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2014年03月31日

『さいとう・たかをセレクション best13 of ゴルゴ13』 さいとう・たかを (小学館)

さいとう・たかをセレクションbest13 ofゴルゴ13 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 連載開始35周年にあたる2003年に出たさいとう・たかを氏自選の傑作集で、ゴルゴ13にちなんで13編をおさめる。読者だったら選ばないような渋い話が多い。派手ではないが、情念が内側でたぎっているような深みがある。

 1200頁近くあって枕になりそうな厚さだ。判型は週刊誌と単行本の中間のA5版で、迫力がある上に絵の細部まではっきりわかる。愛蔵版としてはこれくらがちょうどいい。

 さいとう・たかを氏のインタビューの他に大谷昭宏氏、船戸与一氏、齋藤孝氏、DO AS INFINITYのインタビューが併録されているが、無名時代にゴルゴの脚本を書いたことがあるという船戸与一氏の話が面白かった。

「死闘ダイヤ・カット・ダイヤ」

 1983年7月発表のダイヤモンド業界の内幕もの。ダイヤモンド業界を牛耳るデ・ロアズ社に一度はつぶされた新興ダイヤモンド採掘会社が再び挑戦する話である。

 ダイヤモンドの稀少性を維持するために、品物が余った場合は深海に棄てるという話が出てくるが、単なる金儲けのためではなく、ユダヤ財閥とアラブのオイル・マネーの暗闘がからんでくる。

 誰も死なない結末は痛快である。

「檻の中の眠り」

 1969年3月発表の初期作品。脱獄不可能の監獄島を舞台にした映画はたくさん作られているが、本作は「アルカトラズからの脱出」の10年前に書かれている。

 ゴルゴは仕事のために自ら無期囚となってアラスカのパンドラ島の刑務所にはいり、ザラスという死刑囚と共に脱獄をはかる。脱獄のテクニックは今から見るとあっさりしているが、十分もっともらしい。不条理な結末がいい。

「2万5千年の荒野」

 1984年7月に発表された原発事故をテーマにした作品。なんとチェルノブイリ原発事故の2年前だ。

 放射能汚染を過大視する一方、水素爆発を軽く見るなど、福島を経験した後で見ると若干のズレはあるが、軽水炉の根本的な欠陥を1984年時点で劇画にしていたとはゴルゴ恐るべしである。

「MOSCOW DOLL」

 1972年11月発表のKGBもの。ゴルゴはある任務のために訓練生を装って雪原の中のKGBの訓練キャンプに潜入するが、物語はゴルゴよりも、同じ時期に訓練を受けていたミーナという娘の視点から語られる。

 ミーナは何も知らない店員だったが、はめられて工作員にならざるをえない状況に追いこまれる。ミーナの人物像が魅力的である。

「すべて人民のもの」

 1988年5月発表のロマノフ王家の秘宝ものだが、ペレストロイカとトロツキー文庫とゴルゴのルーツにからめている点が目新しい(ルーツの話はゴルゴの年齢がわかってしまうので、今では御法度のよし)。

 1988年はグラスノスチでロシア皇帝一家惨殺の情報が明るみに出はじめていた頃に当たる。一家全員の処刑は2007年の遺骨発掘で決定的となったが、当時はまだ物証はなく、このようなストーリーも可能だったわけである。

 しかしゴルゴがやんごとない生まれだったとは!

「ルート95」

 1987年4月発表のマフィアものだが、マフィアのドンが引退してネバダの砂漠の真ん中のモーテルの主人におさまっているという設定が新鮮だ。

 ラストの対決は西部劇を髣髴とさせる。

「マークのリクエスト」

 1994年11月発表の異常犯罪プロファイリングもので、『羊たちの沈黙』を意識しているが、あろうことか、心理分析官はゴルゴをプロファイリングしようとして報いを受ける。

 ゴルゴを「秩序型異常犯罪者」などと決めつけるとは神をも怖れぬ所行で、罰を受けて当然である。

「落日の死影」

 1976年3月発表の化学兵器もの。CIAが大統領令に背いて密かに地下組織に毒物の製造を依頼するが、発覚して大騒ぎに。その地下組織はKGBにも毒物を提供していたことがわかるが、秘密工場がどこにあるかは不明のまま。

