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2011年12月31日

『安部公房伝』 安部ねり (新潮社)

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 安部公房の一人娘、ねりによる父親の伝記である。

 実の娘というだけでなく、日本の全集のレベルを越える完全編年体の精緻な『安部公房全集』を編纂した人の書いた伝記だけに、資料的価値が高いことはいうまでもない。さまざまな年譜や事典の記述、最近の『安部公房・荒野の人』にいたるまでに蓄積してきた誤りを正し、安部公房の伝記的事実を明確にしたのはもちろん、別刷の写真ページが48ページもあり、それ以外にも多数の写真が掲載され、ほとんどが今回はじめて公開されたものだ。

 最後のセクションは「インタビュー」となっていて、『安部公房全集』の月報に掲載された関係者25名のインタビューを再録している。すでに鬼籍にはいった人がすくなくなく、関係者の日記でも発見されない限りこれ以上の話は出てこないだろう。

 安部の小説によく登場する山師のモデルとおぼしき叔父がいたり、安部公房自身も叔父から受けついだ商才を発揮してサイダーの製造で大もうけをしたりといった小説の反映を私生活の中に見つけだすことができるが、他の作家に較べて作品と実生活の共通点はすくない印象を受けた。

 むしろ興味深いのは作品には使わなかった材料が多いことだ。

 たとえば終戦直前、滿洲になだれこんだソ連軍は安部公房の住む奉天にも怒濤のように押し寄せてくるが、その予兆はこう語られている。

 8月の終りにソ連軍が侵攻してきた。ソ連軍侵攻の3日前から、テノールの歌声が荒野の地平から地響きのように聞こえてきた。恐ろしいソ連軍の、天使のような美しい歌声の響く光景を、公房は娘の私に熱心に話した。

 凄絶なまでの崇高美であり、 ワグナー的な陶酔と言っていいかもしれない。もちろん小説家の夢想の産物だろうが、安部公房の小説にはこの種の崇高美は絶対に出てこない。安部公房は崇高美に魅せられながらもファシズムの美学につながりかねない陶酔を自らの作品では封印していたということだろうか。

 本書では政治的には正反対の立ち位置だった三島由紀夫との深い友情が描かれており、ここまで信頼しあっていたのかと驚かされたが、両者は通ずるものが多かったのかもしれない。

 安部公房の父浅吉は南滿医学堂(後の滿洲医科大学)を卒業して医師となるが、滿洲の医大に進んだ経緯は次のように語られている。

 しかしタケ(安部公房の祖母:引用者註)から聞かされていた金毘羅歌舞伎の話を思い出した浅吉は神戸に向かい、きらびやかな衣装をまとった女性と男装の女性達が歌って踊る宝塚歌劇に通いつめたという。
 公房によれば、浅吉が気がついた時には医学部の試験が全て終了していた。そして、ふと見た電信柱に南滿医学堂の学生募集の貼り紙があった。

 メルヘン的な印象を受けるが、大学受験のために北海道から上京したのに神戸まで行ってしまい、宝塚通いにあけくれて受験の機会を逃すなんていうことが本当にあったのだろうか。にわかには信じられないが、浅吉がのほほんとした好人物に思えてくるは確かだ。

 しかし安部公房はこんなメルヘン的な場面を描くことはなかったし、こんな好人物を作品に登場させたこともなかった。安部の小説や芝居に出てくるのは大体がひねくれた一癖ある人物か、実存的に懊悩する人物ばかりで、浅吉のような極楽とんぼは絶対に出てこない。

 女性像もそうだ。安部公房の父方の祖母安部タケは庄屋の家付娘で夫と子供のある身だったが、夫の出征中、近在の士族黒川勝三郎と駆け落ちをして北海道にわたるというはなはだ活動的な女性だったらしい。

 1984年3月3日、夫が徴兵されたタケは勝三郎と駆け落ちをした。香川から北海道に移民が始まったのはその3年前の1891年のことが。すでに入植していたタケの妹ヤクを頼って汽車に乗って北に向かった。このとき勝三郎は30歳を越えている。駆け落ちには家族も同行した。勝三郎の父弥三郎、兄吉太郎など黒川家の6人に、タケの幼い下の娘ふたりを連れ、若干の資金を持って出発した。

 これもすぐには呑みこめない。駆け落ちにくっついて一家の北海道移住を決めるなんていうことがあるのだろうか。その通りだとしたら、黒川家は相当そそっかしい一家ということになる(黒川家側には別の物語が伝わっている可能性がないとはいえない)。それは置くとして、恋人の一家を引き連れて北海道という新天地に向かうタケはタラの丘を目指したスカーレット・オハラに通じる美丈夫に思えてくる。しかしこういう陽性の女性も安部公房の作品には絶対に登場しないのだ。

 本書を読んでいると、安部公房という人は読者が期待する安部公房像を維持するために多くの可能性を自らに禁じていたのではないかという気がしてくる。

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『安部公房の“戦後”植民地経験と初期テクストをめぐって』 呉美姃 (クレイン)

安部公房の“戦後”植民地経験と初期テクストをめぐって →bookwebで購入

 韓国人の安部公房研究者が東大に提出した博士論文を刊行した本である。鳥羽耕史の『運動体・安部公房』の二年半後に出た本であるが、『終りし道の標に』から『砂の女』までとあつかっている時代が重なっているだけでなく、政治運動と安部公房という視角を共有しており、鳥羽の論の強い影響下に書かれたといって差し支えないだろう。

 しかし重なっている部分が多いだけに、相違点も際立っている。鳥羽が1950年代の安部にポストモダンの大波に洗われ、脱政治が当たり前になっている現代日本の先駆を見ているのに対し、呉は植民地生まれの愚直なコミュニストとしての安部公房像に固執しているのだ。

 鳥羽は文化人類学的で人形劇を思わせる『飢餓同盟』をとりあげ、滿洲を舞台にした『けものたちは故郷をめざす』を等閑に付したが、呉は逆に『飢餓同盟』を無視し『けものたち』に一章をさいている。「引き揚げの過程で接する他民族への眼差しの変化」が他の引き揚げものの小説とは一線を画していると考えるからである。

 「壁」の読解も対照的だ。鳥羽は手のこんだ『資本論』読解を「壁」に読みこんだが、呉は名刺の「戦時中、反抗できぬ弱虫はただ発狂することをねがった。……中略……そのじめじめした願望を現実にして奴等にたたき返し、うんと言わしてやるのがおれたちの復讐なんだ」という台詞に着目し、こう書いている。

 名刺が「ぼく」に復讐を試みた理由は、人間「ぼく」の愚かさにあった。カルマ、すなわち<罪業>は、戦争に抵抗できなかった「ぼく」の無力さを指している。「ぼく」から名前が逃げた原因は「デンドロカカリヤ」の「コモン君」と同じく<戦争>の記憶にあったのである。したがって、名前と実体の分離という変形は、戦争のトラウマが露呈した形にほかならない。主体として行動できなかった「ぼく」の愚かさは自らを客体化してしまい、その結果、名刺との分裂に羞恥心と虚脱感を感じるほかなくなってしまうのである。

 知識人の戦争に対する悔恨と自責が名前と実体を分離させたとというわけだ。こういう直球勝負の読み方はそれなりに説得力がある。

 とはいえ天皇制に対する諷刺とまで言ってしまうと異和感がある。

 語り手はカルマの名前を消して病院で「十五番」という名を与える。これも敗戦に対する寓意であるが、名前もない存在としてのカルマの羞恥、屈辱は敗戦が招いたことである。アメリカに占領され、<occupied in Japan>になった名前のない被占領状態の日本が否応もなく浮上するのである。さらに名前を失ったカルマをY子が三回も「人間あひる」として戯画化しているにも、極めて暗示的で、それは「人間宣言」によって戦後も存続しえた天皇制への諷刺としても読めるのである。

 こういう読み方は無茶だろう。

 『東欧を行く』の相違も興味深い。鳥羽は安部公房が東欧の民族間の対立にこの時点で気づいており、国家の間の境界=対立ではなく民族集団の間の境界=対立を「国境病」と呼んでいること、社会主義国にも矛盾があるが、その矛盾を「プラスの矛盾」と言い換えることで擁護していることを指摘する。一方、呉は植民地と本土の対立や滿洲の民族問題には鋭敏な反応を見せていたのに、安部が東欧で見てとった民族間の対立はなぜか無視し、チェコの共産党には「民主主義」があるという言葉だけに着目している。安部が様々な社会主義的矛盾を指摘していると抽象的に書くだけで、その矛盾の重要なものが民族間の矛盾だということは触れていない。東欧旅行後の日本共産党批判にいたる過程は鳥羽の論の方がはるかに説得力がある。

 しかし一番違うのは『砂の女』の評価である。主人公が監視を解かれたにもかかわらず逃亡をあきらめる結末をコミュニズムからの離脱と解釈する点では両者ともに軌を一にしているが、鳥羽はそれを「自らを密室のなかへと幽閉していく志向」と、現在のオタク文化の先駆のようにとらえているのに対し、呉は「個人的<主体>への源泉回帰」、「平常時における闘いのあり方」と評価している。

 こういう論の構えだと『砂の女』の結末の評価は運動をやめた後の安部公房をどう評価するかという問題に直結するが、『砂の女』の読み方はそれだけではないと思う。

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2011年12月30日

『運動体・安部公房』 鳥羽耕史 (一葉社)/『1950年代』 鳥羽耕史 (河出ブックス)

運動体・安部公房 →bookwebで購入 1950年代 →bookwebで購入

 安部公房の年譜を眺めていると20代から30代にかけて「夜の会」とか「綜合文化協会」、「世紀の会」、「人民芸術集団」、「現在の会」、「記録芸術の会」といったグループに属していたとある。参加者は小説家、評論家、画家、音楽家、映画関係者と幅広く、1960年代以降頭角をあらわす文化人の多くが含まれている。日本共産党への入党も「会」の活動の延長だったらしい。

 1970年代以前にデビューした日本の作家の多くは小説家の卵の集まる同人誌を修行の場としたが、安部の場合『近代文学』の同人にはなったものの、熱心に参加したのは多ジャンルのメンバーが離合集散する「会」の方だった。同人誌の活動が戦中の反動で活発化していたことを考えると、「会」に軸足をおいた安部は珍しい新人作家だったといえよう。

 安部は岡本太郎らと「夜の会」を立ち上げた直後、自己の実存に視線を集中した『終りし道の標に』を刊行するが、その後社会諷刺という形で視野を広げていき、ルポルタージュ的手法をものにして『砂の女』の硬質な文体を獲得していく。20代後半から顕著になる安部の変貌には「会」の活動がなんらかの影響をおよぼしたと考えないわけにはいかない。

 安部公房を考える上で「会」が重要なのはわかっていたが、『世紀群』などの機関誌の多くはガリ版刷りで復刻版が出ているわけではなく、日本近代文学館に日参するとかしなければ概略をうかがうことすらできない。『人民文学』のような共産党系のクズ雑誌にも当たらなければならないだろうし、花田清輝、岡本太郎を筆頭に関係した人物の伝記や回想録にも目を通しておく必要がある。

