« 2013年10月 | メイン | 2013年12月 »

2013年11月12日

『サイコバブル社会―膨張し融解する心の病―』林公一(技術評論社)

サイコバブル社会―膨張し融解する心の病― →紀伊國屋ウェブストアで購入

「精神科医、快刀乱麻を断つ!」

 最近、『それは「うつ」ではない』(A・ホーウィッツ / J・ウェイクフィールド著 伊藤和子訳 阪急コミュニケーションズ 2011)を読んだ。うつ病の歴史・社会的背景を綿密に追跡し、精神医学のアメリカ診断基準DSMを批判した力作であった。何よりも驚いたのは、現行DSMの雛型作成の仕掛け人とも言うべき精神科医スピッツァーが序文を書いていることだ。懐が深いのか、政治的計算があってのことか解らないが、専門家であれば一読の価値がある充実した一冊だった。

 が、日本にも似た題名の本があった。『それは、「うつ病」ではありません!』(林公一著 宝島新書2009)だ。前者のタイトルは、ここから拝借したのではないかとすら思う。是非推薦したい一冊なのだが、再版されていない。ということで、今回は、同著者による別の一冊、『サイコバブル社会』を取り上げてみた。

 冒頭の『それは「うつ」ではない』をはじめ、混迷する「うつ病」をめぐる著作は多い。「心の風邪をひいていませんか?」というコピーが世に現れたのが、ミレニアム曙の直前。以来、「うつ病」は、燎原の火となって蔓延した。精神科医も大いに困惑し、対策に難儀している。感慨深い理論を展開させる臨床家もいれば、難解すぎたり、乱暴すぎたり、愚痴をこぼすだけだったりの状態が10年以上続いている。「鬱」を礼讃する五木寛之が、精神科医対象も含めて、講演に駆り出されっぱなしと聞く。他方、先月からは「うつ病は、心だけでなく、体の痛みも治療できます」と、抗うつ剤のテレビ・コマーシャルも流れ始めた。巷は、診断基準が悪い、製薬会社が悪い、医者が悪い、患者が悪い、会社が悪い、と誰かを槍玉に挙げる活字やTwitterやお喋りで溢れている。

 そうした状況をいち早く察知して、林公一は『擬態うつ病』(宝島社新書 2001)を出版し、刺激的なネーミングとともに警鐘を鳴らした。時代を先取りした『擬態うつ病』は、続編『それは、「うつ病」ではありません!』へ、『擬態うつ病 / 新型うつ病 実例からみる対応法』(保健同人社 2011)へと進化している。しかし、著者が快刀乱麻を断つのは、うつ病ばかりではない。本書にも、アスペルガーやアルコール依存、PTSDが登場し、著者のテリトリーが広範囲に及ぶことを示唆している。

 林公一はハンドルネームだそうで、1997年から「Dr.林のこころと脳の相談室」を運営する精神科医・医学博士という以外、経歴は不明だ。相当に評判のサイトらしいが、本書にも登場する実例のほとんどは、公開前提でサイトに寄せられた相談を改変したものらしい。診察室だけからは伺えない声、つまり本人や家族はもとより、友人や同僚の心配・困惑・憤懣が織り成す「病気」の実態が、著者の論説に説得力を与え、個別の症例を超えて社会を見る視野を提供している。

 書籍においては、2001年から明確なメッセージを発信してきた林公一だが、『サイコバブル社会』の警鐘の音はひと味違う。
 まず、表題の意は、精神疾患についての情報が膨張・氾濫(バブル)することで、半知半解(バブル=喃語・赤ちゃん言葉)が蔓延し、病気と正常反応との境界すら融解して、病気でないものまで医療の対象にする(アブノーマライゼーション)社会、という解釈から来ている。文意が明解で読み易く、不謹慎でない程度に本音を告げているので、主旨が気概とともに伝わってくる。メンタルクリニックの増殖を、新型インフルエンザ・パニックで増産されまくったマスクに喩えるなど、随所の連想が辛口ながら的を射ているのも小気味よい。簡潔で平易な一冊にしては、問題提起が的確になされ、かつ対策が提示されている。余りにも簡潔すぎて物足りなさを感じる読者もいると聞くが、改めて眺めると、大事なことは言い尽くされているように思う。

 やや長くなるが、アブノーマライゼーションの波紋として生じている「ネオ反精神医学」についての引用を挙げる。本文のほかの箇所に比べると、硬質で油断の少ない文章だが、「サイコバブル社会」を歴史的に展望した卓見が凝縮されている。

 歴史は繰り返す。表情を変えて繰り返す。かつての反精神医学は、亡霊のように現代によみがえりつつある。ただし表情が違う。反精神医学は、「精神科医は、なんでも精神病にして、監禁しようとする」が主旨だった。現代によみがえりつつある反精神医学はそれとはニュアンスが違うので、ネオ反精神医学と呼ぼう。…「精神科医は、なんでも心の病にしようとする」である。…

 …反精神医学は、差別・隔離への反動だった。ネオ反精神医学は、特権付与への反動である。現代の精神医学は、訪れた者をなんでも心の病にして、特権を付与している。その特権とは、休養であり、自由であり、批判の禁止である。特権が付与される心の病の表情は、明るい病気になったうつ病だ。いや、本物のうつ病患者なら、特権という言い方は大不適切である。回復のためには休養させてそっとしておくのが最善だから。しかし、本物でないうつ病が混じってくると話は全く別だ。そこには、不信が生まれてくる。…精神科についてのすべてが、悪意の解釈にさらされることになる。…クリニックのサイトの誘い文句は、病気でないものを病気と決めつけ、不要な治療、不要な投薬をして金もうけすることが目的と解釈される。自殺者数の増加に注目させるのは、医療業界と製薬業界の商魂によると解釈される。製薬会社の治験広告は、誰でもいいから薬を買わせようとしていると解釈される。
 五十年前、反精神医学の台頭が結局は真の心の病の人々から治療の機会を奪ったように、現代、ネオ反精神医学が台頭すれば真の心の病の人々から治療の機会が奪われるであろう。

 Dr林の『サイコバブル社会』は、医者も患者も家族も友人も同僚も上司も製薬会社も、素性を問わずに読んでもらいたい警醒の書だ。


→紀伊國屋ウェブストアで購入