« 2009年09月 | メイン | 2009年11月 »

2009年10月28日

石原千秋×紅野謙介 対談「今、「教養」を呼び戻すために」その3

河出ブックス創刊に際して行われた『文藝』誌上での対談の第3回(最終回)です。

:::::

【発想の奥行きに応えていく選書として】

石原●選書と新書は書き手にとってどのように違うのかなと考えた時に、本屋さんに長く置いてもらえるというメリットは大きいと思うんです。これは選書の物質的基礎を考える時には重要なポイントで、大きい本屋さんでも新書って既刊分はもちろん、毎月の発行点数も完全に新書コーナーのキャパシティーを超えてますよね。ところが選書はそれほどでもない。

それに街の本屋さんがどんどん消えていく反面、大型書店は増えているわけで、そうなると大型書店としても頻繁に入れ替えずに売れた分を補充すればすむ選書の棚を持っておくのは、非常に助かるわけです。書き手としても、そういう形で安定した棚に自分の本を置いてもらえるのは、書こうとするテーマにも影響を与えるんです。

紅野●当初、選書や叢書が出来たときも、出版市場の変化の中で一定数を確保しつつ、棚の中に置いて提示できる量にしなければならないという発想が生じていたんだと思うんです。それがもう一回、別の形で甦ってきているんじゃないかと思いますし、先ほど石原さんが言われた、グランドセオリーやビッグネームが見えなくなってきた、そのことに若い人たちも気付き始めている。

そういった人達に向かって、少なくとも何かを考える手がかりになるようなものがあれば、それこそが教養のとっかかりになると思うんです。教養って、そのようにして一つ一つのパーツを自分の中に取り込んでいって、組み合わせてまた次を見つけるためのものだから。

石原●はじめは断片的であって構わない、教養はそれを吸収して発酵させて新しい何かを見出すための装置のような側面がありますね。実体化するのではなくて、動かすための装置として教養が機能してくるのではないかな。さっき「責任力」って言葉が出たけど、実は「教養力」って必要なのかもしれない(笑)。

自分で断片を時間軸や平面に構成できる人もいるし、そうでない人もいる。だから、断片を発酵させる装置としての力を持っている、これが理想の選書だと思うんですよ。河出ブックスが今後「教養力」のように、情報を動かしていく力を選書自体に植えつけてくれると大学生にも大学院生にも勧めやすいし、非常にありがたいなと思います。

紅野●新書は発想の転換というか、ものを考え始めて煮詰まったときに、切り替えていくためのシフトチェンジのような役割を果たすものとしてある。選書の場合は発想の切り替えだけでなく、奥行きを考えなければいけないと思わされるし、「ちょっと探りに行こう」と思ったときには、いくつもの入り口が見えてくる。河出ブックスも、そのようなシリーズになるといいなと思うんです。

―─最後に、今日お話しいただいた、選書の役割についての話を踏まえて、今回ご自身がお書きになった河出ブックスの中身について簡単にお聞かせいただけますか。

石原●今回の『読者はどこにいるのか』は、これまで僕が書いてきた読者論と新しく考えた読者論とを再構成して書いたんですけど、我々書く立場の人間にとっても、新書を書く場合、選書を書く場合、単行本を書く場合って、それぞれ異なる読者像を考えるわけです。

では読む人は様々な書物の中で自分がどういう読者として振る舞えばその本がよりよく読めるのか、そういう意識を持ってもらえたらいいなという願いがあったんです。だからサブタイトルを「書物の中の私たち」としたんですが、それこそ歴史的に成立した近代読者としての私たちが書物の中で抽象化されて、読む主体となってどのように振る舞えばいいのかということを書きました。

紅野●僕の『検閲と文学』のテーマは、自分が抱えてきた色々なテーマを研究してきた中で派生してきたものなんです。僕自身は検閲を最初から意識して考えてきたわけではない。しかし、これまでも日本の近代文学の場合は否応なく発売禁止問題が関わってきました。だから意識はしていたんですけど、特にそのこと自体は考えていなかった。

