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2013年02月26日

『ジャン・ボードリヤール』 レイン (青土社)

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 英国人の書いたボードリヤールの入門書である。ラウトリッジ社の Critical Thinkers というシリーズの一冊で、日本では青土社から「現代思想ガイドブック」として発売されている。

 入門書のシリーズだけあって各章の最後には半ページほどの「要約」が載り、「構造主義」とか「ハイパーリアル」のようなキーワードには半ページから1ページほどのコラム的な解説がついている。巻末には監修者であるテリー・イーグルトンの跋文と解題付の「読書案内」(原著は1998年までだが、訳者によって2006年までの分が追加されている)、さらに翻訳では省略されることの多い索引が付されている。元のシリーズのよさを日本版でも伝えようという意気ごみのうかがえる良心的な編集である。

 とはいえ本書に関する限り入門書というよりは本格的なボードリヤール論となっており、ボードリヤールをまったく読んだことのない人にはもちろん、ある程度読みこんでいる者にも歯ごたえがある。わかりやすさを期待するなら塚原史氏の『ボードリヤールという生きかた』をお勧めする。

 本書で特筆すべきは全七章のうち四章をついやしてマルクス主義の関係を掘りさげている点である。ボードリヤールは処女作の『物の体系』を家具や調度品の色や雰囲気といった贅沢品の分析からはじめており、日本に紹介された当時は非常に新鮮であり、マルクス主義とは無縁という受けとり方が多かったと思うが、レインはこの段階のボードリヤールの議論はマルクスの使用価値/交換価値という二分法の中で展開されており、マルクス主義の圏内にあると見ている。

 つづく『消費社会の神話と構造』と『記号の経済学批判』も依然としてマルクス主義の圏内にとどまっており、圏外に出るのはマルクス主義の生産概念を俎上に載せた『生産の鏡』からだとしている。

 確かにマルクス主義とは離れた場所で消費社会論を構築することに力を注いでいた観のあるボードリヤールは同書においてマルクス主義をはじめて正面から批判しており、『生産の鏡』以前と以後で断絶があるとする見方は当を得ているかもしれない。

 次の『象徴交換と死』は日本では『消費社会の神話と構造』とともにもっともよく読まれていると思うが、レインは同書の未開社会のとらえ方を批判し、ポトラッチが本当におこなわれていたのかどうかについても疑問を投げかけている。レインはポトラッチを専門に研究したことがあるそうで、未開社会をもちあげるボードリヤールの姿勢が見過ごせなかったのだろう。

 レインが評価するのは『シミュラークルとシミュレーション』の方で、ボードリヤールと同世代の思想家で映画作家であるギー・ドゥボールの『スペクタクルの社会』と比較して論じているが、ドゥボールは読んだことがないので判断を保留する。

 『アメリカ』以降、ボードリヤールは英語圏でポストモダンのグルと喧伝されるようになるが、レインはドン・デリーロの小説やヴェンダースの映画と対比しながらポストモダンの風景を活写していく。この紹介を読むと後期のボードリヤールも面白そうだと思えてくる。

 最後にインターネット革命が語られるが、原著が刊行されたのが2000年なのでボードリヤール・オン・ザ・の紹介くらいしかない。

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2013年02月25日

『ボードリヤールという生きかた』 塚原史 (NTT出版)

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 ボードリヤールは『湾岸戦争は起こらなかった』に懲りて以来御無沙汰していたが、最近読み直す必要が出てきて、全体像を確認するために本書を開いてみた。

 著者の塚原史氏はフランス留学時代に今村仁司氏から『消費社会の神話と構造』の共訳を持ちかけられたのを機にボードリヤールにかかわりだし、以来10冊以上のボードリヤールの著書やボードリヤール紹介本を翻訳し、来日時には案内役をつとめる仲だという。

 ボードリヤールを読んだことがあるといっても、最後まで読みとおしたのは論文スタイルで書かれた初期の消費社会に関する著作だけだったので、中期以降のボードリヤールの変貌ぶりには驚かされた。『シュミラークルとシュミレーション』が映画『マトリクス』の種本だくらいは知っていたが、まさか写真家になっていたとは。

 本書はボードリヤールの生い立ちからはじめる。ボードリヤールは1929年ランス生まれ。ランスはフランス東北部の古都で、日本でいうと仙台あたりか。祖父の代までは小農だったが、両親の代からランスに出てきて下級官吏になった。ボードリヤールが育ったのは地方の平凡な家庭で、エコール・ノルマルを目指すようなエリート家庭ではなかったわけである。構造主義の大物はレヴィ=ストロースを除くと早死にする傾向があったが、ボードリヤールは著者に「私はひ弱な知識人たちとはちがって、農民の根っこを持っているから丈夫なのだよ」と語ったそうだ。

