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2014年04月20日

『2052 今後40年のグローバル予測』 ランダース (日経BP社)

2052 今後40年のグローバル予測 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 これも2012年に出た未来予測本である。個人が書いているだけに今回とりあげた三冊の中では読物として一番面白かったが(翻訳も一番こなれている)、バイアスも大きそうである。

 著者のヨルゲン・ランダースは物理学者だったが、1972年に出た未来予測の嚆矢というべき『成長の限界 ローマ・クラブ「人類の危機」レポート』のコンピュータ・シミュレーションを担当して以来、ローマ・クラブの一連の予測に携わってきた人で、1993年からはWWF(世界自然保護基金)で活動し、2005年以降は気候変動問題に専念しているという。

 40年先の予測としたのは2012年が自身がかかわった『成長の限界』出版の40年目にあたるからだ。『成長の限界』は130年先まで予測だったが、この40年で何があたり、何がはずれたかがわかったので、それをもとに次の40年を予測しようというわけである。

 個人による予測の偏りを減らすために、各分野の専門家に依頼して1500語以内のコラムを寄稿してもらっている。多くは著者と似た見解の人だが、原子力の未来についてなど対立する見方の人もいる(寄稿者は2052年に原子力は消滅しているとしているが、著者は中国と途上国に300基以上稼働しているとしている)。

 ローマ・クラブの中の人だけに概して悲観的で、民主主義はスピードが欠けており、気候変動の暴走に間にあわないと警鐘を鳴らす。温暖化で自然災害が激化するためにインフラの耐用年数は30年から20年に短縮し、各国はより多くのインフラ投資を余儀なくされる。

 これまでの経験から、民主主義の自由市場経済では、切羽詰まるまで自発的投資はなされないことがわかっている。実際に危機に見舞われてインフラや生活が破壊されないと、社会はその決断を下そうとしないのだ。社会主義で税率が高い国では、状況は多少ましで、投資のパターンには国策が多いに影響する。独裁主義で国家資本主義の社会では、反応はもっと早い。しかし間違った方向に進む恐れもある。

 すべての国の生活水準を2000年前後の米国のレベルに引き上げるのは資源的にも環境負荷的にも不可能であり、消費による成長という夢を途上国にあきらめさせるには「善意にもとづく独裁体制」が必要と言いきる。

 「善意にもとづく独裁体制」の例としてあげているのが中国である。著者は中国を異常に高く評価している。

 中国と他の国々との大きな違いは、中国は問題を十分認識しているということだ。最高幹部さえ、「農民の見方」に通じている。……中略……中国政府の幹部たちは、エコロジカル・フットプリントを抑制しながら、現在の成長率を維持しようとしている。経済成長がなければ、経済の落ち込みが中国社会を乱し、ひいては世界経済を揺るがしかねない。

 中国共産党が習近平を筆頭とする「太子党」という有力者の二世・三世によって牛耳られ、高官の多くが子弟を欧米に住まわせ、莫大な外貨を持ちだして財産移転をはかっていることを著者は知らないのだろうか。

 「善意にもとづく独裁体制」待望論と中国礼賛論は割り引いて読む必要があるが、本書の予測自体は十分傾聴に値する。

 地球温暖化によりEUが南北に分裂するという予測は衝撃的だ。

 南の地中海沿岸諸国は海面上昇対策で観光地としての魅力は失われ、水不足と砂漠化で貧困化する。経済は破綻するが、それでも北アフリカや中東よりはましなので、難民の流入がつづく。2052年にはヨーロッパの南半分は非ヨーロッパ人が多数を占めるようになり、新しい融合文化が生まれる。

 一方、北欧諸国やバルト三国は繁栄を謳歌し、ヨーロッパの中心は北に移動してニユー・ノースという国家連合が設立される。スコットランドが英国から独立し、ニュー・ノースに加盟する可能性もあるとする。

 本書の予測を箇条書きしておこう。

  • 世界総人口は2040年に81億人でピークに達し、2052年には2012年の水準まで減少する
  • 経済拡大がないのでエネルギー消費は伸びず、化石燃料は地中に残される
  • 気候変動に対応するために大規模な投資が余儀なくされる
  • CO2排出量は2030年にピークをむかえ、2052年には現在の水準にもどる
  • エネルギー消費量は2042年にピークに達し、暫く横ばいに
  • 一人あたりGDPは2050年まで増えていき、21世紀後半で頭打ちとなる
  • 食糧生産は2040年に現在より60%増加したところで頭打ちになる
  • 数十年にわたって可処分所得が減りつづけるが、生活レベルの劇的低下は起こらない

 ローマ・クラブの予測よりは楽観的になっているのは、この40年で極端な悲観論ははずれると学習した成果だろう。しかし地球温暖化とそれにともなう自然災害の激化については待ったなしの状況にあるとして、