 火の粉が降りかかってくることを恐れた某筋はゴルゴに秘密工場の破壊と証拠の隠滅を依頼するが、破壊に動いていたのは西側だけではなかったという展開。

 毒物の原料がコブラだというのが時代を感じさせる。

「夜は消えず」

 1975年3月発表の有名人の前歴もの。ゴルゴはアングレームに休養に訪れるが、その町の町長夫人はかつて娼婦をやっていて、一夜だけゴルゴの相手をしていた。町長夫妻はゴルゴにゆすられると早とちりし、殺し屋を雇ってしまう……。

 ゴルゴの方はろくに憶えていなかったのに、多くの客をとっていたはずの夫人がゴルゴのことを強烈に記憶していたというのは、ゴルゴのセックスが凄かったと暗示しているのだろう。

「ジェットストリーム」

 1973年10月発表のハイジャックもの。ハイジャックされた旅客機にたまたまゴルゴが乗っていて、それを知った警察の依頼でハイジャック犯と戦うという設定。

 ハイジャック犯の人質にされたなら他の乗客と運命共同体になるはずだが、ゴルゴは仕事の依頼を受けるまでは何もしない。恐るべきクールさだ。

「駅馬車の通った町」

 1969年8月発表の初期作品で、ゴルゴの狙撃の腕前が存分に描かれている。舞台は無法者の支配する砂漠の真ん中の町で、保安官はすでに殺されている。さいとう・たかを氏は西部劇がよほど好きのようである。

「神に贈られし物」

 1976年12月に発表された完全犯罪もの。アメリカの球場で大統領候補指名大会が開かれている。依頼は大統領候補の側近を射殺して組織の力を見せつけることだったが、テロ対策責任者はゴルゴを知っていて、犯行後ただちに逮捕してしまう。服から硝煙反応が出たが、ゴルゴの弁護士は大会に行く前に射撃場に行ったと反論する。凶器となったプラスチック拳銃の行方が鍵となるが……。

 拳銃を消すテクニックはあっと驚くほどではないが、なかなか洒落ている。

「BEST BANK」

 1993年5月に発表された銀行合併もの。銀行間の腹の探り合いに、米自由化をめぐるアメリカの思惑をからめており、リアリティがある。。

 バブル崩壊後、大手銀行は多額の不良債権をかかえて金融再編成が喫緊の課題となっていた。銀行の大型合併は本作発表時には噂の段階で、本格化するのは1996年以降だから、数年先取りしていたといえる。

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『各界著名人セレクション best13 of ゴルゴ13』 さいとう・たかを (小学館)

各界著名人セレクションbest13 ofゴルゴ13 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 13人の著名人が選んだ傑作集。各編の後に推薦者のインタビューがあり、思いのたけを語っている。各界のエキスパートの弁だけに面白い。

 自選集は地味な作品が多かったが、こちらは大仕掛けでスカッとして、ゴルゴ13本来の面白さが堪能できる。

「動作・24分の4」(舘ひろし)

 1973年4月に発表されたマフィアの抗争もの。依頼人は殺されてしまい、ゴルゴにも刺客が送られるが、みごとに仕事を果たす。

 分厚い防弾がラスに守られたターゲットをいかにして狙撃するかが見せ場になる。

 推薦者の舘ひろし氏はアニメでゴルゴの声を担当しているが、「……」をいかに表現するかに心を砕いているという。ガン・アクションに注目して本作を選んだのは石原プロらしい。

「銃殺人ひとり」(秋本治)

 1974年1月に発表された復讐もの。メキシコの大農園主デ・ガルシアは息子のアントニオを誘拐され、警察の不手際で殺されてしまう。犯人グループは逮捕されるが、メキシコには死刑がないのでデ・ガルシアはゴルゴに「死刑執行」を依頼する。

 面白いのは依頼の仕方が正規の方法ではないこと。デ・ガルシアは裏世界のルートをもっていないのでゴルゴの存在も知らなかったが、射撃場でのふるまいからゴルゴの腕前とプロの処世を確信し、男と男の直談判をする。ラストも男と男の信義にもとづいたものだ。