 ボードリヤールは猛勉強してドイツ語のアグレガシオンに合格、ランスのリセでドイツ語の教師を10年間つとめる。その間アンリ・ルフェーヴルのもとでマルクスとエンゲルスの著作の下訳に従事する。共訳者として名前が出ているのは『ドイツ・イデオロギー』くらいだが、それ以外にも相当な分量の下訳をしていたようである。翻訳という作業は著者の思考を一字一句なぞっていくわけだから、ボードリヤールのマルクス研究はあなどれない。

 下訳の一方、ルフェーヴルの推薦でサルトルの主宰する「レ・タン・モデルヌ」に文学評論やブレヒトの翻訳を寄稿するようになる。「レ・タン・モデルヌ」は当時は相当な権威のあった雑誌である。

 20代のボードリヤールはこの世代の知識人の常としてサルトルとマルクスの強い影響下にあったが、30代になるとロラン・バルトに魅了されるようになり「すべてが一変した」と後に語っている。

 ボードリヤールは文学の科学を標榜していた時代のバルトによって記号論と構造主義に導かれた。1966年に博士論文として提出され1968年に刊行された最初の本『物の体系』(この題名自体『モードの体系』のもじりだ)にはバルトの顕著な影響が見られると著者は指摘する。

 1966年にナンテール校(現在のパリ第10大学)が新設された際、ルフェーヴルに社会学を教えられるかと聞かれ、できると答えたところナンテール校で教鞭をとるようになる。ということはボードリヤールはこの時点ではドイツ語の翻訳者であって、社会学者ではなかったことになる。

 ボードリヤールは途中からぐれてポップ・カルチャー評論家になった社会学者とばかり思いこんでいたが、ポップ・カルチャー評論家が社会学者のふりをしていたというのが実情のようだ。そう考えると、いろいろ腑に落ちることがある。

 1968年の五月革命の際、ナンテール校は反体制派の拠点となった。ボードリヤールは学生との共闘は避けたものの、同僚のエドガール・モランやリオタールとともに自主ゼミやビラづくりを通じて学生にエールを送った。『物の体系』は構造主義革命の産物だが、同時に五月革命の息吹を伝えているといっていい。

 熱狂の後には幻滅が来る。ボードリヤールは『物の体系』でマルクス主義ではもはやとらえられない高度資本主義のありようを消費社会として分析し、旧来の左翼の言論に時代遅れの烙印を捺したが、五月革命の2年後に刊行された『消費社会の神話と構造』では「個性」も「反体制」もすべて消費すべき差異としてとりこんでしまう体制のしたたかさを描きだしている。

 ボードリヤールは書いている。

 「消費のフレーズと反フレーズが一体となって神話ができあがる」と著者は指摘する。この点で、五月革命の反体制派は「モノと消費に悪魔的価値をあたえ、悪魔的なものとして告発し、決定的審級に仕立あげることによって、じつはそれらを超モノとしてしまうことに気づかなかった」という彼の言葉には、重いものがある。

 この後、ボードリヤールは『象徴交換と死』で大きな転換をとげる。本書では『象徴交換と死』を初期の消費社会論から中期のシミュラークル論へ踏みだした最重要の本として詳しく分析している。

 ここで「象徴交換」と呼ばれるのは未開社会の貨幣を介さない儀礼的交換であるが、ボードリヤールは近代社会の合理主義とは別の原理として注目し、消費社会の最先端で発生したシミュラークルと結びつける。

 原始時代に属する象徴交換と半ば未来に属するシミュラークルを結びつけるのは乱暴な話のようだが、そこにこそボードリヤールの洞察がある。

 著者が、なぜあの二つのアイデアを接近させたかといえば、それは等価交換の不可能性という問題にかかわっている。現実=オリジナルの記号化の最終段階であるシミュレーションの時代は、現実との対応関係を必要としない純粋なシミュラークルの出現を特徴としているが、この時代には、世界はその等価物を失い、生産中心の単純な経済原則にもとづく等価交換はもはやフィクションでしかなくなってしまう。
 したがって、あらゆるものが記号化されるこの段階では、社会自体が「システム内部にある反システム原理」として……中略……記号化をつうじた等価交換を拒否する象徴交換を再び登場させないわけにはいかない。

 こう説明されればよくわかる。『象徴交換と死』は大変な射程をもった本だったのである。

 本書の後半では『アメリカ』以降の後期ボードリヤールが語られるが、このあたりは『湾岸戦争は起こらなかった』しか読んでいないので論評はさしひかえよう(正直いうと、ボードリヤールで重要なのは初期と中期であって後期はあまり読みたいとは思わない)。

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2013年02月24日

哲学の歴史 11 論理・数学・言語』 飯田隆編 (中央公論新社)

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 中公版『哲学の歴史』の第11巻である。このシリーズは通史だが各巻とも単独の本として読むことができるし、ゆるい論集なので興味のある章だけ読むのでもかまわないだろう。

 本シリーズは20世紀に3冊あてているが、本巻はその2冊目にあたり、ナチスの台頭でドイツ語圏から英語圏に中心が移った論理学を基礎とする科学哲学とフランス固有の科学哲学である科学認識論エピステモロジーという二つの系統の科学哲学をとりあげている。

