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2012年11月25日

哲学の歴史 08 社会の哲学』 伊藤邦武編 (中央公論新社)

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 中公版『哲学の歴史』の第8巻である。このシリーズは通史だが各巻とも単独の本として読むことができるし、ゆるい論集なので興味のある章だけ読むのでもかまわないだろう。

 本巻は18世紀末のフランス社会主義から20世紀のホワイトヘッドまで、哲学者というよりはもっと社会の現実に近いところで考えた思想家をあつかっている。とりあげられているのはトクヴィル、コント、デュルケムといったフランス社会学の祖、ベンサム、ミル、スペンサーといった功利主義者、さらにアメリカのプラグマティストでドイツ語圏は一人もいない。

 ドイツ観念論をあつかった前巻、マルクス、ニーチェ、フロイトというビッグネームをあつかう次巻と比べるとマイナーな印象がある。主著もろくに訳されていなかったり名前しか知らない思想家が多く、はじめて聞いた人も何人かいた。

 しかしマイナーと感じるのは日本がドイツの哲学史一辺倒だからで、欧米ではトクヴィルもコントも、ベンサム、ジェイムズ、パースもヘーゲルやニーチェとならぶメジャーな思想家であり現代思想の重要な源泉になっていると編者は力説する。本巻の寄稿者たちも自分たちが研究している思想家の日本での低すぎる評価を変えようと懸命になっており、気合のはいった論考が多い。読むまでは箸休めかなと思ったが、意外にも本シリーズ中もっとも面白く充実した巻だった。

「総論 進歩・進化・プラグマティズム」 伊藤邦武

 19世紀欧米社会はそれ以前の世界から一変したが、この変化をもたらしたのはアメリカ独立とフランス革命だった。反動の動きもあったがせめぎあいをつづけながら市民革命が漸進的に進んでいった。

 後進国ドイツは反動の力が強く哲学者はなかなか変わらない社会に焦燥しながら観念の中で革命を進めたが、英米仏の哲学者はダイナミックな変化にさらされながら社会の中の人間を考えざるをえなかった。

 社会だけでなく科学の世界でも大きな変化が起こりつつあった。やユークリッド幾何学の普遍的な体系やニュートン力学の決定論的世界像が非ユークリッド幾何学や新しい形式論理学、確率論的な不確定な世界像の出現によって疑われるようになった。

 それはニュートン力学を基礎づけることから生まれたカントの普遍妥当的な超越論的主観性が根柢から揺らぎはじめることを意味する。

 複数の幾何学や論理学の可能性は、必然的に知識に関する規約主義や相対主義、あるいは社会的観点からする知識論を生みだすことであろう。そして、唯一絶対の世界認識の担い手としての超越論的主観の否定は、認識や知識の担い手として、それまでにない主観像を必要とするであろう。認識が記号のシステムや幾何学の体系に相対的であるとしたら、その認識の担い手は誰なのだろうか。それは記号のシステムを共有する人々、具体的な認識の規約をシェアする社会的グループにほかならないのではないか。

 著者は新しい認識主体の探求が帰納主義と記号論という二つの軸に向かったことをミルとコントとパースを例に素描して総論を終えている。

「フランスの社会主義」 今村仁司

 この章ではエンゲルスによって「空想社会主義者」のレッテルを貼りつけられて(すくなくとも日本では)葬り去られた思想家をとりあげるが、著者は各論にはいる前に socialism の social とは society のことではなくラテン語の socialis(相互扶助)のことだと断っている。socialism とは「行為の面では相互扶助であり、組織の面では共同体主義」というわけだ。マルクス主義の登場以前は社会主義とは相互扶助しながら非資本主義的な共同生活を目指す思想を意味していた。

「サン=シモン」

 サン=シモンは伯爵で軍人だったが、啓蒙思想に傾倒しアメリカ独立戦争に参加。フランス革命期にはみずから爵位を捨てる。

 産業が社会をよくするという信念から科学者と産業者の共和国を建設することを説き、革命が一段落すると40代になっていたにもかかわらず理系の勉強をはじめる。人類の歴史は

  1. 神学的・軍事的段階
  2. 形而上学の段階
  3. 産業と事物の管理の段階

という三段階をたどり現在はまさに第三段階にさしかかったとする(三段解説はコントの三段解説に受け継がれる)。

 未来の社会は万人が産業で働き「各人はその能力に応じて、各人の能力はその仕事に応じて報酬を受けとる」ようになり、産業の時代という新時代が到来して普遍的調和が実現、世界はジュネーヴの世界議会によって統合されるようになる。

 科学技術によるユートピアであるが、晩年には科学技術だけでは対応できない人間の現実に気づき、社会が安定的に存続するためには人間の情念と想像力が不可欠だと考えるようになる。科学技術はもちろん必要だが、その上に芸術を置くようになり、想像力をもった芸術家が人類の進むべき方向を教えるというビジョンを説くようになる。

 もっともこうした面は後世には影響を残さなかった。サン=シモンが残した影響でもっとも重要なのは国家不要論だろう。事物の管理が自由な人間によって合理的に行われるなら国家は必要ないという考え方で、アナーキズムとマルクス主義の源泉の一つとなった。著者はサン=シモンはその後のあらゆる社会主義思想の「母胎」だったとしている。

「フーリエ」

 フーリエは1772年ブザンソンの裕福な商人の家に生まれた。フランス革命で家が没落し大商店に雇われて地方回りをするようになるが、地方とパリの価格差は商人の詐欺によるものと思いこみ、文明社会批判にまで過激化していく。

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