 推薦者は「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の秋本治氏。ゴルゴに接点があるようには思えなかったが、銃を精密に描き、しかもその性能がストーリーに組みこまれている点に感服しているよし。多くの脇役をロシア人ならロシア人らしく的確に描きわけていることもプロの目から見てすごいそうである。

「見えない翼」(玉袋筋太郎)

 1985年11月に発表されたステルス戦闘機開発をめぐるスパイもので、依頼人はKGBである。

 任務を果たした後、レーダー網に囲まれた砂漠の真ん中の基地から脱出するには開発中のステルス機を奪うしかないと依頼者から告げられるが、ゴルゴは肝心のステルス機を爆破してしまう。ではどうやって逃げるのか。ゴルゴが考え出した方法はハイテクの逆であり、実に楽しい。

 推薦者の玉袋筋太郎氏は仕事の前に女を抱きたくなるゴルゴの心境を、体を張った番組の収録前に風俗に行きたくなる自分と重ねあわせて語っている。ゴルゴがセックス中に表情を変えないのは相方の女性をプロファイリングしているからだというが、風俗嬢のプライベートを詮索したがる玉袋氏の覗き趣味からの邪推だろう。

「白龍昇り立つ」(山野井泰史)

 1996年6月に発表された山岳ものである。舞台は冬のチョモランマで、ダライラマによってパンチェン・ラマの生まれ変わりと認定された少年の中国脱出にゴルゴが手を貸すが、中国側は最高の山岳技術と装備をもった秘密の山岳部隊に後を追わせる。追う方も追われる方も8000mの雪山でサバイバル技術の粋を尽くして戦う傑作である。

 劇画として面白いだけでなく、発表時期がすごい。本作は1996年5月25日号から6月25日号に連載されたが、まさに連載中の5月28日に、中国政府はパンチェン・ラマ11世と認定された少年の拉致を認めたのである。

 作中では秘密の山岳部隊は山越えをしてインドにはいろうとするチベット人亡命者を殺すために編成されたという設定になっているが、本作の11年後の2007年に射殺の模様を映した映像が公開され、世界に衝撃をあたえた。作中のような立派な装備はないらしいが、山岳部隊は実在したのである。

 推薦者の山野井泰史氏は世界的な登山家で、作中にもアルパインクライミングの名手として名前が出てくる。普通のスポーツでは全力を出しきると気持ちがいいが、難ルートを無酸素で登攀するクライマーがそれをやると生き残れない。ゴルゴも苦しそうに見えて、実は余裕を残しているのではないかという観察は鋭い。

「穀物戦争蟷螂の斧汚れた金」(福井晴敏)

 1982年1月に発表された相場もので、前年に発表された「穀物戦争蟷螂の斧」(第54巻所収)の続編にあたる。穀物メジャーに戦いを挑んですべてを失った元丸菱商事ニューオリンズ事務所の藤堂が池袋のボロアパートを拠点に捲土重来をはかる。大相場を演出するためにゴルゴにある依頼をするが、これが全盛期の「スパイ大作戦」を思わせる奇想天外な計画なのである。ゴルゴ・シリーズの中でも随一の傑作といえるだろう。

 推薦者の福井晴敏氏は前編・後編で大作映画になると太鼓判を捺している。邦画といっているが、ハリウッドに売りこむべきだろう。

「ミステリーの女王・2」(小川直也)

 1979年に発表された名作「ミステリーの女王」(第43巻所収)の続編で、22年後の2001年5月に発表されている。前作ではゴルゴをネタにした小説を書こうとした女流作家が消されたが、2ではデジタル映画の製作にスケールアップしている(3D映画の方がよかった思うが、「アヴァター」の8年前だからしょうがないか)。

 見せ場は広大な敷地をもつ傭兵訓練所の中に立てこもったターゲットを軍隊級の大がかりな武器でどう攻めるかで、ブラフを上手く使っている。

 推薦者は格闘家の小川直也氏で、ゴルゴがいつまでも若いのは、常にアウェイで戦っているからだと語っている。

「PKO」(谷垣禎一)