 どこから手をつけたらいいのか途方にくれていたところ、まさにまん真ん中を射抜いてくれる本が出た。鳥羽耕史氏の『運動体・安部公房』と『1950年代』である。

 『運動体・安部公房』は三部にわかれる。

 第一部は総論で、潤沢な資金を見返りなしに若手作家につぎこんだ真善美社という特異な出版社を発端に「夜の会」や「世紀の会」が連鎖的に生まれ、それが共産党の引力に引き寄せられて左傾化していき、激動する政治状況の中で記録芸術の理念が若い芸術家の間にわけもたれていった経緯が素描されている。

 第二部と第三部は安部の個々の作品の中に「会」の活動がどのように反映しているかを論じた論文が対象作品の発表年順におさめられている。

 第二部「芸術運動と文学」は1948年の「名もなき夜のために」から「デンドロカカリヤ」、『壁』をへて1951年の「詩人の生涯」までをあつかうが、「マルクス主義と文学」とした方が適切かもしれない。「名もなき夜のために」の章こそ大山定一訳の『マルテの手記』の影響が論じられているものの、他の章はマルクス主義の影響がテーマだからだ。「デンドロカカリヤ」が前後して書かれた花田清輝の社会主義リアリズム批判と軌を一にしているという指摘には目を開かれたが、「壁」の名刺がマルクスの商品論の絵解きであり、「詩人の生涯」はプロレタリア独裁の寓話だというのはどうだろうか。考証部分は本当に勉強になるし、短編集『壁』が画家桂川寛との共同作業だというのは納得できるけれども、当時の文学者が『資本論』の批判的な読解をおこなっていたかどうかは留保したい。

 第三部「<記録>の運動と政治」は1952年の「夜陰の騒擾」から『飢餓同盟』、『東欧を行く』、「可愛い女」、「事件の背景」をへて1961年の『砂の女』までを論じる。それぞれ教えられるところが多かったが、一番面白かったのは『飢餓同盟』論である。鳥羽は『飢餓同盟』が杉浦明平の諷刺小説と柳田國男の民俗学を先行テキストとして成立していると指摘し、一見リアルな背景よりも戯画化された政治的人形の方にリアリティがあるとしている。

 『1950年代』は「記録」というタームを軸に生活綴方、サークル詩、ルポルタージュ絵画、記録映画、テレビ・ドキュメンタリーと、1950年代の左翼文化運動全般に視野を広げており、『運動体・安部公房』以上の労作である。

 共産党員時代の安部公房が党の指令で下丸子の労働者の文化活動の指導にあたっていたことは年譜にあるが、『安部公房全集』月報に載った『下丸子詩集』編集発行人のインタビューくらいしか手がかりがなかったので、具体的にどういう成果をあげていたのか見当がつかなかったし、サークル詩がどういう拡がりをもっていたのかもわからなかった。

 鳥羽によると1950年代前半には「サークル誌」と呼ばれるガリ版刷りの雑誌が各地で族生し、サークルどうしのネットワークで全国的に流通し、『人民文学』のような中央の雑誌が優秀な作品を掲載して広く知らせた。そこまでは同人誌と同じだが、同人誌が作家で身を立てたいインテリのものだったのに対し、サークル誌の担い手は労働者であり、貧困や困難を書き記す生活記録としての性格を強めていき、「へたくそ」に独自の価値を見いだしていったという。

 労働者たちの創作は危機感をあおる紋切り型におちいっていき、高度経済成長とともに生活条件が向上すると運動は退潮していったが、労働者と接触した作家たちには多大の刺激をあたえていた。安部公房がシュールレアリスムのシュール(上へ)をサブ(下へ)に転倒したサブレアリスム(現実の底を潜り抜けていくリアリズム)を提唱していたことを不勉強にもはじめて知った。

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2009年10月21日

『ルードウィヒ・B』 手塚治虫 (潮出版社)

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 『ルードウィヒ・B』は「コミックトム」に1987年6月号から1989年2月号まで連載された未完の長編である。2月号が店頭にならんだ一ヶ月後、手塚治虫は61年の生涯を閉じている。『ルードウィヒ・B』は手塚の絶筆作品の一つとなった。

 「コミックトム」は「希望の友」を前身とする創価学会系の子供向け雑誌で、横山光輝は『三国志』を15年、『項羽と劉邦』を5年の長きにわたって連載した。手塚も『ブッダ』を12年間連載している。ベートーヴェンの前半生を描いた『ル-ドウィヒ・B』は『ブッダ』につづく伝記漫画で、もし手塚が長生きしていたらベートーヴェンの全生涯をカバーした大河漫画になっていただろう。

 講談社全集版では二巻にわけて収録されているが、ハードカバー一冊の潮出版版で読んだ。この版では冒頭の七頁がカラーで印刷され、巻末にウィーンのベートーヴェン旧居を訪ねた絵入りエッセイと萩尾望都による解説が付されている。

 ベートーヴェンについては多くのエピソードが伝わっており、伝記作家は材料に事欠かないが、手塚はドラマに緊迫感をもたせるためか、生涯を通した敵役――フランツ・クロイツシュタイン公爵を登場させている。

 『アマデウス』のサリエリのような役回りだが、サリエリは実在の人物であるのに対し、クロイツシュタイン公爵は手塚の完全な創作である。モデルになった人物もちょっと思い浮かばないが、強いてモデルをあげるとしたら仏伝の 敵役、提婆達多だろうか(『ブッダ』ではダイバダッタとして登場)。

 手塚が描いたダイバダッタは逆恨みの権化だったが、フランツ・クロイツシュタイン公爵はそれに輪をかけた逆恨み男だ。ルードウィヒという名前の孔雀のせいで母親が死んだと思いこみ、ベートーヴェンの名前がルードウィヒだという理由だけで執拗に意地悪をくりかえすのだ。ベートーヴェンが難聴になったことまで、彼の責任になっている。

 いかにも漫画的なドラマ作りだが、史実のベートーヴェンは嫌みの固まりのような男だったので、これくらい強烈な敵役をぶつけないと読者の共感を呼べないと判断したのだろうか。

 フィクションの中におなじみのエピソードを巧みに織りこんでいるが、残念なことに、終わりに近づくにしたがってストーリー展開が粗くなっていく。ハイドンとのからみなどはもっと描き方があったと思うが、手塚には余力が残っていなかったのだろう。

 もっとも、病状的に一番きつかったと思われる時期に、クロイツシュタイン公爵家にベートーヴェンを撮影したビデオテープ(!)が残っていたという設定で、コマ割りで見せるという遊びをやっている。手塚はアニメの大作を作る一方で実験的なアニメを作りつづけたが、亡くなる直前の時期でも実験をやっていたというのはすごい。

 ベートーヴェンが30歳になり「月光ソナタ」を作曲したところで終わっているが、30歳になってもベートーヴェンは子供のままの顔で描かれている。『ブッダ』でもずっと子供の顔のままで、成道してからやっと大人の顔(老人の顔?)になったが、ベートーヴェンもいずれ大人の顔に描かれたはずである。それは放蕩者の甥が出てくるあたりだろうか、完全に聴力を失ったあたりだろうか。

 未完で終わったのは残念だが、描かれなかった後半を想像するのはそれはそれで楽しい。

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『ネオ・ファウスト』 手塚治虫 (講談社)

ネオ・ファウスト
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ネオ・ファウスト
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 手塚が三度試みた『ファウスト』の漫画化の最後で、絶筆作品の一つでもある。

 亡くなる前年の1988年1月から「朝日ジャーナル」に連載をはじめ、同年11月11日号で第一部が完結している。一ヶ月あけて12月9日号から第二部にかかったが、第二回で中絶した(講談社版全集下巻は第二部の最後に七頁目までできていた第三回の絵コンテを掲載し、「あとがきにかえて」には同年9月に朝日カルチャーセンターでおこなった講演から本作に関する部分を抜粋している)。

 今回の舞台は学園紛争で騒然としていた1970年の日本だ。ファウストにあたる一ノ関博士は70歳の老学究で、メフィストはヒッピー・ファッションに身を包んだ妖艶な美女である。マルガレーテにあたるまり子は博士の大学の学生で、兄が公安刑事なのに学生運動に心を寄せているが、坂根という得体の知れない助手とつきあっている。

 死の前年に描きはじめられたとは思えないくらい力のこもった出だしで、まり子もメフィストも色っぽく描かれている。一ノ関博士の貫禄もなかなかのものである。

 博士はスト中の大学の研究室で、あと30年生きられたら宇宙の真理を解き明かせるのにと嘆くが、そこにまり子に化けたメフィストが登場し、博士に余命が5分しかない、宇宙の真理が知りたければ今すぐ契約書にサインしろと迫る。

 博士は5分で死ぬなら真理を知ったところで無意味だ、それくらいなら20歳に若返らせろと条件をつける。メフィストは承諾する。

 契約が成立するやメフィストは博士を股にはさんで時間をさかのぼり、博士が20歳だった1920年に向かうが、博士が暴れたために1964年に不時着し、それからすこし先に進んで1958年4月1日に落ち着く。

 1958年4月1日は売春防止法が施行された日である。メフィストは閑散とした赤線に博士を連れていき、最後の稼ぎをしようとする売春婦に老いた身のまま挑ませ、敗北感を味わわせる。老いのつらさを思い知った博士は胎児の黒焼きから作った怪しげな若返りの秘薬を飲み干すが、薬が強すぎたために若返えったはいいが、すべての記憶を失ってしまう。

 こうして20歳に若返った博士は1958年以降の昭和史を別の人間として生きなおすことになるが、別の人間というのが1970年のくだりで登場したある人物で、タイムパラドックスものの趣向をとっている。

 1958年から1970年にかけての日本は高度成長期だったから、いくらでも話を膨らませることができたはずだが、未発に終わった東京湾干拓事業が出てくるくらいで、あっさり1970年までもどってしまう。第一部の後半は明らかにストーリー展開を急いでおり、前半の緻密さがなくなっている。手塚に時間があったら、話がもっと広がっただろう。

 第一部と第二部の間の一ヶ月間のブランクは手塚が胃癌倒れ、緊急入院した時期にあたるようだ。入院中は危篤状態になったとも伝えられているが、そんな状態にもかかわらず第二部を開始した手塚の漫画に賭ける意欲には脱帽するしかない。

 「あとがきにかえて」には、ヘレネはガイアに見立て、ギリシャ神話の世界にはいっていく条は地球の歴史を古生代から地球誕生へと遡行していく旅におきかえるといった構想が明かされている。この構想が実現していたら、『ネオ・ファウスト』は『火の鳥』に匹敵する代表作となっていたかもしれない。かえすがえすも惜しいことである。

