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2014年04月20日

『2052 今後40年のグローバル予測』 ランダース (日経BP社)

2052 今後40年のグローバル予測 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 これも2012年に出た未来予測本である。個人が書いているだけに今回とりあげた三冊の中では読物として一番面白かったが(翻訳も一番こなれている)、バイアスも大きそうである。

 著者のヨルゲン・ランダースは物理学者だったが、1972年に出た未来予測の嚆矢というべき『成長の限界 ローマ・クラブ「人類の危機」レポート』のコンピュータ・シミュレーションを担当して以来、ローマ・クラブの一連の予測に携わってきた人で、1993年からはWWF(世界自然保護基金)で活動し、2005年以降は気候変動問題に専念しているという。

 40年先の予測としたのは2012年が自身がかかわった『成長の限界』出版の40年目にあたるからだ。『成長の限界』は130年先まで予測だったが、この40年で何があたり、何がはずれたかがわかったので、それをもとに次の40年を予測しようというわけである。

 個人による予測の偏りを減らすために、各分野の専門家に依頼して1500語以内のコラムを寄稿してもらっている。多くは著者と似た見解の人だが、原子力の未来についてなど対立する見方の人もいる(寄稿者は2052年に原子力は消滅しているとしているが、著者は中国と途上国に300基以上稼働しているとしている)。

 ローマ・クラブの中の人だけに概して悲観的で、民主主義はスピードが欠けており、気候変動の暴走に間にあわないと警鐘を鳴らす。温暖化で自然災害が激化するためにインフラの耐用年数は30年から20年に短縮し、各国はより多くのインフラ投資を余儀なくされる。

 これまでの経験から、民主主義の自由市場経済では、切羽詰まるまで自発的投資はなされないことがわかっている。実際に危機に見舞われてインフラや生活が破壊されないと、社会はその決断を下そうとしないのだ。社会主義で税率が高い国では、状況は多少ましで、投資のパターンには国策が多いに影響する。独裁主義で国家資本主義の社会では、反応はもっと早い。しかし間違った方向に進む恐れもある。

 すべての国の生活水準を2000年前後の米国のレベルに引き上げるのは資源的にも環境負荷的にも不可能であり、消費による成長という夢を途上国にあきらめさせるには「善意にもとづく独裁体制」が必要と言いきる。

 「善意にもとづく独裁体制」の例としてあげているのが中国である。著者は中国を異常に高く評価している。

 中国と他の国々との大きな違いは、中国は問題を十分認識しているということだ。最高幹部さえ、「農民の見方」に通じている。……中略……中国政府の幹部たちは、エコロジカル・フットプリントを抑制しながら、現在の成長率を維持しようとしている。経済成長がなければ、経済の落ち込みが中国社会を乱し、ひいては世界経済を揺るがしかねない。

 中国共産党が習近平を筆頭とする「太子党」という有力者の二世・三世によって牛耳られ、高官の多くが子弟を欧米に住まわせ、莫大な外貨を持ちだして財産移転をはかっていることを著者は知らないのだろうか。

 「善意にもとづく独裁体制」待望論と中国礼賛論は割り引いて読む必要があるが、本書の予測自体は十分傾聴に値する。

 地球温暖化によりEUが南北に分裂するという予測は衝撃的だ。

 南の地中海沿岸諸国は海面上昇対策で観光地としての魅力は失われ、水不足と砂漠化で貧困化する。経済は破綻するが、それでも北アフリカや中東よりはましなので、難民の流入がつづく。2052年にはヨーロッパの南半分は非ヨーロッパ人が多数を占めるようになり、新しい融合文化が生まれる。

 一方、北欧諸国やバルト三国は繁栄を謳歌し、ヨーロッパの中心は北に移動してニユー・ノースという国家連合が設立される。スコットランドが英国から独立し、ニュー・ノースに加盟する可能性もあるとする。

