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2012年06月28日

『我、電子書籍の抵抗勢力たらんと欲す』 中西秀彦 (印刷学会出版部)

我、電子書籍の抵抗勢力たらんと欲す →bookwebで購入

 京都に学術書の印刷で知られる中西印刷という印刷所がある。慶応元年創業の150年の歴史のある老舗だが、ビルマ語辞典や西夏文字の仏典などといったややこしい文字の出てくる本ならここしかないと、出版業界では有名な会社である。そこの「若旦那」こと中西秀彦氏が印刷学会の機関誌「印刷雑誌」に連載しているコラムをまとめたのが本書で2006年から2010年にかけての分がおさめられている。

 各文章の末尾には註がついているが、ご本人が書いていてひねりが効いている。こんな具合だ。

トホホファイル

クライアント作成のデータ原稿で、あまりうまく作られておらず、印刷用として利用するのにかえって手間のかかるようなファイルのこと。もちろんトホホという嘆きの言葉に由来する。

 表題となった「電子書籍への抵抗勢力たらん」は電子本ブームで蚊帳の外におかれている印刷業界を憂えて「このまま座して死を待つぐらいなら、抵抗勢力になってやろうではないか。ありとあらゆる法律を駆使して徹底的に言うべきことは主張しよう」と訴える檄文だが、決して玉砕主義ではなく、法律論議で時間をかせいでいる間に印刷業界のビジネスモデルを転換させ、生き残りをはかろうという現実主義が背景にある。

 そもそも中西氏は活版印刷をやめてコンピュータ印刷に一本化するドキュメンタリ『活字が消えた日』で知られている人だし、最近もグーテンベルク以来の印刷革命を実証的に描いた『学術出版の技術変遷論考』を上梓するなど、電子書籍の裏も表も知り抜いた人である。

 だから一番最初に置かれた「ダウンロードは文学を変える」では積ん読需要がなくなるから印税は激減するぞと著者側にあいくちを突きつけ、二番目に置かれた「電子書籍の時代に出版社は必要か」では紙による付加価値がなくなったら今のような手間のかかった「編集」は経費的に維持できなくなるし、リスクの小さい電子出版ではそもそも「編集」の役割が格段に小さくなると、出版社に返す刀を向けている。電子書籍時代になったら印刷所の仕事がなくなるだけではなく、著者や出版社も安泰ではないというのは確かである。

 第一章には殺気立った文章がまとめて置かれているが、第二章以降はユーモラスな文章が多く、檄文と見えたのは実は戯文だったかとわかる。

 中西氏の本意は印刷所や製本所、取次を切り捨てるような電子書籍ブームに浮かれていると徹底抗戦する人たちがあらわれ、日本の電子出版は一周遅れ二周遅れになってしまう。そういう泥沼にはまらないためには軟着陸する道筋を示し、不安に思っている人たちに安心してもらう必要があるということのようだ。

 軟着陸の鍵となると中西氏が考えているのはハイブリッド印刷によるワンソース・マルチユースだ。電子本を出すと同時に初版をオフセット印刷でまとまった部数印刷し、増刷分はオンデマンド印刷で細かく対応する。オンデマンド印刷は技術の進歩の結果、オフセット印刷のレベルに達しているから初版と増刷分で品質が異なるということはなくなっており、紙の本の宿命だった絶版がなくなる可能性がある。著者にとっても、出版社にとっても、読者にとっても、それは望むところだろう。

 軟着陸がうまくいくかどうかはわからないが、印刷のインターネット通販が安くできる理由とか、電子データの長期保存の困難と危うさを指摘した電子式式年遷宮の提案、検索の普及で図書館の存在理由があやうくなっているなど部外者にもおもしろい話題がたくさん載っている。紙の本にセンチメンタルな思い入れをもっている人は絶望的な気分になるかもしれないが、印刷業界から見たリアルな電子書籍観を知ることのできる類のない本だと思う。

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