たまたま中里介山という作家の「夢殿」という小説を考える機会があって、当時、その小説の掲載頁が切り取られて売られたということが分かった。発売禁止ではなく雑誌の一部が破られているんです。「出来上がった雑誌の頁を破るとは一体どういうことなんだろう」と考えて、調べ始めたんです。ピンポイントの狭いところから始めたんですが、この狭いところからどこまで広いところへ行けるかということをやってみようと思ったんです。

作品についてはほとんど分析をせずに、文学者たちが検閲を巡ってどのような形で結びつき、運動を起こしてきたのかを書いてみました。これは私流の「実録ヤクザ映画風日本近代文学史 検閲暗闘編」なんです(笑)。

(『文藝』2009年冬号より)


2009年10月26日

石原千秋×紅野謙介 対談「今、「教養」を呼び戻すために」その2

 

河出ブックス創刊に際して行われた『文藝』誌上での対談の第2回です。

:::::

【連鎖する読書としての役割】

紅野●今までの総合雑誌というのは、様々な事象がセグメント化されながら載っていて、それらを投げ与えられながら自分で取捨選択して読んで考える、という流れになっていた。でも今は、その中のある部分だけがひとかたまりに持ち出されて、一定の見通しなり解決なりが与えられると満足するという状況に変わってきている。色々なものを繫ぎ合わせて考えていくという雑誌の形態に対して、皆がついていけなくなってきた。

石原●なるほど。そこから選書の話に移っていくと、さっき僕が言ったタレント本、政治家の本、お金儲けの本、時事問題の本って、選書にはほとんどないんですよね。だから昔新書がやっていたものを選書が受け持つようになってきたと思うんです。読者数の問題もあって、新書だったら一万数千部は刷らなければいけないけど、選書は基本的にその半分でいいわけです。読者層と読者数の問題がテーマと質を決めていく力として強力に働いている気がします。

紅野●そう思いますね。かつての段階において新書と選書は区分がなされていて、新書の方はもちろん研究書的なものもあったけれど、選書はさらにクラシックでありハイレベルだった。現状を考えると、かつての新書にあたる部分がいま選書なのですね。新書・選書とひとくちにいっても、そのときどきの人文系書籍出版の地図のなかで位置が変わってしまうところがある。

石原●新書ブームが教養から離れていったもう一つの理由は、論じる対象としてのビッグネームがいなくなったこと。近代的思考を更新する現代的思考が出尽くして次が出てこないという状況です。つまり、グランドセオリーというか、大きな物語が出てこなくなった。だから、かつてのようにフーコーを押さえればいいとか、デリダを押さえればいいといった前提がなくなってきた。新書が教養を手放さなければいけなくなった要因がここにもあると思うんです。

しかも、ニューアカのあとに来たカルチュラル・スタディーズは情報量が勝負だから、おそらく新書に合わなかったんですよ。一時期の講談社選書メチエがカルスタを集中的に出しましたが、新書という器、つまり原稿用紙二百数十枚ぐらいでは無理だったんです。新書にはカルスタ入門はあっても、カルスタというモードそのものは見送らなければならなかった。だから、カルスタがモードだったこの一五年間に新書は人文学から離れてしまった。新書はカルスタを教養にすることができなかった。

だからこそ、選書がもう少し突っ込んだ形で受け持ってくれるようになればいいなという期待を持っているんです。一二〇〇円程度であれば学生にもすすめられるわけですから。そういう期待があるんです。ところで、今回の河出ブックスはどういうコンセプトなんでしょうか。

――「連鎖する読書」と呼んでいるのですが、色々なジャンルをまたがって読むことができ、全く知らないジャンルに手を出してみようと思ったときに、軽すぎも重すぎもしないけれども、そこには歯ごたえがある、そういったクオリティのものを揃えたいという考えがあります。

他に、狙いの一つとして、歴史のファクターを積極的に入れていくつもりです。現在の読者が、分かった気にさせてくれる情報に飛びつく事実と、ある程度のボリュームの本が読めなくなった事実はどこかで結びついている気がしています。その中にあって、歴史的経緯を踏まえて時間のファクターを入れ込んだ作品を通じて、時間をじっくりかける読み方を提案したいのです。また、そういう作品に飢えた新たな読者も生まれてくるのではないかという期待も持っています。

石原●新書で歴史のジャンルといえばもちろん中公新書だけど、選書であればメチエがピンポイントでやっていますよね。メチエとの差異化についてはどういうふうに考えているんですか?

