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2012年05月31日

『スフィンクスは笑う』 安部ヨリミ (講談社文芸文庫)

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 安部公房の母、ヨリミが新婚早々安部公房を妊娠中に書いた小説である。

 ヨリミは1899年、旭川のはずれの開拓地東高鷹村に生まれ、東京女子師範学校(現在のお茶の水女子大)に進むが、社会主義団体のビラを校内にはりだしたために放校になる。1923年、24歳の時に同郷の安部浅吉と結婚するが、押しかけ結婚だったという説もあり、相当はねっかえりのお嬢さんだったようである。浅吉は満州医科大学附属病院の医師だったが、たまたま東京の栄養研究所に留学中だった。新婚の二人は府下滝野川区で暮らしていたが、9月に関東大震災にあう。結婚、妊娠、地震があいついだ慌ただしい年に書かれたのが本書である。

 『スフィンクスは笑う』という題名からまず思いつくのはスフィンクスの謎かけである。「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の生き物はなにか」という例のあれである。

 答えは人間ということになるが、本書にも三つの視点が存在する。

 まず、道子の視点。道子は兄の一郎の親友である医師の兼輔と結婚し、昼は三越、夜は帝劇となに不自由ない新婚生活を謳歌していたが、ある時、夫の荷物の整理をしていてトランクに大事にしまわれていた女からの恋文を発見し、愕然とする。差出人は郷里の渡辺病院の娘、澄子となっていたが、筆跡は澄子の妹で道子の同級生だった安子のものだったからだ。

 道子は兼輔と澄子が交際しているという噂は知っていたが、澄子が婿養子をとったので安心して兼輔と結婚した。ところが兼輔の意中の人は安子であり、恋文の文面からすると安子は兼輔に処女をあたえていた。

 兼輔の愛を信じきっていた道子は彼を激しく問い詰めるが、兼輔は道子の兄の一郎への友情のために身を引いたのだと答える。兼輔は一郎が安子を愛しているのを知り、彼をあきらめさせるために安子の貞操を奪ったことを告げるが、一郎は肉体の関係などなんでもない、再婚のつもりで結婚したいと答えた。兼輔は親友の愛の深さに圧倒され、安子を譲ったのだという。

 ところが安子は一郎の求婚を拒否して奔放な生活をはじめる。一郎は困り果てて兼輔と道子に相談するために上京する。兄の話を聞いた道子は、安子は処女ではない引け目から結婚をためらい、兄をあきらめさせるためにわざと自堕落にふるまっているのだろうと解釈するが、そこへ安子出奔の知らせが届く。

 道子の視点ではすべては善意と友情から発している。兼輔が安子をあきらめたのは友情のためだし、安子が結婚を拒んだのも貞操を失った申し訳なさのためだという具合で、ほとんど白樺派のパロディである。

 ところが後半になり、視点が安子に移ると解釈は一変する。ネタバレになるので詳しくは書けないが、すべては男のエゴイズムから発したことで、安子は肉体をあたえた恋人に裏切られたばかりか、義兄にも裏切られたジェンダーの被害者なのだ。オセロゲームではないが、白だったはずのものが一斉に黒にひっくり返っていく怒濤の展開に啞然とさせられる。

 有閑階級の男たちの偽善に傷ついた安子は野田という小説家志望の苦学生と駆け落ちして貧農の暮らしに突入していくが、これがまた飢えと肉欲の支配するエゴイズムの世界で、ほとんど自然主義のパロディである。

 しかし最後の最後になって、さらに視点の転換がある。野田の視点である。野田から見ると、安子の受難物語はどう見えるのか。

 朝は四本足、昼は二本足、そして夜は……。スフィンクスはただ笑うだけである。

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2012年05月30日

『戦後前衛映画と文学 安部公房×勅使河原宏』 友田義行 (人文書院)

戦後前衛映画と文学 安部公房×勅使河原宏 →bookwebで購入

 安部公房と勅使河原宏監督の「協働」を跡づけた本であり、きわめて刺激的である。

 安部公房の世界的な名声はカンヌ映画祭で特別賞を受賞した映画版『砂の女』の成功によるところが大きいが、この作品は勅使河原監督との「協働」の第二作にあたり、安部はみずから脚本を何バージョンも執筆している(主人公をアメリカ人としたシノプスまで残っている)。

