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2011年02月27日

『美の歴史』 エーコ&デ・ミケーレ (東洋書院)

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 エーコが美術史家のジローラモ・デ・ミケーレとともに編纂した西洋三千年の美の歴史である。450ページ近い大冊に300点以上の大判のカラー図版がひしめいており、美しい印刷、ゴージャスな装丁、ずしりとした重さと所有欲を満たしてくれる本だ。

 姉妹編の『醜の歴史』も邦訳されているが、第三作となる "The Infinity of Lists"(『無限のカタログ』)も欧米で好評を博している。

 最初に芸術の歴史ではなく美の歴史だと断ってあるように、本書は単なる美術史の本ではない。図版とともに古代ギリシアから現代にいたるさまざまな文章が引用されており、美をめぐる詞華集ともなっているのだ。

 美術史としては特にどうということはないが、哲学や神学や文学、さらには社会史までからめるとなると博識をもって鳴るエーコの独擅場である。

 古代ギリシアにおいて美が自覚的に論じられるようになった時、ピタゴラス派が比例という決定的な理論を提唱する。万物が秩序づけられているのは数学的法則を実現しているからで、美の原因は比例という数学的秩序にあるというわけだ。

 この比例という観念が解体していくことによって美の歴史が展開していくという構図が本書のおおよその骨格となっている。

 宇宙は存在の源からのただ一つの光エネルギー流で作られるとする新プラトン派の思想を受けて偽ディオニシウスが光の神学をあみだす。神は「光」、「炎」、「輝く泉」だとする偽ディオニシウスの思想は中世社会に広まり、輝きが美の原因として認められるようになるが、輝きは質であって比例ではないだろう。そこで輝きを比例に還元しようという試みが何度かくわだてられたが、トマス・アクィナスにいたって輝きは比例とは別の原理とされ、美が存在するには全体性・輝き・比例の三つが必要ということになった。

 ルネサンス期は古代回帰で比例理論がまた力を持つようになったが、後期になると緊張のねじれから美が生まれるという美の観念が生まれ、マニエリスムやバロックにつながっていく。

 18世紀になると理性・規律・計画を重んじる市民階級が勃興して新古典主義が流行するが、新古典主義は比例を復活させるかに見えて、その実、比例の根拠を掘り崩すことになる。新古典主義もまた美は客体の側ではなく主体の側の現象だとする新しい考え方にもとづいていたからだ。

 実際、18世紀には主体の審美能力に係わる「趣味」「天賦の才」「想像力」「感情」が重視されていた。この新しい美学の代表者はヒュームである。『道徳、政治、文学に関するエッセイ』から引こう。

美や醜は、甘さや苦さ以上に事物に内在する性質ではなく、内的であれ外的であれ、感情に全く属していることは明らかであるが、事物の中に、本性によってそのような特別な感情を産み出すのに適したある種の性質が実在することは認めなくてはならない。……中略……もし同一の性質が、持続した構造内にごくわずかな程度しかないために、ある人にははっきりとした喜びや不安をもって感官に作用しないのであればそのような人は精妙さに欠けるとするのである。

 ヒュームの美学を継承し発展させたのはカントである。カントは美的判断とはすべての花でなく、特定の花が美しいと語ることだとした、なぜなら美的判断は原則ではなく感情にもとづくからである。

 この後にロマン主義の渇望の美学が来る。ロマン主義の時代は産業資本主義の勃興期にあたっていたが、産業が社会を変えていくと変化についていけない芸術家たちが芸術至上主義に引きこもり、デカダンスにあこがれるようになる。そしていよいよ20世紀となるわけだ。

 思想史の側面はこれくらいにして、詞華集の面にもどろう。どんな作品が集められているのだろうか。

 『カルミナ・ブラーナ』はオルフの歌曲で有名だが、もともとはベネディクトボイエルン修道院で発見された俗謡集であり、エーコはこんなけしからぬ詩を選んでいる。

私は目的に近づくが、娘はさめざめと泣き、乙女の扉をあけるのをためらいながら、私の炎をさらに掻きたてる。彼女は泣き、私はその甘美な涙をのむ。こうして私はますます酔い、ますます情熱に身を焦がす。

涙に濡れた接吻のいっそう甘美な味に刺激され、心はさらに内なる愛撫へと向かう。情熱に引きずられ、欲望の炎は私の中でますます激しく燃え盛る。そうするうちにコロニスはしゃくりあげながら苦痛を打ち明け、私が頼んでも静まってはくれない。頼みをくりかえし、接吻をくりかえすが、彼女は涙を流しつづけ、私をののしり、私を憎らしげににらんだり、嘆願するように見つめたり、抵抗したり、懇願したり。私は彼女に懇願するが、彼女の愛撫はますます私の願いを無視してくる。

そこで私は大胆になり、力をふるった。彼女は爪を立てて私を引っ掻き、私の髪をひっぱって泣き、全力で私をはねつけ、体を曲げて、恥じらいの扉が開かぬよう、膝を閉じた。

 これはほとんどポルノではないか。

 一方、純愛に殉じた詩人もいる。『バウドリーノ』のアブドゥラのモデルとなったジョフレ・リュデルというトゥルバドゥールである。

わたしを決して見ることのない彼の地のひとを
わたしが愛したとて驚くことはありませぬ
他の恋を喜ぶ心をもたないのですから
この地でそのようなひとに会ったこともなく
他の喜びがわたしを楽しませたこともなく
どのようにしたらよいかわからないのです
ああ、ああ

 時代がくだってロマン主義の時代になると、ナポレオンが自ら書いた小説『クリッソンとユージェニー』の一節が引かれている。

アメリーは美しい身体、美しい瞳、美しい髪、美しい肌色の持ち主で、17歳だった。ユージェニーは彼女より一歳年少で、美しさでも劣っていた。アメリーが人を見つめると、こんな風に言っているようだった。あなたは私に恋をしているんでしょ、でもあなただけじゃないのよ、他にもたくさんいるの、だから私に好かれたかったら、私の機嫌をとらなきゃだめなのよ。私はお世辞が大好きだし、きちんとした人が好きなのよ。ユージェニーは決して男性をじっと見つめたりはしなかった。想像しうる限りもっとも美しい歯を見せるために、優しく微笑むのだった。彼女が手を差し出すときは、おずおずと差し出し、あっというまに引っ込めてしまうのだった。

 文学作品だけでなく哲学や神学の文章も集められているが、ここでは渋いところでヘーゲルの『美学』から引用しよう。

キリストのこの生涯において重大なのは、彼がこの人間としての唯一の存在を捨てたこと、十字架上の苦しみ、霊の長い苦難、死の責苦である。個人としての直接的な存在、外的な、身体的な見かけが否定的なものとしてのまさに拒絶の苦悩において示されるという内容自体にここには暗に含まれているほどである。それは、精神が主観的な独自性と感受性を犠牲にすることによって真実に、天に到達するためであり、この表現の領域を古典的な造型の理想から全く別のものに切離すためなのである。

 視覚的にも好奇心的にももう満腹と思うかもしれないが、まだ『醜の歴史』という姉妹編がある。

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