 2012年に善意の独裁者が権力を握り、全員の雇用を守り、気温上昇を2度以内に抑えるために必要な投資を始めれば、2052年のあなたは豊かでいられるが、そうでなければずっと貧しくなる。

 昨今の異常気象の常態化を考えれば説得力がある。

 著者は最後に「20の個人的アドバイス」を示しているが、気になった項目を書き抜いておく。

  • 子供たちに無垢の自然を愛することを教えない
  • 生物多様性に興味があるなら、今のうちに行って見ておこう
  • 大勢の人に荒らされる前に世界中の魅力あるものを見ておこう
  • 気候変動の影響の少ない場所に住みなさい
  • 決定を下すことのできる国に引っ越しなさい
  • 子供たちに北京語を習うように勧めなさい
  • 政治において、限りある資源の平等な入手は、言論の自由に勝ることを認めよう

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2014年04月19日

『2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する』 『エコノミスト』編集部 (文藝春秋)

2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する →紀伊國屋ウェブストアで購入

 英国の『エコノミスト』誌が総力をあげておこなった未来予測で、原著は2012年に出ている。

 冒頭で「世界人口にまつわるトレンドは、残りの章のほとんどに影響を与える」と宣言しているように、人口動態論による予測が軸となっており、それに各分野の専門家が肉づけしていくが、英国人らしい意地悪な見方がちらついていて笑える。

 目覚ましい経済成長は年齢別人口構成の出っ張りが労働年齢になった時期に起こるという人口ボーナス説を採用しており(1982~2000の強気相場はベビーブーム世代が最も稼いだ年代と重なる)、現在は中国が、次はインドが人口ボーナスを享受すると予測している。

 中国の人口は2025年に14億人でピークをむかえ、2050年には労働力不足になる。中国は現在は退職者を7.9人で支えているが、2050年には2.2人になる。日本ですら2.6人だから、中国は日本をしのぐ超高齢化社会になるのである。

 2050年時点で依然として高い人口増加をつづけるのはアフリカに限られるが、富裕国も貧困国も年齢別の人口構成は同じパターンに収斂していき、平均寿命70歳、家庭に子供は2人に落ち着く。

 2050年の時点で世界は三つのグループにわかれるだろう。

1. 被扶養者率が低く、中位数年齢が40歳以下

アフリカは若年の失業問題がリスク。中東は教育水準が高いので中産階級が育つ可能性がある。インドは中国よりも人口配当を長く享受しつづける。

2. 被扶養者率が20%以下、中位数年齢が40~48歳

中南米と東南アジアだが、アメリカは出生率上昇でこのグループに。

3. 被扶養者と労働年齢の成人がほぼ同数、中位数年齢52.3歳

高齢化社会の筆頭は日本と中国で欧州がつづく。中国は男あまりで花嫁を輸入しはじめる。

 文化も経済の影響を受ける。現在、中国経済の好調とオイルマネーで美術品は西洋から東洋に流れており、中国と湾岸諸国では美術館建設ラッシュが起きているが、「彼ら(湾岸産油国)が美術品を買うのは、金を使い果たしたあと、観光客の誘致で食べていくためなのである」と皮肉な見方をしている。

 音楽の国境がなくなるというのは錯覚で、どの国でも地元の言葉で歌う地元のメロディーを好む傾向は変わらない。

 出版社・新聞社・レコード会社は文化の門番役と組織的マーケティング力のおかげで生き残るだろう。純粋な電子出版はニッチな現象にとどまるとしている。

 言語については英語の一極支配がつづく。中国語は漢字がネックになり、英語を凌駕することはない。

 宗教は経済成長と教育の普及でゆっくり衰退していく。2050年には信者数は増えているが、宗教の世俗化が進み、信仰を絶対視する原理主義的勢力は退潮する。最終的に地球を受け継ぐのは無宗教の勢力だという。

 アメリカではバイブル・ベルト地帯の人口増加などで宗教が影響力を増しているように見えるが、アメリカ人の宗教性を高めているのは人々が感じている「無防備だという感覚」だとしている。

 先進国で全国民を対象津する健康保険制度がないのはアメリカだけであり、殺人発生率は先進国では飛び抜けた一位、平均寿命は世界第34位にすぎない。したがって、

 宗教に関する多くの側面で、アメリカが富裕国よりも貧困国に似ているという事実だ。要するに、ほかの富裕国と比較したとき、アメリカ人の生活にはより大きな困難がともなうのである。

 こういう観察は英国人ならではである。

 日本に対しても科学の進歩にことよせて、人種的偏見としか思えない見方をしている。日本はオーストリアの14倍も人口があるのに、ノーベル賞受賞者がほぼ同じなのは日本社会が権威主義的で、斬新な見方を許さないからだというわけだ。「日本のこの現状に鑑みれば、科学者たちが民主的で序列にとらわれないインドのほうが、永遠のライバルである権威主義的な中国より前途有望だと言えるだろう」と書いているが、このあたりが英国人の本音か。

