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2013年09月18日

『永遠平和のために』 カント (光文社古典新訳文庫)

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 カントが還暦を過ぎてから発表した政治哲学と歴史哲学に関する論文を集めた本である。

 60歳は当時としては大変な高齢だが、カントは3年前に『純粋理性批判』を世に問うたばかりで、本格的な活動はこの頃からはじまる。『実践理性批判』は64歳、『判断力批判』は66歳の時の著作である。

 三批判が発表された時期を批判期、三批判の後の時期を後批判期というが、本書収録のうち「啓蒙とは何か」、「世界市民という視点からみた普遍史の理念」、「人類の歴史の憶測的な起源」の三編が批判期、「万物の終焉」と「永遠平和のために」が後批判期となる。

 最後の「永遠平和のために」は100頁あるが他は30~40頁前後で何の引っかかりもなく読めた。翻訳は三批判の画期的な新訳を刊行中の中山元氏で、本書は中山氏のカント・シリーズの一冊目にあたる。

「啓蒙とは何か」

 1784年、カント60歳の時の発表された。

 フランス革命の5年前だというのに革命では人の考え方は変えられないと断言し、大衆の暴力性や扇動者が大衆に復讐されることにまで言及していて驚いた。

 革命を起こしても、ほんとうの意味で公衆の考え方を革新することはできないのだ。新たな先入観が生まれて、これが古い先入観ともども、大衆をひきまわす手綱として使われることになるだけなのだ。

 カントはフランス革命が方向を失い、恐怖政治に堕ちても革命派を擁護しつづけたが、この論文に書いた洞察のことをどう考えていたのだろう。

 カントは理性の公的な利用と私的な利用を区別し、啓蒙をうながすのは公的な利用だとしているが、公的・私的の区別が現代の用法と反対である。

 間とは軍隊を例にとり、将校が上官から受けた命令の当否をあからさまに云々するのは理性の私的利用で有害だが、戦争が終わった後で学者として命令の当否を論じ、その結果を世に問うのは公的利用で、その自由を妨げられてはならないとする。

 現代の用法では立場が私人か公かで私的・公的をわけているが、カントは目的が公的か私的かで区別しているようである。

 なお「理性」と訳されているのは、従来「悟性」と訳されてきたVerstandである。中山訳の『純粋理性批判』はVerstandを「知性」と訳して話題になったが、この論文でこそVerstandは「知性」とすべきではなかったか。

「世界市民という視点からみた普遍史の理念」

 これも1784年、カント60歳の時の発表された論文である。

 冒頭で人間や人間の集合である国民は「自分の意志」のつもりで「自然の意図」を実現してしまっているという逆説が語られる。

 これはマンデヴィルの「私悪すなわち公益」論の変形だろう。マンデヴィルの「私悪すなわち公益」論は非難されながらも、アダム・スミスの「見えざる手」論などに継承・発展させられていた。統計の話が出てくるあたりも英国の影響をうかがわせる。

 ところが統計的な発想はすぐに消え、ギリシア以来のヨーロッパ史は「国家体制が規則的に改善される道程」であり、人間の愚行や悪とみえるものの背後にも「自然の意図」が働いているとする。

 人類の歴史の全体は、自然の隠された計画が実現されるプロセスとみることができる。自然が計画しているのは、内的に完全な国家体制を樹立することであり、しかもこの目的のために外的にも完全な国家体制を樹立し、これを人間のすべての素質が完全に展開される唯一の状態とすることである。

 ここからヘーゲルの「理性の狡知」はただの一歩である。なお注ではあるが、宇宙人を論じた箇所があるのは面白い。カントは理性的存在のうちに宇宙人も含めていたのである。

「人類の歴史の憶測的な起源」

 1786年、カント62歳の発表で、この論文は「たんなる楽しみのための<漫遊>」だと断り、エデンの園の話からはじめる。楽園追放は個人にとっては災厄だったが、人類の使命のためには必要だったと説くが、啓蒙主義者だけに原罪論は否定している。