 本書の予測を箇条書きしておこう。

  • 世界総人口は2040年に81億人でピークに達し、2052年には2012年の水準まで減少する
  • 経済拡大がないのでエネルギー消費は伸びず、化石燃料は地中に残される
  • 気候変動に対応するために大規模な投資が余儀なくされる
  • CO2排出量は2030年にピークをむかえ、2052年には現在の水準にもどる
  • エネルギー消費量は2042年にピークに達し、暫く横ばいに
  • 一人あたりGDPは2050年まで増えていき、21世紀後半で頭打ちとなる
  • 食糧生産は2040年に現在より60%増加したところで頭打ちになる
  • 数十年にわたって可処分所得が減りつづけるが、生活レベルの劇的低下は起こらない

 ローマ・クラブの予測よりは楽観的になっているのは、この40年で極端な悲観論ははずれると学習した成果だろう。しかし地球温暖化とそれにともなう自然災害の激化については待ったなしの状況にあるとして、

 2012年に善意の独裁者が権力を握り、全員の雇用を守り、気温上昇を2度以内に抑えるために必要な投資を始めれば、2052年のあなたは豊かでいられるが、そうでなければずっと貧しくなる。

 昨今の異常気象の常態化を考えれば説得力がある。

 著者は最後に「20の個人的アドバイス」を示しているが、気になった項目を書き抜いておく。

  • 子供たちに無垢の自然を愛することを教えない
  • 生物多様性に興味があるなら、今のうちに行って見ておこう
  • 大勢の人に荒らされる前に世界中の魅力あるものを見ておこう
  • 気候変動の影響の少ない場所に住みなさい
  • 決定を下すことのできる国に引っ越しなさい
  • 子供たちに北京語を習うように勧めなさい
  • 政治において、限りある資源の平等な入手は、言論の自由に勝ることを認めよう

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2014年04月19日

『2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する』 『エコノミスト』編集部 (文藝春秋)

2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する →紀伊國屋ウェブストアで購入

 英国の『エコノミスト』誌が総力をあげておこなった未来予測で、原著は2012年に出ている。

 冒頭で「世界人口にまつわるトレンドは、残りの章のほとんどに影響を与える」と宣言しているように、人口動態論による予測が軸となっており、それに各分野の専門家が肉づけしていくが、英国人らしい意地悪な見方がちらついていて笑える。

 目覚ましい経済成長は年齢別人口構成の出っ張りが労働年齢になった時期に起こるという人口ボーナス説を採用しており(1982~2000の強気相場はベビーブーム世代が最も稼いだ年代と重なる)、現在は中国が、次はインドが人口ボーナスを享受すると予測している。

 中国の人口は2025年に14億人でピークをむかえ、2050年には労働力不足になる。中国は現在は退職者を7.9人で支えているが、2050年には2.2人になる。日本ですら2.6人だから、中国は日本をしのぐ超高齢化社会になるのである。

 2050年時点で依然として高い人口増加をつづけるのはアフリカに限られるが、富裕国も貧困国も年齢別の人口構成は同じパターンに収斂していき、平均寿命70歳、家庭に子供は2人に落ち着く。

 2050年の時点で世界は三つのグループにわかれるだろう。

1. 被扶養者率が低く、中位数年齢が40歳以下

アフリカは若年の失業問題がリスク。中東は教育水準が高いので中産階級が育つ可能性がある。インドは中国よりも人口配当を長く享受しつづける。

2. 被扶養者率が20%以下、中位数年齢が40~48歳

中南米と東南アジアだが、アメリカは出生率上昇でこのグループに。

3. 被扶養者と労働年齢の成人がほぼ同数、中位数年齢52.3歳

高齢化社会の筆頭は日本と中国で欧州がつづく。中国は男あまりで花嫁を輸入しはじめる。

 文化も経済の影響を受ける。現在、中国経済の好調とオイルマネーで美術品は西洋から東洋に流れており、中国と湾岸諸国では美術館建設ラッシュが起きているが、「彼ら(湾岸産油国)が美術品を買うのは、金を使い果たしたあと、観光客の誘致で食べていくためなのである」と皮肉な見方をしている。