 地球温暖化については海面は上昇するが、2050年時点では平均数十センチにとどまると予測している。妥当なところだろう。

 戦争の火種となるのは石油ではなく水であり、「膨張しつづける中国の独善性は、もっと大きな脅威の源となるはずだ」としている。

 未来予測というと危機感を煽るものが多いが、1970年代になされた予言を検証すると、みな悲観的でしかもそのほとんど全てが間違っていたと指摘し、2012年の時点の予言も悲観論よりは楽観論のほうがずっと根拠があるとして、次のような楽観論で締めくくっている。

 二〇五〇年は、広範囲にわたる環境復興の時代になるだろう。現代の富裕国が猛烈な勢いで森林を再生させているように、二〇五〇年の世界も、今より大きい人口を養いつつ同様のことをなしているかもしれない。アフリカ、アメリカ中西部、中央アジアの“再野生化”地域は、いくつかの種を絶滅の危機から救いつつあるように、二〇五〇年の時点でアジアの多くの国々と、もしかするとアフリカのいくつかの国々も同じことを行なっているだろう。

 こうなればいいのだが。

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2013年05月26日

『顕示的消費の経済学』 メイソン (名古屋大学出版会)

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 「顕示的消費」とはヴェブレンの『有閑階級の理論』で広く知られるようになった言葉で、ブランド品や贅沢品を社会的地位を誇示するために買うことをいう。要するに無駄遣いだが、今日の消費社会は無駄遣いで回っており、顕示的消費なしには成立たない。

 本書は顕示的消費がどのように考えられてきたかを資本主義の黎明期にさかのぼって追跡した本である。おなじみの名前が意外な形で登場してくるが、顕示的消費が最近まで経済学にとってできれば無視したい喉に刺さったトゲでありつづけたことがよくわかる。

 17世紀のダッドリー・ノース卿から現代のミクロ経済学まで400年の歴史をあつかっているが、画期をなすのはマンデヴィルとヴェブレンである。大まかにいえば顕示的消費の経済学はマンデヴィル以前、マンデヴィルからヴェブレンまで、ヴェブレン以後の三期にわかれる。

 経済についての自覚的な考察は重商主義にはじまる。重商主義の見地からは顕示的消費は道徳的に非難されるべきものであると同時に貨幣を投資や生産から流出させ国富を損なう厄介物だった。

 これに対して自由貿易を主張する重農主義者は大金持の奢侈的消費は小商人を潤し、貨幣の流通を促進すると控え目に擁護した。顕示的消費は虚栄心のあらわれと見なされていたから表立っては弁護しにくかったのである。

 良識に反して真向から顕示的消費の効用を説いたのはマンデヴィルである。マンデヴィルは経済的繁栄の絶頂をむかえたオランダに生まれ、医師となって英国に移住したが、「ブンブンうなる蜂の巣」という戯詩を書き、個人的な悪徳の追求が社会全体の利益となると主張した。私悪すなわち公益という断定は世の識者の顰蹙をかい、保守的な思想家はもとよりロックやヒュームのような革新的な思想家からも批判された。しかしマンデヴィルは怯むことなく『蜂の寓話』、『続蜂の寓話』で批判に答えた。

 マンデヴィルは経済思想史的には自由放任と分業の提唱で知られるが、顕示的消費の観点からは大貴族の衣装を貿易商がまね、さらに小商人が模倣し、下々の者が自分たちと同じ格好をしていると気づいた大貴族が新たなデザインの服装を注文するという流行の循環を描きだし、顕示的消費が王侯貴族や大金持ちだけでなく、社会全体に見られると指摘した点が重要である。

 マンデヴィルの顕示的消費論は狂い咲きのようなもので、彼以後は道徳的な虚栄心批判が盛りかえしてくる。

 アダム・スミスはマンデヴィルから自由放任論と分業論を引きつぐが、顕示的消費については「それをもたずしては信用のおける人としての作法に欠けさせてしまう」特定の商品は必需品だが、それ以外の奢侈は堕落と切り捨てた。

 スミスの自由放任論に対し、国家主導の技術的進歩の必要性を説いたことで知られるジョン・レーも顕示的消費を「虚栄の感情によって引き起こされる消費」と否定した点は同じだが、社会的ステータスを改善したいという知的な力によって虚栄心が洗練された絵画や家具に向けられた場合は公益になると限定的ながら効用を認めた。また外国産の奢侈品は自由市場ではすぐに供給過多になって価値がなくなるとし、地位表示財の本質が稀少性にあることを指摘した。

