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2013年07月29日

『暴力はどこからきたか』 山極寿一 (NHKブックス)

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 近年、母親の彼氏による児童虐待や子殺しが増えている。ガールフレンドの子供をうるさがるくらいなら子供嫌いの延長かなと思わないではないが、実の子と義理の子がいると、実の子は猫かわいがりするのに義理の子には食べ物を食べさせなかったり、ちょっと泣いただけで障害が残るほど折檻したり、頭を殴って脳出血で死なせたり、何ヶ月もかけて徐々に衰弱死させたりと、あきれるようなニュースが多々伝えられている。

 ここで連想するのは動物の子殺しだ。ローレンツの『攻撃』で動物は同族どうし殺しあわないような仕組を発達させてきたことが知られるようになり、動物=野蛮という思いこみが覆されたが、その後、新しく来たオスによる子殺しの事例が多くの種で発見され、ローレンツが主張していたようなきれいごとではすまないことがわかってきた。

 新しく来たオスが前のオスの子供を殺すのは自分の遺伝子を残すためである。ほとんどの種ではメスは授乳中は発情が抑えられているから交尾できない。前のオスの子供が殺されるとメスは発情し、子殺しの相手とめでたく交尾にいたるというわけだ。

 人間は言語によって本能が壊れてしまっているので、動物の子殺しと直接結びつけることはできないにしても、母親の彼氏ないし新しい父親による子殺しはちょっと似すぎている。チンパンジーやゴリラでも報告されている子殺し行動と関連はないのだろうか。それを確かめたくて本書を読んでみた。

 本書はサルの誕生から説き起こし、サルが進化を通じてどのように社会性を発達させ、食物と生殖相手という限られた資源をめぐる葛藤を解決してきたかを語り、最後に初期人類の社会構造を類人猿や現在に残る狩猟採集民の生活との比較で推定している。

 著者の山極寿一氏はゴリラの研究で世界的に知られたサル学の研究者である。近年はフィールドワークの経験をもとに人類の進化史を論じた本を発表しているが、本書もその一冊といえる。

 まず食物であるが、サルはモグラやハリネズミのような食虫類からわかれ、樹上で果実にたかる虫を主食とするようになった。密林の林冠部は鳥の天下だったので、身体の小さな初期のサルは夜しか活動できず夜行性になった。昆虫は分散していて一度にたくさん捕食することができないので、夜行性のサルはテリトリーを作って単独か雌雄のペアで暮らしている(小型の原猿類)。

 その後サルは花や蜜、花粉、果実、トカゲなどの小動物も食べるようになり、体が大きくなっていった。果実は食べ頃の時期が限られているので、広い範囲を移動する必要があり、夜行性は具合が悪い。体が大きくなって鳥と張りあえるようになったので昼行性のサルが誕生した。これが大型の原猿類と真猿類で、群れを作って生活する。真猿類にはオランウータン以外単独で暮らす種はいない(オランウータンももともとは群れで暮らしていたと思われる)。

 昼行性のサルが群れを作るのは果実のような一ヶ所に集中的に見つかる食物を群れの力で独占するためでもあるが、それ以上に捕食者に襲われる危険性をすくなくするためだと考えられる。捕食者は子供を集中的に狙うが、群れが大きいほど子供の死亡率が下がる傾向が確認されている。

 しかし群れで暮らすとなると、食物と生殖相手の分配という大問題がもちあがる。樹上性のサルは体の小さなサルは枝先、大きなサルは幹に近い部分と棲みわけが可能なので食物の争いはおきにくいが、地上性で果実食のサルの場合は食物をめぐる争いが深刻化しかねない。

 食物の争いを防ぐ方法としては厳格な序列を作ることがあげられる。ニホンザルでは母系集団による序列が明確であり、序列にしたがって食物をとる優先権が決まるので食物をめぐる争いは抑制されている。タイワンザルやアカゲザル、カニクイザルなども序列社会で争いを防いでいる。こうした序列社会では優位なサルに攻撃されたサルは自分よりも劣位なサルを攻撃することで鬱憤ばらしをする傾向がある。

 群れで暮らすヒヒの世界でも食物をめぐる葛藤は序列で解決されている。劣位の個体は優位の個体に注視されると、食物に手が出せなくなる。優劣関係がすべてなのだ。

 ところが類人猿では優位者が劣位者に食物を譲ったり贈ったりする行動が見られる。チンパンジーはよく喧嘩をするが仲直りにも積極的である。オスの場合、同盟を組んで地位を維持しているので、優位のオスは劣位のオスの御機嫌とりをおこたらず、肉が手にはいると子分にだけ分配したりする行動も見られる。