 音楽の国境がなくなるというのは錯覚で、どの国でも地元の言葉で歌う地元のメロディーを好む傾向は変わらない。

 出版社・新聞社・レコード会社は文化の門番役と組織的マーケティング力のおかげで生き残るだろう。純粋な電子出版はニッチな現象にとどまるとしている。

 言語については英語の一極支配がつづく。中国語は漢字がネックになり、英語を凌駕することはない。

 宗教は経済成長と教育の普及でゆっくり衰退していく。2050年には信者数は増えているが、宗教の世俗化が進み、信仰を絶対視する原理主義的勢力は退潮する。最終的に地球を受け継ぐのは無宗教の勢力だという。

 アメリカではバイブル・ベルト地帯の人口増加などで宗教が影響力を増しているように見えるが、アメリカ人の宗教性を高めているのは人々が感じている「無防備だという感覚」だとしている。

 先進国で全国民を対象津する健康保険制度がないのはアメリカだけであり、殺人発生率は先進国では飛び抜けた一位、平均寿命は世界第34位にすぎない。したがって、

 宗教に関する多くの側面で、アメリカが富裕国よりも貧困国に似ているという事実だ。要するに、ほかの富裕国と比較したとき、アメリカ人の生活にはより大きな困難がともなうのである。

 こういう観察は英国人ならではである。

 日本に対しても科学の進歩にことよせて、人種的偏見としか思えない見方をしている。日本はオーストリアの14倍も人口があるのに、ノーベル賞受賞者がほぼ同じなのは日本社会が権威主義的で、斬新な見方を許さないからだというわけだ。「日本のこの現状に鑑みれば、科学者たちが民主的で序列にとらわれないインドのほうが、永遠のライバルである権威主義的な中国より前途有望だと言えるだろう」と書いているが、このあたりが英国人の本音か。

 地球温暖化については海面は上昇するが、2050年時点では平均数十センチにとどまると予測している。妥当なところだろう。

 戦争の火種となるのは石油ではなく水であり、「膨張しつづける中国の独善性は、もっと大きな脅威の源となるはずだ」としている。

 未来予測というと危機感を煽るものが多いが、1970年代になされた予言を検証すると、みな悲観的でしかもそのほとんど全てが間違っていたと指摘し、2012年の時点の予言も悲観論よりは楽観論のほうがずっと根拠があるとして、次のような楽観論で締めくくっている。

 二〇五〇年は、広範囲にわたる環境復興の時代になるだろう。現代の富裕国が猛烈な勢いで森林を再生させているように、二〇五〇年の世界も、今より大きい人口を養いつつ同様のことをなしているかもしれない。アフリカ、アメリカ中西部、中央アジアの“再野生化”地域は、いくつかの種を絶滅の危機から救いつつあるように、二〇五〇年の時点でアジアの多くの国々と、もしかするとアフリカのいくつかの国々も同じことを行なっているだろう。

 こうなればいいのだが。

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2014年04月18日

『2030年 アメリカ情報機関が分析した「17年後の未来」』 米国国家情報会議編 (講談社)

2030年 アメリカ情報機関が分析した「17年後の未来」 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 アメリカに国家情報会議(NIC: National Intelligence Council)という機関がある。もともとはCIAの一部門だったが、1979年に独立して現在の形になった。

 NICは大統領の任期にあわせて4年ごとに15~20年先の世界情勢を予測した NIC Global Trends を作成している。当選した新大統領はNICの中長期予測を読んで国家戦略を練るわけだ。

(立花隆氏の解説によると公開版は大統領に提出される完全版を抜粋したものではないかという。確かに骨組だけという印象を受けるので、抜粋という推測は説得力がある。)

 本書は第一期オバマ政権のために作られた NIC Global Trends 2030 の邦訳で、公開されているものとしては最新版である(第二期オバマ政権のために NIC Global Trends 2035 が作られているはずだが、まだ公開されていない)。

 いくら巨額の予算を投じて作成されたにしろ、予測は予測だからNICの読み通りに世界が動くとは限らない。しかし当たるかどうかはそれほど問題ではない。アメリカの国家戦略が NIC Global Trends をもとに立案されていることが重要なのだ。アメリカの政財界の指導者たちが NIC Global Trends で示されたビジョンを議論の前提として共有していることも間違いないだろう。

