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2013年12月28日

『ガロアの時代 ガロアの数学』時代篇&数学篇 彌永昌吉 丸善出版

ガロアの時代 ガロアの数学〈1〉時代篇
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ガロアの時代 ガロアの数学〈2〉数学篇
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 百歳の天壽をまっとうした日本を代表する数学者が93歳と96歳の時に上梓した本である。こういう言い方は失礼かもしれないが、よくある回想録の類ではなく、原資料や最新の研究にあたって書かれた本格的な著作である。文章はきびきびしていて無用のくりかえしはない。90代半ばにしてこれだけの文章が書けるとは。かくありたいものだ。

 本書はガロアの生涯を描いた「時代篇」と業績を解説した「数学篇」の2巻からなる。

 「時代篇」は4章にわかれ、各章の末尾には簡単な年表がついている。

 第1章「時代背景 政治史から」は25頁ほどの簡単なものだが、ガロアが在籍したルイ・ル・グラン校やエコール・プレパラトワール、入学を果たせなかったエコール・ポリテクニークについてまとめられているのはありがたい。

 エコール・ポリテクニークとエコール・ノルマルは恐怖政治が終わった1794年に国家を立てなおすためのための学校として設立された。

 エコール・ポリテクニークは土木技術者の養成が主目的で内務省所管だったが、革命を守るための軍事技術者が必要となり、陸軍省所管に移された。帝政期にはナポレオンが肩入れしており、共和主義的色彩の強い学校だった。

 エコール・ノルマルは教員資格の認定権を教会から国家に移すために文部省所管の師範学校として設立された。王政復古で教会が復権すると格下げされてエコール・プレパラトワール(準備校)という屈辱的な名前になり、共和主義的な教員が追放された。七月王政で再びエコール・ノルマルにもどり、エコール・ポリテクニークと同格のエリート校になっていくわけであるが、ガロアが入学したのはエコール・プレパラトワール時代の最後の時期だった。

 第2章「時代背景 数学史から」はギリシアからガロアの時代にいたる数学史で110頁ほどある。興に乗ってリーマンやワイエルストラスなど、ガロア後の展開にもふれているが、ガロアと因縁のあるコーシーの人となりと業績については類書よりも詳しく書かれている。

 いきなり読んだら歯が立たなかったろうが、リヴィオの『なぜこの方程式は解けないのか?』を読んでいたので、何の話をしているかぐらいは見当がついた。

 第3章「生涯」は本書の中心部分で80頁ほどある。加藤文元『ガロア』と重なるが、本書の特色は原資料や、1896年に書かれその後のガロア観を方向づけたとされるデュピュイの伝記を随所で引用していることである。書簡類や親友のシュヴァリエの記事などが生に近い形で読めるのは貴重だが、デュピュイの伝記の最後の部分は引用する価値がある。

 デュピュイはガロアの不運と早すぎる死を嘆く人々に対し、もしエコール・ポリテクニークに入学していたなら7月革命の時に街頭で殺されていたかもしれないし、決闘で死ななかったとしても6月暴動で命を落としていただろう、だから彼は「生命を生ききった」と考えるべきだと説き、こうつづける。

 エヴァリストは不滅なものは、人間の思い出のうちにあるとよく言っていたが、そうだとすれば、人間のいる限り彼は不滅である。一般大衆には知られないかもしれないが、彼の名はエリートの賞賛によって忘却から守られるであろう。その人たちのために私は次の願いをこめてこの論文を書いたのである。それは天才への賞賛だけではなく燃えるような魂、苦悩に充ちた哀れな心情への同情心を持つことである。理念のみを表すこの名の傍らに、生きた人間の姿があることを知っていただきたいのである。

 全部読みたくなるではないか。70頁ほどの短い伝記らしいので、誰か翻訳してくれないか。

 ガロアの死については断定していないが、陰謀説には否定的で、自殺説というか革命の人柱説をかなり肯定的に紹介している。決闘で死ぬのは1/14程度の低い確率だったのに、遺書で死に確定的に言及しているのはおかしいという説である。これ以上資料は出てこないだろうし、何ともいえないけれども。

 第4章「ガロアが書き残したものから」はガロアの遺稿3編が解説付で収録されている。

 まず1829年に『数学年報』に「ルイ・ル・グラン校の生徒」という肩書で発表されたガロアのデビュー論文「循環分数に関する一定理の証明」で、すでにガロア理論の基礎となる定理が含まれているという。連分数は当時流行の問題だったので多くの人に読まれたのではないかという。

 2番目は1832年3月にフォートリエ療養所で書かれた「純粋解析の進歩についての討論」というエッセイである。論文集の序文にするつもりだったらしいが、権威に対する批判を乱暴な言葉づかいで述べている。

 最後は『神々の愛でし人』でも引用された、決闘の前夜に書かれたシュヴァリエ宛の遺書である。これは涙なくしては読めない。

 「数学篇」は3章にわかれる。

 第1章「19世紀遺稿の数学の発展から」は「歴史篇」の数学史の章のつづきであるが、いきなり偏微分が出てきてまったく歯が立たなかった。

 第2章「ガロアの理論」は純粋数学の基礎として発展した現代の群論の視点から再構成したガロア理論だが、これもまったく歯が立たない。結城浩『数学ガール ガロア理論』の1~9章までと展開が似ているような気がするので、『数学ガール』を読み終えてからもう一度チャレンジしたが、やはりわからない。『数学ガール』の群の解説は非常に明快でわかったようなつもりになったが、ラスボスのガロア理論となるとやはりわかっていなかった。

 第3章「ガロアの主著」は科学アカデミーに提出した三度目の論文の全訳をもとに、ガロアがどのように証明したかを再検証している。最初はまったく歯が立たなかったが、金重明『13歳の娘に語るガロアの数学』と、ガロアの論文を逐条的に解説している『数学ガール ガロア理論』の10章を読んだ後にながめたら、何をやっているかがうっすらとわかるような気がした(気がしただけで理解できたわけではない)。

 考える材料をたくさん提供してくれる本だ。数学に自信のない人は「数学篇」は飾っておくだけになってしまうかもしれないが、「歴史篇」の方は十分有益だろう。

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