 本書は第一章「協働の序章」で前衛芸術運動に邁進した若い日の安部と勅使河原の活動をたどっている。

 安部と勅使河原の「協働」は1962年の『おとし穴』にはじまり、1970年の大阪万博の自動車館で上映された『一日二四〇時間』までの七作品で区切りをつけ別の道を歩むようになるが、二人の出会いは戦後復興期の前衛芸術運動の時代にさかのぼる。引きあわせたのは岡本太郎で、「世紀の会」で活動し、『世紀群』という同人誌を共に発行している(埼玉近代美術館の「勅使河原宏展」で実物を見たが、ガリ版印刷とは思えないくらい美しかった)。

 この時期、勅使河原は草月ホールのディレクターとなって意欲的な企画を次々とプロデュースし、草月ホールは前衛芸術運動の拠点となっていく。こんなに刺激的で潑刺とした時代があったのかとうらやましくなった。

 第二章「文学と映画の弁証法」では1958年から1960年にかけて映画人のみならず文学者も巻きこんで戦われた「映像と言語論争」を軸に、実作に乗りだそうとしていた時期の安部と勅使河原の映画論を検証している。

 論争は羽仁進のモンタージュの再検討を端緒とする。モンタージュはカットを単位にしてたが、羽仁は『教室の子供たち』の演出経験からカットの単位までばらばらにしてしまうと子供たちの生き生きとした姿が失われてしまうと気づき、より長いシークェンスを単位とすべきことを提唱した。それにネオリアリズモの「カメラ万年筆」説に触発された岡田晋が呼応し、状況自体にドラマがあるのだから映画作家が勝手に編集でドラマを作りだす必要はないというモンタージュ終焉論にまで先鋭化する。そして映像は言語に代わりうるとしたために映像言語と一般言語が同等かが問われることになった。

 安部は羽仁=岡田説は言語による思考と映像による思考という虚妄の二元論にたつものと批判し、映像表現は言語を媒介にしてのみ可能であり、芸術の総合化はあくまで文学を中心にすべきとした。演劇においては安部独自の方法論は演出家として既成の俳優と係わる中で「安部システム」へと結実していったが、映画においては実作に係わりはじめる前に理論が深められていたのは興味深い。

 一方、勅使河原は理論には関心はなく、論争に積極的にコミットしなかったものの、モンタージュという技法を堅持しつつも、長回しで対象に内在するドラマに接近していく羽仁の姿勢を評価し、それが撮影中の偶然を重視する演出につながったという。

 第三章ではいよいよ「協働」の第一作『おとし穴』を論じている。『おとし穴』は九州朝日放送で放映された『煉獄』というTVドラマがもとになっているが、TVドラマが抽象的なセットだったのに対し、『おとし穴』では40ヶ所以上をロケハンし実写で作りあげた。ロケにこだわったのはぼた山や陥没湖、炭住といった歴史性をもった実景をとりいれるだけでなく、「意識の外にはみだした偶発的なもの」(安部公房「新記録主義の提唱」)を活かすためでもあった。『おとし穴』がドキュメンタリー的手法をとりいれたといわれる所以である。

 『おとし穴』は組合幹部の身代わりに殺された渡り坑夫の幽霊を主人公とするが、著者はこの選択に共産党と社会主義的プロパガンダからの離反を見ている。大炭鉱の坑夫は組合で団結できるが、零細な中小炭鉱はろくな設備もなく、最底辺の渡り坑夫に危険きわまりない作業をさせて生き血を搾り取っている。次の要約は正鵠を射ている。

 中小炭鉱に生きた人々の、不条理なまでの無力と悔しさが引き立つこの映画は、言葉さえも奪われた坑夫たちの記録と表象に挑んでいる。殺された直後、生者に声が伝わらないことを知った坑夫の「本当に、せつねえこっちゃのォ」という言葉は、未来永劫続く空腹感とも重ねて身体化される、無念と憤怒の表出である。