 2004年3月に発表された国際通貨ものである。PKOは「国連平和維持活動」の方ではなく、「為替介入」(price keeping operation)の方。

 日本はATMと揶揄されるようにアメリカの言いなりになってアメリカ国債を買い支えてきたが、本作では日銀副総裁が骨のある官僚で、EUと協力してドルを基軸通貨から引きずり下ろそうと画策する。アメリカのローズ大統領顧問はゴルゴを使って副総裁に脅しをかけるが、才女のタイス補佐官は暴力を嫌い、話しあいで解決しようとするが……。

 推薦者は発表当時、財務大臣をつとめていた谷垣禎一衆議院議員。国会の質問で本作がとりあげられることがわかり、あわてて読んだところリアルなのに唸り、「今の立場を離れて読めば面白い」と答弁したそうである。

「白夜は愛のうめき」(富野由悠季)

 1969年5月に発表された初期の傑作である。裏切った夫を過失で殺した過去のあるワケありの美女がゴルゴと最初はタクシーで、次は胴体着陸した飛行機に乗りあわせて親しくなる。二人は一夜をともにし、激しく愛しあう。

 翌日ゴルゴは殺しの仕事に向かう。現場から撤収する途中、ゴルゴは別れたばかりの女と出くわす。彼女はゴルゴが忘れられず、彼を追ってきたのだ。正体を知られた確証はなかったが、ゴルゴは女を射殺する。ゴルゴのキャラクターはこの一作で決まったといって過言ではない。

 推薦者の富野由悠季氏はストーリーが偶然の連続で強引に進められている点、余計なセリフを入れずにゴルゴの世界を想像させる点を指摘し、「貸本時代の劇画のテクニック」を持ちこんだとしている。

「バスク・空白の依頼」(秋元康)

 1993年10月に発表された記憶喪失もので、ラドラムのジェイソン・ボーン・シリーズに触発されたと思われる。記憶を失ったゴルゴの世話を焼く男っぽいヒロインが魅力的だ。

 推薦者の秋元康氏はヒット曲はメロディーが親しみやすいだけでは駄目で、アレンジが新しくなければならないが、ゴルゴが長くつづいているのはパターン化したストーリーを斬新な切り口で見せているからだろうと語っている。

「五十年の孤独」(佐藤優)

 1994年8月発表のホロコーストものである。ユダヤ人救出のために獅子奮迅の働きをしながら、ドイツ降伏後、ソ連軍に拉致されて行方不明になった実在のスウェーデンの外交官ラウル・ワレンバーグがウラル地方の収容所で生存していたことがわかり、ユダヤ人の富豪が救出に乗りだす。ゴルゴの任務は作戦の一番重要な部分だけだったが、GPU側の反撃は予想以上で、結局ゴルゴが脱出行を引き受けなければならなくなる。

 アクションとしてよくできているのはもちろんだが、枢軸側に転じたハンガリーにおけるナチスとの駆引が滅茶苦茶面白い。

 推薦者は佐藤優氏で、ゴルゴは外交官の間でも人気があり、モスクワ大使館では新刊をとりよせて回し読みしていたそうである。ゴルゴは国益に係わる仕事も引き受けるが、国家は自前の暴力装置をもとうとするので、日本以外の国の人々にはリアリティがなく、単なるアクションものとしか読まれないのではないかという。ゴルゴは日本だから成り立つ物語だという指摘はさすがである。

「ロッフォードの野望」(眞鍋かをり)

 1984年8月発表の異色作。世界一の大富豪ロックフォードがゴルゴを専属狙撃手として雇おうとする。ゴルゴはもちろん断るが、ロックフォードは世界中の銀行に手をまわし、ゴルゴの全財産を凍結してしまう。兵糧攻めにされたゴルゴはどう反撃するか。

 推薦者の眞鍋かをり嬢はクレジットカードが突然使えなくなって焦っているゴルゴの姿が貴重だと語っている。ゴルゴの資産運用が垣間見えるとか、女性の関心は現実的である。

「モスクワの記憶」(高野孟)