 本書は2030年までに起こる世界の四つの構造変化をまとめた「第1章メガトレンド」、構造変化にともなう六つの潮流をまとめた「第2章ゲーム・チェンジャー」、今後ありうべき四つのシナリオを検討した「第3章オルターナティブ・ワールド」の三章構成になっている。

 未来予測は人口動態を基礎にしているものが多いが、「メガトレンド」の筆頭にあげられているのは人口ではなく、IT技術の普及による「個人の力の増大」である。

 スマートフォンに代表されるIT技術で個人の力はかつてなく大きくなり、社会問題の解決でも非政府系の団体の果たす役割が拡大する。その一方、個人や小集団が破壊的な技術を手にする危険性も大きくなる。

 世界的に中間所得層が増え、特にアジアは急激に豊かになる。

 かつては所得が増大して都市人口が増えればグローバル・スタンダード(欧米流の価値観)が途上国にも浸透すると考えられていたが、イスラム圏ではイスラム的な価値観が復活しており、今後各地で欧米流の価値観と伝統的価値観の衝突が表面化していくだろう。

 「メガトレンド」の第二は権力の拡散で、2030年の世界は覇権国家が存在しないという世界史上前例のない状況が生まれているかもしれない。

 第三は先進国の高齢化で、特に日本は急激に衰退する。

 第四は食糧・水・エネルギー問題の連鎖である。中間所得層の拡大は食糧・水・エネルギーの争奪戦を激化するが、エネルギーよりも水の方が深刻としている点が目を引く。

 再生可能エネルギーは不発に終わると斬って棄てている(2050年まででも4%増)。

 第2章では世界の流れに影響する六つの潮流をとりあげている。

 第一は経済危機の頻発で、一番不安な国としてあげられているのは日本である。アメリカの選良は日本はもうお終いだと見ているのである。

 では中国が世界一の経済大国になるかというと、そうではない。中国の経済的繁栄は短期に終わり、貧しいまま高齢化社会をむかえる。2030年でも一人あたりGDPはG7平均の1/4にすぎない。

 第二は国家の統治力が変化に対応できなくなることで、都市や地域主権などが影響力を拡大し、意志決定がより複雑化する。

 危険なのは独裁から民主主義に移行中の国家である。現在約50ヶ国が独裁政治から民主政治への途上にあるが、民主化の動きはジグザグに進み、不安定な政情がつづくだろう。

 中国は民主化のきっかけになるとされる一人あたりの購買力平価1万5千ドルのラインを5年以内に越えるとみられるが、中国の民主化をめぐる混乱は周辺各国に多大な影響をおよぼすだろう。

 第三はアメリカは「世界の警察官」の役割を果たせなくなり、「大国」が衝突する可能性が高まることである。

 イスラム原理主義のテロは2030年までには下火になるが、テロがなくなることはない。テクノロジーの進歩がテロリズムをより破壊的にする。

 第四は地域紛争の増大である。

 中東ではサウジアラビアが凋落し、近隣諸国へ援助することができなくなる。シーア派と親イラン勢力が台頭し、イエメンが火薬庫となる。

 南アジアではパキスタンが鍵となる。パキスタンとインド関係が改善し、双方が経済成長してイスラム過激派が縮小するのが最善の道だが、パキスタンとアフガニスタンがよりイスラム化すれば緊張が高まり、政治的・社会的に破綻すると手がつけられなくなる。

 東アジアでは「経済は中国依存・軍事は米国依存」の状況は変わらないが、四つのシナリオが考えられる。

  1. 現状維持型
  2. 新均衡型
  3. EU式の共生型
  4. 中国覇権型

 最後の「中国覇権型」は日本の衰退が急激に進むか、インドの台頭が遅れた場合である。

 第五は最新技術の影響力で、水をめぐる紛争や気候変動の影響を克服するためにも最新技術がもとめられる。

 第六はアメリカの役割の変化である。アメリカは覇権国ではなくなるが、依然としてトップ集団の一位でありつづけるだろう。かつて2020年にGDPで中国に抜かれるという予測があったが、世界トップレベルの大学、安価なシェール系燃料、移民流入による若い労働人口のおかげで、2030年でも一位を維持しつづける。

