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2012年06月25日

『リアルタイムレポート デジタル教科書のゆくえ』 西田宗千佳 (TAC出版)

リアルタイムレポート デジタル教科書のゆくえ →bookwebで購入

 電子書籍ブームの余波で電子教科書にも注目が集まっているが、教育現場に近い人ほど電子教科書に冷笑的になる傾向がある。教育の電子化は「元年」を連発する電子書籍以上に長い歴史があり、子供だましのコンピュータごっこを見せられて幻滅させられた歴史も長いからだ。

 著者の西田宗千佳氏もその一人で、中学時代、担任がコンピュータの導入に熱心だったために、プログラムが書けた西田氏は研究授業のためのソフトウェア作りにかりだされた経験があるそうである。出来あがったのがどんなソフトウェアで、どんな授業だったか、おおよそ想像はつく。

 その著者が出版社から注文されたとはいえ、電子書籍の本を書く気になったのは電子書籍と教育のIT化については浅い報道しかされておらず、現状について何も知らないと気づいたからだという。本書は議論のために現状を知ることに主眼がおかれており、これまでの著者の本と違ってルポルタージュというよりはインタビュー集に近い体裁になっている。

 順に見ていこう。

 第一章「デジタル教科書とは何か?」では電子教科書の旗振り役として知られる中村伊知哉氏と、AVジャーナリストで技術家庭の教科書の監修をしている小寺信良氏に話を聞いている。

 電子教科書は読むための端末が必要になるが、一人一台配るべきか、グループに一台でいいのか、さらには端末を家に持ってかえるようにするか、学校内で貸与するだけにするかで議論がわかれているそうである。

 中村氏は一人一台、家に持ってかえるようにする派で、これは自明で説明の必要はないが、面白かったのはグループで一台、学校内で使うだけでいいという小寺氏の意見だ。

 教え方には教師から生徒に教える一方通行型、生徒が一人で学ぶセルフラーニング型、グループ学習型の三つのスタイルがあるが、グループ学習型は相乗作用で公課が高いことがわかっている。iPadのようなタブレット端末を真ん中において皆でのぞきこむようにすると、誰でも手を出せるのでグループ学習がすこぶるうまくいき、「自分ももっと触りたい」が「もっとわかりたい」につながって学ぶ意欲も高まるのだそうである。iPadが教育現場で注目されているというのはそういう意味だったのである。

 電子黒板のような教室全員で見る端末と電子教科書のような一人一台の端末は議論されているが、グループ学習用の教育モデルが脱け落ちているという指摘は目から鱗だった。

 またクラウドから教育材料から持ってくるだけではなく、その成果をクラウドへ返してやることが重要だという指摘も新鮮だった。

 第二章「デジタル教科書の作り手たち」ではNECの文教・科学ソリューション事業部、ソフトバンク系のEDUAS、ロンドンに本拠をおくピアソン・エデュケーションの日本法人であるピアソン桐原に話を聞いている。

 この章のテーマとなっているのは校務のIT化である。教育のIT化というと生徒にどんな端末をあたえるかという話になりがちだが、その前に教師の負担になっている成績管理や保険管理、教材作成、教育委員会とのやりとりといった雑用を処理できるようにしようというわけである。そのためには教師に一人一台の端末を用意することが大前提だが、2009年の補正予算の教育ニューディール政策で整備が一気に進んだという。

 そこで問題になるのは教師のデジタル・リテラシーであり、セキュリティの問題である。成績など生徒の個人データをいれたノート型パソコンやUSBメモリを置き忘れたといった事故はよくニュースになるし、教材をクラウドで提供しようにも、学校はインターネット接続を嫌がる傾向がある。こうした面のフォローが目下も止められているわけである。

 第三章「デジタル教科書・使用現場レポート」は千葉県立袖ヶ浦高校に2011年4月に開設された情報コミュニケーション科のルポルタージュだ。情報コミュニケーション科といっても工業科のような職業高等学校ではなく、あくまで普通科だが、生徒全員にiPad2をもたせ、普通の授業をiPad2でやるという実験的なコースである。

 驚いたことにiPad2は学校が配布したわけではなく、生徒一人一人が入学時に自分で購入したもので「文房具」の位置づけだという。私物であれば大事にあつかうし、自宅に持ってかえって何の問題もない。

 授業ではKeynoteというプレゼンテーション用のアプリが大活躍している。Keynoteは非常にすぐれたアプリで、Androideにはこれに匹敵するものはなく、iPadの優位を決定づけているということである。

 第四章「デジタル教科書への期待と戸惑い」は千葉大教育学部の藤川大祐氏と新潟市立所小学校の片山敏郎氏のインタビューである。藤川氏とは第三章の袖ヶ浦高校のケースを語りあっていて、iPad2を「文房具」化した着想の意義など、なるほどと思った。片山氏は校務のIT化に手探りする今の教育現場の状況を語っているが、これは何年もかかるんだろうなと思った。

 生徒にインターネットにアクセスする端末をあたえると授業とは関係ないサイトにアクセスするという問題がある。小学校低学年までは力のある教師ならコントロールできるが、高学年以上だと随時ネットを遮断する仕掛を作らないと学級崩壊になってしまうという。

 第五章「デジタル教科書と教育に必要なこと」は『緊急提言!ジタル教育は日本を滅ぼす』で電子教科書反対論をぶちあげた田原総一朗氏のインタビューである。同書を上梓した頃から較べれば電子教科書に対する偏見はすくなくなっているようだが、現在でも懐疑的なようである。

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