 1993年8月発表の日ソ関係秘史もの。ソ連崩壊後、秘密文書が大量に流出して現代史の暗部がつぎつぎと明かになったが、日ソ停戦交渉に途中まで携わった関東軍元参謀の金子が日本兵シベリア抑留の真相と、戦後にフィクサーとなった二階堂副参謀長の正体を暴こうとモスクワに向かう。二階堂の方も旧ソ連の人脈を動員して金子を消そうとする。金子はゴルゴが何者かも知らずに単なるボディガードのつもりで雇うが……。どんでん返しに次ぐどんでん返しで、歴史の奥深さをのぞいた気分になる傑作。

 推薦者の高野孟氏は松本清張の『黒い霧』シリーズと比較し、『黒い霧』は善悪をわけてしまうきらいがあるが、ゴルゴは二階堂の言い分にも一理あるのではないかと思わせるところまで描いていと評価している。

「デロスの咆哮」(浦沢直樹)

 1968年12月発表の最初期作品で、KGBはフランスの国防大臣を籠絡するために、ナチスに誘拐されて行方不明になったとされていた妻子の偽者を仕立てる。フランス情報部は「妻子」の殺害をゴルゴに依頼する。

 全体にセリフが長くゴルゴもよく喋る。ちょっと上手な狙撃手といったところで、敵に簡単に捕まってしまう。後年のオーラはまだない。

 推薦者の浦沢直樹氏は1983年の『ゴルゴ13 別冊』の空いた頁に載った「BETA!」がデビュー作だそうで、漫画の可能性を広げた作品としてゴルゴの意義を語っている。

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2014年03月30日

『太平記』 さいとう・たかを (中公文庫)

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 「マンガ日本の古典」シリーズから出ているさいとう・たかをによる『太平記』である。

 漫画だから吉川英治版をもとにしているのかなと思ったが、そうではなかった。オリジナルの『太平記』をかなり忠実に漫画化というか、劇画化しているのである。

 怨霊話だらけの第三部を短くするとか、軍勢の数の誇張や史実との違いを注記するとかいったアレンジはほどこしてあるが、ほぼそのままなのだ。

 詠嘆調の場面や、クライマックスの場面では原文が書きこんであって、禍々しい字面が迫力をいや増しに増している。意味はわからなくとも絵を見れば一目瞭然だから、古文が不得意な人は擬音の一種と思えばいい。

 巻ごとに起承転結があって、ぐいぐい引きこまれる。古典の漫画化としては大和和紀の『あさきゆめみし』と双璧をなすかもしれない。

 順に見ていこう。

 上巻は後醍醐帝即位から鎌倉幕府滅亡までを描く。後醍醐帝は鎌倉幕府打倒を画策するが、正中の変で発覚し、臣下は流罪になり、自身も隠岐に送られる。しかし楠木正成が千早城と赤坂城に幕府の大軍を引きつけて執拗に抵抗をつづける一方、一の皇子である大塔宮が還俗して吉野に逃げこみ、各地の武将に挙兵をうながす令旨を送る。

 奇策をくりだして鎌倉の精鋭を翻弄する楠木正成に幕府の権威は地に落ち、同時多発的に謀反がはじまる。ついに幕府側の大将だった足利高氏が後醍醐側に寝返り、朝廷を監視してきた六波羅探題を打倒する。

 関東では新田義貞が蜂起し、鎌倉に向かって進軍を開始するや軍勢はどんどん膨れあがり、死闘の末に鎌倉を陥落させる。

 楠木正成が笠置山に参じる前夜、後醍醐帝が南面の大木の夢を見たエピソードや、児嶋高徳が桜の木に「天莫空勾践時非無范蠡」と彫りこんだエピソード、新田義貞が稲村ヶ崎に刀を投じて、海を引かせたエピソードなど、第二次大戦までは誰でも知っていた挿話が一通りおさえられている。

 中巻は後醍醐帝還御から湊川の戦いに敗れた楠木正成が自刃するまでを描く。

 革命の後に内訌がはじまるのは世の常だが、建武の中興はあまりにもひどすぎた。後醍醐帝があまりにもいい加減だった上に、側近がどうしようもなかった。大塔宮と足利尊氏の間で修復不可能な権力闘争がはじまると、後醍醐の寵姫、阿野廉子の画策で大塔宮は関東に流されてしまう。