 チンパンジーにとって肉は希少な食物だが、自分一人で食べてしまえばいいのに、獲物をわざわざ仲間のところにもっていき、みんなに分配をせがまれながら、いっしょに食べることを好む。チンパンジーの狩りは食欲のためより自己顕示のためにおこなわれている可能性がある。

 飼育しているチンパンジーとボノボで一頭の個体では食べきれないほどの食物をあたえる実験をおこなったところ、食物の分配には互酬性が認められた。以前食物をわけてもらった相手とか、その日に毛づくろいしてくれた相手により多く分配しており、序列とは関係なく、明らかに義理のある相手にお返しをしているのである。

 ゴリラの場合はおいしい食物のある採食場所を優位な個体が劣位な個体にゆずってやり、隣あったり、視線をかわしたりしながら同じ物を一緒に食べるという行動が観察されている。ゴリラにとって食べるという行動は食欲を満たす以上の意味があるのだ。

 類人猿は食物をわかちあうという共同性を発達させることによって、優劣関係によらない葛藤の解決をはかっているようである。

 生殖はどうだろうか。重要なことは食物と違い、性の相手はわけられないことである。

 ニホンザルのような序列社会では優位なオスが発情したメスと独占的に交尾すると考えられていたが、実際はメスが優位なオスを拒否をすることが多く、劣位なオスにも交尾の機会はたくさんあることがわかった。しかもDNA鑑定で父子関係を調べたところ、高順位のオスよりも低順位のオスの方がたくさん子孫を残しているという驚くべき事実が判明した。

 低順位のオスとは最近群れに来たオスである。メスは古なじみのオスよりも新来のオスにより魅力を感じるのかもしれない。母系制のニホンザルの社会ではメスが群れを移ることはないので、多様な遺伝子を残すために新来のオスを選んでいる可能性もある。

 チンパンジーはニホンザルとは逆にメスが群れをわたりあるく。発情期間が長いので複数のオスと交尾するが、発情メスの共有には三つのタイプがある。

  1. 優位なオスが交尾を独占するが、劣位なオスにも交尾の機会をあたえる
  2. メスが劣位のオスと一時的に群れを離れ、恋愛旅行に出る
  3. 乱交

 劣位なオスにも繁殖の機会があたえられているように見えるが、DNA鑑定をすると優位なオスが多くの子孫を残していることがわかった。優位なオスは妊娠する可能性の低い日には子分のオスにメスを譲るが、排卵日が近くなるとちゃっかりメスを独占していたのだ。メスの方でも優位なオスの子孫を残したがっているようである。

 ゴリラは基本的に単雄複雌で息子は成熟後に群れを離れるが、父親が老齢になった場合、息子が群れにとどまり複雄複雌の群れになる。メスの独占が原則にもかかわらず父親と息子が交尾相手をめぐる競合をしないですんでいるのはそれぞれに交尾回避をするメスがいるからだ。息子は母親とは交尾しないし、娘は父親との交尾を避けようとする。近親相姦回避の傾向が複数のオスの共存を可能にしているようだ。

 近親相姦の回避はサル全般に見られる。息子が母親との交尾を避ける行動はすべてのサルで見られるし、父親が子供を育てる種では父親と娘の交尾も抑制されることがわかっている。ニホンザルは四親等(従兄弟どうし)まで交尾を回避するという。

 近親相姦を避けるからといって、サルたちが血縁関係を認識しているわけではないらしい。血縁がなくてもいつも近くにいて仲良くしている雌雄は交尾を避ける傾向が発見されている。おそらく親密さによる交尾の抑制が結果的に近親相姦を防いで生き残りに有利に働き、本能として定着したのだろう。

 著者は類人猿に見られる近親相姦の回避と食の共同が初期人類にも受けつがれ、それが家族を誕生させたのではないかと推論している。

 家族の中で性行為が許されるのを夫婦間に限定することで性的な競合におちいらない親しさが生まれ、また性の対象を他の家族に送りだしたり、むかえたりすることで家族間のつながりが生まれた。