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2012年05月29日

『安部公房の演劇』 高橋信良 (水声社)

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 比較演劇学者による安部公房論である。演劇は安部公房の仕事の大きな柱で、ついには自分で劇団を主宰したほどだったが、演劇人としての安部公房を論じた単著はナンシー・シールズの『安部公房の劇場』くらいしかなかった。シールズの本は実見した舞台や安部公房へのインタビュー、安部スタジオの取材にもとづく貴重な記録だが、安部演劇全体に目配りしたものではない。安部公房の演劇への係わりを総体として論じた本としてはおそらく本書がはじめてだろう。

 本書は三部にわかれる。まず「Ⅰ 叙事という名の抒情」で「安部システム」と呼ばれる安部公房が編みだした独自の俳優訓練を解説した後、「Ⅱ あわせ鏡の世界」で小説の戯曲化としてはじまり「友達」へと結実していく前期を、「Ⅲ おかしくて恐い世界」では自ら演出を手がけるようになって以降の後期を語る。

 いきなりだが「Ⅰ 叙事という名の抒情」ははなはだ難解である。わたしは本書を出版された直後に読みはじめたが、冒頭部分で放り出してずっと積ん読状態をつづけ、今回ようやく読みきった。

 安部公房は新劇的な演技を「気持ち芝居」と批判し、目指すべき目標として「ニュートラル」を掲げていた。「ニュートラル」がなにを狙い、なにでないかは理屈でわかるが、「ニュートラル」の実体がなにかとなると体験の世界であり、理屈では近づきようがないのだ。著者は1997年に安部スタジオの元メンバーが指導した「安部公房システム・ワークショップ」に参加したということであるが、それなら体験を書いてほしかった。現代思想用語などなんの意味もない。

 「Ⅰ」の最後の部分では最初の戯曲とされて来た「制服」について『全集』で明らかになった二つの新事実を紹介し、「制服」の成立が安部自身が語った、小説として書きはじめたら戯曲になってしまったというような単純なものではなかったと指摘し、初期戯曲は『どれい狩り』を中心に考察すべきだとし、以後の分析の全体的見取り図を示している。

 安部公房は小説やラジオ・ドラマを戯曲に仕立て直すということをよくやったが、再演にあたっては戯曲に手を入れ、場合によっては別物に改作している。見取り図を見ると作品間の絡みあいが一筋縄ではいかないことがわかる。

 案の定「Ⅱ あわせ鏡の世界」は錯綜している。わたしのような知能の低い人間はついていくのも難儀で、何度も放り出しそうになった。各作品の成立事情が複雑なのはわかるが、もうちょっと整理のしようがあったのではないか。

 唯一面白かったのはシュプレヒコールからミュージカルが生まれたという条で、井上ひさしは安部公房から影響を受けている可能性がある。

 最後の「Ⅲ おかしくて恐い世界」は個別作品の紹介に終始しており、あっさり読めた。読みやすいのはいいが、安部が自分で演出する中で新劇の演技や俳優養成法に疑問を持ち、「安部システム」を生みだしていくという一番重要な部分が、簡単におわってしまっているので肩透かしされたようでもある。

 勝手な注文だが、「安部システム」は現代思想用語で抽象的に語るよりも、後期の実作に即して、生成の過程を具体的に跡づけていれば、わたしのような頭の悪い人間にも理解できる本になったのではないかという気がする。

 本書は非常に重要な試みであるが、現代思想用語が理解できない人間にもわかるように書いてほしかったと思う。

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2012年05月28日

『安部公房の都市』 苅部直 (講談社)

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 著者の苅部直氏は『丸山眞男―リベラリストの肖像』などで知られる新進気鋭の政治学者だそうだが、読んでいるうちに、こいつSF者だなと直覚した。SF者の臭いがぷんぷんにおうのである。はたして『第四間氷期』を論じた章の扉には直接関係のないSFマガジンの表紙写真を掲げ、安部公房がSFを愛読していたことや早川書房から出ていた『世界SF全集』の思い出を語っているばかりか、『榎本武揚』にジャック・フィニーの『盗まれた街』の影響がみられるなどという、それまでの慎重な筆の運びからはそぐわない、明らかに我田引水の解釈まで披瀝しているではないか。やはりSF者だったのである。

