« 『ルネサンスの活字本―活字、挿絵、装飾についての三講演』 ゴールドシュミット (国文社) | メイン | 『近世ヨーロッパの書籍業―印刷以前・以刷以後』 箕輪成男 (出版ニュース社)
『中世ヨーロッパの書物―修道院出版の九〇〇年』 箕輪成男 (出版ニュース社) »

2011年04月25日

『印刷革命』 アイゼンステイン (みすず書房)

印刷革命 →bookwebで購入

 活版印刷術の登場によってヨーロッパ社会がこうむった根本的な変化を研究した本であるが、「印刷革命」という表題は誤解をまねくかもしれない。本書の執筆のきっかけはマクルーハンの『グーテンベルクの銀河系』(1962)だったという。アイゼンステインは印刷術が人間の経験を解体し認識能力をも変容させてしまったとする『グーテンベルクの銀河系』の主張に衝撃を受け、本当にそのような変化が起ったのか、印刷術の実際的な影響とはどのようなものだったのかを知ろうとセカンド・オピニオンを探したが案に相違して印刷術と社会の変化の関係を調べた本は皆無だった。そこで自分で調べはじめ1979年に『The Printing Press as an Agent of Changes』という浩瀚な研究を上梓した。本書は同書を一般読者向けに要約したものである。

 印刷術はなるほど革命だったが、口承文化から文字文化への移行ではなく(黙読が印刷術によってもたらされたとするマクルーハンの断定は現在では疑問視されている)、筆写という文字文化から印刷というもう一つの文字文化への移行であり、その変化は漸進的なものだったというのが著者の見解のようである。

 これは印刷術の最大の功績は文書の蓄積力にあったとする見方からきているだろう。筆写の時代は文献が後世に残るか残らないかは偶然に左右されるところが多かった。書き写される数がすくなければ本は簡単に失われた。たった一冊の写本でかろうじて伝わった図書もすくなくない。印刷はこの状況を変えた。他愛のない記録でも桁違いの数の複製が作られたために容易に後世に残り、文献がどんどん蓄積されていったのだ。

 書籍の入手ははるかに手軽になった。中世の修道院では本は修道士の献身的な労働によって作られた貴重品であり、書棚に鎖でつながれていた。『薔薇の名前』に描かれているように、写本の時代には一冊の文献を見せてもらうために山奥の修道院まで旅をするのは当たり前のことであり、わざわざ出かけていっても書庫係の一存で見せてもらえないこともあった。見せてもらったとしても必要な箇所は自分でいちいち筆写しなければならなかった。ところが印刷術によって本は格段に身近になり、学生でも本を個人所有することができるようになった。筆写のための奴隷労働は不要になり、多種多様な文献がどんどん蓄積されていった。本には表題と索引がつき(写本の時代はページの区切が一定しなかったので索引は無意味だった)、図書館ではアルファベット順に本がならべられ(修道院の図書館は書庫係の個人的な流儀で分類された)、図書目録をはじめとする書誌学的資料がつくられ文献探しが簡便になった。

 学問の発展、なかんずく自然科学の発展には印刷術は決定的な影響をおよぼした。科学革命の端緒をつくったコペルニクスにしてもさまざまな記録類にアクセスできるようになったことが重要だとアイセンステインは指摘する。

 コペルニクスの誕生する少し前から、図書の生産方式に現実に起こった革命が、天文学者の利用しうる学術書や数学諸表に影響を及ぼし始めていた。たとえば、一四八〇年代にクラクフ大学の学生だった青年コペルニクスにとっては、おそらくプトレマイオスの『アルマゲスト』を一目でも見ることは――たとえ誤記の多い中世ラテン語写本であれ――むずかしかっただろう。しかし彼は亡くなるまでに三種類の刊本を入手している。さらに、一五六〇年になると、コペンハーゲン大学の学生だったティコ・ブラーエは十四歳にしてプトレマイオスの全著作を買うことができ、その中には『アルマゲスト』のギリシア語からの全訳の改訳も含まれていたのである。ほどなくライプツィヒ大学に転じたティコは、まだやはり十代の若さで、当時のコペルニクスの主著に基づき計算されたばかりの『プロシア表』を入手している。一四八〇年代からそれまでの間に天文学に影響を及ぼすような「目新しい観測」は一つもなされてはいない。ただ、過去の観測記録を伝達する方法に大変革が起ったのである。

 コペルニクスの『天体の回転について』が出た時点では天体の推算表は『アルマゲスト』の学説にもとづく「アルフォンソ表」一つしかなかったが、百年後、ガリレイの時代には六系統の推算表が競合し、どの表が正しいか多くの天文学者が各地で一斉に同時観測をおこなっていた。百家争鳴の観を呈したさまざまな書物のうちどれが正しいかは自然という偉大な書物に照らして判定された。古代の学説の権威は失墜した。

 自然科学以外の分野でも古代の権威は揺らぎだした。写本の時代は学問の進歩は失われた叡智の探求という形をとったが、印刷の時代になると多数の文献を相互比較できるようになり、矛盾が目につくようになった。世に知られていなかった古典の出版が進むにつれ古代哲学には想像以上に多くの学派があることがわかった。歴史的な事件にもさまざまな伝承があり、史料が蓄積されればされるほど伝承間の齟齬は際立つようになった。


→bookwebで購入

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://booklog.kinokuniya.co.jp/mt-tb.cgi/4319