――テーマ設定をあそこまでマニアックにせず、ポピュラーなテーマ、ともすれば時事的な話で済まされがちなものにも歴史の視点を入れていく。ポピュラーなテーマ設定でありながら……

石原●それを時間軸に沿って説明できる人を、ということですよね。そうすると書き手はある程度の年齢でないと難しくなってくるんじゃないでしょうか。メチエって、若い書き手を発掘しているじゃないですか。博士論文を改稿したものも結構ある。若手を発掘するのはすごくいいことなんだけど、時間軸に沿って説明する仕事は、人文学の場合、やっぱりある程度の年季が必要になってくるんじゃないですか。

紅野●確かに年季も必要なんでしょうけれど、蓄積型の学問だけではない部分もある。先ほどの教養と教養主義の問題でいえば、歴史学って実は際限がなくなってきている。「あれも知らなきゃいけない、これも知らなきゃいけない」っていう話になってくると、どうしても重くなってしまう。

僕は「学生はこういう本を読まなければいけない」というような課題を掲げるつもりはないんです。「これについて何か考えなくてはいけないな」と感じたときに、選書のような立ち位置の本が手に取れるような形であればいい。時間と歴史の問題でいえば、今現在の自分の問題とはすぐに繫がらないかもしれないけど、そこにある間接的な線を引けるかどうかが大事で、その線を繫いでいくのは、教員や大学の果たすべき役割ではないかなと思っているんです。

石原●それはまったく同感です。大学でそれができるのは演習ですね。講義はどうしても教師がストーリーを作らざるを得ませんが、演習では断片を再構成してストーリーを作るのは学生ですから。これからの大学は演習重視で行くべきだと思っています。

歴史や時間に関しては、たとえば日本語の乱れ問題なら、時間軸に沿った知識がないまま、今現在だけを見ている。現在と自分が過ごしてきた過去とを比べて、今は乱れているって騒いでいるだけの人がほとんどじゃないですか。そうではなく、きちんと時間軸を導入して日本語について書いた本があるのは非常に大切だと思うんです。

紅野●この対談が出るころには選挙も終わっているけど、大体政党の党首がさ、「責任力」なんていう言葉を使うんだから(笑)、それこそ本当に乱れているわけでしょう。逆に言うとそこまで乱れているのだから、あまり「乱れ」ということを言わずに考えなければいけない。もし自分なりの美意識を持つのであれば、その中において首尾一貫させるしかない。

文法ってある段階のある地域の文法をとりあえず標準文法としましょう、みたいな話で出来上がったに過ぎないわけです。自分達の使っている言語と違う言語状態が現れたら、それを「乱れている」と言う。その発想になっている限りにおいては、一元論だけなんですよ。大事なことは「乱れ」と言われかねない言葉の揺れている現在そのものに寄り添いながら、そこで起きているものを見ていくことではないでしょうか。

石原●ほんとにそうですよね。今の学校文法は基本的に平安時代の貴族の日本語を基準にしているわけで、そこから見れば、たとえば江戸時代の日本語なんて例外だらけで大乱れですよね。だから日本語乱れ論者は戦後に標準語を強化した時代に育った人たちに多い。それは歴史的な経緯のひとコマにすぎないということを、ちゃんと理解しておいてもらわないと困るんです。


 

2009年10月24日

石原千秋×紅野謙介 対談「今、「教養」を呼び戻すために」その1

河出ブックス創刊から2週間、おかげさまで早々に重版が決まったタイトルもございます。

さて、今回は、この創刊に際して弊社の『文藝』(2009年冬号)誌上で行われた、『読者はどこにいるのか』の石原千秋さんと、『検閲と文学』の紅野謙介さんの対談をお送りします。