 1880年代になるとスミス以来の労働価値説に対して限界効用価値説が台頭してくるが、効用に他の人間がもっていない物をもつことから生まれる対人効果が含まれるかどうかが問題になった。限界効用説の初期の大成者であるアルフレッド・マーシャルは対人効果はとるにたりないと無視したが、ヘンリー・カニンガムは商品の供給量が増えれば「人びとの喜びそのものも、それらがありきたりなものにつれて減少していく」と批判した。

 ピグーはカニンガム説をさらに発展させ、商品の顕示的価値は量に影響されるだけでなく、その商品の分配のされ方にも影響されるとした。ピグーはシルクハットを例に「もし、下層階級においてこうした被り物が着用されるなど、驚くべきことが起こったとするならば、私の効用曲線はきっと影響を受けるであろう」と書いている。

 いよいよヴェブレンの登場となるが、その背景には1890年代アメリカの「金ぴか時代」があった。

 マルクスは資本主義が発展すればするほど労働者は貧しくなるとしたが、実際には労働者の生活はよくなっていった。絶対的な窮乏化こそ起こらなかったが、経済的格差は広がった。ヴェブレンは1892年の「社会主義理論で見すごされていたいくつかの論点」で社会に対して異議申し立てをしているのは世間体を維持するための費用がかさみ、収入のかなりの部分を外見的な見栄えを保つために費やさなければならなくなった人々だと主張した。「自分自身と同じ階級に属していると思う人びとがなしうる消費なら何でもすることが不可欠になるばかりか、他の人々より少しでも多くの支出を行なうのが望ましいことになってくる」というわけだ。

 ヴェブレンは1899年の『有閑階級の理論』で地位志向的消費を本格的に論じた。最も貧しい階層も含めて、あらゆる階層の人が体面を保つための支出をおこなっており、少しでも上の階層に見られたいと背伸びをしている。顕示的消費は一部の大金持ちだけでなく、あらゆる階層でおこなわれているというのだ。

 同書は大きな反響を巻き起こしたが、上流階級の浪費を諷刺した本と見なされ、ヴェブレン自身が最も期待した経済学者からはほとんど無視されてしまった(経済学の範囲にはおさまりきらない本だし、なまじ面白すぎたのが問題だったのだろう)。

 とはいえヴェブレンの消費理論は徐々に影響を広げていった。1909年にシュムペーターは快楽の合計にもとづく従来の効用概念はあまりにも狭いから実用にならないと批判し、制度派経済学に参加したウェズリー・ミッチェルも効用に社会的影響をくわえるべきだとした。

 対人効果が効用に大きな影響をおよぼすことを否定する経済学者はいなかったということであるが、対人効果を織りこんで効用関数を定式化しなおそうという者もいなかった。当時のミクロ経済学はそこまで進んでいなかったということのようだ。

 第二次大戦後、アメリカは空前の繁栄を謳歌し、消費社会が大衆をも巻きこむこととなった。比較的所得の低い層の可処分所得が増え、顕示的消費に大々的に参入するようになった。こうした状況の変化に対応して需要曲線の再考を提唱したのはゲーム理論をミクロ経済学にとりいれたことで知られるオスカー・モルゲンシュテルンだった。モルゲンシュテルンは個々人の需要曲線を単純に合計したものが総需要だとする従来の説を問題にし、個人の効用関数が他者の消費に影響されないのはオックスフォードの中だけだと批判した。

 この後、1950年代と60年代のアメリカで提唱されたさまざまな消費理論が紹介され百花斉放の観がある。ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』と重なるが、記号論や社会学に拡散せず、経済思想史の視点を貫いた点が本書の眼目だろう。

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2012年06月24日

『アップルを創った怪物 もうひとりの創業者ウォズニアック自伝』 ウォズニアック&スミス (ダイヤモンド社)

アップルを創った怪物  もうひとりの創業者ウォズニアック自伝 →bookwebで購入

 世界的な企業は二人の対照的な人物によって創業されることが多い。ソニーの井深大と盛田昭夫、本田技研の本田宗一郎と藤沢武夫、ヒューレット・パッカード社のウィリアム・ヒューレットとデビッド・パッカード、マイクロソフト社のビル・ゲイツとポール・アレン、グーグル社のサーゲイ・ブリンとラリー・ペイジ。まだまだつづけることができるが、アップル社も二人のスティーブによって創業された。スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックである。

 ジョブズについては波乱万丈の生涯と毀誉褒貶はなはだしい性格からおびただしい伝記が書かれているが、ウォズニアックの方は地味な技術者であり、ウォズという愛称で呼ばれる穏やかで誰からも愛される人柄ということもあって、ジョブズほどには注目されてこなかった。

 本書はそのウォズニアックの自伝というか自分語りである。邦題はおどろおどろしいが、原題は I, Woz(ぼくはウォズ)を iMacや iPodにひっかけて iWozと洒落ている。ジーナ・スミスというライターがウォズニアックにインタビューした内容を、ウォズニアックの語り口を活かして原稿化したということで、日本語版も