 そこに北条残党が蜂起する中先代の乱が起こり、足利直義は鎌倉から一時退去するが、どさくさにまぎれて大塔宮を斬首してしまう。

 足利尊氏が大軍を率いて中先代の乱を納めるが、今度は尊氏が朝敵にされ、いったんは西に潰走したものの、九州で勢力を盛りかえして捲土重来を果たす。

 桜井の別れから湊川の戦いにいたる条は一番の見せ場であり、泣かせどころである。NHK大河ドラマの『太平記』では楠木正成を武田鉄也にやらせ、中小企業のオヤジのような雰囲気にしていたが、本作ではゴルゴ風の二枚目に描かれている。

 大河版では網野史観がかなりはいっていたが、本作では伝統的な見方に徹している。

 下巻は後醍醐帝の再度の都落ちから足利尊氏の死までを描く。足利政権内部で高師直の専横が目立つようになり、とうとう直義と間に権力闘争がはじまり、観応の擾乱に発展する。ここまでくるとぐちゃぐちゃで、何がなんだかわからなくなるのであるが、それでも戦いつづける人間の業にやるせない気分になってくる。

 師直の専横の例とされる塩谷判官のエピソードが後に『忠臣蔵』の元になったのはご存知の通りである。塩谷判官の妻が入浴する姿を覗く場面もちゃんと出てくる。

 すべてのエピソードを描くには五巻くらい必要だが、これ以上詳しく描いては逆にドラマ性が薄れるだろう。三巻にまとめた本作はうまくバランスをとっていると思う。

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2014年03月29日

『神話論理〈3〉食卓作法の起源』 レヴィ=ストロース (みすず書房)

神話論理〈3〉食卓作法の起源 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 『神話論理』の第三巻である。

 四巻本の三巻目になると普通なら読む速度が速くなってくるところだが、『神話論理』は巻を追うごとに速度が遅くなってくる。難解でもないし、つまらないわけでもない。書いてあることは実に簡単明瞭。次から次へと登場する神話も面白い。それでも読むのに時間がかかるのは、既出の神話への参照が多いからだ。神話には「M354」のようにすべて通し番号がふってあり、「M354」がどんな話か思い出さないことには何を言っているのかさっぱりわからないのだ(『神話論理』には全部で813の神話が登場するが、レヴィ=ストロースはそのすべてを諳んじていたらしい。いやはや)。

 『神話論理』の論述は網の目になっており、リニアな語りにはあわない。こういう著作は紙の本で出すのではなく、電子テキストにしてリンクをはりめぐらし、神話番号をクリックするだけでその神話の場所に飛べるようなしかけにするのがよいだろう。レヴィ=ストロースは早く生まれすぎたようである。

 さて本巻から舞台が北アメリカ大陸に移るが、最初の部分ではまだギアナあたりをうろうろしていて、南北両アメリカ大陸に広く分布するカヌーの旅の神話とともにパナマ地峡を越えるという趣向である。

 北アメリカ大陸といっても、本巻があつかうのは五大湖より東と、西部の南半分までであり、アラスカからオレゴンあたりまでの北西部は含まない(北西部はアメリカ大陸でもっとも古くから人間が居住した地域であり、『神話論理』は先住民の移住ルートを南から北へ遡っていく構成をとっている)。

 最初に登場するのは狩人モンマネキである。彼はカエルなど人間以外の妻と四回結婚するがいずれも失敗し、最後に人間の妻と結婚する。結婚の失敗の原因は性的・身体的な問題などさまざまだが、第5部にいたって食卓作法の問題としてくくれることが明かになる。『食卓作法の起源』と題される所以である。

 本巻でいう「食卓作法」とは単なる食べ方ではなく、性的・身体的な問題にまで拡がる、女性としてのたしなみ全般をさすのである。

 女性のたしなみを象徴する技芸がある。ヤマアラシの針毛刺繍である(本巻では「針」という訳語をあてているが、第四巻の「針毛」の方がわかりやすいので「針毛」で統一する)。

 針毛刺繍とはさまざまな色に染めたヤマアラシの針毛を布に刺して模様をあらわしていく技芸で、現在はビーズを用いるようである。

 面白いのは針毛刺繍が高度に発達したのはヤマアラシがあまり生息しない地域だということだ。ヤマアラシが多く生息するのは北アメリカ大陸北西部で、本巻があつかう東部と南西部にはあまりいないのだ。

