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2010年09月26日

『ケプラーの憂鬱』 ジョン・バンヴィル (工作舎)

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 現代アイルランドの作家、ジョン・バンヴィルによるケプラーの伝記小説である。バンヴィルは本作の前後に『コペルニクス博士』(白水社、絶版)と『ニュートン書簡』(未訳)という科学者の生涯に取材した小説を書いていて「科学革命三部作」と称している。

 バンヴィルは実験的なポストモダン作家として知られており、解説によると本作にもいろいろな仕掛けがあるということだが、仕掛けに関係なく(仕掛けにもかかわらず)、おもしろい小説である。

 ケストラーの『ヨハネス・ケプラー』では生きるのに不器用な頑固者として描かれていたが、こちらのケプラーは所帯やつれし、悪臭のたちこめる中世の街路を不機嫌に歩きまわる。濃いのである。

 物語は1600年2月、ティコ・ブラーエの亡命先の城館にケプラー一家が到着するところからはじまる。

 ケプラーは貧しい生まれながら大公の慈悲で大学を卒業し、グラーツの修道院付属学校の数学教師におさまる。給料は安かったが天文暦の予言でトルコ軍の侵攻を適中させ(当時の数学者は占星術師をかねていた)、天啓のようなひらめきで書いた『宇宙の神秘』という最初の著書を出版し、持参金つきのバルバラという伴侶もえて息子も生まれた。ところが子供は生後60日で死に、ルター派の信仰に固執したためにグラーツを追放される。妻の父親はケプラーを助けるどころか形だけでもカトリックに改宗しろと口うるさく要求してくる。

 妻のバルバラはもっと口うるさかった。バルバラはケプラーと結婚する以前に二人の夫と死別しており、前夫との間にできたレギーナという娘をつれて嫁いできていたが、彼女の方が収入が多かったのでケプラーは頭が上らない。

 そんな時に届いたのがティコから手伝わないかという誘いの手紙だった。ティコはプラハに亡命中だったので、ティコのもとで働くには勝手のわからぬボヘミアに行かなければならなかったが、妻子をかかえているケプラーにはそんなことを言っている余裕はなかった。

 ティコのもとでもそんなにうまい話はなかった。ティコは慇懃無礼を絵に描いたような男で約束の給料は払ってくれず、ケプラーが信奉するコペルニクスの体系を目の敵にしていた。ティコの城館はティコ一族の他、道化の小人や怪しげなとりまきでごったがえし、いらだったケプラーはしょっちゅう癇癪をおこす。

 ティコの突然の死で思いがけず帝国数学官の職がまわってくるが、ケプラーの鬱々とした日々はその後もつづく。皇帝は給料を値切った上にろくに支払わず、占星術を信じなくなっていたケプラーに占星術の託宣を強要する。帝国数学官の豪勢な衣装で故郷に錦を飾ったものの、母親には鼻であしらわれ弟たちも知らん顔。長兄の出世をよろこんだのは知恵遅れの弟くらいだった。

 ケプラーの生きがいは宇宙の真理の探求と義理の娘のレギーナの成長だけだったが、彼女はさっさと結婚し、バルバラが死ぬと遺産をめぐってケプラーに口汚い手紙をよこすようになる。

 晩年になっても憂鬱は晴れない。ルター派の信仰を守るために職を失ったこともあるというのに、そのルター派から破門されたのだ。おまけに儲かりもしない民間療法をやっていた母親が魔女の嫌疑で裁判沙汰になり、ケプラーは母親を救うために奔走する。最後の大仕事として『ルドルフ表』として長く使われることになる天文表を出版しようとするが、リンツ陥落で印刷途中で焼けてしまい、ウルムでゼロから版を組みなおすことになる。

 身体の不調と不平不満をこぼしながら後世に残る仕事をなしとげ、82歳の天寿をまっとうしたのだから、これはこれで立派な生涯である。近代はこの憂鬱な男によって開かれたのだ。

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