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2010年05月05日

『夏の流れ―丸山健二初期作品集』丸山健二(講談社文芸文庫)

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オブセッション 三島由紀夫との分岐点

 「シェパードの九月」という中篇がある。犬の飼い主としての遍歴を綴ったもので、おそらくは丸山自身をモデルとしているのだろう。飼い主の執着と途方もない勝手に翻弄される犬たちは、次から次へと淘汰されていく。早い話が、随分と乱暴な話だ。  
 そうかと思えば、高倉健が堂々と表紙を飾る『鉛のバラ』は、暗黒界の大物であった老人が出所して帰郷するという筋立てで、彼の一挙手一投足と意識の流れが隈なく記される。高倉健まで塩梅された(しかもカラーとモノクロ一枚ずつ)読者には、彼以外のキャラクターを想像する余地もない。  
 はたまた、『千日の瑠璃』にいたっては、「私はインコだ」「私はため息だ」「私は温泉だ」「私はすき焼きだ」と私の千変万化が千回続く。千日回峰を思わせる日記の体裁は、それだけで読む者を圧倒させる。  
 『猿の詩集』では、南方の戦地で上官に射殺された22歳の兵士の魂が宙を彷徨って、鳶に浚(さら)われ、故郷の山の老いた白猿に憑依するという奇想天外な構想が開陳される。標準的句読点や段落使用をいっさい度外視した文体は、乱れているどころか頑強にすら映る。

 新たな作風を創造することで名高い丸山だが、実験という自由精神とは裏腹に、わたしはそこに自己制御への加速を感じてならない。作品世界が凝縮されるだけでなく、その凝縮へと駆り立てられるかのように没入していくエネルギーには鬼気迫るものがある。丸山健二の意識のあり方には、尋常でないコントロールと異様な修練の匂いがする。

 そうした修練の端緒を『夏の流れ』に嗅ぎとるのは難しい。けれども、三島由紀夫は丸山の偏執をおそらくは誰よりも早く見抜いていたようだ。
 丸山健二は表題作でもある「夏の終わり」をもって、昭和42年当時としては最年少(23歳)で芥川賞を受賞している。選者のひとりであった三島由紀夫は、以下のように論評している。「男性的ないい文章であり、いい作品である。(中略)しかし二十三歳という作者の年齢を考えると、あんまり落ち着きすぎ、節度がありすぎ、若々しい過剰なイヤらしいものが少なすぎるのが気にならぬではない。そして一面、悪い意味の『してやったり』という若気も出ている」。 
 肉体と精神の過酷な規制を旨とした三島には、丸山の意識に潜む過激な自己規制を感じとることができたのだろう。

 丸山健二は、三島の偏執とは異なる偏執を辿ることになる。丸山が文壇の喧騒を離れて信州大町に隠棲していることは有名だが、庭作りに精魂を傾けていることも写真集をはじめとする著作によって知られている。犬に、ジープに、そして草木へと偏執の対象を移してきた丸山は、今や早朝4時の起床とともに庭仕事に着手し、毎朝の剃髪を怠らずにスキンヘッドを保ち、同じく毎朝の2時間を執筆に専心し、残る時間を再びの庭仕事に費やすという。350坪の庭を相手にすることは、生半可なガーデニングとは訳が違う。野生を文明化する生殺与奪の労働である。寿命のある犬とは違って、草木には循環する四季とともに蘇る生息がある。犬ならば寿命を待つか遺棄する以外にありえない死も、草木にとっては茶飯となり、殺生も必須とすらなる。