 不安定要素としては高齢化による医療負担増、中等教育の水準低下、所得分配の格差拡大があげられる。

 アメリカが再成長するという楽観的なシナリオと、没落するという悲観的なシナリオがありうるが、再成長するためにはヨーロッパの経済的安定が不可欠である。

 第3章では以下の四つのシナリオが検討されている。

1.欧米没落型

過激な国家主義と排他主義で自由貿易圏が姿を消す。中国とインドは政治・経済システムの近代化に失敗する。

2.米中協調型

本書がもっとも望ましく、蓋然性が高いとしているシナリオで、アメリカ、中国、EUが協調して世界の課題にあたる。

3.格差支配型

勝ち組国家と負け組国家がはっきりわかれる。アメリカはシェール系燃料で勝ち組になるが、孤立主義の傾向を強める。

4.非政府主導型

非政府組織や多国籍企業、団体、準国家的な単位(巨大都市)が繁栄し、地球的なの課題を解決する。米中協調型につぐ成長をみせる。

 意外だったのは「格差支配型」のシナリオが日本に有利なことである。日本は「格差支配型」の世界では勝ち組国家になるらしい。

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2014年04月17日

『神話論理〈4-1〉裸の人〈1〉』 レヴィ=ストロース (みすず書房)

神話論理〈4-1〉裸の人〈1〉 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 『神話論理』の第四巻だが、この巻は邦訳で800頁を越えるために二冊にわけて刊行された。本書は第一分冊で、序から第四部までをおさめる。

 800頁という分量にたじろいだが、読みはじめるとすいすい読めた。神話が一巡して元にもどり、ようやく出口が見えてきたという安心感のためだろう(第三巻は辛かった!)。

 一巡して元にもどったというのは比喩ではない。本当に元にもどったのだ。『神話論理』の旅はアマゾン河流域に住むボロロ族の「鳥の巣あさり」の神話(基準神話)からはじまったが、ほとんど同じ神話が、地球を1/4周したところにある北アメリカ北西部の二ヶ所の地域に伝えられていたのだ。

 「鳥の巣あさり」の神話が伝わるのはバンクーバー周辺とオレゴン州南部の狭い地域だが、南の方、オレゴン州のクラマス族に伝わる神話をかいつまんで紹介しよう。

 造化の神クムカムチュは息子アイシシュの妻の一人であるバンに心を奪われ、アイシシュを亡き者にしようとした。彼はケナワトという草の先端に鷹が巣を作っているから、豪勢な服を脱いで雛をとらえて来いと命じた。
 アイシシュは裸になって草をよじ登ったが、見つかったのはありふれた種類の雛鳥だけだった。その間に草はぐんぐん成長してしまい、降りられなくなった。
 クムカムチュは息子の服を着て彼に化け、懸想した息子の妻バンを犯した。しかしアトリとカナダヅルという妻は夫でないことを見抜き、義父をはねつけた。
 アイシシュは草のてっぺんで食物もなく飢え、骨と皮だけになった。二人の蝶娘が彼を見つけ、水と食物を運び、髪と身体を清めてやり、籠に乗せて地上に降ろした。
 アイシシュは三人の妻と再会した。妻たちは死んだと思っていた夫を喜びむかえた。彼は三人にヤマアラシの針毛でつくった首飾を贈った。
 アイシシュはクムカムチュに復讐するために、息子に祖父のパイプを奪いとり、火に投じるように命じた。パイプは燃え、クムカムチュは死んだが、後に甦えり、息子に復讐しようとした。彼は天に樹脂を塗りつけて火をつけた。溶けた樹脂の湖が大地を覆ったが、アイシシュは小屋を安全に保った。しかし三番目の妻は外を見ようとして溶けた樹脂を浴びた。バンの顔には今でもその痕がある。

 「鳥の巣あさり」bird nestingという風習は世界中に存在するというから、「鳥の巣あさり」の神話があること自体は不思議なことではない。しかし主人公は単に鳥の巣あさりをするだけではなく、父親に騙されて下に降りられなくなり、超自然的な動物に助けられて地上にもどり、父親に復讐するというストーリーがそっくり同じなのだ。  しかも上に登らされる理由にインセストがからんでいる点まで軌を一にしている。ボロロ族の神話では、すでにおこなわれた母親と息子のインセストを父親が罰するという動機だったが、クラマ族の神話では父親が息子の嫁を奪うために息子を陥れようとするというようにきれいに反転している。ここまで正確に裏返っていると、偶然とはいえないだろう。