 この分野はまったく不案内で、「言語論的転回」linguistic turn が20世紀初頭に誕生した論理実証主義をさすということさへ今回はじめて知ったくらいだが、19世紀後半にはじまる前史も、その後の大西洋を越えた思想の展開も実に興味深いものだった。

 もう一つ誤解していたのはウィトゲンシュタインの立ち位置である。論理実証主義はウィトゲンシュタインの前期の仕事に、分析哲学は後期の仕事にはじまると思いこんでいたが、そうではなかった。ウィトゲンシュタインが大きな存在であるのは間違いないが、『論理哲学論考』が出版されたのはラッセルが主要な仕事を終えた10年後だし、『哲学探求』の執筆もオックスフォード学派の初期の活動に刺激されてのことだった。ウィトゲンシュタインは主流になったことは一度もなく、論理実証主義に対しても分析哲学に対しても孤高の批判者の立場を貫いていたのだ。

 英米系の哲学の本というと論理式が延々とつづくものが多いが、本書は論理式は必要最小限におさえ、学説が登場した背景と人間ドラマに焦点をあわせているので読物として面白い。もっとも学説を知りたい人には物足りないだろう。

 微妙なのはエピステモロジーを本巻に含めたことである。エピステモロジーは科学哲学というよりは科学哲学史であって、フーコーとの関係からいっても次巻にまわしたほうがおさまりがよかったのではないかと思う。

「総論 科学の世紀と哲学」 飯田隆

 20世紀は自然科学がそれまでにない急速な発展をとげ、世界のありようを根本的に変えた。変化の速度は21世紀になっていよいよ加速しているが、哲学では巨大化していく科学に対抗して人間精神の場所を確保しようという立場と、科学そのものの内部にわけいって科学的知識の確実性とはなにかを考えようという立場の二つが生まれた。前者が現象学にはじまる現代思想なら、後者は論理実証主義や分析哲学として結実することになる科学哲学である。

 著者は科学哲学の発端を1870年代にドイツとフランスで進められた科学と数学の基礎固めに置いている。

 1870年代には数学の世界で概念の根本的な見直しがおこなわれた。非ユークリッド幾何学が可能なことがわかり、公理とは何かが問い直される一方、カントルとデーデキントによる実数概念の厳密化がはかられ、数学基礎論という分野が開拓された。

 数学が厳密化される過程で伝統的論理学の限界が明かになり、現代論理学が構築された。現代論理学はフレーゲの『概念記法』の出た1879年からゲーデルの不完全性定理が発表された1931年までのほぼ半世紀の期間に成熟するにいたった。論理学の文の方が英語や日本語のような自然言語の文よりも事態の構造をより正確に反映しているとする記述理論という立場が生まれ、形而上学的な問題の多くは論理学の文に書き直すと解決してしまったり、無意味であることがわかるとされた。これが論理実証主義である。

 論理実証主義は伝統の全否定と方法的自覚の二本柱からなっており、哲学上のモダニズムといえるが、対象を論理的に表現できる範囲に限定し箱庭的な分析に終始する傾向があった。

 この点を批判したのが分析哲学であり、分析哲学は自然言語の論理化に向かった。

 本章の末尾の部分では日本の科学哲学を概観している。日本では論理実証主義や分析哲学はごくわずかしか紹介されなかったが、科学に対する信頼は厚く、1960年代まで日本の論壇を支配したマルクス主義も「科学的社会主義」と称したくらいで、科学肯定という点では同じだった。

 ところが1970年代にはいると科学の弊害が広く知れわたるようになり科学の見直しがはじまった。論理実証主義や分析哲学は科学の代弁者と見なされがちだが、素朴な科学信仰を乗り越える思考としてこれから真価が問われる。

「Ⅰ 自然科学の哲学」 今井道夫/小林道夫

 前章で述べられていたように1870年代には数学の土台固めがおこなわれたが、物理学の世界でもマッハやポアンカレによってニュートン力学のよって立つ原理が問い直された。ニュートンの絶対空間の概念に疑問が投げかけられ、アインシュタインの相対性原理につながっていくが、自明と思われた基本概念の再検討には哲学者も参加するようになった。

 ニュートン力学に対する疑問はカントの超越論哲学に対する疑問に直結する。カントはニュートンの絶対空間を直観形式として超越論哲学の土台にすえたが、絶対空間が間違いならどうなるのか。またカントはユークリッド幾何学の公理をア・プリオリな真理としていたので、非ユークリッド幾何学が成立するとなるとア・プリオリな真理そのものが怪しくなる。

 こうしてカントの体系を新しい数学と物理学にどう対応させるかが哲学上の大問題となった。新カント派の一方の拠点だったマールブルク大学が論理実証主義の初期の中心となったのは必然だったのである。

 本章では同時期のフランスの科学哲学も紹介されているが、ポアンカレとピエール・デュエムの二人に集約されている。デュエムが夭折しなかったらフランスにも論理実証主義が根づいていただろうということである。

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