 定価は、僕のアイデアで六六六・六六ドル。同じ数字が並ぶのが好きだったからね。
 でも、これはちょっとだったんだよね。あちこちからの手紙で知らされるまで、この数字に悪い意味があるなんて僕らは知らなかった。なんだって? 獣の数字だって? そんなの、ホントに知らなかったよ。映画の『エクソシスト』も見ていなかったしね。アップルⅠが獣のわけないじゃないか。

のように砕けた調子で訳してある。

 意外だったのはウォズニアックもカリフォルニアの反体制文化の申し子だったことだ。ウォズニアックの父親はロッキードでミサイルを開発していたエンジニアで、当然ゴリゴリの保守派だった。ウォズニアックもコロラド大学時代は共和党クラブに籍を置いていたが、カリフォルニアの自宅にもどり、地元のカレッジに移ってからベトナム反戦運動に影響されるようになり、ペンタゴン・ペーパーを読んで父親と大喧嘩したという。

 決定的だったのは徴兵である。ウォズニアックは書類不備のために学生なら受けられる徴兵猶予を受けられず、抽選結果によってはすぐにもベトナムに送られる1Aにされてしまう。何度も抗議したが、駄目だった。幸い、抽選で徴兵の可能性はないという結果になったが、その結果が出た直後、却下されつづけた徴兵猶予を一転して認めるという通知が届く。ドストエフスキーが受けた死刑判決のようなもので、以後、ウォズニアックは政府を信じなくなったという。

 ウォズニアックは同世代のヒッピー文化にも親しんでいた。ヒッピーと同じような「自由な心」をもっていると自負していたが、しかしヒッピーにはなれなかった。襟のあるシャツを着つづけたし、ドラッグをやらなかったので仲間とは認めてもらえなかったのだ。

 ジョブズは正真正銘のヒッピーになるが、ウォズニアックと出会った頃は高校生で、エレクトロニクスのいたずらで意気投合した。後年の二人を知る人間にとっては意外なことにウォズニアックは自分とジョブズが「似ている」と感じたそうだ。

 いや~、似てるなぁって思ったよ。自分の設計を説明しようとすると苦労することが多いんだけど、スティーブはすぐにわかってくれたし……。彼を気に入っちゃってね。あのころの彼はやせぎすだったけど、エネルギーの塊って感じだった。

 この後、二人のスティーブは有名なブルーボックスなどさまざまないたずらをしでかすが、最大のいたずらはアップル社を創業したことだろう。

 ウォズニアックが設計したキーボードとディスプレイがつながる世界最初のパソコン(パソコン第一号とされるアルテアはスナップスイッチで入力し、LEDの点滅で結果を表示した)の将来性を見抜いたジョブズは回路図をクラブの仲間に無料で配ろうとするウォズニアックを押しとどめ、事業化しようともちかける。歴史的な瞬間を本人はこう回想している。

 あのとき、僕らはスティーブの車に乗っていた。そして、こう言われたことを、まるで昨日のことのようにはっきりと覚えている。
「お金は損するかもしれないけど、自分の会社が持てるよ。自分の会社が持てる一生に一度のlチャンスだ」
 自分の会社が持てる一生に一度のチャンス。これには負けた。自分たちがそんなことをすると思っただけで元気が出たよ。親友と二人で一緒に会社を始める。すごい。すっかりその気になってしまった。やるっきゃないじゃん。

 アイザックソンのジョブズ伝によると「お金は損するかもしれない」と言ったのはウォズニアックをその気にさせるためのレトリックで、ジョブズ自身は最初から成功を確信していたそうである。

 二人は電卓(当時は高価だった)やオンボロ自家用車を売って資金を作り、アップルⅠの製作にとりかかるが、ジョブズがすぐに五万ドルの注文をとってきたので遊びではすまなくなる。

 ウォズニアックはヒューレット・パッカード社の社員だったので、余暇に発明したとはいえ、アップルⅠの優先権はヒューレット・パッカード社にあった。ウォズニアックはできれば上司に相談し、社内でデモをおこなったが却下され、法務部から同社は何の権利も主張しないというメモをもらった。

 アップルⅠの成功後、二人のスティーブは伝説の銘機AppleⅡの準備をはじめるが、遅ればせながらヒューレット・パッカード社もパソコンに乗りだすことになった。ウォズニアックは自分を開発にくわえてもらえないかと直訴したが、聞いてもらえなかった。ヒューレット・パッカード社のパソコンはウォズニアックが一人で書きあげたBASICに五人も技術者をわりあてるなど大プロジェクトになったが、出来上がったものはアップルⅡに遠くおよばず、すぐに撤退した。アップルⅡを買いとらなかったのはヒューレット・パッカード社大失策であり、GUI技術に埃をかぶらせていたゼロックス社の不明とならぶ大企業病の最たるものだろう。

