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2010年08月13日

『駆逐艦魂 完全復刻版』 水木しげる (小学館クリエイティブ)

駆逐艦魂 完全復刻版 →bookwebで購入

 小学館クリエイティブの「復刻漫画シリーズ」の一冊で、1961年に曙出版から出た貸本漫画を版型から装丁、広告にいたるまで忠実に復元している。

 カバーはリバーシブルになっていて、表側にはバーコードと小学館クリエイティブの文字がはいるが、裏返すと曙出版版そのままのカバーになる。本文は最初の8ページはカラーで、それ以降は丁ごとに印刷インクの色が変わっている(昔の漫画は確かにそうだった!)。ページの脇には「爆雷が潜水艦の近くに落ちた場合、艦がゆるみ重油がもれる」のように注釈がはいっている。奥付は曙出版版のものの後に小学館クリエイティブのものがある。ハードカバーでないのをいぶかしく思う人がいるかもしれないが、貸本漫画はソフトカバーで無線綴じが多かった。本書のオリジナルもそうである。

 折込の付録として梶井純氏の「深刻さと陽気さが交錯する怨念の地平」という解説と「復刻漫画シリーズ」の広告がはいっている。同シリーズの水木作品には1958年の『怪奇猫娘』、『地獄の水』、1962年の『火星年代記』など単行本8作品と『戦記漫画傑作選 限定BOX』のようなBOX版3作品がある。単行本版はどれも1995円だが、ここまでやってくれてこの値段はリーズナブルだと思う。

 本作は後に「幽霊艦長」(『敗走記』に収録)として改作されているが、曙出版版の143ページに対して改作版は50ページと短くなっている上に、ストーリーも変わっている。改作版は日本海軍最後の勝利となったルンガ沖夜戦をフィクションをまじえて描いているが、曙出版版に描かれる二度の海戦はどちらも負け戦である。水木の戦記漫画は華々しい勝利よりも負け戦を描く時に本領を発揮するが、改作版と曙出版版を読みくらべてもそれは言える。本書ではその曙出版版が読めるのである。

 登場人物も変わっている。改作版は駆逐艦「旋風」で伝令として勤務することになった武田二等水兵が視点人物だが、曙出版版では水木中尉が視点人物だ。水木中尉は海軍兵学校をビリの成績で卒業したので、40トンの掃海艇の艇長に配属され揚子江で機雷処理にあたっていた。南方と同じく内地の三倍の給料をもらっているが、艦隊勤務で華々しく活躍している同期生に引け目を感じている。「しかしあまりパッとしない海軍もあった」というわけだ。

 このパッとしない水木中尉にチャンスが訪れる。ラバウルを泊地とする第27駆逐艦隊の「旋風」の機関長に抜擢されたのだ。

 通常は大尉がなる機関長に中尉の水木を抜擢したのは第二水雷戦隊司令の塚原大佐だった(改作版では宮本艦長。塚原、宮本は塚原卜伝、宮本武蔵からとったものだろう)。塚原司令は白髪茫々の異相の老人で、水木の父に世話になったので恩返しに機関長にしたと明かす。

 改作版ではルンガ沖夜戦の勝利とその後の第二次輸送作戦を描くが、曙出版版ではまずウェワク島へ向かう輸送船団護衛のエピソードがある。僚艦が次々と撃沈され、ただ一隻生き残るという現実の海戦を水木ははじめて体験する。

 クライマックスは架空のベラベラ島沖夜戦であるが、ルンガ沖夜戦のような日本の圧勝ではなく日本艦隊はアメリカ艦隊と魚雷艇に全滅させられる。海に放りだされた日本兵には情け容赦なく機銃掃射がくわえられ、最後は塚原司令が魚雷にまたがって敵艦に体当たりするという壮烈な結末である。

 絵は荒っぽいが本来のカット割なので海戦のダイナミックな展開に圧倒される。改作版はなまじ史実に近づけたために艦長が人間魚雷になるという終わり方に異和感があったが、こちらの展開なら納得できる。

 水木は「幽霊艦長」として改作しただけでなく、ルンガ沖夜戦を史実通りにたどった「田中頼三」(『白い旗』に収録)も描いている。ここまでこだわるのは一時田中の部下だった兄宗平氏から田中の活躍を聞いていたこともあるだろうが、それだけではなく日本海軍がバカにしていた輸送船の護衛という地味な、しかし実は一番重要な任務に田中が全力でとりくんだことが大きいだろう。水木は日本軍の兵站軽視を「決戦レイテ湾」(『ああ太平洋』下に収録)でも批判しているが、艦隊決戦至上主義という海軍の幼稚な戦争観のためにどれだけ多くの日本兵が溺死しジャングルで餓死にしたかわからない。

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