見は別にあった。つまり、彼らの中にはこの詩を読んだ途端、全面的に賛同し同感する者もいたのだ。だが、編集部に持ち帰って「同僚と話し合った上で」掲載には至らない。その繰り返し。

メディアはそう。書けないのだ。それにもっとも掲載すべきこと、大事なこと、現実に起こったことが掲載できない。そして、それらは「何も起こりはしなかった」ことになっていく。
言葉を操って闘うべき人たちが本来の力を失っている。(ハロルド。私も同じ気持ちよ。)

だから、ハロルドは有名メディアに次々とこの詩を持ち込んだ。
「私は卑猥な言葉を使っているが、それは卑猥な行動や卑猥な態度を描写するため」だとばかりに。
そうした彼の一連の行動は「メディアの実態を暴く」という題名で77ページから収録されている。権力を持つ者たちの言葉は常に上品で小手先のレトリックにより正当化されている。だから、国家による暴力的行為に対抗するテキストは下品で不遜でしかるべきであろう。ハロルドはメディアや言葉を駆使して戦う者たちに対して、どのように言葉を扱うか、お手本を見せたのだ。さもなければ作家は政治家になるしかない。

「真実を書くためには、恐ろしいほどの障害が現にありますが、私たちは市民として、自らの生活と自らの社会の真実を、ひるむことなく、ためらうことなく、知的決意を毅然と働かせて捉えようとすること―それが私たち全員に課せられている、決定的な義務なのだ、と私は信じています。」(ノーベル文学賞受賞記念講演)


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