 安部公房とSFというとぴんと来ない人がいるかもしれないが、安部公房はまぎれもなく年季のはいったSF者だった。安部は地球温暖化とバイオテクノロジーを予見した『第四間氷期』を1958年に書いているし(翻訳SFを相当読みこんでいないと、ああいうものは書けない)、SFマガジンが新人発掘のために開催した第一回「SFコンテスト」では選考委員をつとめ、小松左京の処女作を絶賛している。箱根の山荘を見せてもらったことがあるが、ベッドの枕元の書棚にはハヤカワSFシリーズの銀背がずらりとならんでいて感無量だった。

 苅部氏はおびただしい先行研究を参照したり、共産党とこみいった関係に立ち入ったり、小説の舞台のモデル探しや専門の近代日本政治思想史に寄り道したりして、一見、風に運ばれるまま方向を定めずにふわふわ書き進めているように見えるが、第三章あたりから安部公房のSF的な部分に照準を定めていることがしだいにはっきりしてくる。

 SF的な部分とはセンス・オブ・ワンダーであり、矌野のポエジーである。

 ブライアン・オールディスは『十億年の宴』においてSFの源流は18世紀後半に英国で流行したゴシック・ロマンスにあり、世界最初のSFはメアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』だとした。ゴシック・ロマンスは荒れ果てた古城や墓場を舞台とした中世趣味に淫した小説であり、未来社会を主な舞台とするSFとは真逆に見えるが、SFが描きだす異星の荒涼とした原野や遠い未来の廃墟はゴシック・ロマンスの舞台の現代版であり、そうした風景にふれた時に生ずる寂寥感がSFの本質であるセンス・オブ・ワンダーとなったというわけだ。

 もちろんセンス・オブ・ワンダーなどと言ったら、そこで思考が停止してしまい、それ以上作品に近づけなくなってしまう。苅部氏は『燃えつきた地図』を語る時には都市生活の寄る辺なさの周辺をさまよい、『榎本武揚』では日本近代における忠誠心の空洞化の歴史をなぞり、『第四間氷期』では未来予測をめぐる二つの対立した立場をゆきつもどりつしながら、最終的にはしかし「故郷としての荒野」に近づいていく。

 その荒野は安部公房が育った満州の荒野ということになっているが、視点は突然「身体全体の営み」に転移し、矌野のポエジーが前面に躍り出てくる。「故郷としての荒野」は満州という名の異星であってもかまわないのである。

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2012年05月27日

『安部公房文学の研究』 田中裕之 (和泉書院)

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 国語の授業で「それ」は何を意味するかとか、この文節はどこにかかるかといった分析的な読み方を習ったことがあるだろう。曖昧さが身上の日本文学を相手に分析的な読み方が意味があるのか疑問に思っていたが、相手が安部公房だと意外に有効らしい。本書は国語の授業的な読み方を安部公房に対して生真面目に実践しており、大きな成果をあげている。おそらく安部公房が理詰というか粘着質の作家だからだろう。

 本書は日本近代文学研究者である田中裕之氏による安部公房論で、1986年の『砂の女』論から2007年の『終りし道の標べに』論まで20年間にわたって紀要などに発表された論考を集めている。配列は対象とする作品の年代順となっており、三部にわかれる。第一部は最初の長編小説である『終りし道の標べに』論、第二部は1949年の「デンドロカカリヤ」から1952年の「水中都市」まで2年半の間に集中的に書かれた「変形譚」論、第三部は中期を代表する『砂の女』、『他人の顔』、『燃えつきた地図』、『箱男』の失踪者四部作論である。

 第一部「〈真善美社版〉『終りし道の標べに』の位相」では安部公房自身が後に語った「実存主義を観念から体験のレベルに投影したらどうなるかという一つの実験」という自作自解を検証しており、第一章は「第一のノート」におけるハイデガーの影響、第二章は「第二のノート」とリルケの「放蕩息子の物語」、第三章は紙をめぐる思索とニーチェ、キルケゴール、ヤスパースの影響をあつかう。

