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2011年07月25日

『マヤ文字解読辞典』 コウ&ストーン (創元社)
『【図説】マヤ文字事典』 ロンゲーナ (創元社)

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 マイケル・コウの『マヤ文字解読』は解読にあたった第一人者が書いた歴史として臨場感にあふれ、読み物としても第一級だったが、主眼は解読にいたる紆余曲折にあり、マヤ文字そのものについてはあまりふれられてはいなかった。マヤ文字について知りたければ別の本を読めということだろう。

 マヤ文字については十冊近く本が出ているが、日進月歩の分野だけに内容が古くなっているものがすくなくない。中には神秘的な象形文字とみなされていた時代の本まで残っているが、今回は日本語で読める最新の本を二冊紹介しよう。

 まず『マヤ文字解読』のマイケル・コウとコウの弟子でマヤ文字書家のマーク・ヴァン・ストーンによる『マヤ文字解読辞典』(以下、コウ本と呼ぶ)で、2005年に出た第二版の翻訳である。もう一冊はマリア・ロンゲーナによる『【図説】マヤ文字事典』(以下、ロンゲーナ本と呼ぶ)で原著は1998年に出ている。コウについては改めて紹介するまでもないが、ロンゲーナについてはよくわからない。スペイン語圏で活躍しているマヤ学者らしく、スペイン語の著書が何冊かあるが、他の言語に翻訳されているのは本書だけのようである。

 両著ともA5版、黒と朱の二色刷でコウ本は212頁、ロンゲーナ本は182頁。コウ本は図版主体で普通紙刷りだが、ロンゲーナ本はほぼ全頁に写真がはいりアート紙刷りである。ロンゲーナ本の方が活字が一回り小さく横二段組だが、ロンゲーナ本は写真がたくさんはいっているので文字量としては同じくらいかもしれない。

 両著とも最初に導入部があるが、コウ本は「マヤ文字記述の文化的背景」が8頁、「マヤ文字記述の性質」が24頁で、マヤ語の文法やマヤ文字の種類について解説してある。ロンゲーナ本は「マヤ民族を探して」というタイトルのマヤ文明全般に関する紹介が18頁ある。ロンゲーナ本は最後の章が「古代アメリカ文明の表記法」となっていて、マヤ文字だけでなくアステカやインカの表記体系について10頁をさいているが、百科事典レベルで深いものではない。コウ本はある程度マヤ文明について知っている読者向けに書かれているが、ロンゲーナ本はまったくの初心者を想定していると思われる。

 トピックごとに関連する文字を紹介するスタイルは両著とも同じである。以下にトピック立てを引用する。

 まずコウ本。

  • 時と暦
  • 王家の生活と儀式
  • 地名と政体
  • 王家の人々の名前と称号
  • 血縁関係
  • 戦争
  • 書記と芸術家
  • 土器のテキスト
  • 超自然世界
  • 生物と無生物の世界

 次ぎにロンゲーナ本。

  • 宮廷の生活
  • シンボル
  • 神々と宗教
  • 天文学
  • 生活と思想

 トピック名は似ていても、中味はかなり違う。ロンゲーナ本の「宮廷の生活」は代表的な都市と王をあらわす紋章文字の紹介が半分、「王」や「王妃」、「即位」、「斬首」をあらわす文字の紹介が半分という構成で、文字そのものの説明というより文字のあらわす事項の説明になっている。一方、コウ本の「王家の生活と儀式」は紋章文字は「地名と政体」の章にまかせ、「誕生」、「即位」、「放血」、「球技と球技場」などをあらわす文字について突っこんだ解説がある。ロンゲーナ本は文字の音価(読み)はカナ表記で簡単にすませているが、コウ本はアルファベット表記で、数や格の変化や接尾語、接頭語がつく場合の変化にまでふれている。

 両著が決定的に違うのはロンゲーナ本が代表的な表語文字を一つだけ掲載するのに対し、コウ本は異体字や異表記まで載せている点だ。日本語では同じ桜を意味するのでも「桜」、「櫻」、「さくら」、「サクラ」と複数の表記があるが、マヤ文字も同じでさまざまな書き方があるのである(これが欧米の研究者には躓きの石となった)。

 コウ本の巻末には音節文字表(日本語の五十音表にあたるもの)が4頁にわたって載っており、本書中で頻繁に参照することから著者はこの頁をコピーすることを勧めている。

 古典碑文に出てくる範囲だけだが、コウ本のマヤ語の文法解説も興味深い。マヤ語は能格言語(近藤健二『言語類型の起源と系譜』参照)といって古い言語の形態を残しているが、英語を能格にするとどうなるかという例が出ていてなるほどと思った。

 総じて言うとロンゲーナ本がマヤ文字という切口から初心者向けにマヤ文明全般を紹介した本なのに対し、コウ本は初級の知識では飽き足らなくなった読者に対しマヤ文字とマヤ碑文学の基本を手ほどきする本となっている。どの分野でも同じだが、中級レベルの本はすくないのでコウ本のような本はありがたい。

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