 先祖の原罪のために、子孫であるわれわれに、罪を犯すような傾向がうけつがれたのだと考えてはならない。人間がみずからの意志によって行なったことに、遺伝的なものがともなうことはありえないからだ。人間はみずからの行為には、完全な責を負うのである。

 面白いのは国家が個人に自由をあたえ、人間性を尊重するのは戦争の脅威のためだとしていることだ。カントは中国は地理的に外敵を恐れる必要がないので、個人の自由は跡形もなく抹殺されていると書いている。

「万物の終焉」

 1794年、カント70歳の時に発表された。前年にはフランスでルイ16世が処刑され、革命派は内訌をくりかえし、すこしでも立場の違う者を断頭台送りにする恐怖政治が最高潮に達した。この年の7月ついにテルミドールの反動が起こり、ロベスピエール派が逆にギロチンにかけられた。

 一方カントの住むプロシアではフランス革命の混乱と歩調を合わせるように政治的・宗教的な締めつけが強化されていった。この論文はこうした騒然とした世情を背景に書かれたのである。

 カントがこの論文で試みているのは黙示録の啓蒙主義的読み変えである。

 黙示録では世界最後の日に隕石が落ちてきたり、怪獣が暴れまわったり、天使の軍団と悪魔の軍団が最終戦争をくりひろげたりとパニック映画さながらのスペクタクルが描かれるが、カントはそうした描写は超感性的で、理論的にしか接近できないな道徳の秩序をわかりやすく目に見えるように示したものだと説く。

 最後の審判の脅しも次のように合理化している。

 イエスみずからが罰を与えると告げていたとしても、この罰という威嚇が、イエスの命令に服従させるための原動力になると解釈してはならない。……中略……これは立法者が愛に満ちて、人々の幸福のために示した警告と解釈すべきなのである。法に違反した場合には、悪が発生するのは不可避なことであるから、それに注意するように示した警告と解釈すべきなのである。

 聖書と啓蒙主義の折合をつけるのは大変である。御苦労様としかいいようがない。

「永遠平和のために」

 1795年、カント71歳の時に発表された。

 この論文は第一章「国家間に永遠の平和をもたらすための六項目の予備条項」と第二章「国家間における永遠平和のための確定条項」と付録にわかれる。

 第一章で内政干渉の禁止と常備軍の廃棄を提唱しているのは有名だが、財貨の蓄積や軍事国債を危険視しているのは興味深い。戦争は財政的裏づけなしにはできないことをカントはおそらく英国貿易商ジョゼフ・グリーンから教えられたのだろう(『カント先生の散歩』参照)。

 第二章では自然状態は戦争状態であって、永遠平和は特別な努力を必要とするという現実主義的な認識から説きはじめている。

 それはいいとして国家の統治形式には君主制・貴族性・民主制の三つがあり、民主制とは専制政体であり、共和政体とは異なると言いきっている。

 今日の常識と大きくずれるが、カントは共和政体は立法権と行政権が分立しているのに対し、専制政体は二権が分離しておらず、国家がみずから定めた法律を独断で執行できると定義している。

 なぜ民主制が専制政体になるのだろうか? 解説を読んでわかったが、ルソーの一般意志論(本書では普遍意志)の影響のようだ。多数決の原理によって、少数派に多数派の意志を強制できるというわけだ。おそらく前年に倒れたフランス革命のジャコバン独裁が念頭にあるのだろう。

 国際法は自由な国家の連合に基礎を置くべきという主張は有名だが、それで戦争を防ごうとしたら国際連盟のようなものにしか行きつかないだろう。現実主義がいつの間にか空想平和主義になってしまった観があるが、この論文の背景にはフランス革命に裏切られたカントの困惑があるような気がする。

 付録では道徳と政治の矛盾を論じているが、本論よりもさらに理想主義的になっていると思った。

 本論とは関係ないが、注でチベットを中国より大きな存在のようにあつかっているのが面白かった。ユーラシア側から見ると中国は広大なチベット語文化圏に囲まれているが、ケーニヒスベルクのカントは太平洋側ではなく、ユーラシア側の視点で見ていたのだろう。

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