« 『世宗大王のコリア史』 片野次雄 (彩流社) | メイン | 『韓国近現代の歴史 検定韓国近現代史教科書』 三橋広夫訳 (明石書店) »

2012年09月27日

『韓国の高校歴史教科書 高等学校国定国史』 三橋広夫訳 (明石書店)

韓国の高校歴史教科書 高等学校国定国史 →bookwebで購入

 昨今なにかと話題の韓国の歴史教科書を読んでみた。高校一年で必修で教える「国史」の『高等学校国定国史』と、高校二、三年で「深化選択科目」として教える「韓国近現代史」の『検定韓国近現代史教科書』である。どちらも明石書店の「世界の教科書シリーズ」から出ている。

 このシリーズからはチベットの中学校歴史教科書、イランの高校国定宗教教科書(シーア派イスラム教)、ドイツ・フランスの共通歴史教科書など、へーというような外国の教科書がたくさん出ている。タイトルを眺めるだけでも面白いので一覧を『検定韓国近現代史教科書』の書評の方に載せておいた。

 『国史』が国定(一種類しかない)で『近現代史』が検定(複数種ある)なのは前者が必修科目で後者が選択科目だからだが、2013年からは必修科目も検定に移行するとのことである。

 まずは『高等学校国定国史』であるが、2003年に改訂された第七次教育課程の高校用韓国史の教科書である。国定なので著者名はない。原本はB5版433ページの多色刷だが、邦訳はA5版458ページの単色刷である。本文が完訳されているかどうかは記載がないが、図版はかなり抜けているだろうと思われる。

 まず目を引くのは先史時代以降は政治史・経済史・社会史・文化史にわけた分野別史になっている点だ。第六次までは通史だったのに第七次から分野別史にかわったが、現場の教師からは教えにくいと不満が出ているそうである。確かに分野ごとに分断されていると時代の全体像がとらえにくいだろう。

 韓国では「近現代史」を選択しない生徒にも近現代史をきちんと教えろという異議が出て「国史」の近現代史部分が増やされたというから、あるいは文化史を学ばない生徒が出ても仕方ないが近現代史を学ばない生徒は出ないようにという狙いがあるのかもしれない。

 以下に各章の内容とページ数を示す。

内容頁数
はじめに14
先史時代27
政治史96
経済史64
社会史60
文化史89

 付録として各王朝の系譜(高句麗・百済・新羅、渤海(!)、高麗、朝鮮)、歴代年号(渤海や後高句麗、高麗末期の地方政権の大為を含む)、爵位・官職表、六十干支、領土の変遷、韓国の世界遺産、文化財の分布状況、古代遺跡の想像図、1948年から63年までのニュース写真、年表、新旧地名の対照表、写真資料・引用文件一覧、韓国史関係のリンク集がつく。

 興味深いのは歴代年号で、よく見ると存在しない期間が長いのである。たとえば新羅は935年までつづいたが、650年までの太和を最後に年号がない。唐の属国になり宗主国の年号を使わなければならなくなったからだが、そのことは明示されてはいない。高麗も最初の45年間はあるが、それ以降がない。李氏朝鮮は建国以来500年間独自の年号がなく、大韓帝国として中国から独立してからようやく年号をもつようになる。

 独自の年号を持てなかったことを隠すためかどうかは知らないが、本文は西暦で統一されている(史料には一部中国の年号が混じることがある)。

 先史時代は石器時代から紀元前1世紀までだが、古朝鮮のうち壇君朝鮮と衛氏朝鮮は出てくるのに箕氏朝鮮が出てこない。殷の王族である箕氏が周の武王によって朝鮮に封じられ紀元前1122年に建国した箕氏朝鮮は中国の正史である『三国志』に記載されていることもあって、高麗時代や李朝時代は朝鮮の祖として壇君以上にあがめられていたということであるが、その記述がまったくないのである。箕氏は伝説的存在ではあるが、それをいうなら紀元前2333年に建国されたとされる壇君朝鮮の方がはるかに伝説度が高い。

 漢の武帝が設けた漢四郡も出てこないし、日本人にも受験でおなじみの楽浪郡は高句麗が「楽浪郡の勢力を完全に追い出した」という条で突然出てくる。「漢は領土を拡大した」という文はあるものの、その領土が朝鮮半島北部を含んでいたという事実は巧妙に避けられている。トンデモとまではいわないが、つっこみどころ満載である。

 高句麗・新羅・百済の三国時代以降は分野別史になるが、新羅滅亡までが古代、高麗が中世、李氏朝鮮が近世、開国以降が近現代という区分である。

 古代の政治史は新羅の三国統一と渤海の隆盛が中心である。韓国の考え方だと南の新羅、北の渤海と南北分立していたことになる。単元の末尾に「深化課程」というコーナーがあるが、その一つに「渤海がわが民族の国家であることを証明できる根拠を資料から調べてみよう」とある。渤海には相当ご執心のようだ。

