2013年03月03日

『わたしは目で話します』たかおまゆみ(偕成社)

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「伝えることをあきらめない」

 著者のたかおまゆみさんとは何度かお会いしたことがある。
都内のALS患者さんのお宅に見学に来られた時、同席したのが最初の出会い。車椅子から立ちあがって、まだ歩けていた頃だ。彼女のブログの愛読者には「うさぎさん」とハンドルネームで呼ばせてもらったほうがしっくりくる。 

 うさぎさんは3人のお子さんとご主人との5人暮らし。ALS発症当初から家族には負担をかけない療養を考えておられた。ALSとは全身が徐々に麻痺して最期はほとんどどこも動かせなくなり、呼吸も止まる難病で治療法はない。でも気管切開して人工呼吸器を着ければ長く生きていける。患者は発症してしばらくするとそのまま死ぬか、呼吸器をつけて生きるかの選択に迫られる。

 うさぎさんは人づてに私たちの活動のことを聞いて尋ねてこられた。
お会いするとおっとりした中に芯の強さのある人だった。
この人なら病気とうまくやれるだろうと直感し、介護制度を使って暮らせば、家族に頼らずに、たいしてお金もかけずに自宅療養できることなどをお話しした。呼吸器選択のための最重要課題が介護のことだから、その方法を伝授した。


 あれから、3年以上の年月が経ち、連絡も途絶えがちになっていたが、本を執筆していることは知っていた。だからいつ刊行されるのか、心待ちにしていたところだった。うさぎさんのことだから、その素晴らしい言語感覚で何を書かれるのか楽しみにしていた。そしたら、子どもでもわかるような易しく丁寧な文章で、障害者の意思伝達について、とてもよく書かれている。うさぎさんは超特急並みの速さで全身の麻痺が進み、いつの間にか呼吸を確保するために気管を切り、声を失い話すことができなくなっていた。でも着々と言葉を紡ぎ続ける準備をしていた。

 それは、意思を伝えるために透明文字盤をかざしてもらえる環境作り。すなわち家族に頼らない他人介護という前提。それも待っているだけじゃ、使えない。この国の障害者の制度は市町村の裁量次第で、支給されるかどうか、何時間使えるかどうかまで決まる。地域間格差がはなはだしく、患者は病気と闘いながら、同時に地元の福祉行政とも交渉しなければならない。

 病気になっても自宅へ戻せっていう世の中の流行りがあるけれど、重い障害のある病人が自宅で生きていくためには、24時間誰かにそばにいてもらって、吸引をしながら全身を時々動かしてもらって、呼吸器の管理をしてもらわなければならない。その役目はたいてい家族。家族の中でも弱い立場の娘とか、働いていない息子とかになる。だけど、家族に自分の介護をさせたくないって、たいていの母親患者は、そう思ってる。それに、いつでも遠慮なく言葉を読み取ってもらうためには、どうしても24時間の介護保障(全他人介護)を市町村と交渉して勝ち取ってこなければならない。


 うさぎさんは、呼吸器をつけてから「口で話す」機能を失ったけれど、自治体との交渉には成功して、「目で話す」技術をマスターし、本一冊分の読み取りを実現した。難病ALSから「言葉」を取り戻したのだ。
うさぎさんは元気な時には聾学校の教員として活躍。夫の赴任先のドイツで、独学でドイツ語をマスターした。男女共同参画会議の委員もした。これらすべての経験がALSを生きるために使われ、たとえ会話はできなくなっても、心の底から湧きあがる「言葉」をまばたきを使って伝えている。
声を失っても伝えることを諦めなかったたかおまゆみさん。
家族に頼らない在宅療養を、その地域で初めて切り開いたまゆみさん。
絶体絶命のピンチにも脱出の道は必ずある。だから、生きている限り諦めない。改善の方法を探り続ければいい。

 うさぎさんは、「目で話す」方法についての本を書いたんだけど、私が諦めない限りあなたも諦めないで、いつも私の目をみて「言葉を拾って」と呼び掛けているような気がする。

社会とはまさにそういうもので、どんなに小さな声でも読み取ろうとする気持ちがなければ、上から一方的に下される声に、ただ従うだけになってしまう


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