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2011年04月28日

『ギリシア・ローマ時代の書物』 ホルスト・ブランク (朝文社)

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 ホメロスの叙事詩が筆記されはじめた頃からローマの公共図書館が荒廃に帰すまでの千年間の書物の歴史を描いた本である。著者のホルスト・ブランクは考古学と文献学を学んだ後、ローマにあるドイツ考古学研究所附属図書館に司書として勤務している人だそうである。

 ギリシア文字とローマ字の起源から書き起こし、古代人の読み書き能力、古代の書写材料と項目がならぶのを見て総花的な本かなと思ったが、読んでみると総花的というより体系的・網羅的な本だった。ドイツ人の几帳面さがいい意味で発揮されていて、現在わかっている限りの知識はすべてここに集められているのではないかという気がしてくる。

 文字の歴史についてはそれなりに月謝を払ってきたつもりだったが、ギリシア数字に先んじてアッティカ方式と呼ばれる数字記法があったとは知らなかった。文字は奥が深い。

 古代の書写材料については無機書写材料と有機書写材料に大きくわけ、無機材料は陶片、漆喰、青銅と鉛の板、錫と銅の巻物、有機材料は木材・布(木簡、蠟引板、樹皮本、布本)、パピルス、羊皮紙を列挙し、それぞれの長所短所と使い方、出土例を解説している。

 古代人の読み書き能力については喜劇に文字が読めることを前提にしたギャグがたくさん出てくることを根拠に前5世紀のギリシアでは読み書き能力は一般化していたと推定している。陶片追放の陶片の筆跡や壺絵のような出土物を中心とする議論が多かっただけに、喜劇に目をつけるとはさすがだ。ローマ帝国でも同様で3世紀頃までは読み書きできるのが普通だったという。そんなのは市民階級だけじゃないかという人がいるかもしれないが、奴隷でも読み書きはできた。なみの市民よりも学識のある学問奴隷までいて、ローマの上流階級は学問奴隷を何人も召しかかえていた。蔵書管理係や写本製作係、朗読係、暗唱係までいた。

 ソクラテスが登場した前5世紀にはギリシア人の交易範囲のすみずみまで本がゆきわたっていたらしい(ソクラテスの弟子のクセノポンはトラキア沿岸で座礁した船の積荷に大量の本が含まれていたことを報告している)。前4世紀になると本の売買に関する記述が格段に増え、珍しい本に大金を積んだという話がよく出て来るそうだ。ギリシア語を記した最古のパピルス断片はこの時代のものである。

 ローマ時代になると著者の活動がかなり詳しく記録されており、売れる著者はすぐに本屋が見つかったが、売れない著者は書写を引き受けてくれる本屋を探すのに苦労したそうだ。本の盗難や略奪(本は重要な戦利品だった)、焚書の話も出てくる。

 後半は図書館の話になる。古代ギリシアには誰でも利用できる図書館はまだなかったようだ。本を集めるのに熱心な僭主は何人も出たが、市民に蔵書を公開することはなかった。プラトンのアカデメイアやアリストテレスのリュケイオンに大量の蔵書があったのは確実だが、学員と弟子しか利用できなかったらしい。

 ヘレニズム時代になるとアレクサンドリアにムセイオンと呼ばれる図書館がプトレマイオス朝の国策として作られるが、ムセイオンの蔵書は一般公開はされていなかった。その代わりセラペイオンという一般公開をする別の図書館が作られていた。ムセイオンが母、セラペイオンは娘の関係とされたが、セラペイオンはムセイオンよりも120年長くつづいたという。

 誰もが利用できる図書館が大々的に作られるのは帝政ローマになってからである。そもそもはカエサルの発案だったが暗殺のために果たせず、カエサルの側近だったガイウス・ポッリオが実現した。カエサルの甥で初代皇帝となったアウグストゥスはギリシア語文庫とラテン語文庫を別々の建物とする大規模な公共図書館をつくり、以後、歴代の皇帝や富豪は人気とりに図書館を寄贈するのが習わしとなった。おもしろいのはトラヤヌス浴場やカラカラ浴場、ディオクレティアヌス浴場のような公共浴場に図書館が併設されたことだ。

 今日の感覚からすると公共浴場に図書館をつくるのは奇異な印象を受けるが、公共浴場がギリシアのギュムナシオン的な教育の場でもあったとしたなら不思議ではないだろう。もっとも時代がくだるにつれて娯楽の比重が高まっていくわけだが。

 公共図書館には学術管理者(図書館長に相当)と事務管理者(事務局長に相当)という役職が設けられた。学術管理者には解放奴隷が任命されることもあったが、事務管理者は騎士身分限定でダキア属州総督の年俸が20万セルティウスの時にトヤラヌス浴場図書館の事務管理者は6万セルティウスだった。

 本の貸出サービスは原則としてなかったので公共浴場のロビーで本を読むことになるが、とすると音読ではなく黙読していた可能性が高い。

 写本の時代であるから本の絶対数は限られていたが、古代の人々は予想以上にゆたかな読書生活を送っていたようである。

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