 安曇野の田舎に蟄居(ちっきょ)しているからといって、エコライフを送っているわけでは毛頭なく、むしろそこでだけ可能となる戦闘に、丸山は強迫的なまでに没頭しているようだ。三島のボディビルディングに匹敵する反自然の行為を、丸山は草木や土を相手にしている。丸山がマシンを駆使して草木を伐採する姿は、ハードロック野郎さながらである。
 庭園とは所詮、反自然の行為である。野晒(ざら)しを拒み、成育する種(しゅ)を選抜し、己の審美眼に叶った形へと故意を発現させる。大地に根を下ろした大小の生息の調和を破壊し、自らの望む調和を再構築していく。それは大地や天変との闘いであり、交渉であり、融和であり、妥協でもあるだろう。ターシャ・テューダーが『ひつじのリンジー』を書く一方で、丸山は『争いの樹の下で』を書いているのだ。

 三島の偏執が自己という閉鎖系に監禁され、それゆえに市ヶ谷での自害という極端に開かれた行為をもって幕を閉じなければならなかったのとは対照的に、丸山は自己の肉体を極限まで使役しながらも、自己以外の生を巻き込み、究極的には土に還るという開放・循環系を開拓した。
 かつて、三島由紀夫は『禁色』において、俊輔に託しつつ、日本庭園を論じている。

…この庭の結構にせよ、…極度の人工性が自然の巧みな模写のうちに、自然を裏切ろうと企てていることである。自然と芸術作品とのあいだには、世にも親しげな隠密の叛心があるのである。芸術作品が自然に対する謀叛は、身をまかせた女の精神上の不貞に似ている。…しかし自然の近似値を求める精神ほど人工的な精神はない筈である。…石や林泉は、その本来の物質の役割を去勢されて、庭をかたちづくる或る柔軟な目的のない精神の、永遠の奴隷になるのである。幽閉された自然、これらの古くて名高い庭は、いわば芸術作品という目に見えない不実な女体に対する肉慾の絆につながれて、その本来の殺伐な使命をわすれた男たちであり、われわれの眼の前には、やむことのない憂鬱な結びつきが、その倦怠にみちた結婚生活が見えるのである。

 三島にとっては、自然と芸術は憂鬱と倦怠に満ちた対比であり、なおかつ絆であった。去勢されない自然や不貞を働かない芸術の結合は、心中以外にありえなかったのだろう。行為者と意識者として自己の内部には謀叛が燻製され、行為と意識の対象としての内界と外界の架橋には時限爆弾を仕掛けることを免れなかった。
 他方の丸山は、五体を投じて自然に挑み、破壊も創造も、剥奪も贈与も、憂鬱も慈悲をも得る方法を選択した。自然への不信を宿すことのなかった丸山は、大地を荒らすことを厭わず、自然は過激な闘争を受け入れ、終焉のない季節の循環を与えた。二人の作家を極端な生き方へと突き動かしたオブセッションではあるが、丸山の庭仕事と執筆との円環運動は、三島の政治活動と執筆の並置とはまったく異なる過程であり、相反する結果をもたらした。

 いかにスタイルが変わろうとも、丸山作品に一貫している抑制の利いたリアリズムは、退屈な回顧録、生臭いハードボイルド、シラケタ前衛作品になりそうでならない瀬戸際を支えている。「硬質」と評されることが多い文体は、鬱陶しい血肉や無機質な理念を周到に排除し、余計な感傷や哲学的思索の入り込む隙を与えない。いずれの時期の作品も簡潔で平易ですらある言葉に収斂され、卓越した読み易さをもっている。
 『夏の終わり』もその例に漏れない。その後の丸山作品に繰り返される暴力や死が題材として扱われてはいるが、いずれの作品にも爽やかさとも言える感触がある。川や湖といった水の配置効果かもしれないが、粘度を感じさせない。丸山健二の偏執が結晶を見る前の作品群には、緩やかな意識の流れがある。

 多作でありながらも軒並み絶版となる丸山の作品は、求龍堂によって旧作再生の動きを見せているが、文庫として入手の叶うのは、本書のみという現状にある。近年の作品は、作家の偏執に比例してマニアックな読者層にしか受け入れられない風潮にあるが、初期短編集である『夏の流れ』では、読者への門戸がいまだ広く開かれている。オブセッションの匂いは薄い。


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