 一部の先行研究に見られる安部公房は『終りし道の標べに』においてハイデガーを離脱して独自の哲学的思索を切り開いたとか、後期ハイデガーを読みこむ見解をはっきり斥け、「第一のノート」が最初から最後まで『存在と時間』のハイデガーを下敷きにして書かれていることを明らかにした点は重要である。また同作における「故郷」が後期ハイデガーの「故郷」ではなく、リルケ的な「故郷」だという指摘もその通りだろう。「第三のノート」と「追録」を神の問題ととらえ、ニーチェとキルケゴールの影響を読みこんだ部分にも教えられた。

 第一部の論は初期安部公房研究における大きな達成だと思うが、いくつか疑問がないわけではない。著者は安部公房が読んだであろう寺島実仁訳の『存在と時間』ではなく、後年の細谷貞雄訳を引用しているが、安部と同世代でやはり『存在と時間』に魅せられた木田元氏が『闇屋になりそこねた哲学者』などの自伝で語っているように当時の翻訳やハイデガー理解には相当問題があった。研究の進んだ現在の理解をもちこむのはどうだろうか。リルケについては鳥羽耕史氏が『運動体・安部公房』で指摘したように大山定一訳『マルテの手記』というフィルターが介在しており、ワンクッションおいて考えなければならないのではないか。

 第二部「変形譚の世界」は共産党入党前後に集中的に書かれた変身物語を「変形譚」と一括し、リルケ的な「故郷」を脱して共産主義者としての新たな「故郷」へと向かう物語として解読している。これ自体はよくある読み方で面白くもなんともないが、シャミッソーとの経歴の類似を指摘した第七章「安部公房とシャミッソー」、変形譚を比喩との関連で捉え直した第八章「比喩と変形」は興味深かった。

 第三部「中・後期の文学世界」は著者の方法の長所と短所が一番よくあらわれている部分である。

 第九章「『砂の女』論――失踪者誕生の物語」は主人公のラストの選択に共産党除名を読みこむ解釈で新味はないが、ハンミョウに注目した後半部分は面白かった。

 第十章「『燃えつきた地図』における曖昧さの生成」は同作には分析的な読み方では接近できないと考えたのだろうか、著者には珍しくテーマ批評的な描き方を試みているが、慣れないことをして無理をしているないるという印象を受けた。著者の本領はあくまで分析的な読み方にあるだろう。

 第十一章「安部公房のおける不整合」は書下しで周到に原稿を練りあげたはずの『砂の女』と『他人の顔』に多数の不整合というかミスが含まれているという指摘で、こんなにたくさんあったのかと驚いた。

 もちろん「テクストはまちがわない」というテクスト論的な見方もあるわけだし、著者が特にこだわっている時間的不整合についてはミスといっていいのかどうか、あるいはもともとはミスだとしても、そのまま受けとった方がいいのではないかと思わないではないが、うっかりミスと見た方がいいものが多いのも確かである。どこまで意味があるかは置くとしても労作であることは間違いない。

 第十二章と第十三章は『箱男論』である。第十二章「「箱男」という設定から」は『他人の顔』との関係を中心に論じており、『箱男』には『他人の顔』には見られなかった自閉性がくわわったとして引きこもりやストーカーの先駆を見ている。第十三章「その構造について」はもっとも国語の授業的な部分で、各断片の記述者が誰かを徹底して明確にしようとし、結局「『箱男』は、そのすべてがただ一人の記述者の手になる虚構の産物なのである」という結論を引きだしている。

 記述者探しはロブ=グリエの翻訳で知られる平岡篤頼氏の『迷路の小説論』に触発される形ではじまったようだが、この結論はともかく、安部公房とアンチ・ロマンの関係は見直されてよいだろう。

 最後の第十四章「前衛の衰弱」は安部の絶筆となった「さまざまな父」論で、作品として自立することのできなかった作品に対する割り切れない思いを語っている。安部公房が好きでたまらないという気持がよく出ている。

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