 こうして生まれた家族内、家族間のきずなは、食の共有によって強められた。人類は奇妙な食習慣を持っている。それは常に仲間と食事をともにするということだ。自分ひとりで食べられるものもわざわざ仲間と分け合おうとするし、仲間といっしょに食べるために食物を集めにいく。本来葛藤のもとになるはずの食物をなぜ、親しい仲間との社会交渉に使うのか。よく考えてみれば、ずいぶんおかしなことをやっている。だがこれは、類人猿の行なう採食場所の譲渡や食物の分配から受け継がれて来た行動特性であり、それを独自に発展させてきたものである。……中略……初期の人類はこの食の共同とその共存を支える働きを、家族内だけでなく家族間にも用いたに違いない。共食はどの文化でも家族を超えた仲間に対して行われており、隣人に食物を与えない家族は軽蔑され、みんなに後ろ指を指されることになる。人類は性を家族に閉じ込めたかわりに、食を公開して共同行為に発展させたのである。

 ここで重要なのは「独自に発展」させたという部分である。類人猿の食の共有と、初期人類に近いと考えられる狩猟採集民の食の共有はまったく違うのだ。チンパンジーやボノボは食物の分配を政治の道具に使っているが、狩猟採集民は食物から所有の概念を徹底的に消し、あたえる/あたえられるという優劣関係が生まれないように細心の注意を払っているのだ。

 狩猟採集民が食物の分配に細かなルールやエチケットを設け、人間関係に影響しないような社会を作っているのは、食物で怨みが生まれると集団が分裂しかねず、生存が危うくなるからだ。群れでしか生きていけない初期人類はおそらく食物を政治の道具とすることをみずから禁じたのである。

 こういう社会では間引きはおきても、新しい父親による先夫の子殺しは起こらなかっただろう。

 だが農業の開始とともに人間は土地に帰属するようになり、所有概念が生まれ、個人間に優劣がつくようになった。子殺しがあったかどうかはわからないが、自分の血を引く子供だけを有利にしようと思えばできるようになったのである。

 

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2013年07月28日

『ヒトの心はどう進化したのか』 鈴木光太郎 (ちくま新書)

ヒトの心はどう進化したのか →紀伊國屋ウェブストアで購入

 ヒトはチンパンジーとの共通祖先から600万年前にわかれ、独自の道を歩みはじめたが、1万年前に農耕牧畜生活をはじめるまでは狩猟採集生活をつづけていた。600万年を24時間に見立てると、農耕牧畜時代は最後の2分半にすぎず、それまでの23時間57分30秒は狩猟採集で食べていた。ヒトの身体は脳も含めて狩猟採集生活に適応するように進化してきたのである。

(本書は採集時代と狩猟採集時代をわけていないが、山極寿一『暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る』によると武器を用いた狩猟がはじまったのは40万年前にすぎず、それまでの560万年間はもっぱら死肉あさりを含む採集をつづけていたと推定される。ハート&サスマン『ヒトは食べられて進化した』で指摘されているように、ヒトはずっと肉食獣の獲物にされる側だったのであり、狩猟する側にまわったのはごく最近である。)

 現代人も持久走のような有酸素運動を長時間つづけていると、ランナーズハイと呼ばれる特別な快感を感じ、大きな達成感を得るが、走ることが快感なのは脳内にそうした報酬系が組みこまれているからである。ジョギングやマラソンにはまるのはサバンナで走りまわっていた時代の名残なのだ。

 本書は副題に「狩猟採集生活が生んだもの」とあるように、ヒトの心の進化を狩猟採集生活から見ようという試みである。

 著者の鈴木光太郎氏は実験心理学が専門で、人類学者でも、人類学者を取材したジャーナリストでもないが、人類学関係の本の翻訳を多数手がけており、その経験をもとに本書を執筆したという。

 著者が翻訳した本のうち入手可能ものとしてはベリング『ヒトはなぜ神を信じるのか 信仰する本能』、ボイヤー『神はなぜいるのか? 宗教の進化的起源』、テイラー『われらはチンパンジ-にあらず ヒト遺伝子の探求』、ウィンストン『人間の本能 心にひそむ進化の過去』、カートライト『進化心理学入門』などがある。これだけの本を手がけていれば専門家に準じるといっても差し支えないかもしれない。

 本書は三部にわかれる。

 第一部「ヒトをヒトたらしめているもの」は全体の半分を占めるが、ヒトの進化史のおさらいである。第二部「狩猟採集生活が生んだもの」は1/4ほどの分量で、本書の中心をなす。第三部「ヒトの間で生きる」は「心の理論」の解説である。

