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2012年06月27日

『電子書籍奮戦記』 萩野正昭 (新潮社)

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 電子書籍のパイオニアであり「Mr.電子書籍」の異名のあるボイジャーの萩野正昭氏の半生記である。

 はじめにお断りしておくが、本書は Kindleがどうのこうのとか、電子書籍の未来がどうなるといった話題をテーマとした本ではなく、そうした関心で手にとるがっかりすると思う。しかし電子書籍の黎明期と舞台裏に興味のある人にはきわめつき面白い本である。

 パソコン業界は歴史が新しいのでいろいろな経歴の人が流れこんでいるが、萩野氏は映画畑の出身だった。最初に就職したのは東映教育映画だったが、当時の映画業界は衰退の坂を転げ落ちていた時期だったので正社員の採用はなく、萩野氏も「臨時の日雇」という不安定な身分だった。

 教育映画を作る下調べに博物館の記録映像を見る機会が多かったが、未編集の映像が思いのほか面白く、編集してドラマを作り上げる手法に疑問をもつようになったという。

 後の電子書籍を予感させるような出会いもあった。国立癌センターで気管支ファイバースコープを開発した医師が普通の35mmmフィルムでは頻繁にフィルムをとりかえなければならないので、映画用の16mmフィルムでコマ撮りしていたのだ。200フィートのフィルムは動画なら5分間だが、静止画なら一人100コマとしても80人分を記録できる。

 萩野氏は1981年にパイオニアに転職する。パイオニアはレーザーディスク(DVDの御先祖のようなメディアで、30cmの光ディスクにアナログで動画を記録した)に乗りだすことになり、映画のわかる人材を必要としたのである。

 レーザーディスクは映画ソフトよりもカラオケ用に人気が出て、映画の方も外部のメーカーの方が売れるものを出すようになった。萩野氏は閑職に回されたが、ここでレーザーディスクでしか出せないものを出してやろうと、動画に間に静止画で解説文をいれた『昆虫記の世界 カリバチの習性と本能』を出す。静止画の表示はコマ送りのできるレーザーディスクでしかできないものだった。

 この技術に注目したのがアメリカのボイジャーである。ボイジャーはマルチメディアの会社だったが、映画部門では古典的名画をレーザーディスク化したクライテリオン・コレクションで高い評価を得ていたが、映画の末尾に解説文を静止画でいれるようにしたのだ。

 解説文は最初、ワープロで打ちだした原稿をカメラでコマ撮りしていたが、ボイジャーではマッキントッシュでやるようになり、コストが下がるとともに画質が向上した。

 ここで重要な転機が生まれる。ボイジャーのボブ・スタインは萩野氏にハイパーカード(マッキントッシュ上で動いたホームページの原型のようなソフト)を示し、リンク構造でレーザーディスクをコントロールする新しいメディアを共同開発できないかと提案してきたのだ。

 ところがパイオニアは関心を示さず、萩野氏はボブ・スタインの提案に乗り、1992年退職してボイジャー・ジャパンを設立する。

 ここからはよく知られた物語だが、2000年の電子書籍ブームの時、マイクロソフトから買収の打診があったという話は興味深い。提示されたのは莫大な金額で、シアトル本社に交渉にも行ったし半額を株式で支払うと具体的な話だったが、長文のレポートを書かされた上、途中段階の契約書に不審な条項がはいっていたので海外企業との契約に詳しい弁護士に相談したところ、次のような答えが返ってきたという。

 大金で相手の心を浮き上がらせた上で、小出しにいろんなものを出させ、ほしい物を手に取れるだけ取った段階で買収契約を中止する。これが米国式企業買収の手としてあるのだというのです。

 果たして問題の条項に反論したところ、マイクロソフト側は手のひらを返したように態度を変え、買収話はとりやめになる。

 その後、ボイジャーはドット・ブック形式を安心して使いたい大手出版社から出資を受けることになるが、その際はインプレスと他の大手出版社にも資本参加を呼びかけるという保険をかけている。技術だけが売りの小さい企業が生きのびていくのは大変である。

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