« 『さいとう・たかをセレクション best13 of ゴルゴ13』 さいとう・たかを (小学館) | メイン | 『2030年 アメリカ情報機関が分析した「17年後の未来」』 米国国家情報会議編 (講談社) »

2014年04月17日

『神話論理〈4-1〉裸の人〈1〉』 レヴィ=ストロース (みすず書房)

神話論理〈4-1〉裸の人〈1〉 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 『神話論理』の第四巻だが、この巻は邦訳で800頁を越えるために二冊にわけて刊行された。本書は第一分冊で、序から第四部までをおさめる。

 800頁という分量にたじろいだが、読みはじめるとすいすい読めた。神話が一巡して元にもどり、ようやく出口が見えてきたという安心感のためだろう(第三巻は辛かった!)。

 一巡して元にもどったというのは比喩ではない。本当に元にもどったのだ。『神話論理』の旅はアマゾン河流域に住むボロロ族の「鳥の巣あさり」の神話(基準神話)からはじまったが、ほとんど同じ神話が、地球を1/4周したところにある北アメリカ北西部の二ヶ所の地域に伝えられていたのだ。

 「鳥の巣あさり」の神話が伝わるのはバンクーバー周辺とオレゴン州南部の狭い地域だが、南の方、オレゴン州のクラマス族に伝わる神話をかいつまんで紹介しよう。

 造化の神クムカムチュは息子アイシシュの妻の一人であるバンに心を奪われ、アイシシュを亡き者にしようとした。彼はケナワトという草の先端に鷹が巣を作っているから、豪勢な服を脱いで雛をとらえて来いと命じた。
 アイシシュは裸になって草をよじ登ったが、見つかったのはありふれた種類の雛鳥だけだった。その間に草はぐんぐん成長してしまい、降りられなくなった。
 クムカムチュは息子の服を着て彼に化け、懸想した息子の妻バンを犯した。しかしアトリとカナダヅルという妻は夫でないことを見抜き、義父をはねつけた。
 アイシシュは草のてっぺんで食物もなく飢え、骨と皮だけになった。二人の蝶娘が彼を見つけ、水と食物を運び、髪と身体を清めてやり、籠に乗せて地上に降ろした。
 アイシシュは三人の妻と再会した。妻たちは死んだと思っていた夫を喜びむかえた。彼は三人にヤマアラシの針毛でつくった首飾を贈った。
 アイシシュはクムカムチュに復讐するために、息子に祖父のパイプを奪いとり、火に投じるように命じた。パイプは燃え、クムカムチュは死んだが、後に甦えり、息子に復讐しようとした。彼は天に樹脂を塗りつけて火をつけた。溶けた樹脂の湖が大地を覆ったが、アイシシュは小屋を安全に保った。しかし三番目の妻は外を見ようとして溶けた樹脂を浴びた。バンの顔には今でもその痕がある。

 「鳥の巣あさり」bird nestingという風習は世界中に存在するというから、「鳥の巣あさり」の神話があること自体は不思議なことではない。しかし主人公は単に鳥の巣あさりをするだけではなく、父親に騙されて下に降りられなくなり、超自然的な動物に助けられて地上にもどり、父親に復讐するというストーリーがそっくり同じなのだ。  しかも上に登らされる理由にインセストがからんでいる点まで軌を一にしている。ボロロ族の神話では、すでにおこなわれた母親と息子のインセストを父親が罰するという動機だったが、クラマ族の神話では父親が息子の嫁を奪うために息子を陥れようとするというようにきれいに反転している。ここまで正確に裏返っていると、偶然とはいえないだろう。

(ヨーロッパ語の「鳥の巣あさり」にはワトーの絵に見られるようにエロチックな含みがあるというが、南北アメリカ大陸の「鳥の巣あさり」にも禁じられた女性をわがものにしようという侵犯行為が含意されている点は注目しておこう。)

 引用した異文ではアイシシュが登るのはケナワトという草だが、別の異文ではカプカという小型の松になっている。ケナワトは食用植物で南方では高く育つが、クラマス族の居住地域ではそれほど育たない。カプカの方も樹皮の内側の皮が食用になり、しかも小さいという点が共通している。わざわざ小さな植物に登らせ、それが異常なまでに成長していくわけである。北方には植物ではなく、岩山を登る異文が存在する。岩山の上の鳥の巣に雛をとりにいこうとしたところ、岩山がぐんぐん成長してしまい、降りられなくなるというわけだ。

 「鳥の巣あさり」の神話が残っている地域は狭いが、レヴィ=ストロースが関連があるとする「アビ女」の神話は北アメリカ大陸を西から東まで横断する広大な地域に分布している。

 アビは早春に北アメリカにやってくる鴨に似た渡り鳥で、多くの部族では食のタブーとされており、タブーのない部族でも肉がまずいとされていて、積極的に捕獲されることはないようである。

 「アビ女」の神話とはインセストを犯そうとした女がアビに変身する一連の神話を指す。比較的短いモドック族の神話を紹介しよう。

 五男二女の子供がいるオオヤマネコの一家があった。上の息子四人は結婚していたが、末息子は並外れて美しかったので、両親は籠に入れて地下に隠した。両親は彼を夜中の間に地上に出して世話をし、兄弟姉妹が起きてくる前に元にもどした。
 上の姉は末弟を熱愛していたので、求婚をことごとく断った。首長の息子から縁談があった時は、母親に「お前が自分で結婚すればいいじゃないか」と言い放った。
 ある日、末息子は上の姉が言い寄ってきたと訴えた。両親は彼を湖の真ん中にある島に密かに運び、下の姉が世話をした。
 上の姉は末弟を必死に探し、ついに島にいることをつきとめた。下の姉は葦のカヌーに弟を乗せて島から逃げた。上の姉は怒り狂い、ひざまづいて猛スピードで回転し、大火事を起こした。一家の村も炎上し、姉に劣らぬ魔女である妹以外はみな焼け死んだ。妹は犠牲者たちの心臓を拾い集め、首飾を作った。
 妹は島で一人チャンスを待ちつづけ、ついに姉の寝込みを襲って心臓を奪い、首を切り落とした。首は悲しげな鳴き声を上げながらまた胴体につながった。妹は灰を投げつけて言った。
「好きなだけ泣け。お前はこれからは水のなかで暮らすことになり、二度と人を焼くことはできない。人々がお前を食べる時、肉はまずいと言い、吐きだすようになるだろう」罪深い姉は海鳥に姿を変え、湖から飛び立った。
 妹は魔術で家を再建し、散らばった骸骨を集めて煮た。夕暮に死者はすべて甦えり、家にもどって幸せに暮らした。

 「アビ女」神話と「鳥の巣あさり」神話は一見なんの関係もないように見えるが、レヴィ=ストロースは地下の穴に隠される末弟は鳥の巣を探しに上に登る「鳥の巣あさり」の主人公を反転させたキャラクターだと指摘する。上:下という対立だけでなく、家族から飢えさせられる:家族から養われるという対立があり、インセストに関しても、インセストをしかける側:しかけられる側という対立がある。

 また「鳥の巣あさり」のインセストは男主導で、親子という世代をまたいだインセストであるのに対し、「アビ女」は女主導で、兄弟姉妹という同世代のインセストである。

(二つの神話の比較だけなので対立リストはこれだけだが、レヴィ=ストロースは多くの異文を比較して、対立の網の目をさらに精密化している。)

→紀伊國屋ウェブストアで購入

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://booklog.kinokuniya.co.jp/mt-tb.cgi/5740