 しかしヒューレット・パッカード社がいつまでもウォズニアックの才能に気づかないということは考えられない。ウォズニアックが新技術を発明するたびにヒューレット・パッカード社に権利放棄をするなんていうことはなくなるだろう。ジョブズとアップル社の共同経営者となったマイク・マークラはウォズニアックを一刻も早く退社させ、アップルの仕事に専念させようとしたが、ウォズニアックは首を縦に振らなかった。友人たちや父親までが説得にくわわったが、ウォズニアックを翻意させることはできなかった。

 ウォズニアックが退職を拒んだのは生活の安定を望んでのことではなかった。一生エンジニアでいたかった彼は経営者となることで開発の現場から離れるのが嫌だったのだ。結局、退職を決めさせたのは自分の会社をはじめても、エンジニアでいつづけることはできるというアレン・ボームの一言だった。ジョブズとは違う意味でだが、ウォズニアックも難しい人間なのである。

 ここからは本書とアイザックソンのジョブズ伝では記述が違ってくるが、本書によると創業者ではあっても職制上は一介のエンジニアなので、ジョブズにもマークラにも相談せずに直属の上司にだけ申し入れて非常勤の社員になる。

 その後のアップル社の快進撃はあらためて語る必要はないだろう。ウォズニアックは画期的なフロッピーディスク・コントローラーを開発するなどしてアップル社の成長に貢献するが、大企業になっていくにつれ居場所がなくなったと感じるようになり、1985年に新事業を思いついたのを機に退職を決める。

 ここからは本書とアイザックソンのジョブズ伝では記述が違ってくるが、本書によると創業者ではあっても職制上は一介のエンジニアなので、ジョブズにもマークラにも相談せずに直属の上司にだけ申し入れて非常勤の社員になる。

 一方、アイザックソンによると、ニュースでウォズニアックの退職を知ったジョブズは直後にワシントンで行われたナショナル・テクノロジー・メダルの授与式で同席した際に説得し、発表会などに協力する非常勤社員になることを承知させる。経緯はどうであれ、ウォズニアックがアップル社に今でも籍を置きつづけ、年俸2万ドル(約160万円)の最低賃金を受けとっているのは事実のようである。

 さてアップル社を辞めてまではじめた新事業であるが、これがなんとユニバーサル・リモコンなのである。ウォズニアックは自分の発明したリモコンがいかに凄いか、うれしそうに語っているが、脱力してしまう。カエサルが自慢した杭打ち機のようなものか。ウォズニアックはその意味でも正真正銘の天才だったのである。

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『スティーブ・ジョブズ』1&2 アイザックソン (講談社)

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 ジョブズの伝記はおびただしく出版されており、邦訳されたものだけでも20タイトル以上ある。アップル社を辞めた1985年頃に第一の波があり、アップル社の立て直しに成功した2005年頃に第二の波があった(本欄でもヤングとサイモンの『スティーブ・ジョブズ 偶像復活』をとりあげたことがある)。そして昨年の死去の後に第三の波が来ているが、本書は取材嫌いで知られるジョブズが協力した唯一の公認の伝記であり、第三の波の一番目立つ波頭といっていいだろう。

 著者のウォルター・アイザックソンはタイム誌の編集長をへてCNNのCEOをつとめた人物で、激務のかたわらキッシンジャーやアインシュタインの伝記をものしている。

 本書の誕生は2004年にジョブズが旧知のアイザックソンに自分の伝記を書かないかと持ちかけたことにはじまる。最初の癌の手術の直前のことだったが、ジョブズが癌だということは秘密にされていたのでアイザックソンはまだ早すぎると断っている。2008年に再度提案があり、またも断ったが、ジョブズ夫人のローリーンから癌の再発を打ち明けられ、ジョブズの伝記を書くつもりがあるなら今書くべきだという言葉に執筆を決める。

 ジョブズは細部まで口を出すことで知られており、アイザックソンもそれを懸念していたが、意外にもジョブズは執筆には一切干渉せず、原稿のチェックも求めなかったという。実際、過去の伝記で暴かれた奇行や強欲、裏切り、傍若無人な言行などは本書でも隠されることなく、きちんと書かれている。本人のコメントがついているのがご愛敬であるが、関係者の言い分も載っているので、ジョブズの言い訳が妥当かどうかは読者が判断できるようになっている。