新書ブーム以後の「教養」のあり方を問う、読み応えある内容になっております。3回にわけてアップいたします。

:::::

【教養という「動詞」をいかに動かすべきか】

――この一〇月より選書シリーズ「河出ブックス」を立ち上げる運びとなりました。ここ最近の新書ブームもあり、選書を出すにあたって「では、新書と選書はどう違うのか」としばしば問われます。創刊に加わっていただいたお二方にまずお伺いしたいのですが、昨今の新書ブームをどのように捉えていらっしゃいますか。

石原●僕らの学生時代には研究書と新書は地続きでした。たとえば、知らない固有名詞ばっかり出てくる越智治雄さんの『近代文学の誕生』(講談社現代新書)、論の展開が高度な中西進先生の『万葉の世界』(中公新書)を学生時代に読んで、ものすごく難しかった記憶があります。でも、これを読めないようでは国文学科の学生として恥ずかしいという思いがあった。『ゴリラとピグミーの森』(岩波新書)とか『羊の歌』(同)のような薫り高いエッセイもありましたが、あの頃の新書は研究書の水準を落とさずに書かれたものも少なくなかったと思います。

各社が新書に参入するようになったきっかけは筑摩書房が創刊した「ちくま新書」が成功したからではないかと思うんですが、今年創刊一五周年を迎えるちくま新書は『フーコー入門』など西洋哲学のビッグネームのスタンダードな質のいい入門書にゆるやかにシフトしていた。しかも、それが必要とされる時代になってきていた。その辺りから新書の役割が少し変わってきたと思うんです。

紅野●やはりある時期から、内容や文体も含めて明らかな変化を遂げてきた経緯がある。確かに新書といえば、それで充分な勉強はできるし、あるいはそこからものを考えていくことのできる出発点としての嚙み応えが新書全体としても確実にあった。一九六一年の丸山眞男『日本の思想』(岩波新書)などは、その後、批判にさらされたけれども、古典というべき評価を受けたし、ひとつの思想書でもありました。でも、その啓蒙性が批判を受ける時期が来る。そしてさらに上から目線の啓蒙がなくなり、この一五年か二〇年ぐらいの間に起きた市場の変化で、大勢はとにかく分かりやすいものに移っていかざるを得なくなり、新書の乱立状況を呼びましたよね。

石原●新書ブームが成立した一つの要因はニュー・アカデミズムだと思うんです。ニューアカが一九七〇年代の終わりから八〇年代に知の世界を席巻したけれど、初期は色々な名前がマッピングされないまま紹介されていた。ミシェル・フーコーは構造主義の一員だ……というような紹介すらあった。お祭りみたいに華やかで楽しかったけど、それを整理する役割を『フーコー入門』のような新書の入門書が担っていった。社会科学や人文学はニューアカの時代にかなり重装備の理論武装をしたじゃないですか。それを啓蒙する仕事を新書が引き受けたのだと思う。

紅野●そうですね。ただそれが五、六年あるいは一〇年ぐらいのスパンでガラッと変わりましたよね。重装備を逆さにして軽量化する形で進んでしまい、ボディスーツを身軽なものに変えていかざるを得ない傾向にあった。僕は石原さんのように書き分けることができず、新書をずっと書けずにいます。何故書けないのかといえば、自分の能力の問題でもありますが、求められていくものが軽くなり始めた真っ最中で対応できなかったからのような気がしているんです。重量級の新書もあるわけですが、一方、たとえば「十五分でわかる日本文学史」とか、そういう企画になってしまうわけですよ(笑)。

僕自身はたいして重くもない存在だけれど、そういう自己認識以上に軽くなることを求められているのを感じていました。しかし、そういうのは、分かる部分を整理するだけであって、実は分からないことは分からないままでしょう。思想にしても現実や歴史の問題にしても、分からないことだらけなのに、現在の新書はともかく分かるように見せなければならなくなった。実際我々がやっている研究って「ここまでは分かるけどここから先はよく分からない。分からないことに関してはこういう推測をしてみますが……」というところまでやって、後は別の人にバトンタッチしていく以外に無い。