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下巻→bookwebで購入

2009年10月20日

『ライオンブックス(5)』 手塚治虫 (講談社)

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 講談社全集版では「ライオンブックス」シリーズ第五巻として収録されているが、中味は1971年に「少年ジャンプ」に連載された『百物語』である。

 手塚治虫はゲーテの『ファウスト』を三度漫画化したが、『百物語』は二度目にあたる。舞台は江戸時代の東北地方に移され、主人公のファウストは一塁半里という下級武士、メフィストフェレスは娘に化けた妖狐として登場する。一塁半里という名前ははハインリヒ(半里)・ファースト(一塁)の語呂合わせで、変身後は不破臼人ファウストと名乗るようになる。完全に時代劇に換骨奪胎されていて、作品の完成度は三つの中では一番高い。

 物語は勘定方の下っ端の一塁半里がお家騒動に巻きこまれ、切腹させられるところからはじまる。一塁は武士とはいっても剣術はさっぱりの意気地なしで、死ぬのが怖くてたまらず、風神の屏風に「死なないでいいんならタマシイを売ってもいいからよォ」と愚痴る。

 それを聞いていたむく犬が切腹の場に駆けこんでくる。むく犬は一瞬狐の正体をあらわしたかと思うと妖艶な娘の姿をとり、スダマと名乗る。スダマはタマシイとひきかえに三つの願いをかなえてやろうともちかける。

 切腹しないですむのだから、否も応もない。一塁は「たっぷり人生を楽しむ」、「天下の美女を手にいれる」、「一国一城のアルジになる」ことを条件にタマシイを売る契約を結ぶ。

 あわやのところで救われた一塁はイケメンに変身し、不破臼人と名前を変えたものの剣術は弱いままだ。スダマに苦情をいうが、三つの願いに「強くなる」を入れなかったのが悪いと突き放される。

 実の娘に恋されたり、恐山に巣くう玉藻前という女妖怪に精を抜かれそうになったりと不破はバカをくりかえすが、いざかなってみると欲望は虚しい。彼は努力をして剣術を修行するようになり、人間的に成長していく。スダマはそんな不破に引かれるようになる。

 修行の甲斐があったか、物語の大詰では不破は端然と腹を切る。不破の骸から抜けだした魂をスダマは一度は抱きとり、いとおしそうに頬ずりするが、最後は悪魔の掟をみずから破って解放してやる。この場面はこの上なく美しい。

 原作ではファウストに裏切られ、絶望の淵に突き落とされたマルガレーテの許しがファウストに救いをもたらしたが、『百物語』では修行で自分を高めていく不破の姿にスダマ=メフィストがほだされたのだ。

 クリスチャンは別として、一般の日本人には原作が高らかに歌いあげる罪と恩寵は理解できないと思う。知識として理解したとしても、腑に落ちることはないだろう。1950年版の『ファウスト』ではとってつけたような救いで終わっていたが、あれがウソであることは手塚自身よくわかっていたはずだ。

 救いをリアリティのあるものにするために、手塚が選んだのは煩悩と解脱という仏教的な救済譚に換骨奪胎することだった。『ファウスト』の二度目の漫画化を時代劇に仕立てたのは必然だったのである。

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2009年10月19日

『ファウスト』 手塚治虫 (講談社)

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 ゲーテの『ファウスト』の漫画化で、1950年に書下ろし作品として発表された。大人の読む文学作品を漫画にした例はそれまでなく、後の世界名作漫画ブームの先駆けとなったといわれている。

 手塚治虫は『ファウスト』を三回漫画化している。本作と1971年連載の『百物語』、絶筆の一つとなった1988年連載開始の『ネオ・ファウスト』である。ファウストは手塚が生涯追求しつづけたテーマとされている。

 いつかは読もうと思っていて今回ようやく読んだのであるが、有名なエピソードは一応抑えているものの、原作とは別物で、「どこがファウスト?」というのが第一印象だった。これだったら『罪と罰』の方がまだ原作に忠実である。

 原作ではメフィストは人間に理性をもたせることの是非を神と議論し、理性の権化であるファウストを悪の道に引きずりこめるかどうかという賭を神にもちかけるが、手塚版のメフィストは孫悟空のように天上界で大暴れして捕まり、傲慢の鼻をへし折るために下界に送られる。そんなに力があると思うならファウストを悪の道に引きこんでみろというわけだ。原作はファウストが試される話だったのに、手塚版ではメフィストの力が試される話に変わっているのだ。

 手塚版ではファウストの影が薄い。理由ははっきりしている。ファウストに悪事をさせないからだ。若返ったファウストは酒場で乱暴狼藉をはたらき、清純なマルガレーテを妊娠させ、あろうことか嬰児殺しの罪人にして獄死させてしまう。そういう裏切りをおこなったファウストが最期はマルガレーテに救われるのである。マルガレーテのエピソードを割愛したら『ファウスト』ではなくなるが、子供向けでは刺激が強すぎるということかもしれない。

 ファウストの影が薄い一方で、メフィストは可愛らしい黒犬の姿で登場し、大活躍する。手塚版の主人公はファウストというより、メフィストの方ではないのか。

 「あとがき」を読んで謎が解けた。手塚はエルショフの原作によるソ連製アニメ『せむしの仔馬』を見て感銘を受け、その影響が決定的だったというのである。

 「せむしの仔馬」の美術デザインの影響が、この「ファウスト」には、かなり顕著にあらわれています。また、設定もかなり「せむしの仔馬」的です。まず、悪魔のメフィストフェレスは、この作品では終始黒犬で登場しますが、原作ではご存知のとおり、最初のくだりにちょいと出てくるだけです。つまり、「せむしの仔馬」のイワン少年と仔馬のコンビネーションが、この作品ではファウストと黒犬という関係になっているのです。ファウストが黒犬にまたがって空を飛ぶところなんか、これはもう完全に「せむしの仔馬」です。

 『火の鳥』も『せむしの仔馬』の影響を受けているそうだし、最晩年には『青いブリンク』として『せむしの仔馬』の再アニメ化にとりくんでいる。手塚が生涯追いつづけたのは『ファウスト』ではなく、『せむしの仔馬』だったということか。

 講談社全集版『ファウスト』には「赤い雪」が併録されている。

 「赤い雪」は1955年に「少女の友」に連載された中編で、赤い雪が降った日に生まれたばかりに魔女あつかいされてきた少女が歌の才能を発揮し、王子様と結婚してめでたしめでたしとなる話だが、ソ連製アニメ『氷の女王』の影響が濃厚である。

 この作品が「ファウスト」に併録されたのはソ連製アニメという括りからだろうと思われる。手塚治虫におけるソ連製アニメの影響はきちんと論じられる必要がありそうだ。

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2009年10月18日

『罪と罰』 手塚治虫 (講談社)

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 手塚治虫は1952年に医師免許を取得した後、大阪から東京に居を移し、プロの漫画家として八面六臂の活動をはじめるが、ちょうどその頃、書下ろし作品として執筆していたのが本作である。

 1949年に出した『ファウスト』は当たったが、こちらはさっぱり売れなかったらしい。ただし、読者の評判は非常によかったそうで、「これほど学生やおとなの読者から、おほめの言葉をいただいたものはありませんでした」と述懐している。

 世評がいいのは知っていたが、劇画ならともかく、まだ漫画が子供向けの娯楽だった時代に描かれた『罪と罰』はたいしたことあるまいとたかをくくり、手にとったことはなかった。

 今回、はじめて読んだが、予想外にうまくいっているというのが第一印象だった。

 もちろん、長大な原作をたった130ページにまとめたのだから、大胆な省略と改変がおこなわれている。神学的な議論は跡形もなく削られ、ラスコーリコフの葛藤は犯行が発覚するかもしれないというサスペンスに単純化されている。

 はっきり言えば原作とは別物だが、首尾一貫した作品になっているのはさすがだと思う。

 ただ、どうしょうもなく古い部分もある。

 原作では悪徳資本家だったはずのスヴィドリガイロフが手塚版では颯爽たる革命家になっており、クライマックスではラスコーリニコフに金持ちの側につくか労働者の側につくか決断を迫り、ついには労働者を扇動して武装蜂起に踏み切る。『戦艦ポチョムキン』のオデッサの階段のようなコマも出てくる。

 最後、ラスコーリニコフが群衆から孤立するのは同じだが、原作では魂の問題に目覚めたために孤立したのに対し、手塚版では革命についていけない遅れた人間として突き放されている。

 ドストエフスキーは『悪霊』で革命家グループを狂信的なテロ集団として描いたが、『罪と罰』でも革命運動に対する懐疑が濃厚である。ところが、手塚治虫は『罪と罰』を原作とは正反対の革命礼賛漫画にしているのだ。

 手塚が革命運動を本気で礼賛していたとは思えない。なぜ魂の問題が革命の問題にすりかわってしまったのだろうか。

 推測だが、手塚が革命礼賛のポーズをとった背景には、まだ市民権をえていなかった漫画を一生の仕事として選んだことが関係しているのではないか。当時は左翼全盛時代だったから、革命礼賛のポーズをとっていれば漫画家でも文化人としてあつかってもらえたのかもしれない。

 そもそも『罪と罰』を漫画化するという無茶な企画自体、漫画をなんとかして芸術として認知させようという意気ごみからだろう。若い人には想像もつかないだろうが、『罪と罰』が描かれたのはそういう時代だったのである。

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2009年10月17日

『雑巾と宝石』 手塚治虫 (講談社)

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 先日、名画座で「襤褸と宝石」という1936年のハリウッド映画を見た。自尊心に振りまわされる男女をコミカルに描いた痛快なコメディで、すっかりファンになってしまった。

 書店の手塚治虫コーナーを物色していると、どこかで見たようなタイトルを見つけた。本書、『雑巾と宝石』である。表紙が洋画っぽいし、ひょっとしたら『襤褸と宝石』の漫画化か。セロファンで中味がわからなかったが、とにかく買ってみることにした。

 読んでみると――1955年から1969年にかけてサラリーマン向け週刊誌に掲載された作品を集めた短編集だった。「あとがき」によると、表題作の「雑巾と宝石」は確かに『襤褸と宝石』の原作小説にあやかったものだったが、手塚が興味をもったのは邦題の「襤褸」と「宝石」という対比だけで、中味はまったくの別物だったのである。

 表題作の「雑巾」はヒロインの地味なOL、「宝石」は男前のスター俳優をあらわしている。普通だったら出会うはずのない二人が交通事故で出会うわけだが、自動車に頭をぶつけると醜女が美人に変わり、男前の俳優が醜男に変わるという設定で行き違いのコメディになっている。美醜にこだわる世間をからかった風刺的な作品である。