 邦訳は上下二巻にわかれ、上巻は望まれない誕生から『トイ・ストーリー』の成功まで、下巻はアップル社復帰から死までを語る。

 上巻に関してはピクサー社の内情以外、あっと驚く新事実はなかったし、他の伝記に較べて詳しいわけでもない。ジョブズお得意の「現実歪曲フィールド」がヒッピー時代に知りあったヨガの導師、ロバート・フリードランドから学んだものだという話ははじめて読んだような気がするが、後は伝説となったおなじみのストーリーをたどっている。モスクワにマッキントッシュを売りこみに行った際、KGBからトロツキーの話しはするなと言われたのに、講演をトロツキーへの賛辞からはじめるというエピソードはおもしろかった。ジョブズはトロツキーにシンパシーを感じていたのである。アップル社を退職する経緯は本書の記述が公式見解として後世に残っていくのだろう。

 本書の読みどころは下巻にある。アップル社復帰の物語はいろいろな人が書いてきたが、ジョブズを希代の陰謀家に仕立てているものが多かった。ジョブズ自身の目から見た物語は本書ではじめて明かされるが、薄氷を踏むような危ういものだったようである。人間には天からあたえられた役目があるのだと言うしかない。

 CEOに返り咲いたジョブズは年俸を1ドルしか受けとらず、世界一報酬のすくないCEOと自分を売りこんでいたが、取締役会に高額のストックオプションを要求していたことが暴露されたことがあった。著者は金の多寡ではなく、仲間に自分の仕事の価値を認めてもらいたかったというジョブズの言い分を紹介している。

 ジョブズが強欲かどうかはともかく、iPod、iTunes、iPhoneの開発でユーザーの利便性を最重視したという言い分は納得できるように書かれている。特にiTunesはそうである。iPod自体はたいした発明ではないが、楽曲の月額レンタル制で譲らないレコード会社を説得し、iTunesを実現したのはジョブズの功績である。

 ジョブズの癌との戦いがここまで深刻なものだったということははじめて知った。膵臓癌とわかり手術を勧められるが、断食療法や鍼、水療法、腸の浄化などで9ヶ月を空費した。現実歪曲フィールドも癌には効かなかったわけである。

 ようやく手術を承諾するが、タンパク質を積極的に摂らなければいけない術後の回復期にも菜食主義にこだわった。動物性タンパク質を摂らないと免疫力が落ちるから、再発はこの時期に原因があるかもしれない。

 死を意識しはじめた時期にジョブズは素晴らしいスピーチをおこなっている。2004年のスタンフォード大学の卒業式の祝辞である。この依頼があった時、ジョブズは高名な脚本家に原稿を依頼するが、間にあわなかったので直前になって自分で一から書いたという。あの名スピーチは文字通りジョブズの肉声だったのだ。

 伝記作家は最後に歴史的評価を書きつけるものだが、本書ではアイザックソンはその特権を放棄してジョブズが取材時に語った言葉を引用している。ジョブズに対する遠慮もあるかもしれないが、歴史的評価を下すのは早すぎるという判断かもしれない。これはこれでいい締めくくり方だと思う。

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2005年11月28日

『スティーブ・ジョブズ 偶像復活』 ジェフリー・ヤング&ウィリアム・サイモン (東洋経済新報社)

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 本書はアップル・コンピュータの創業者、スティーブ・ジョブズの半生記であるとともに、アメリカ最強の産業であるコンピュータ業界とショー・ビジネス界を内側から描いたドキュメンタリーである。

 ジョブズはコンピュータ業界のカリスマとして知られているが、人を強烈に引きつける反面、性格がすこぶる悪く毀誉褒貶いちじるしいものがある。翻訳された物だけでも十指に余る伝記が出版されているが、本書も面白すぎるくらい面白い。

 ジョブズは未婚の母の子として生まれ、すぐに養子に出されるが、21歳でアップル社を創業し、同社をわずか4年で「フォーチュン500」に名を連ねる大企業にする。しかしあまりにも早く成功者となったために、増上慢のあげく自分が作った会社を追放同然に去ることになる。

 それから13年後、ジョブズは倒産寸前のアップル社に復帰し、みごとに経営を立てなおす。目下、アップル社は絶好調で、iTMSで販売した曲が一億曲を突破したとか、iPodのアメリカでのシェアが90%を突破したとか、マッキントッシュ関連の売上が前年比20%も伸びているとか、景気のいい話に事欠かないが、それはこの数年の話で、ついこの間までは青息吐息だったのだ。

 アップル社の復活は奇跡に近いが、それ以上に奇跡的なのはジョブズの復活である。

 ジョブズはアップル社を去った後、マッキントッシュを越えるコンピュータを作ろうとネクスト・コンピュータ社を創業する。その一方、ジョージ・ルーカス監督からルーカス・スタジオのコンピュータ・グラフィック部門を買取り、ピクサー社を設立する。ネクスト社も、ピクサー社も十年間利益らしい利益を生まず、ジョブズは個人資産をつぎこむだけだった。