 はっきりいって第一部と第三部はどこかで読んだ話ばかりである。「火」をあらわす言葉が日本語の「ヒ」、朝鮮語の「プル」、中国語の「フォ」、英語の「ファイアー」、ドイツ語の「フォイアー」、フランス語の「フー」、スペイン語の「フェゴ」のようにf音、p音ではじまる傾向があるのは、息を吹きかけて火を起こしたことと関係があるのではないかというような著者独自の見解もあるが、自分で研究したり取材して書いたのではない弱みが出てしまった。もっともこの分野の本をはじめて読む人には軽く読めていいかもしれない。

 さて第二部であるが、著者は狩猟採集生活がヒトに残した影響を家畜と遊びという二つのテーマで論じている。

 まず家畜であるが、家畜化した年代を推定すると犬が飛び抜けて古く1万5千年前、他の家畜はもっとも古い山羊、羊、牛、豚でも9千年から8千年前の農耕牧畜生活の移行期、それ以外は農耕牧畜生活が確立した後になる。

 狩猟採集時代からヒトとつきあっているのは犬だけなのである。世界中で犬のいない文化や社会はほとんどないということだが、ヒトと犬の関係はそれだけ深いのだ。

 犬の原種は狼である。1万5千年前の遺跡からヒトといっしょに埋葬された犬の骨が見つかっているから、おそらくそれ以前から狼の家畜化がはじまっていたのだろう。

 長年の選別の結果、犬は感情表現が豊かに進化し、犬の方でもヒトの感情を読みとれるようになった。飼主のあくびが犬に伝染することが確認されているが、飼われている動物であくびが伝染することがわかっているのは犬とチンパンジーだけだそうである。

 犬はヒトの言葉も理解し、最大で250語を聞きわける。習得単語の数では並のチンパンジーをはるかに凌駕している。バウリンガルのような玩具が可能なのは犬だからこそなのだ。

 次に遊びであるが、遊びをするのはヒトだけではない。猫科の肉食獣など、狩猟をする動物は子供時代に遊びを通じて狩りをおぼえるのだ。遊びでは本気を出さず手加減するのもヒトと共通である(本気でとっくみあったら仲間を殺してしまう)。

 ではヒト特有の遊びとは何だろうか?

 著者はごっこ遊びとボール投げと性差だという。

 ごっこ遊びは「心の理論」で可能になるが、ボール投げができるのもヒトだけだ。ものを投げるだけなら類人猿にもできるが、ヒトのような細かなコントロールは不可能である。もちろんこれは石を投げて獲物をしとめるという狩猟生活の中ではぐくまれてきた能力だ。投げる、命中させることが快感になり、さまざまなスポーツが誕生した。

 最後に性差であるが、ヒトのように遊びに性差がある動物は他にいない。おそらく男が狩猟をし、女が採集をするという狩猟採集時代の分業から生まれたものだろう。

 性差は身体能力だけでなく、認知能力に見られる。地理的認知では男は距離や方向を手がかりとするのに対し、女はランドマークに頼る傾向がある。男が狩猟で遠出をするのに対し、女は近場で採集をするという分業から差が生じたものと考えられる。

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2013年07月27日

『脳に刻まれたモラルの起源』 金井良太 (岩波科学ライブラリ-)

脳に刻まれたモラルの起源 →紀伊國屋ウェブストアで購入

 道徳は長らく理性の働きと考えられてきたが、18世紀英国で同情心や共感といった感情の働きに根ざすという道徳感覚説が登場した。ハッチソン、ヒューム、アダム・スミスらで、特にヒュームは道徳を情念の働きと見なした。

 高級な理性の働きであるべき道徳を低級な感覚に、それもよりによって低級な中でも低級な情念に結びつけた道徳感覚説に対する反発は激しかった。カントの『実践理性批判』がたまたま道徳にかなっているように見える行為でも、道徳法則にもとづかない感情によって引き起こされた行為にすぎないなら道徳的ではないとする厳格な道徳観を打ちだしたのは道徳感覚説に対する反論という側面があったといっていいだろう。