 中世の政治史は半分以上が北からの脅威の話だ。契丹、女真は撃退したが、元とは「講和」したとある。元から明への交代期に王位にあった恭愍王は政治改革を断行して権門勢族に代わる新士大夫を引きあげ王権の強化をはかったが、改革は失敗に終わった。李成桂は恭愍王の改革を引き継ぐために軍事的実権を握り、李氏朝鮮を建国したという書き方がしてある。実際は明に服属することによって王朝の簒奪を認めてもらい、朝鮮という国号まで明に下賜していただいたわけであるが、そういうことは一切書いていない。これでは中国と朝鮮が対等の関係だったという誤解が生まれるのは仕方がないだろう。

 さて近現代史である。日本が悪玉で登場するのは予想通りだが、おやおやと思ったのはロシアが正義の味方のように見えてくることである。ロシアは朝鮮を植民地化しようとしていたわけだが、ロシアの領土的野心は「日帝は第1次英日同盟を締結して国際的立場を強化した後、韓半島の支配権をめぐってロシアを先制攻撃して戦争を引き起こした」という文でわずかに暗示されるだけだ。通して読んでみるとロシアは領土的野心なしに可哀想な朝鮮を助けてくれたが、日帝は朝鮮の支配権を確立するために朝鮮を庇うロシアをだまし討ちしたというような印象をもってしまう。日露戦争でロシアが勝っていたら韓国は日本統治とは較べものにならない過酷な植民地統治にあえぎ革命後は東欧諸国のような悲劇を体験し、第二次大戦後も近代化は夢のまた夢だったはずだが、この教科書からはそうした現実はまったく見えてこない。

 清からの独立という事実がぼかされている点は勝岡寛次氏の『韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する』(絶版)などでさんざん指摘されてきたが、日清戦争そのものがぼかされていたのにはびっくりした。韓国の独立を決定した下関条約まで出てこないのである。

 本書で日清戦争が言及されるのは本文3箇所、年表1箇所で本文は政治史、経済史、文化史が各1箇所である。文化史は日清戦争後の風俗の変化についてふれた部分なので割愛し政治史と経済史の当該部分を引用しよう。

 まず政治史。開国後「日本の経済的侵入」によって農民層の不安・不満が高まり東学党の反乱(韓国では東学農民運動)が起こったという文脈で次のように出てくる。

 しかし日本軍が清日戦争を引き起こし、内政に干渉すると、農民軍は再び蜂起して外勢を追い出すためにソウルに進撃した。

 これだけなのである。信じられない人は現物を見てほしい。

 朝鮮の植民地化がどのような国際情勢の中でなされたかを知るためには日清戦争と下関条約の知識は不可欠である。それなのに韓国の国定教科書(すべての高校生はこの教科書を教えこまれる)では日清戦争は腫物あつかいで、できるだけ降れないでやりすごそうとしているのだ。

 経済史ではこうだ。

 清と日本は政治・軍事的な威嚇を両用し、自国商人を保護し、経済的利権を奪い取っていった。壬午軍反乱直後、清は不平等条約を強要して外国商人がソウルに店舗を開き、国内各地を行き来しながら営業できる道を開いた。日本は清日戦争を挑発し、鉄道敷設件など利権奪取を率先して行なった。

 不平等条約を結ぶまでは清と朝鮮が対等の関係だったかのようではないか。

 日本の統治政策批判や大韓民国臨時政府がまるで国際的に承認されているかのような書き方、韓国独立の経緯、李承晩に対する低評価は李榮薫氏の『大韓民国の物語』にある通りである。朝鮮戦争(韓国では6・25戦争)については半ページ足らずしか書いていない。

 北朝鮮の政治経済についてはこの教科書から書くようになったということだが、1ページくらいしか割いていない。北朝鮮の工業施設はソ連と中国の援助によるとあるだけで、日本時代の厖大な生産施設を受け継いだとは一言も書いていない。

 文化史では「日本に渡ったわが国の文化」としてわざわざ2ページ割いている。ハングルは1ページだが、創製にあたって多くの貴族が反対した事実やハングルを弾圧した時代が長くつづきハングル文献の焚書がおこなわれたという事実は書かれていない。

 歴史教科書というものは本書の巻頭にもあるように「民族のアイデンティティーを涵養する」ためのものであるから、事実の取捨選択や視点にある程度の偏りがあるのは当然である。しかし歴代の朝鮮王朝が中華帝国の属国でありつづけた事実を曖昧にし、ロシアの脅威を教えないのはいかがなものか。こういう本を教科書にして何を教えるのだろうか。

→bookwebで購入

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://booklog.kinokuniya.co.jp/mt-tb.cgi/5013