 1957年の連載で、手塚としてははじめての「ヤングもの」である。続編を依頼されるほど人気があったそうだが、今読んでどうだろうか。

 表題作以外の感想も簡単に書いておく。

「第三帝国の崩壊」

 1955年に「漫画読本」に発表。「モダンタイムス」風の独裁者風刺漫画。コマ割を使わない実験的な手法が見どころか。

「昆虫少女の放浪記」

 1955年に「漫画読本」に発表。アリに体液を吸わせて共存するアリマキの少女を売春婦に見立て、売春防止法とからめた風刺漫画。

「スター・ダスト」

 1965年に「漫画読本」に発表。UFOが排泄物を地球に落としていくが、その中から宝石が見つかるという星新一にありそうな話。

「日付健忘線」

 1967年に「漫画読本」に発表。国境にこだわる大人をからかった風刺漫画。小島功のお色気マンガをかなり意識している。

「アポロはなぜ酔っ払ったか」

 1969年に「漫画読本」に発表。これも小島功風の色っぽい絵である。奈良林ならぬ奈良森先生に人生相談するという趣向で、ホステスに振りまわされた男の悲哀を描く。

「われ泣きぬれて島と」

 1966年に「漫画読本」に発表。船から身投げした男が絶海の孤島に漂着して生きのびる話に水爆実験をからめている。初期のモンキーパンチの絵柄に似ている。

「やぶれかぶれ」

 1966年に「漫画サンデー」に発表。絶対に墜落しない飛行機を作ったら着陸もできなくなっていた。それをどう着陸させるかに、女性をどう落とすかをからめたギャグ漫画。

「怪談雪隠館」

 1969年に「漫画サンデー」に発表。手塚本人がカンヅメになるために山奥の旅館に泊まるが、そこはアダムス・ファミリーのような化物家族が経営する宿だったというオチ。

 こんな作品まで描いていたのかという驚きがある。劇画誕生以前の大人向け漫画がどんなものだったか知りたい人には貴重な作品集だろう。

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2009年10月16日

『鉄の旋律』 手塚治虫 (講談社)

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 表題作の中編と短編二編を収録した作品集である。

 まず、「鉄の旋律」。「増刊ヤングコミック」に1974年6月から半年にわたって連載されたどろどろの復讐譚である。米原秀幸によって『Dämons』としてリメイクされていることで知られているが、まったく救いがない。

 檀の妹の亜理沙は檀の親友でエディというイタリア系アメリカ人の好青年と婚約する。檀は渡米して盛大な結婚式に出るが様子がおかしい。それもそのはず、エディはマフィアの御曹司だったのである。

 檀はたまたま目撃した殺人事件をFBIに証言するが、ファミリーの係わった事件だったために裏切者と決めつけられる。エディに助けを求めるが、彼は冷たく突き放すだけだ。檀は荒野で両腕をトロッコで切断され放りだされる。

 檀は復讐を誓うが、両腕を失って何ができるというのか。そんな時、彼はスラムでベトナム復員軍人のバーディと知りあう。バーディは両脚を失っていたが、ロボットのような松葉杖のおかげで常人を越えた力を発揮していた。

 驚いたことにその松葉杖は単なる鋼鉄の棒で、何のしかけもなかった。バーディはPK(念動力)で松葉杖をあやつっていたのだ。

 檀はバーディにマッキントッシュ博士を紹介してもらい、死に物狂いでPK能力の訓練を受け、鋼鉄製の義手を自由自在にあやつれるようになる。

 エディと亜理沙はファミリー企業の日本進出のために日本にもどっていたので、檀も彼らを追って日本にもどる。いよいよ復讐にとりかかろうとした矢先、彼が眠っている間に義手が勝手に復讐をはじめたことを知る。彼の潜在意識が知らないうちに義手を動かしていたのだ。鋼鉄の固まりの義手が意識のコントロールをはずれて動きだす恐怖。結末は徹底して暗い。「鉄の旋律」は「鉄の戦慄」でもあるだろう。

 「白い幻影」は1972年に「女性セブン増刊号」に発表された短編。連絡船の沈没でヒロインは恋人の則夫とともに海に投げだされる。彼女は救助されるが、則夫は行方不明になる。

 自分だけ助かったという罪悪感のためか、彼女の目には則夫の最期の姿が焼きつき、幻影を振り払うことができない。彼女は則夫の幻影とともに生きることを選び、独身のまま老境をむかえる。

 ある日、昔の海難事故で記憶喪失になったという初老の男が妻とともに訪ねてくる。唯一記憶に残っている少女を探しているのだという。彼女は心当たりはないと答え、心の中で則夫の幻影に別れを告げる。すべては彼女の一人相撲で、彼女は人生を棒に振ったわけだ。

 「レボリューション」は1973年に「漫画サンデー」に発表された怪談話で人格転換をあつかう。これもまた救いがない。

 『ブラック・ジャック』で復活する前の低迷期の作品だけに三編とも暗いが、このようなところまで突きつめていたから『ブラック・ジャック』のヒューマニズムに奥行が生まれたのではないか。

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2009年10月15日

『奇子』 手塚治虫 (講談社)

奇子 1
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奇子 2
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奇子 3
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 奇子と書いてアヤコと読む。アヤカシのアヤだろうか。

 「ビッグコミック」に1972年1月から1年半にわたって連載された長編で、最初の構想では『カラマーゾフの兄弟』のような大河漫画になるはずだったというが、ヒロインの数奇な生い立ちを語り終え、いよいよというところで終わっている。『カラマーゾフ』のように未完で終わったのは残念だが、現状でも十二分に読みごたえがある。

 奇子は青森の大地主天外作右衛門の次娘として生まれたが、それは表向きで、実は作右衛門が長男の嫁のすえに産ませた子供だった。長男の市郎は天外家の財産を独占させるという口約束を信じて、妻を父親にさしだしていた。

 物語は次男の天外仁朗がフィリピンの捕虜収容所から復員してくるところからはじまる。仁朗は収容所で生きのびるために米軍のスパイになっていたが、復員後もGHQのエージェントをつづけており、労働運動家の殺害に関与する。仁朗は返り血を浴び、血のついた服をあらっているところを奇子に目撃されてしまう。

 労働運動家を殺した手口は、その直後に起きた国鉄の下山総裁事件(作中では霜山総裁)の手口と瓜二つだったことから、警視庁が注目するところとなり、東京から刑事がやってくる。

 スキャンダルを恐れた天外家は親族会議を開き、奇子を死んだことにして、土蔵の中の座敷牢に閉じこめることを一族の総意で決める。奇子は6歳から23歳までの17年間、座敷牢の中で暮らすことになる。

 一族のどろどろあり、近親相姦あり、政治的陰謀あり、裏社会の駆引ありで、手塚の劇画路線の集大成の観があるが、『地球を呑む』から4年たっているだけに手塚流の劇画スタイルを確立しており、それまでの作品とは一線を画している。

 一口にいうと、ヒロインの奇子がエロチックなのである。『地球を呑む』のゼフィルや『人間昆虫記』の十枝子のヌードはダッチワイフのようにしか見えなかったが、成長した奇子はぞくっとするほど色っぽく肌の火照りが伝わってくる。もし続編が描かれていたが、奇子は十枝子以上の悪女ぶりを発揮していたことだろう。

 奇子が十枝子の後身と考えられる理由はもう一つある。一仕事終えた十枝子は故郷の村に帰り、亡母の蠟人形に全裸になって甘えかかるが、亡母はどう見ても老婆の姿であって、母子というより祖母と孫にしか見えなかった。

 奇子は長男の嫁が産んだ子供なので、戸籍上の母親は祖母の年齢にあたり、しかも十枝子の年の離れた母そっくりなのである。

 十枝子が亡母の蠟人形に甘えるのは胎内回帰願望といっていいが、奇子は座敷牢育ちのために、何か不安なことがあるとすぐに箱の中にはいってしまう。奇子は十枝子に輪をかけた胎内回帰願望の持主なのである。

 手塚はなぜ強烈な胎内回帰願望をもった悪女をヒロインにすえたのだろう。男が胎内回帰願望をもつならわかるが、女性の胎内回帰は珍らしい。

 わたしの妄想かもしれないが、奇子と十枝子は単なる女性キャラクターではなく、手塚のアニマだったのではないか。手塚は自分の傷ついたアニマを癒すために、胎内回帰で元気をとりもどすヒロインを造形したのではないか。

 『奇子』のラストは炭の貯蔵穴というまさに胎内そのものの密室空間が舞台になるが、彼女はここで第二の誕生を経験する。もし彼女が手塚のアニマだとしたら、手塚は傷ついたアニマの再生を描いたのかもしれない。

第1巻 →bookwebで購入

第2巻 →bookwebで購入

第3巻 →bookwebで購入

2009年10月14日

『空気の底』 手塚治虫 (秋田書店)

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 「プレイコミック」に1968年から1970年にかけて読みきり連載の形で発表した短編を一冊にまとめたものである。『地球を呑む』と同時期の製作で、この後に『人間昆虫記』がつづく。

 大都社版、講談社全集版、秋田書店版の三種類があるが、一番収録作品の多い秋田書店版で読んだ。劇画調の暗い話ばかりで玉石混淆だが、傑作もすくなくない。

「処刑は三時に終わった」

 元ナチス親衛隊の中尉はユダヤ人虐待で処刑されようとしていたが、すこしも動じない。彼はユダヤ人の天才科学者から時間延長剤という秘薬を手に入れており、処刑の瞬間に逃げだせると思っていたのだ。

 ところが、思わぬ計算違いが……。

 切れ味のいい結末だが、想像すると恐ろしい。

「ジョーを訪ねた男」

 南部出身のガリガリの人種差別主義者の大尉が戦闘で重傷を負い、部下の黒人兵の心臓をもらって生き延びる。黒人の心臓で生かされているという事実を隠すために、事実を知っている遺族のところに口封じにいくが、心臓以前に輸血用の血液は黒人が売血した血だと教えられ愕然とする。輸血用の血液を持ちだすところが医学部出身の手塚の面目躍如だ。

「夜の声」

 休日に乞食になって息抜きをする青年実業家が悪漢に追われたユリという少女を助ける。彼女が好きになった実業家は自分の会社であることを隠して、秘書に応募するように勧める。彼は秘書となったユリに結婚を申しこむが……。

 ユリは手塚が初期に描いていた女の子の顔で、いかにも純朴だが、前科者であることを告白した後はほんのちょっとの変更で、蔭のある表情に。

「野郎と断崖」

 妄想を見せるという崖に迷いこんでしまった脱獄囚の話。残虐無道な犯罪者の心の奥底にもやさしい純なものが残っている。

「グランドメサの決闘」

 西部のガンマンの復讐譚が実はもう一回り大きな復讐譚になっていた。西部開拓時代の終わりという時代の変化で、一捻りしたのが効いている。

「うろこが崎」

 公害もののホラーだが、手塚が売春島に興味をもっていたというのが面白い。

「暗い窓の女」

 近親相姦に悩む男が医者の友人に別の人間にしてくれと懇願する。別の人間になれば妹と結婚できるというのだが、そんなことは出来るはずもなく、物語は悲劇に終わる。近親相姦を医学の問題と考えているところが手塚の限界か。