 だが現代の脳科学は道徳感覚説を復活させつつあるらしい。著者は本書の狙いをこう語っている。

 倫理観というのは、人間の脳の中にある根本的な道徳感情に由来する。人類が誕生し集団生活を行なうなかで、倫理的な感覚をもつ集団が生存に有利であったがために、倫理観をもつ脳が自然選択によって選ばれてきた。現代の人間社会の倫理に根拠があるとすれば、それは進化の結果としての人間の脳の仕組にある。脳という人類共通の基盤があるということは、実は人類に共通の倫理観というものが想定できる可能性を示している。倫理観は主観的なものかもしれないが、脳という視点で見れば、このような主観的な感情もまた科学研究の対象になる。

 チンパンジーからわかれて独自の道を歩みはじめたヒトは牙もたいした身体能力もなく、爪も貧弱だった。生存競争の激しいアフリカの原野で生きのびていくには集団で行動するしかなかった。

 集団生活をいとなむには共感能力やルールを尊重する能力、エゴイズムを抑制する利他的行動が必要だが、そうした能力は感情として発現する。道徳は感情に根ざすものであって、もはや理性の介在する余地はない。

 道徳の脳科学とはどのように研究をおこなうのだろうか。

 ハーバード大学のサンデル教授のTV講義でトロッコのジレンマや歩道橋のジレンマが広く知られるようになった。

 トロッコのジレンマとは五人の作業員が作業をしている線路にトロッコが突進している。このままだと五人全員が事故死してしまうが、分岐点を切換れば一人が作業している待避線にトロッコを進ませることができる。切換で一人が死ぬ代わりに五人を救うことができる。その行為は正しいかどうかというわけだが、ほとんどの人は切換を正当な行為と認めるという。

 一方歩道橋のジレンマとは、作業中の五人の作業員に暴走トロッコの危険を知らせるために、線路またぐ歩道橋の上から一人の男を突き落とすことが正しいかどうかを問う。一人の犠牲で五人を救うという点ではトロッコのジレンマと同じだが、人間を突き落とすという直接的な行為をしなければならないので、大部分の人は正しくないと回答する。

 fMRIでジレンマを考えている被験者の脳を見たところ、突き落とし行為をともなう歩道橋のジレンマでは直感的・感情的機能にかかわる内側前頭回が活動していたのに対し、ポイントの切換だけでいいトロッコのジレンマでは合理主義的認知制御機能にかかわる背外側前頭前野の活動性が高かった。マンガなどでは頭の中で天使と悪魔が戦っている図がよく描かれるが、似たような戦いが脳の中で実際におこなわれているのである。

 社会心理学では倫理観は以下の五つの道徳感情のバランスで決まるという説が有力で、各道徳感情の強さを点数化するMFQという質問が考案されている。

個人の尊厳
  1. 傷つけないこと
  2. 公平性
義務への拘束
  1. 内集団への忠誠
  2. 権威への敬意
  3. 神聖さ・純粋さ

 五つの道徳感情は「個人の尊厳」にかかわる最初の二つと、「義務への拘束」にかかわる後の三つにわけられるが、リベラルな信条の持主は「個人の尊厳」の点数が高く、保守的な信条の持主は「義務への拘束」の点数が高いことが知られている。

 fMRI画像から局所的な灰白質の量を推定するVBM解析という技術で調べたところ、「個人の尊厳」の点数が高い人ほど楔前部が小さく、「義務への拘束」の点数が高い人ほど梁下回と島皮質前部が大きいことがわかった。

 個人の倫理観はある程度脳の構造を反映しているらしい。ちなみに卒中や外傷などで腹内側前頭前野が損傷すると、異常なまでに功利的に判断するようになるそうである。

 道徳の脳科学的研究はまだはじまったばかりだが、目下のところ政治心理学の仮説を確認する方向で研究が進められているようである。

 政治心理学では政治的傾向とモラルファンデーションの関係を次のように分類している。

個人義務
宗教左派
リベラル
保守
リバタリアン

 「宗教左派」とはキリスト教原理主義のことであり、いかにもアメリカ的な分類である。アメリカ的な、あまりにもアメリカ的な政治心理学を卒業しなければ、本当の意味での道徳の脳科学ははじまらないのではないかという気もする。

 アメリカの政治文化にそれほど依存していない研究としては脳に対するホルモンの影響の研究がある。

 たとえばオキシトシンは母乳分泌や出産時の子宮収縮をうながすホルモンと考えられてきたが、家族の絆に一役買っていることがわかってきた。たとえば一夫一婦のネズミは一夫多妻のネズミより側坐核のオキシトシン受容体が多いという。