 なぜヤマアラシがいない地域で針毛刺繍が芸術の域にまで高められたのだろうか。レヴィ=ストロースは書いている。

 技術や入念さ、豊かさや複雑性の面で並はずれた特性をもつとともに哲学的なメッセージを表現する刺繍に携わる人々の目には、ヤマアラシがその珍しさゆえに崇高な動物として映り、まさしく「他界」に属する形而上学的動物と化した可能性がある。反対に、オジブワ族や東アルゴンキン諸族にとってヤマアラシは、針毛を採取したあとに食用にする現実の動物である。

 本巻がカバーする地域ではヤマアラシは単なる動物ではなく、形而上学的な存在なのだ。当然針毛刺繍にも特別な意味あいがある。

 神話には針毛刺繍に夢中になるあまり、冬眠中のヤマアラシを引きずり出す娘が登場するが、レヴィ=ストロースは前巻に登場したハチミツに熱中する娘との共通点を指摘する。ヤマアラシは冬の主であると同時に、刺繍の材料である針毛の提供者でもある。この両義性は誘惑的であるとともに毒性をもつかもしれないハチミツの両義性に通じる。

 ヤマアラシは季節にしたがって針毛を生え変わらせ、生態を変える生き物であり、その循環を乱す行為は、妻の一族に広くゆきわたるべきハチミツを独り占めするのに等しい秩序の破壊行為だというわけである。

 秩序を守ることは時間の循環を守ることであると同時に適切な距離をたもつことでもある。

 カヌーの旅では主人公は中央に、月と太陽は舳先と艫にわかれてすわる。舳先と艫の距離は一定であり、カヌーの旅は月と太陽の運行を秩序づける意味あいがある。

 主人公はペニスがなかったり、ペニスをくっつけてもらったはいいが、あまりにも長すぎて歩けなくなり、背中に背負った籠の中にとぐろをまかせて収納しなければならなくなったりする。

 神話が語ろうとしているのは秩序の重要性ということのようだ。人間、ことに若い娘は秩序の破壊者になりかねないので、作法で縛る必要があるのだ。

 思春期の娘――さらには出産した女性、寡婦と寡夫、殺人者、墓堀り人、聖俗の儀礼の執行者――を対象にした禁止に、ひとつの意味があるとすれば、それはわれわれがべつべつに描いてきたことをひとつにまとめるという条件ではじめて成立することになろう。食事のきまりを破り、食卓や身繕いの道具の使い方をないがしろにし、禁じられたおこないをする、こうしたことすべては、宇宙を害し、収穫をだめにし、狩りの獲物を遠ざけ、他者を病気と飢えの危険に曝すことなのである。そして自分自身に対しては、早すぎる老化の徴候を出現させることで人間の通常の寿命よりも短い生をもたらすことなのである。

 ざっくりまとめると以上のようになるが、余談の部分が実に面白い。たとえば実証主義的な神話研究の代表であるフィンランド学派との比較論。フィンランド学派は神話はある一点から周辺に拡がったと仮定し、分布地域から発生年代を推定する。ヤマアラシの神話群でいえばまず基本形が生まれ、それから太陽と月の諍い、マキバドリの神話と発展したとし、最も古い基本形は18世紀に遡るとする。

 それに対してレヴィ=ストロースは自らの神話研究を次のように位置づける。

 歴史学派が偶然的なつながりと通時的な発展の足跡を見いだそうとしたところに、われわれは共時性において理解することのできる体系を発見した。彼らがひたすら項目の一覧を作ったところでは、我々はさまざまな関係以外のなにものも見なかった。彼らが変り果てた残骸や偶然の寄せ集めをせっせと収集したところでは、意味のある対比を明らかにした。これはフェルフェィナン・ド・ソシュールの教訓を実行に移しただけである。

 神話の異文は単なる偶然の寄せ集めではなく、一つの体系をなしているというわけである。有名な料理の三角形を再考した条もあり、本書には『神話論理』の方法論をあらためて確認するという意味あいもある。

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