「そこに穴があった」

 敵対する組の人間を殺し、追われているヤクザが不時着した小型機のパイロットを図らずも助けてしまい、時の人になる。復讐を恐れたヤクザは助けたパイロットに高飛びを助けてくれるように頼むが……。

 凛々しいパイロットの変貌がショッキングだ。

「わが谷は未知なりき」

 ウォード・ムーアの「新ロト記」の後日譚のような話。

「猫の血」

 田舎回りの映画興行師が猫神崇拝の村で美しい娘を見そめ、強引に頼みこんで結婚する。彼は妻を近代的な女に教育するために東京に出るが……。

 ヒロインの猫娘が魅力的に描かれている。映画館の中で村人の目が猫のように光る光景を映像化したら不気味だろう。

「電話」

 内ゲバ事件をヒントにした話。漫画好きの赤学派のリーダーのところに、深夜、未知の女性から電話がかかってきてデートに誘われる。

 待ちあわせ場所に行ってみると、待っていたのは凄まじいブス。誘った女性は対立する青学派の女性活動家で、一ヶ月前に死んだといわれる。

 からかわれたと思ったが、また同じ女性から電話がかかり……。

 この時点で、内ゲバを単なるネタに使っているのは珍らしい。主人公の読んでいる漫画がつげ義春だというのが興味深い。

「カメレオン」

 学生運動でゲバ棒をふりまわしながら、卒業したとたん、企業戦士に化ける世渡りのうまい人種を、手のこんだ復讐劇で本当のカメレオンにしてしまう手塚マジック。

「聖女懐妊」

 土星の衛星チタンの基地で一人観測する南川には女性ロボットという伴侶がいた。二人の仲むつまじい暮しはフォボスの刑務所を脱獄してきた囚人たちによって破壊される。南川は殺され、女性ロボットは酷使されるが、彼女の体にある異変が……。

「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」

 事故を防ごうと思えば防げたのに、何もしなかった人気DJが罪悪感から自滅する話。

「ロバンナよ」

 一番いい。人里離れた家で妻と暮らす旧知の天才科学者を訪ねる。科学者はロバンナというロバを可愛がっており、ロバンナもなついている。

 病気で出てこなかった妻は深夜、ロバンナを殺そうとする。夫は妻は狂っているといい、妻は夫は動物しか愛せない不能者だという。

 ところが天才科学者はまったく別の真相を告白する。一口にいえば「蝿男」のロバ版だが、ラスト、妻は科学者とロバンナを殺すために家を爆破する。

「二人は空気の底に」

 冒頭、熱帯魚の水槽の中で愛しあっているグッピーの雌雄が、人間の投げいれた煙草の吸殻で死ぬエピソードが語られる。

 核戦争で人類が滅亡した後、全自動の宇宙旅行用カプセルの中で生き残った。

 男女二人の物語はグッピー同様の悲劇で終わる。

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2009年10月13日

『人間昆虫記』 手塚治虫 (秋田書店)

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 「プレイコミック」に1970年から翌年にかけて連載された長編漫画である。講談社版全集では上巻下巻にわかれているが、ハードカバーで一冊本の秋田書店版「手塚治虫・傑作選集」で読んだ。値段は講談社版とほぼ同じだが、造本がしっかりしていて版型がひとまわり大きい。

 十村十枝子という女性が先輩を食い物にしてのしあがっていくという悪漢ものの女版である。

 彼女はまず女優として頭角をあらわし、演出に手を広げ、グラフィック・デザインで世界的な賞をとり、小説を書いて芥川賞を受賞する。次いで大企業の重役夫人におさまったかと思うと、海外で写真家として名声を博するという具合である。

 彼女は多彩な才能を発揮するが、実は模倣の才能だけでオリジナリティはなく、評価された仕事も先輩の構想段階の作品を盗んだ結果である。盗まれた方は腑抜けのようになって落ちぶれるか、彼女を恨みながらも崇拝しつづけるが、盗作を言い立てて崇拝者に殺されるか、ろくな末路をたどっていない。

 色と慾にまみれた、いかにも劇画的な題材を手塚流の丸っこい絵柄で描いているので、最初かなり異和感があった。

 手塚の絵は少年漫画の時代からエロティシズムが隠し味になっていたが、そこはかとないエロティシズムだったからよかったので、エロスを前面に出すとなると別である。十枝子は一仕事終えると、隠れ家にしている田舎の家で亡母を形どった蠟人形に全裸になって甘えるが、ヌードの絵がさっぱりエロチックではないのだ。1970年前後の手塚は劇画ブームにすりよろうと無理をしていたという見方があるが、この作品については確かに一理あると思う。

 エロチックな場面は成功しているとはいえないし、十枝子の勝ち誇った表情もどうかなと思うが、時おり見せる悔しそうな表情や虚しそうな表情はぞくぞくするほど魅力的である。手塚は悪の魅力を描こうとしたと思われるが、結果的に悪に徹しきれない弱さの部分で十枝子はリアリティをもった。手塚はヒューマニズムの枠を良くも悪くも越えることができなかったのだろう。

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2009年10月12日

『地球を呑む』 手塚治虫 (講談社)

地球を呑む
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地球を呑む
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 今年は手塚治虫の生誕80周年にあたり、江戸東京博物館で「手塚治虫展」があったり、「鉄腕アトム」がハリウッドで「ATOM」としてリメイクされたり、新しい文庫全集の刊行がはじまったりとにぎやかである。

 「手塚治虫展」を見たが、原画の迫力に圧倒された。線の躍動感と切れ味のよさは印刷ではわからない。しかも高いレベルが晩年まで持続しているのである。

 作品の拡がりもすごいが、展示を見ていてあることに気がついた。1960年代末に青年向けコミック誌が一斉に創刊され手塚もかりだされるが、この時期の手塚漫画を読んでいなかったのである。中学から高校の頃で漫画離れしていた時期に当たっていたこともあるが、このあたりの手塚漫画は低迷していたという見方が一般的で、話題になることがすくなかったことが大きい。

 評価が低いにしても、なぜ低いのか気になり、この機会に読んでみた。まずは「ビッグコミック」創刊号から連載のはじまった『地球を呑む』である。

 第二次大戦中、アメリカ兵が南太平洋の島で異世界に迷いこみ、謎の美女に出会うというラファティの「崖が笑った」のような出だしである。「崖が笑った」はまだ訳されていなかったはずだが、ちょっと似すぎている。ハガードの『洞窟の女王』を南太平洋に置き換えたような、両者のもとになる作品があったのかもしれない。

 謎の美女はゼフィルといい、アメリカ兵は彼女の写真をもって逃げだすが、その写真はアメリカ兵をとらえた二人の日本兵のものとなる。以上が「プレリュード」である。

 この後、舞台は現代の日本に移り、南太平洋の島からやってきたゼフィルが世界企業をあやつって国際的な陰謀をしかける。その陰謀をさぐるために日本兵の息子の五本松が探偵を依頼される。男という男はゼフィルの魅力に負けてしまい、言いなりになるが、五本松は酒以外に慾というものがなく、ゼフィルにたぶらかされることはない。こうなるとゼフィルの方は心穏やかではなく、なんとかして五本松を籠絡しようとして逆に五本松に引かれはじめる。

 ゼフィルのたくらむ陰謀であるが、法律の根底である自己同一性と経済の根底である貨幣を一挙に破壊して原始時代にかえそうという途方もないほら話なのである。一応復讐譚の体裁をとっているが、現代文明の破壊という結果は動機とくらべて巨大すぎる。こんなほら話は漫画でしか成立しない。

 「あとがき」で手塚は青年コミックという新しいジャンルをはじめるにあたり、他の作家は読切短編を依頼されたのに自分だけ長編という注文に戸惑ったし、不満だったと書いている。そして、危惧したとおり物語がひろがりすぎて収拾がつかなくなり、中だるみに陥ったので、一時、読切形式に変えたと書いている。

 上巻から下巻の変わり目、12~14章のことを言っているのだろうが、主筋ではカバーできない広がりが出て、かえって成功していると思う。特に13章の贋家族のエピソードは傑作中の傑作である。

 お色気や世界経済をいれたのは大人の鑑賞に耐える漫画を模索していたからだろうが、とってつけたような印象を否めない。この作品の読みどころはむしろ漫画的な暴走の部分にあって、まとまりのなさが最大の魅力になっている。

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下巻→bookwebで購入

2009年09月22日

『火天の城』 山本兼一 (文春文庫)

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 映画化された話題作である。信長の登場する小説は枚挙にいとまがないが、安土城を建てた実在の大工の棟梁、岡部又右衛門を主人公にした小説ははじめてだろう。

 安土城は謎の多い建築だが、近年、近世城郭の常識を越えた破天荒な構造だったことが明らかになり、信長の天才の表現という見方も出てきている。その安土城を作る話なのだから、面白くないはずがない。

 又右衛門と信長の出会いの条が秀逸である。信長は桶狭間の戦いの直前、熱田神宮で戦勝祈願をしたことが知られているが、その時、熱田神宮付きの宮大工だった又右衛門に義元の首を載せるための輿を作れと命ずる。信長は戦う前から勝つつもりなのである。

 又右衛門は急いで小さな輿を作りあげて後を追ったが、途中、凱旋してくる信長軍と出くわす。

 今川義元のお歯黒首が、輿にとりつけた三方に置かれ、首の根が味噌で固定された。四人の足軽が輿を担いだ。

 もちろん、このエピソードはフィクションだろうが、「首の根が味噌で固定された」というディティールにはっとした。そんな習わしがあったのかどうかは知らないが、味噌は兵糧として常備品だったし、傷薬としても使われていた。生首を味噌で固定するという記述にはリアリティがある。

 又右衛門は信長に重用され、数々の城普請をまかされるようになる。史実の又右衛門は武装して合戦にしたがい、工兵隊長のようなことをしていたらしいが、この小説の又右衛門は大工の棟梁の分を越えていない。

 大工は建築家であるから理詰めであり、数字で考える。安土城のような大きな普請では職人を住まわせるための長屋を大量に建てなければならない。長屋を建てるには坪あたり二石の木材が必要になる。付属の御殿は坪あたり八石、天主は坪あたり十二石で、いずれにせよ膨大な木材を調達しなければならない。

 問題は三本の通し柱である。五層の天主の通し柱に使えるような木など、なかなかあるものではない。あるとしたら木曾だが、木曾は武田方の木曾義昌の領地である。又右衛門は無理を承知で義昌に頼みに行くが、義昌は意外にも協力を約束してくれた。義昌は信玄の娘を娶り武田一門につらなっていたが、落ち目の勝頼が無茶な要求をしてくるので、武田からの離反を考えていた。通し柱の一件は織田方によしみを通じる格好の機会だったのである。

 木曾氏の裏切りは武田家崩壊劇の幕開けとなるが、そうした政治のどろどろを吹き飛ばすように、丸太の急流下りという前半最大の山場がくる。せっかくの巨木も折れてしまっては柱に使えない。急カーブを丸太を無事に通せるか、手に汗にぎる場面がつづく。