 オキシトシンは人間にも効いて、鼻先にスプレーで噴霧するだけで他者をより信頼するようになることが実験で確認されているが、家族など自分の属する集団への忠誠心も高めるので差別感情を引き起こす可能性もある。

 ちなみにアメリカでは吸引用のオキシトシンはFDAが母乳を出やすくする薬品として認可しており、通販で簡単に買うことができる。欲しい人は「Oxytocin spray」で検索するといい(30mlで60ドル前後)。

 オキシトシンに対する感受性はオキシトシン受容体遺伝子で決定され、楽観的かどうかはrs53576の、扁桃体の大きさはrs2254298Aの塩基配列で決まる。

 アメリカでは個人のゲノム解析が比較的安い費用で受けられるが、著者はwww.23andme.comというところを利用しているそうである。

 社会的つながりの広さと深さをソーシャルキャピタルというが、どれだけソーシャルキャピタルをもっているかを数量化するのは困難である。一つの指標として友人の数が考えられるが、友人をどう考えるかは人によって違い、質問の仕方によっても変わってしまう。

 著者は個人のソーシャルキャピタルの大きさを推定する目安としてフェイスブックの「友人」の数を使うことを提案している。「友人」として承認するかしないかという明示的な行動が基準となるので、単なるアンケート調査よりも客観性が高いというわけだ。

 学生を被験者としてフェイスブックの「友人」の数と脳の構造の関係を調べたところ、承認数の多い人ほど中側頭回と上側頭溝が大きく、扁桃体と嗅内皮質の体積も関連していることがわかったという。

 脳の皮質部分は加齢によって体積が減っていくが、扁桃体の大きさは変わらないので老人ほど扁桃体の比率が大きくなる。著者はヒトが老人になるにつれて保守化していくのは扁桃体の相対的大きさが増大していくことと関連があるのではないかと推定している。

 身も蓋もない話ばかりであるが、カントが現代に生きていたら何と言うだろう。

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2013年07月20日

哲学の歴史 別巻 哲学と哲学史』 中央公論新社編集部編 (中央公論新社)

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 日本哲学界の総力をあげて編纂された『哲学の歴史』の別巻である。

 10ページにわたる全12巻の総目次と170ページにわたる総索引、40ページにわたる1700年以降の総年表(18世紀をあつった第6巻以降は言語圏別の編集になるため、各巻の年表も言語圏別になっていた)が中心となる内容だが、哲学史をめぐる論考や鼎談、インタビューがあり、さらに19編の「追補コラム集」と執筆者とゲスト151名に対しておこなった感銘を受けた本のアンケートがおさめられている。

 前半の哲学史関係の部分は玉石混淆である。

 巻頭の小林道夫「哲学史研究の意義と今後の課題」は京大哲学科の想い出を長々と語った後、科学技術至上主義に陥らないためには哲学史が必要と説き、最後にクワインの哲学史不要論を批判し、「人間活動の多元性」を把握できるのは哲学だけだと結んでいる。

 この文章に限らず京都大学哲学科の回顧談がやけに目につく。各巻の責任編集者の経歴を見たところ、半数が京都大学出身か京都大学で教鞭をとったことのある人だった。もちろん日本の哲学の歴史において京都大学が大きな貢献をしているのは確かであるが、京大閥が強大だということでもあるだろう。

 神崎繁、熊野純彦、鈴木泉三氏の「哲学史研究の現在」という鼎談はとても面白かった。

 英米の論理哲学の影響でプラトン、アリストテレスを現代哲学として読めという風潮があるが、それでは古典とわれわれの間にある膨大な注釈の積み重ねを無視することになるという指摘はなるほどと思った。

 カントとヘーゲルは50年しか離れていないが、哲学史の捉え方がまったく異なっているという。カントの時代までの哲学史はラテン語文献中心で、カントはプラトンやアリストテレスの原典を読んでいなかったらしい。それに対してヘーゲルは原典をそれもギリシア語で読んだ明らかな形跡があり、その頃にはギリシア語文献のドイツ語翻訳も本格化していた。

 翻訳でであれ原典を読んだかどうかは大きいというのはその通りだろうが、ドゥルーズはドゥンス・スコトゥスを読んでおらず、ジルソンの研究書をさっと読んですませているという指摘にはおやおやと思った。ドゥルーズのコラージュ的手法についても批判的な論調で、五つの個別研究については正統的な哲学史ではないが、新たな哲学史像を作ったのかもしれないという微妙な評価をおこなっている。同業者からみるとそうなるのか。