新書と選書を比較する上で「教養とは何か」というアプローチは大事だとは思うけど、教養って、たとえば「伝統」という言葉と同じように、実体として考えてしまうと重くなるし、どこまで行っても教養の奥には辿り着けなくなってしまう。教養主義というのはそうした実体論だったと思います。しかし、教養というのは実際には動詞であって、働きかけて「問題」を見つけたときに呼び出される。そのときに必要な道具や考え方へ導かせる材料が「教養」で、それを呼び出す能力があればいいものだと思います。

石原●たしかに、学問と教養との関係はおっしゃる通りですね。一九七〇年から七五年のわずか五年間に大学進学率が二〇パーセント弱から三〇パーセント弱まで一〇パーセントも上がった時期がありました。あの五年間に教養主義が大きく変質したんです。

その変質を上手にからめとったのがニューアカの運動で、大学が大衆化した時期と、ニューアカが知の世界を席巻した時期がほぼ一致するんです。ニューアカがなぜ大衆化できたかというと、実体化された教養、つまり知識量ではなく思考のパターンをテーマにしたからですよ。思考のパターンをひっくり返そうという運動だった。あるいは、見えなかった思考を見えるようにする運動だった。それは、大衆化した大学生にとって入りやすい新たな教養だったと思うんです。

僕の見るところ、現在の新書の軽量化は文学と現代思想の方面に強く現れていますね。前者は文学部の衰退を背景としていますし、後者は現代思想がもはや思考ではなく、思考の前提としての情報となったことを意味しています。

紅野●七〇年から七五年っていったら、まさに石原さんや僕が大学生になるころじゃないですか。大学進学率が一〇パーセント上がって、かなりの人たちが大学に行く状況の中で我々自身も実際に大学に入ってみて、「大学で勉強しているだけじゃなくて、外で本でも読まないと教養は身につかないな」と思い始めていく。六八年くらいに学生運動が起きて大学自体が批判されるわけだけど、その外側にある「知」を信じている部分があった。それがニュー・アカデミズムによってもう一度批判に晒されるんだけれど、それでも本の形で提示される知性に対して、「教室にはないかもしれないけれど本屋にはあるかもしれない」って思う部分があった。だからこそ本をどういう形態で出していくべきか、そのスタイルにいろんな模索があったのだと思う。

各出版社が本のスタイルとして選書・叢書式を一斉に出そう、つまり今から一五年前の新書ブームとは違う、三〇年、四〇年近く前の段階で叢書・選書形式の本に、みんなで向かっていく気分があったわけです。それが先ほど挙げた大学の外にある新たな知性だった。多くの叢書・選書の出発は、六〇年代末から七〇年代にかけてです。それは僕らのような学生をターゲットにしていたのでしょう。ニュー・アカデミズムの登場は八〇年代でしたね。僕らはすでに大学を出たあとで、教師をしながら大学院などに行っていた。彼らの活躍はすごくまぶしく見えました。ニューアカの特徴としては本の形態そのものにも意識的で、まったくそのコンセプトを新しくしましたね。しかし、対抗して変化したときは新鮮だったんだけど、変わりきってしまったところで今度は市場原理にとりこまれる側面があった。

石原●あの頃、筑摩書房には筑摩叢書、岩波書店には岩波全書というシリーズがありました。筑摩叢書は教養そのもので、好きでした。岩波全書は教科書的でしたが、レベルが高くて、僕みたいな学部生には歯が立たなかった。僕は、新書が教養から少しずつ外れていった要因が四つあると思っているんです。一つはタレント本が書かれるようになったこと。二つめは政治家が新書で本を出すようになったこと。三つめはお金儲けの本が出てきたこと。最後は、新書で時事問題を追い始めたこと。これらを引き算すると僕たちの時代の教養が浮かび上がってくるでしょ。僕たちの時代の教養には、この四つの要因を批判的に見るスタンスがあった。