 一間の長さの問題も興味深い。通常、一間は六尺であり、武家建築でも六尺半だが、安土城は内裏と同じ七尺なのである。

 六角方の乱波は井戸に汚物を投入するなど小技で工事を妨害するが、蛇石という巨岩を運びあげる機会をとらえて大勝負に出る。スペクタクルとしてはなかなかだが、この後に通し柱の短縮という後半の見せ場が来る。信長の厳命で大砲に耐えられるように壁の厚みを変更したために、天主の骨組が想定以上にで沈下してしまい、通し柱との間に不均衡が生じたのだ。又右衛門は息子とともに沈下量を計算し、通し柱の根本を四寸切りおとす決定を下す。作業は精密を要するために他の職人を締めだし、岡部一門だけでおこなったが、ここははらはらした。

 せっかく完成した安土城だが、本能寺の変で事態は急変する。又右衛門も本能寺に滞在していたが、信長の命令で安土城を守るために寺を脱出する。だが、城は灰燼に帰した。

 誰が安土城に火をかけたのかは謎だが、本作は最も常識的な説にしたがっている。ここであっと言わせてくれたら文句なしだったのだが、終わり方がちょっとおとなしいかなという感想をもった。

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2009年04月29日

『安部公房全集〈30〉1924.03 - 1993.01』 安部公房 (新潮社)

安部公房全集〈30〉1924.03 - 1993.01 →bookwebで購入

 1997年に刊行のはじまった『安部公房全集』がこの3月7日、最終巻の刊行にこぎつけ、12年ぶりに完結した。

 27巻まではほぼ毎月出たが、28巻から間隔が開き、29巻から最後の30+巻までは8年以上かかっている。しかし、補遺篇が182頁、書誌篇が682頁、さらにCD-ROMがつくという充実ぶりで、8年かかったというのは納得できる。

 安部公房のファンだったり安部公房を研究したいという人で、全30巻をそろえる余裕がないという人は本巻だけでも入手しておいた方がいい。近代日本作家の全集としては例のないくらい充実した書誌が図書館から全集を借りる時の道しるべになってくれるし、付属のCD-ROMはほとんどの図書館では貸し出しに制限があるからだ。CD-ROMには書誌データのみならず、フォトギャラリー、音声、初版本のすべての装釘、伝記資料の宝庫と言うべき「贋月報」の既刊分がおさめられており、安部公房に関心のある人にとっては必須のアイテムである。昨今の出版情況からいって、おそらく増刷されることはないと思われるので、在庫があるうちに買っておくことを強くお勧めする。

 内容を見ていこう。

 補遺篇ではなんといっても新発見の埴谷雄高宛書簡が興味深い。全部で19通あるが、なんと1947年9月7日付の最初の書簡が含まれており、文学史の一場面に立ち会ったような興奮をおぼえた。

 花田清輝宛書簡は2通だけだが、従来、距離ができていたと考えられていた時期に『第四間氷期』の好意的な書評に感謝したり親しく家を訪ねていたことがわかり、これも興味深い。この時期はまた共産党との関係が決裂した時期でもあるから、たった2通とはいえ今後重要な意味をもってくるのではないか。

 意外だったのは『砂の女』刊行の半年後に映画化のための梗概を書いていたことだ。しかも主人公はアメリカ人であり、細部がかなり違う。映画『砂の女』関係の資料は2007年に開かれた「勅使河原宏展」でも展示されていたが、関係者が健在なうちに映画完成までにどのような経緯があったの、誰か調べてくれないだろうか。

 書誌篇には詳細な年譜と娘の安部ねり氏による「安部公房伝記」が重要である。「伝記」では安部公房の祖父母が北海道に出奔した事情にまで立ち入っている。「贋月報」とあわせ読むと、安部公房が実は旧制高校的な友情の人だったことがわかる。

 最後の「贋月報」には三浦雅士氏による全力投球の安部公房論が掲載されている。

 安部公房は1951年に共産党に入党し、1961年に除名されるまでの10年間、共産党員だった。1956年の東欧旅行以降、共産党との関係が険悪化するが、それまではすくなからぬ文学者を入党させるなど熱心に党の活動をおこなっていた。当然、党活動は作品にも反映していて、マルクス主義を生な形でもりこんだ図式的な作品が目につく。

 三浦論文を一言でいうなら、マルクス主義から安部公房を救いだすための試みといえる。三浦氏は十代の安部公房のリルケ体験に注目する。十五年戦争期、日本ではリルケが流行していたが、それは大山定一流のセンチメンタルなリルケだった。三浦氏は安部の最初期の作品を手がかりに、安部のリルケの読み方が同時代のセンチメンタルな読み方とは一線を画す言語論的な読み方だったことを示す。安部は後のハイデガー的なリルケ理解を先取りしていたというわけである。

 三浦氏はついで中期・後期の安部公房のテーマが言語論的・ハイデガー的リルケ体験の発展にほかならないことを示す。名辞の剥ぎとられた世界は安部の生涯をつらぬくテーマだったのだ。こうした展望に置き直すと、安部公房におけるマルクス主義は本質的なものではないことが明確となる。

 三浦論文に反発する人も出てくるだろうが、意を同じくするにせよ、反発するにせよ、ここに示された読み方が今後の安部公房研究を方向づけることになるのは間違いないだろう。

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2007年04月25日

『信長燃ゆ』 安部龍太郎 (新潮文庫)

信長燃ゆ(上)
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信長燃ゆ(下)
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 本能寺の変の真相については諸説あるが、近年、朝廷陰謀説が人気がある。信長に既得権益の破壊者を期待する小泉前首相的な読み方には古い権威の象徴である朝廷と対決し、つぶされたとする解釈が一番整合するからだろう。すくなくとも、怨恨説よりスケールが大きく、信長がより大物に見える。

 本作は朝廷陰謀説の集大成といっていいかもしれない。小説としても面白い。

 織田家の遠祖は神官とされており、先代の信秀の時代から朝廷に分不相応な献金をおこなってきた尊王の家系であり、信長自身、朝廷によって何度も危機を脱している。しかし、晩年の信長と朝廷の間に対立があったことは御所の隣で軍事パレードというべき馬揃を天正九年に二度もおこなったことからいっても、朝廷が国師号をあたえた快川和尚を焼き殺したことからいっても、間違いないと思われる。

 ただし、陰謀で殺さなければならないほどの危機感を朝廷側がいだいていたかどうかは議論がわかれるし、仮に危険視していたとしても、本能寺の変を演出するような力が朝廷側にあったとは考えにくい。

 本作はこうした疑問に対して説得力のあるストーリーを組み立てている。光秀が謀反に踏みきった動機として、秀吉に対する焦りが云々されることが多い。近年有力な四国問題が変の背景にあったという説にしても、長宗我部に加担した光秀が反長宗我部工作をおこなった秀吉に負けたと説明されている。

 しかし、信長から見た場合、光秀を失脚させて秀吉一人勝ちの状況を作るのは危険である。変後の動きを見てもわかるように、秀吉に対抗できる家臣は光秀しかいなかった。秀吉に筑前守、光秀に日向守の名乗りを同時にあたえたことからわかるように、信長は両者を拮抗させて使う意向だったろう。

 本作の信長は光秀にずいぶん気を使っている。四国問題にしても、信雄の副将に光秀の娘婿の織田信澄をあて、長宗我部が土佐一国に甘んじるなら本領安堵するつもりだったとしている。あくまでフィクションだが、信長の心の動きは納得できる。

 近衛前久と信長の葛藤の描き方もリアリティがある。朝廷陰謀説では近衛前久が朝廷側の黒幕とされることが多いが、前久は信長ときわめて親しく、最後まで関係がよかったことがわかっており、朝廷陰謀説の有力な反証とされている。しかし、表向きの関係がよくても、心の裏側まではわからない。心の裏側を描くのは小説の独擅場である。

 もう一つ特筆すべきは小説にだけ可能な手法によって朝廷の奥の手に光をあててている点である。

 朝廷側の奥の手とは女官である。天皇の意向は側近にはべる女官たちの女房奉書として伝えられることが多かった。女官が勅使として派遣される例もすくなくなかった。女官は天皇の外交官として政治の表舞台だけでなく裏舞台でも活躍していたのだ。

 近衛前久が朝廷側の切札として送りこむのは、あろうことか皇太子である誠仁親王の夫人で、後光厳天皇の生母である勧修寺晴子(後の新上東門院)である。家柄的に皇后にこそなれないものの、皇太子妃といっていい立場の女性を信長にさし向けたのだ。

 この時代、朝廷の因習に反発し、信長に憧れる公家がすくなからずいた。前久の嫡男の信基がその代表だったし(実際に信長の近く侍っていた)、前久自身にもその傾向があった。そして、本作に登場する勧修寺晴子も信長に魅せられ、皇太子妃としてはあるまじき行動に出る。戦前だったら不敬罪ものだ。

 もちろんフィクションにちがいないが、読んでいる間はひょっとしたらという気分になり、皇太子妃の危ういロマンスに一喜一憂させられる。

 すぐれた作品だが、不満がないわけではない。朝廷方の人物は生き生きと書けているのに信長以外の織田方の武将の影が薄く、単なる将棋のコマにしか見えないのである。明智光秀が人物として生きていたら本作は傑作になっていたろう。

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2007年04月23日

『信長の棺』 加藤廣 (日本経済新聞社)

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 本能寺の変後、信長の遺体が見つからなかったことは変の背景とともに日本史上のミステリーとなっている。本作はその謎解きに挑戦した話題作で、今年の正月にはTVドラマになっている。

 本能寺の変と信長の遺体の行方の謎解きを試みた小説はこれまでにもあったが、本作が卓抜なのは『信長公記』の筆者、太田牛一を探偵役にしている点である。

 太田牛一はただの物書きではない。若い頃は弓衆として従軍し、中年になってからは事務官僚として信長に近侍し、晩年は秀吉の側室の松の丸殿や秀頼の警護役となっている。信長のそば近くに仕えていただけでなく、第一線の戦闘員として合戦を経験し、秀吉政権の中枢にも近かったのである。『信長公記』は第一級の史料とされている。

 TVドラマ版では松本幸四郎が牛一を演じていたが、とってつけたようにチャンバラ場面がはさまれ、本当はどうなのだろうと思った。原作を読んだところ、チャンバラはなかったものの、すべて会話で説明してしまうという素人くさい書き方をしていた。エピソードを積み重ねて物語を進めるという基本ができていないので、TV版は無理矢理チャンバラ場面を挿入したのだろう。最後の謎解きも、牛一が生命を助けた女の縁ですべてを知る人物から真相を解説してもらうという書き方だった。