 さすがの資産も尽き、いよいよ身売りかというところで大逆転が起こる。次世代MacOSの開発に失敗したアップル社がネクスト社を買収、同社のNESTSTEPをMacOSⅩにし、それとともにジョブズの復帰が決まったからだ。ピクサー社の方も世界最初の長編デジタル・アニメーション『トイ・ストーリー』がヒットし、つづく作品も興行収益の記録をぬりかえる成果をあげ、今やハリウッドの一角を占める勢いだ。

 本書は500ページの大冊だが、アップル社創業時代を描いた第一部に200ページ、追放時代の第二部に150ページ、復帰以降の第三部に150ページをあてている。

 アップル創業時代の話はさんざん読んできたが、本書の第一部は追放と復帰という大枠の中で書かれているので、コンパクトにまとまっている。奇行の一つとして語られがちだった禅への傾倒が真面目なものとしてあつかわれているのはジョブズが50歳になった今も変わらず禅をつづけているからだろう。

 追放時代と復帰時代を一つのストーリーとして読むのははじめてだが、失敗から学んで、人間が円くなったわけではなかった。アップル社時代と同じ傲慢さをネクスト社やピクサー社でも発揮していたのである。ネクスト社の創業メンバーはジョブズに振りまわされたあげく全員退職していたし、ピクサー社の大黒柱というべき技術者も、ジョブズに断りなく黒板を使ったというだけの理由で馘になっている。ジョブズはいつまでもジョブズなのである。

 先見性があったわけでもない。ネクスト立ちあげの時、多くの人がIBM互換機の上で動くOSを作るべきで、独自マシンを作ったら失敗すると予言していた。実際、その通りになった。鳴り物入りで登場した黒い立方体の瀟洒なマシンはろくに売れず、ネクスト社はハードウェア部門をキヤノンに売却し、NEXTSTEPというOSを売るソフト会社として生き残りをはかることになる。

 ピクサー社でもジョブズは勘違いをしていた。ジョブズはピクサー社を画像処理用コンピュータを製造販売するメーカーだと思いこんでいたというのだ。映画会社をカメラ・メーカーと勘違いするようなものである。

 ジョブズはピクサー製コンピュータをなんとか売ろうとしたが、そんな特殊なコンピュータの需要は限られており、採算がとれるはずはなかった。ピクサー社は毎月赤字を出しつづけ、ジョブズの資産は減る一方だった。

 最後はジョブズも自分の持駒の価値がどこにあるかを理解するが、ずいぶん回り道をしたものである。もちろん、成功したのは途中で清算せずぎりぎりまで踏んばったからだが、あれでも成功したのだから人間には巡りあわせがあるのだなぁという感想をもった。

 アップル社に復帰してからのジョブズはまたしても冷酷非情な本性を発揮する。アップル社にはNEXTSTEPの他に、BeOSという選択肢もあった。BeOSは、元アップル社幹部のジャン=ルイ・ガセーのビー社が開発したOSで、設計時からマルチメディア対応を考慮しており、玄人筋の評価は高かった。最終的にジョブズとNEXTSTEPを選んだのは、アップル社の最高経営責任者だったギル・アメリオだったが、復帰後のジョブズは取締役会を味方につけてアメリオを追い落とし、暫定最高経営責任者に就任するや、返す刀で取締役会の総入れ替えをおこなう。

 ピクサー社が『トイ・ストーリー』が公開にこぎつけ、ヒットさせることができたのは製作費を出し、配給元となったディズニーのおかげだったが、ジョブズはそのディズニーにも牙を剥く。ディズニーに有利な契約を改定させるためにディズニーのアイズナー会長と対決し、ディズニーのお家騒動につけこんで辞任に追いこんだのである。ビジネスは食うか食われるかで、こういう話は珍しくないのかもしれないが、いささか辟易する。

 しかしジョブズには冷酷な経営者とは別の顔もある。それはデザインと使い勝手に対する異様ともいえるこだわりであり、周囲を引きこむ力である。アイコンをクリックするコンピュータ操作法やデジタル音楽プレイヤーはジョブズがいなくても広まっただろうが、マッキントッシュやiPodのような製品は、ジョブズなしにはありえなかった。著者はジョブズの天性の魅力を鮮やかにに描きだしており、熱烈な信奉者ができるのもなるほどと納得できる。ジョブズの周囲には「現実歪曲フィールド」が出現しているのである。

 ジョブズ不在時代のアップル社についての記述がすくないのは本の分量上しかたないのかもしれないが、幸いジム・カールトン『アップル』(早川書房)という好著が出ている。これを読むとアップル社は迷走をつづけてマイクロソフト社のWindowsに追いつかれ、1993年以降身売り話と倒産の危機に何度もみまわれたことがわかる。ジョブズ復帰も奇跡だが、それまでアップル社がもちこたえたのも奇跡だった。

 本書は生き方の参考になるような種類の本では絶対にないが、コンピュータとショー・ビジネスで世界をリードしつづけるアメリカの凄さの秘密をのぞき見るような興奮をおぼえるだろう。

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