(ヨーロッパ語の「鳥の巣あさり」にはワトーの絵に見られるようにエロチックな含みがあるというが、南北アメリカ大陸の「鳥の巣あさり」にも禁じられた女性をわがものにしようという侵犯行為が含意されている点は注目しておこう。)

 引用した異文ではアイシシュが登るのはケナワトという草だが、別の異文ではカプカという小型の松になっている。ケナワトは食用植物で南方では高く育つが、クラマス族の居住地域ではそれほど育たない。カプカの方も樹皮の内側の皮が食用になり、しかも小さいという点が共通している。わざわざ小さな植物に登らせ、それが異常なまでに成長していくわけである。北方には植物ではなく、岩山を登る異文が存在する。岩山の上の鳥の巣に雛をとりにいこうとしたところ、岩山がぐんぐん成長してしまい、降りられなくなるというわけだ。

 「鳥の巣あさり」の神話が残っている地域は狭いが、レヴィ=ストロースが関連があるとする「アビ女」の神話は北アメリカ大陸を西から東まで横断する広大な地域に分布している。

 アビは早春に北アメリカにやってくる鴨に似た渡り鳥で、多くの部族では食のタブーとされており、タブーのない部族でも肉がまずいとされていて、積極的に捕獲されることはないようである。

 「アビ女」の神話とはインセストを犯そうとした女がアビに変身する一連の神話を指す。比較的短いモドック族の神話を紹介しよう。

 五男二女の子供がいるオオヤマネコの一家があった。上の息子四人は結婚していたが、末息子は並外れて美しかったので、両親は籠に入れて地下に隠した。両親は彼を夜中の間に地上に出して世話をし、兄弟姉妹が起きてくる前に元にもどした。
 上の姉は末弟を熱愛していたので、求婚をことごとく断った。首長の息子から縁談があった時は、母親に「お前が自分で結婚すればいいじゃないか」と言い放った。
 ある日、末息子は上の姉が言い寄ってきたと訴えた。両親は彼を湖の真ん中にある島に密かに運び、下の姉が世話をした。
 上の姉は末弟を必死に探し、ついに島にいることをつきとめた。下の姉は葦のカヌーに弟を乗せて島から逃げた。上の姉は怒り狂い、ひざまづいて猛スピードで回転し、大火事を起こした。一家の村も炎上し、姉に劣らぬ魔女である妹以外はみな焼け死んだ。妹は犠牲者たちの心臓を拾い集め、首飾を作った。
 妹は島で一人チャンスを待ちつづけ、ついに姉の寝込みを襲って心臓を奪い、首を切り落とした。首は悲しげな鳴き声を上げながらまた胴体につながった。妹は灰を投げつけて言った。
「好きなだけ泣け。お前はこれからは水のなかで暮らすことになり、二度と人を焼くことはできない。人々がお前を食べる時、肉はまずいと言い、吐きだすようになるだろう」罪深い姉は海鳥に姿を変え、湖から飛び立った。
 妹は魔術で家を再建し、散らばった骸骨を集めて煮た。夕暮に死者はすべて甦えり、家にもどって幸せに暮らした。

 「アビ女」神話と「鳥の巣あさり」神話は一見なんの関係もないように見えるが、レヴィ=ストロースは地下の穴に隠される末弟は鳥の巣を探しに上に登る「鳥の巣あさり」の主人公を反転させたキャラクターだと指摘する。上:下という対立だけでなく、家族から飢えさせられる:家族から養われるという対立があり、インセストに関しても、インセストをしかける側:しかけられる側という対立がある。

 また「鳥の巣あさり」のインセストは男主導で、親子という世代をまたいだインセストであるのに対し、「アビ女」は女主導で、兄弟姉妹という同世代のインセストである。

(二つの神話の比較だけなので対立リストはこれだけだが、レヴィ=ストロースは多くの異文を比較して、対立の網の目をさらに精密化している。)

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