 会話の説明ですますのは小説として稚拙にすぎると思うが、作者の加藤廣氏はもともとエコノミストで、小説ははじめてのようだから仕方なかったのかもしれない。

 小説としてはお粗末だが、謎解きとしてはなかなか面白かった。基本的には朝廷謀略説だが、本能寺と信長が保護した南蛮寺が近い点に注目し、抜け穴があったが、その抜け穴を掘ったのが秀吉の息のかかった鉱山技術を持つ山の民だったために、明智の謀反をいちはやく摑んだ秀吉が遮断を命じたとする。朝廷の陰謀だけなら逃げられたが、秀吉が逃げ道を塞いだので信長は横死したというわけで、二段階謀略説といえよう。

 ちょっと気になったのは、秀吉が『信長公記』を検閲したことになっている点だ。牛一は崇敬する信長の伝記を書くために準備をしていたが、それを聞きつけた秀吉が大金を積み、自分の文庫に納めるために書くように命じる。牛一は完成した稿本を伏見に持参したが、秀吉は目の前で読みあげさせ、牛一の記述にいちいち突っこみをいれる場面がTV版の中盤の見せ場になっていた。牛一は触れずにすませたかった信長の残酷な面を加筆させられてしまうが、秀吉に復讐するように、一度文庫に納めた稿本に秀吉が書く必要なしとした永禄十一年の上洛以前を描いた「首巻」をこっそり追加する。『信長公記』の構成上の問題を逆手にとったのはいい着眼である。原作ではどうなっているのかと思ったら、ほぼTV版の通りだった。

 『信長公記』に異本が多い点、信長の事績を顕彰するために書かれたはずなのに、信長の残虐行為に触れている点を謎解きしようとしたのだろが、そもそもそれが謎なのだろうか。

 作中の牛一は「後の世にいくつもの異なった『信長公記』が流布し、作者としては、とんだ恥さらしになるわ」と、「首巻」のない写本や秀吉の検閲前の稿本が流出したことを地団駄踏んで悔しがっているが、藤本正行氏の『信長の戦争』によれば、牛一自身が盛んに異本を作っていたのである。

 『信長公記』は明治になって活字化されるまでは一度も印行されたことがなく、もっぱら写本で伝わったが、晩年の牛一は有名人だったので、大枚の謝礼を払っても牛一自身の手になる写本を求める人がすくなくなかったという。牛一は半ば記憶で書き写したらしく、間違いというか異文が多かったし、依頼者によってはその家に係わる記述を増やすというようなサービスまでおこなっていた。牛一は中世人であり、牛一や『信長公記』を近代的な尺度でとらえようとするのは正しくない。

 『信長の戦争』に詳しく書かれているが、『信長公記』の真価が最近までわからなかったのは近代的な偏見によるものらしい。

 太田牛一の没した翌年、小瀬甫庵という医者が『信長記』というまぎらわしい題名の信長の伝記を刊行する。『信長記』は『信長公記』を「増補」したものとされてきたが、「増補」部分は甫庵の創作だったことがあきらかになっている。桶狭間の「奇襲」も、武田信玄の「騎馬軍団」も、長篠の「三段撃ち」も、すべて実際の合戦を経験したことのない甫庵の空想の産物であり、事実ではなかった。しかし、近代的に考えれば、寡兵の信長が今川の大軍を破ったのは「奇襲」だと考えた方が通りがいいし、「騎馬軍団」を鉄砲の「三段撃ち」で殲滅したというとわかったような気になる。実際の合戦を知らない甫庵が空想で合理化した『信長記』が世に広まり、事実を伝える『信長公記』が忘れられたのも無理からぬことだったのかもしれない。

 『信長の棺』は学者と歴史マニアにしか知られていなかった太田牛一を広く世に知らせた点では功績があったが、『信長公記』の真価を伝えてはいない。残念なことに、偽書であることが明白な『武功夜話』の与太話までとりこんでいる。『信長公記』に興味を持った人は藤本正行氏の『信長の戦争』を読んだ方がいい。

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2006年09月26日

『日本沈没 第二部』 小松左京&谷甲州 (小学館)

日本沈没 第二部 文庫上巻 文庫下巻


 『日本沈没 第二部』が谷甲州氏との共著という形で上梓された。映画のリメイクに合わせたのだろうが、1973年版の映画TV版もDVD化されている。


 第一部は1970年代末に起こった日本列島の沈没で終わったが、第二部はそれから25年後の日本人の運命を描いている。幻の作品で終わるのかと半ば諦めていただけに、まずは完結をよろこびたい。


 沈没までの二年に日本政府は8千万人の国民を海外に脱出させたが、8千万人という巨大な難民の出現は世界各地で軋轢を生んでいた。日本政府は世界各地に機能を分散させて活動をつづけていたが、熱帯雨林の開発事業には重点的に投資しているものの、他の国々に引きとられた国民にまでは手がまわらない状態らしい。多くの国では入植地の過酷な条件に見切りをつけ、大都市のスラムに流入する日系人が増え、治安上の問題になっているのに有効な手を打てないでいる。旧ソ連圏に入植した日系難民は、ソ連崩壊で退去したロシア人の後釜にすわり、一時は社会の支配層にのぼったが、それが妬みをかい集団虐殺まで起こっている。第一部の主人公だった小野寺が日系ゲリラ(!)の隊長になっているという趣向もある。


 日本が沈没した後の空白地帯は火山活動がおさまらないことを理由に制限海域とされ、調査や航行までが国際的に禁止されていたが、日本政府は国民の統合の象徴とするためにわずかに顔をのぞかせていた岩礁を中心に人工島を建設しようとする。しかし中国は北朝鮮に侵攻して日本海への出口を確保しており、日本の復活を阻止するために制限海域の国際共同管理を主張する。


 唯一うまくいっていた熱帯雨林開発も成功したがために現地の妬みをかい、欧米の環境団体からは地球温暖化の元凶と指弾されるようになって、それ以上の開発を進めるのが難しくなっている。


 国土を失った日本人は四面楚歌の状態だが、日本沈没が起こらなかったこちら側の世界の状況と微妙に重なっており前半はおもしろく読んだ。


 日本政府は再難民化した日本人の行き場を確保するために熱帯雨林開発をさらに大規模に進める決定をくだす。そして環境負荷のかからない開発であることを国際的にアピールするために、こちら側の世界でも実現している地球シミュレータを開発し気象のシミュレーションをはじめる。


 ところがここで思いがけない答えが出る。地球は温暖化するどころか寒冷化に向かい、間もなく氷河期が再来するというのだ。


 原因は日本沈没の際の火山活動で成層圏に吹きあがった噴煙である。大規模な噴火が寒冷化を引きおこすことは知られており、最後の氷河期は7万4千年前に起きたスマトラのトバ火山の巨大噴火が引き金になったという説もある。


 このストーリーは小松左京の最初の構想に沿ったものらしい。『日本沈没』の刊行後、小松は異常気象の取材を進め、『異常気象 地球が冷える』というノンフィクションを1974年に刊行している。インタビューによればこのプランで原稿用紙140枚くらいまで書き進めという。だが、寒冷化という設定は放棄され、沈没後の日本人の物語が小松自身によって書かれることはなかった。


 理由は1970年代以降、地球温暖化説が有力になってきたためらしい。


 もちろん地球温暖化はまだ仮説であって、最近マイクル・クライトンの『恐怖の存在』が話題になったように、疑問視する人はすくなくない。しかし生活実感として暖かくなっているのは事実だし、日本で熱帯の動物が自然繁殖するようなことが起こっているという現実の前では寒冷化説ははなはだ分が悪い。日本沈没を読者に納得させたように地球寒冷化のロジックを組み立てようとしたものの、小松の剛腕をもってしても難しかったのかもしれない。


 『日本沈没 第二部』の後半は地球寒冷化が軸となるが、残念ながら読者を説得できるだけのリアリティが生まれているとはいえない。長さ不足が大きかったと思うが、肝腎のロジック構築をデータ不足で逃げたのは致命的だった。SFなのだからなにか途方もない理論をでっち上げてほしかった。


 不満はもう一つある。第一部では日本人が沈没に対処する道を考えるために、三人の学者と宗教者が山にこもり、未来の日本人に向けた文書を起稿していた。その文書に何が書かれているか、30年間、ずっと気になっていたが、第二部ではその文書がまったく出てこないのだ。


 中田首相と鳥飼外相のコスモポリタニズムをめぐる議論が文書の名残なのかもしれないが、あれではあまりにもちゃちである。鳥飼外相のコスモポリタニズムは非武装中立論の変形にすぎず、人類総難民化というようなパニック状況が生まれない限り絵空事でしかない。


 小松左京は戦後民主主義とナショナリズムの共存という大いなる矛盾をかかえた作家だった。その矛盾の最高度の表現が『日本沈没』だった。中田首相に最後の台詞を言わせたことからすると、第二部を書いた谷氏は戦後民主主義もナショナリズムも信じてはいないだろう。作品が薄っぺらになってしまった根本の原因はそこにあると思う。


 第一部をリアルタイムで読んだ人間としては不満だらけだし、かつて書いた小松左京論に加筆する必要も感じないが、リメイク版の映画よりはましだったことは申しそえておく。

文庫上巻
文庫下巻

2006年02月28日

『バースト・ゾーン』吉村萬壱(早川書房)