いまこの四つの要因によって新書が書かれることで、新書の寿命がすごく短くなってきていますよね。わかりやすい例では、小泉改革を批判した新書はもう命を失ったわけです。小泉改革を歴史的に検証する資料にはなるかもしれないけど、現在形の命はもうない。総合雑誌の特集一つ分ぐらいが新書になってすぐ出てしまうことが新書の寿命を短くさせていますよね。でも、教養からの離脱はマイナスばかりじゃない。たとえば貧困問題に関連して『ベーシック・インカム入門』(光文社新書)が新書で出たインパクトは大きい。僕は外出するときには必ず専門外の新書を持っていきます。これで世の中のことが勉強できますよ。


2009年10月10日

「河出ブックス」 いよいよ発売です!

 

ちょうど1ヶ月前からご紹介してきた「河出ブックス」、いよいよ発売となりました!
改めまして、創刊の6点は以下のとおりです。

●石原千秋『読者はどこにいるのか――書物の中の私たち』
●島田裕巳『教養としての日本宗教事件史』
●橋本健二『「格差」の戦後史――階級社会 日本の履歴書』
●紅野謙介『検閲と文学――1920年代の攻防』
●坂井克之『脳科学の真実――脳研究者は何を考えているか』
●西澤泰彦『日本の植民地建築――帝国に築かれたネットワーク』
(定価:各1260円[税込])

おかげさまでここまで漕ぎつけることができました、感無量です。
シリーズの創刊に携われるなんて、なかなかあることではありません。
今夜はこの喜びを噛みしめたいと思います。

ぜひお手にとってご覧ください!


 

2009年10月04日

開催迫る! 「河出ブックス」創刊記念トークセッション

 

「河出ブックス」の創刊まで、あと1週間を切りました。
再びのご案内になりますが、創刊直後の今月15日、下記の通り、創刊記念トークセッションを開催いたします。
すでにご紹介した創刊ラインナップに入っていただいた、石原千秋さん、島田裕巳さん、そして現在ご執筆中の五十嵐太郎さん、永江朗さんの4人がパネラーです。
皆様のご来場を心よりお待ちしております。

* * *

第59回紀伊國屋サザンセミナー
「河出ブックス」創刊記念トークセッション

「いまこそ〈教養〉を編み直す
新書から選書へ――新たなフロンティアへの招待」

■出演 石原千秋 島田裕巳 五十嵐太郎 永江朗
■日時 10月15日(木) 19:00開演(18:30開場)
■会場 新宿・紀伊國屋サザンシアター(紀伊國屋書店 新宿南店7階)
■料金 1,000円(全席自由、税込)
■チケット前売所
キノチケットカウンター(新宿本店5階/受付時間10:00~18:30)
紀伊國屋サザンシアター(新宿南店7階/受付時間10:00~18:30)
■電話予約・お問合せ 紀伊國屋サザンシアター(TEL 03-5361-3321、10:00~18:30)
■共催 河出書房新社/紀伊國屋書店
■サイン会開催
当日、会場ロビーにて、石原千秋『読者はどこにいるのか』(河出書房新社)、または、島田裕巳『教養としての日本宗教事件史』(河出書房新社)をお買い上げの先着150名様に整理券を配布いたします。

■講師略歴
○石原千秋:1955年生。早稲田大学教育・総合科学学術院教授(日本近代文学)。『漱石と三人の読者』『教養としての大学受験国語』ほか。河出ブックスの創刊に『読者はどこにいるのか』を執筆。
○島田裕巳:1953年生。宗教学者。文筆家。『日本の10大新宗教』『創価学会』ほか。河出ブックスの創刊に『教養としての日本宗教事件史』を執筆。
○五十嵐太郎:1967年生。東北大学教授(建築史・建築評論)。『新編 新宗教と巨大建築』『現代建築に関する16章』ほか。河出ブックスでは『戦後日本建築家列伝(仮)』を執筆中。
○永江朗:1958年生。フリーライター・評論家。『批評の事情』『〈不良〉のための文章術』ほか。河出ブックスでは『タブーと発禁の出版文化史(仮)』を執筆中。