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2013年12月30日

『なぜこの方程式は解けないか』 マリオ・リヴィオ (早川書房)

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 題名は『なぜこの方程式は解けないか』となっているが、方程式にふれているのは9章のうち3~5章で、全体の1/3ほどにすぎない。それ以外はすべて群論と対称性の話で、量子力学から生物学、さらには宇宙論にまで話がおよぶ。群論はそれほど射程が広いのだ。

 著者のマリオ・リヴィオは宇宙物理学者だが、『黄金比はすべてを美しくするか?』という一般向け数学書で国際ピタゴラス賞とペアノ賞を受賞していて、才筆には定評があるようだ。

 群論に関する本は本欄でとりあげなかったものも含めて何冊か読んだが、情報量は本書が飛び抜けて多く、トリビアが機関銃のように連射される。対称性がテーマだけに章題を

対称性を見る心の目

と鏡字で記すなど遊び心にあふれている。

 第3章「方程式のまっただ中にいても忘れるな」ではメソポタミア文明から16世紀のヨーロッパまでの方程式の研究史が駆足でたどられるが、タルターリアの条では三次方程式の複雑な解法を記憶しておくために、謎詩を作ったという話が出てくるのだ。当時は数学試合の結果で実入りのいい就職が決まったから、解法は絶対に秘密にしておかなくてはならず、他人に盗み見られてもわからないように謎詩にするのが賢明な選択だった。こんな話は他の本には載っていないが、巻末の付録には謎詩と、その詩を解いて出てくる式引用されているのである。

 第4章「貧困に苛まれた数学者」は結核で若くして死んだアーベルが主人公だが、ノルウェイ政府の補助金でベルリンに遊学した際、留学仲間と協同で部屋を借り、パーティでどんちゃん騒ぎをし、同じ建物に住んでいたヘーゲルを怒らせたというエピソードが出てくる。芝居にもよく行っていたという。アーベルというと少女漫画風の繊細そうな肖像画の印象が強いが、実は大の芝居好きで、パーティで騒ぐような陽気な面もあったのである。

 方程式はガロアによって最終的な解決があたえられ、方程式の研究には終止符が打たれるが、そのガロアはご存知のように決闘で腹部に銃弾を受け、腹膜炎で夭折してしまう。

 ガロアの死体は病理解剖にまわされ検死報告書が作られたが、報告書の半分以上は脳の解剖所見なのだそうである。銃弾が当たったのは腹部なのに、「大脳は重く、脳回は広い。脳溝は深く、とくに側面で顕著……」というような記述が必要なのか。リヴィオはこう推測している。

 この病理学者は、死因が明らかなガロアの脳をなぜこれほど徹底的に調べたのだろう? 報告書の冒頭の一文が手がかりになるかもしれない。「若き優秀な数学者エヴァリスト・ガロア(二一歳)は、何よりもその旺盛な想像力で知られていたが、二五歩の距離から撃たれた弾丸による急性腹膜炎のため、一二時間後に死亡した」。思うに、この病理学者は、ハーヴェイがアインシュタインの脳を持ち出したのと同じ好奇心に駆られたのではなかろうか。

 そうだとするなら、天才児ガロアの名は数学者の間のみならず、インテリの間で広く喧伝されていたことになる。

 ガロアは5次以上の方程式は代数的方法では解けないことを証明したが、楕円関数(アーベルの最後の研究テーマ)を使って解くことに成功した数学者がいる。シャルル・エルミートで、彼はガロアが卒業した11年後にルイ・ル・グラン校に入学し、ガロアの天才を見出したリシャール先生に教えを受けている。なんと在学中に権威ある数学の専門誌に論文が掲載され、その題名が「五次方程式の代数的解に関する検討」だというのである。

 因縁はさらにつづく。彼はエコール・ポリテクニークに合格したものの、足の奇形が理由で一年で退学させられてしまうのだ。陸軍省所管の学校だからだろうか(エコール・ノルマルとエコール・ポリテクニークについては彌永昌吉『ガロアの時代 ガロアの数学〈1〉時代篇』参照)。

 楕円関数による五次方程式の解法はほぼ同時にクロネッカーも発見していて、なぜ楕円関数を使うと解けるのかという理由まで掘りさげたという。

 クロネッカーの成果をもとにエルランゲン・プログラムで有名なクラインは『正20面体と5次方程式』を書き、5次方程式の五つの解の置換群と正20面体の回転群が同型だと証明したということである。リヴィオは「5次方程式と回転の群と楕円関数が絡みあった壮大なタペストリー」と書いている。さっぱりわからないが、大変なことらしい。

 量子力学の根底に群論があり、超ひも理論も群論の産物だということは他の本にも出ているが、リヴィオはさらに生物の性選択と対称性の問題まで語りはじめる。竹内久美子が悪名高き『シンメトリーな男』で紹介した、左右の対称度が高いオスほどもてるという例の理論である。

 対称度の高い顔を美しいと感じる傾向は脳のMRI画像でも確認されていて、文化に関係ないそうである。「健康で生殖能力の高い配偶者を求めるという点で、われわれの心は、石器時代の祖先とまったく同じようにプログラムされている」というわけだ。

 最後の章「ロマンチックな天才へのレクイエム」では天才の病跡学まであつかっている。話題を拡げすぎではないかと思わないではないが、最後の最後まで息つく暇もないほどの面白さである。

 なお本書はよくも悪くも「広く浅い本」である。専門書は歯が立たないが、もうちょっと数学的な内容を知りたいという人は次に紹介する『もっとも美しい対称性』をお勧めする。

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