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 『ハリガネムシ』で芥川賞を受賞した吉村萬壱の近未来SFである。早川書房から出ているので、おやと思ったが、半分まで読んで理由がわかった。これは100%まごうかたなき純正SFなのである。
 三章にわかれるが、第一章はテロリンと呼ばれる正体不明のテロリストの暗躍によって荒廃した日本が舞台である。高度情報社会はサイバーテロによって崩壊しており、ラジオが主要なメディアとして復活している。テロリンに対する恐怖から、人々は猜疑心のかたまりになっており、ちょっとでも普通と違う人間を見かけると、テロリンだという声が起こって、リンチがはじまる。経済は逼迫し、国民は食うや食わずの貧窮生活をおくり、ダニと奇病が蔓延している。
 主人公の椹木武の妻と娘も奇病にかかっており、彼は治療費を捻出するために「処理局」に雇われ、テロ現場の後始末という危険な仕事をしているが、それだけでは足りず、愛人の小柳寛子に売春をさせ、金をせびりとっている。ほとんど焼け跡闇市時代の日本である。
 昨今は昭和レトロと称して高度成長時代以前の生活を美化し、懐かしむ風潮が流行しているが、吉村の描きだした近未来は昭和レトロブームの逆転であろう。
 正体の見えない敵によって破壊が連続する展開は『エヴァンゲリオン』を思わせないでもない。昭和レトロ版『エヴァ』といってもいいかもしれない。
 逼塞した状況の中で、椹木があたためる唯一の夢は志願兵となって大陸にわたり、テロリンを殺しまくることだった。しかし、後に残していく妻子は奇病に侵されており、入所すれば半年はもたないといわれている介護施設入りが確実であり、踏み切れないでいる。
 しかし、第一章の最後で家族で久しぶりに出かけた「太陽と月のデパート」と呼ばれる闇市マーケットで最大規模のテロがあり、妻子は行方不明になってしまう。
 第二章は軍に志願して大陸にわたった椹木と、彼を追って自分も志願兵となった寛子、そして寛子をストーカーする素人画家の井筒俊夫の大陸での異常体験を描く。
 寛子は廃船寸前のタンカーに乗せられて大陸に送りだされるが、サイバーテロなのか、単なるミスなのか、士官が乗り組む前に船は出港してしまう。コンピュータ制御なので航海はつづいたが、指揮系統のない船内は無法状態になっていき、地獄絵の惨状を見せはじめる。
 その時、海を押し渡ってくる牛のような動物の大群に遭遇するが、この牛のような動物は「神充」と呼ばれており、吉村の仮構した近未来社会の核心となる存在である。
 「大陸」は明らかに中国なのに、中国やその他の国々の存在を無視した展開がずっと気になっていたが、半ばまで読むと、理由がわかる。ネタバレになるのでこれ以上は書かないが、SF的に首尾一貫しているのである。
 第三章で舞台は再び日本にもどり、近未来社会の秘密が明かされ、世界観が明らかとなる。村上龍や星野智幸の近未来小説はSF的ではあってもSFではなかったが、この小説は設定の一貫性にこだわっている点で100%純正SFといってよい。
 吉村はデビュー作の『クチュクチュバーン』以来、筒井康隆やラファティのようなナンセンス系SFとのつながりが指摘されてきたが、この作品を読んで、むしろブライアン・オールディスに近いと思った(具体的には『暗い光年』である)。
 反近代というか、進歩に対する懐疑という点で、吉村とオールディスは共通するものがあるが、オールディスは近代社会を呪詛する一方、近代化以前の世界を牧歌的に描きだしており、ウィリアム・モリスの伝統に連なっているといえる。個人的な好みになるが、オールディスの小説の一番の魅力は牧歌的な部分である。
 吉村の場合、現代日本をエログロでひっくり返してみせ、それはそれで痛快だが、殺伐としているばかりで、ほっとする要素がない。これは作家の資質の差というより、田園風景を復元した英国と、荒廃させたまま放置する日本の差なのかもしれないが、いささか寂しくもある。

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2006年02月27日

『NHKにようこそ!』滝本竜彦(角川文庫)

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 引きこもり問題をあつかった記事や座談会でよく言及される作品で、引きこもり小説の傑作ということになっているようだ。
 ご大層な解釈をする論者が多いが、実物はコミカルなライトノベルで、あっという間に読めた。ナイーブというか、衒ったところのない、普通におもしろい小説である。
 主人公の佐藤は大学を中退し、4年間、アパートに引きこもっている若者である。たまたま隣室に高校時代の後輩が引っ越してきて、二人でエロゲーをつくり、一旗揚げようということになるが、資料としてわたされた画像に刺激され、彼は重度のロリコンになってしまい、引きこもりがさらに深刻化する。
 ここで、岬ちゃんという美少女のヒロインが登場する。彼女は新興宗教の熱心な信者である叔母について、主人公のアパートを訪れるが、彼が重症の引きこもりだと見てとると、引きこもり脱出のためのカウンセリングを無料でやってあげるともちかける。
 カウンセリングといっても、彼女は高校を中退し、大学検定試験を準備中の十代の少女で、図書館で借りてきた本の受け売りをするくらいのことしかできない。  彼女がカウンセリングを口実に彼に接近したのは、彼女自身が親にネグレクトされて育ち、深い心の傷を負っているからだった。彼女はすべての他人から嫌われていると思いこんでおり、他人と親しくなろうとすると、見捨てられ不安が昂じてしまう。しかし、彼はロリコンで引きこもりという二重苦を負った最低のダメ人間だった。こういう男が相手なら、「あたしでも見下せる」と安心することができたのだ。
 カウンセリングが一段落したところで発せられる次のセリフはあまりにも痛い。

「佐藤君なら、あたしを好きになってくれるよね」と言った。
「だってさ、あたしよりもダメ人間だもん。……こうやって長い間、頑張って計略を推し進めてきたんだから、もう、あたしのとりこでしょ?」

 通常、対人不安をかかえた者どうしの相互依存の関係は距離がとれなくなり、ヤマアラシジレンマと呼ばれる深刻な葛藤を引きおこすことがおおいというが、この作品の場合はそうはならない。
 岬ちゃんはカウンセリングをはじめるにあたり、佐藤と契約を結んでいる。精神分析やカウンセリングの治療契約は、治療者とクライアントが接近しすぎるのを防ぐために結ばれるが、この二人の場合は逆である。
 契約といっても、破ったら罰金百万円というような幼稚な代物だが、両者ともおっかなびっくりで人格的に交流しておらず、契約という形で拘束しあうことで、距離が広がるのをかろうじて防いでいるのだ。
 この小説には人格的な交流が一切欠如している。最後の部分にクライマックスと呼べそうな条があるが、そこですら、本当には人格は触れあっておらず、レモン水のように、さらさらとライト感覚で流れている。
 コミカルに語られているが、そこには深刻なシニシズムが底流している。それがもっともよくあらわれているのは表題である。
 表題の「NHK」とは「日本引きこもり協会」の略で、佐藤は自分が引きこもりをつづけざるをえないのはNHKの陰謀だと思いこもうとし、岬ちゃんに対して、こんな臭いセリフを吐く。

「俺がひきこもりになったのも、実はNHKのせいだ。岬ちゃんが苦しんでいるのも、奴らのせいだ。それが真実だ。俺はとあるルートから、その真理を教えて貰ったんだ。そうして俺は、奴らと戦っていた。ずっと奴らと戦っていた。……だけどな、もうダメだ。奴らの魔手が、とうとう俺を捕まえた。俺はもうすぐ奴らに殺される。だけど岬ちゃんは大丈夫だ。君は元気に生きていくんだ」

 しかし、そんな陰謀論が嘘だということは本人自身が一番よく知っているし、崇高な自己犠牲となるはずの行動もみっともない結末をむかえる。
 佐藤と岬は宗教的妄想を信じることもできなければ、陰謀論を信じることもできない。この作品は最後までさらりとして口当たりがよいが、読み終わった後になんともいえぬ苦さが残る。現代を描いた作品である所以である。

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2006年02月23日

『告白』町田康(中央公論社)

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 昨年の文芸界最大の話題作であり、町田康の(現在までの)最高傑作といっていいだろう。
 この小説は明治23年(1893)に実際に起きた「河内十人斬り」をモデルにしている。事件のあらましは帯に紹介されているが、Wikipediaをリンクしておこう。
 チンピラ二人組が痴情と金のもつれから、村の顔役一族十人を惨殺するという猟奇的な事件だが、民衆の同情はむしろ犯人側に集まり、主犯の城戸熊太郎の物語は河内音頭や芝居、浪曲に仕立てられ、関西では国定忠次や雷電為衛門なみに有名らしい。河内音頭はCDになっている。河内家菊水丸の三枚組の口演は絶版だが、熊太郎の妻が弟分の弥五郎にまでちょっかいを出すというバージョンが『唄う爆弾30連発!河内家菊水丸の新聞詠み河内音頭』に活字化されている。また、本宮泰風口演のDVD『修羅場の侠たち 伝説・河内十人斬り』が入手可能である。
 こういう民衆のヒーローはピカレスク・ロマンとして書いてもよかったはずだが、町田康は近代小説として書き、主人公の城戸熊太郎を自意識の強い「思弁的」な男に設定した。
 熊太郎は百姓仕事を馬鹿にして遊び暮らし、いっぱしの侠客を気どっていたが、それが虚勢であり、「贋の侠客」にすぎないことは本人が一番よく知っていた。

 俺は侠客っぽく振る舞っているけれども心のどこかでこうして百姓仕事をしないで極道をしていることを申し訳なく思っていて、だから人がきたりすると咄嗟に、あっ、すんません、などと言って自分が避けてしまう。だから俺が駒太郎に手伝いを申し込んだのも実は、俺の立場を悪くしないため、と俺は思っていたけれど本当はそうではなく、それは俺のみなに申し訳ないという基本的な思いから出たものかも知れず、その申し訳ないという気持ちがどことなく態度に表れているからみなが俺にばかり、退け、というのか。案外それが一番大きいかも知れない。

 現実の熊太郎がこんなにしおらしい男だったかどうかはわからない。多分、違うだろう。しかし、町田康は熊太郎をインテリになりそこなった男として描くことで、内面と外面の齟齬という近代小説の王道をなぞってみせる。この小説は最初から最後まで、恥ずかしい内面の「告白」なのだ。ただし、その「告白」は無色透明な標準語ではなく、コテコテの河内弁でおこなわれており、抱腹絶倒のパロディと化している。
 しかし、パロディにせよ、内面描写が身体描写というか、器官描写に切れ目なしに移行していく先鋭的な作品を書いてきた町田康が近代小説への本卦がえりするなど、後退ではないのか。
 この後退は戦略的なものだ。というのも、熊太郎の悲劇の根本原因は内面を表現する言葉をもっていないことに求められているからだ。

 そんななかでひとり思弁的な熊太郎はその思弁を共有する者もなかったし、他の者と同様、河内弁以外の言語を持たず、いきおい内省・内向的になった。もちろん熊太郎がそのことを明確に自覚していたわけではなかったが、このことが熊太郎の根本の不幸であったことは間違いない。

 事件の起きた1893年は日本の近代小説の揺籃期にあたる。二葉亭四迷が『浮雲』を放りだしたのは6年前の1887年、『其面影』を書きはじめるのは3年後の1896年。河内の片田舎だけではない。当時の日本には内面を語る言語などなかったのだ。
 熊太郎は日常の言語では掬いきれない思いを楠木正成に託す。自らを楠公の生まれ変わりと思いこもうとし、「義」を自分の行動の裏づけにしようとする。物語のどんづまりで十人斬りの凶行に踏み切らせるのも、「正義」の実現という妄念である。
 もちろん、この妄念は破れる。正義の審判者のはずだった妻はただの淫乱女だったし、十人殺しても何も変わらなかった。救いは訪れなかった(「ここが行き止まりだとおもってぶち当たった壁は紙でできていて、ぶち当たった途端に破れ、その先には変わらぬ世界があったのだから笑う」)。
 最後の最後に熊太郎が見た内面の風景は空虚そのものだった。

 矌野であった。
 なんらの言葉もなかった。
 なんらの思いもなかった。
 なにひとつ出てこなかった。
 ただ涙があふれるばかりだった。
 熊太郎の口から息のような声が洩れた。
「あかんかった」
 銃声が谺した。

最期の言葉が「あかんかった」だったとは、なんともやりきれない。
 町田康は近代小説が後生大事に祭りあげてきた内面が空虚でしかないことを、近代小説誕生の時点において暴いてみせたのである。『告白』は近代小説への贋の回帰であり、日本近代文学の伝統に風穴を開けるものとなっている。

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