 後期スコラ哲学からカントへの移行が用語の問題も含めて研究の焦点となっているらしいが、その関連で16世紀の吉利支丹時代に日本と西洋哲学は一度出会っており、「表象」が「面影」と訳されたり、「身体」は仏教用語の「色身」と訳されたりしていたそうだ。スコラ哲学を日本人に教えるのだから、当然日本語に訳していたわけで、この時に訳語が整備されていれば明治時代の漢字だらけの造語が避けられたのではないかと指摘している。まったくその通りだろう。

 藤田正勝「日本における哲学史の受容」は幕末から明治30年までの西洋哲学受容の歴史を概観した文章である。

 哲学という言葉を作ったのは西周だが、西はコントの細分化された個別科学の統一という思想に共感し、西洋の学問を紹介するにあたり「百学連環」という体系性にこだわったのもコントの影響だという。

 西の講義を聞いたものは少数だったが、明治11年に東京大学に赴任してきたフェノロサは井上哲二郎、三宅雪嶺ら多くの学生を指導し、後世に大きな影響をおよぼした。

 フェノロサは日本美術を救った人として記憶されているが、経済学、社会学、哲学と他分野の講義をおこない、哲学についてはカントからヘーゲルにいたる近代ドイツ哲学をはじめて詳しく紹介し、学生の関心を呼び起こした。

 もっとも来日時のフェノロサはハーヴァード大学を卒業したばかりの25才であり、哲学を専門に勉強したわけでもなく、ヘーゲルを読んだのも英訳を通してだったので、もっと深く知りたいという学生の要求にこたえることはできなかった。

 フェノロサの教え子だった井上円了や三宅雪嶺によって本格的な哲学史が書かれるようになるが、クーノ・フィッシャーに拠りながらヘーゲルに重点をおいた三宅の『哲学涓滴』が日本の西洋哲学理解の土台になったようである。「弁証法」という訳語を広めたのも同書だそうである。

 三宅の『哲学涓滴』は近代哲学史だったが、日本で最初にギリシアから当代にいたる哲学通史をまとめ「明治における西洋哲学史受容の一つの到達点」を示すと評価されているのは大西祝の『西洋哲学史』である。

 大西は同書を刊行した二年後に早逝しているが、その翌年、朝永三十郎は「哲学史攻究の旨趣と研究方法に就いて」を発表し、哲学史とは何かという問題を自覚的に問うている。著者は「それがきわめて深い内容をもつものであったことに驚かざるをえない」と高く評価している。

 清水哲郎「日本における中世哲学研究」は中世哲学会の回顧談で、はっきりいって内輪の話である。中世哲学を研究する人は限られているから、みんな顔見知りという世界だろうと想像はつくが、それにしても狭い世界である。

 松永澄夫「哲学/哲学史の読み方」は編集部がまとめたインタビューで、19世紀フランスにおける官製哲学史の誕生を軸に哲学史について聞いている。

 「哲学の場所」は古代、中世、近世、現代において哲学を研究する場がどのようなものだったかを五人の筆者が分担して書いている。

 古代編では書物にするかしないか、書物にしたなら写本がどう伝わったかが簡単に解説されている。

 中世編では教会からの大学の独立と、古代文献の翻訳の経緯が紹介されている。

 近世編はデカルトの懐事情の話である。デカルトは質素に暮らすには十分な資産を相続していたので、外部からの援助はあえて受けずに一生気ままに暮らしたが、同時代のパスカルやスピノザはそんな気楽な身分ではなかった。

 現代編1では大学から追放されたパースに発表の場を提供した「モニスト」という哲学雑誌が紹介されているが、この雑誌には鈴木大拙も関係していており、西田幾多郎にウィリアム・ジェイムズの「純粋経験」概念を伝えた可能性がある。

 現代編2は帝政期から第三共和制にいたるフランスの哲学教育の話で、公務員となった哲学者がたどるコースが紹介されており、そういうことだったのかと長年の疑問がいくつも晴れた。

 内田勝利「哲学の始点における断片的対話」は黄泉の国でプラトンとアリストテレスが対話するという趣向の戯文だが退屈した。最後にソクラテスが登場してひっかき回したら面白くなっただろうに。

 「アンコール」と題された「追補コラム集」は古代から現代まで19編のエッセイを集めているが、ここが一番読みでがあった。

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