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2010年08月22日

『悪魔くん』/『悪魔くん千年王国』 水木しげる (ちくま文庫)

悪魔くん
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悪魔くん 千年王国
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 悪魔くんは貸本漫画時代の1963年に誕生したキャラクターである。悪魔くんの物語も何度も描き直されているが、ちくま文庫には「少年マガジン」版の『悪魔くん』と「少年ジャンプ版」の『悪魔くん千年王国』がはいっている。発表順としては『悪魔くん』の方が早いが、その前に貸本時代の東考社版『悪魔くん』(何度も復刻されているが、現在入手可能なのは小学館から3分冊で出た普及版)があり、『悪魔くん千年王国』は東考社版の改作なので最初の構想に沿っているというややこしい関係になっている。

 鬼太郎と河童の三平が巻きこまれ型のキャラクターなのに対し、悪魔くんは自分から世直しをしようと動きだす行動型のキャラクターである。悪魔の力を借りてでもユートピアを実現しようというのは一種の暴力革命論であるが、自伝によると貧乏がつづいていたところに大蔵省から自宅の立ち退きを迫られ、社会の仕組に対する怒りからメシア的主人公を思いついたという。

 最初の東考社版は5巻の構想で書きはじめられたがまったく売れず、3巻で打ちきりになった。スフィンクスが悪魔くんと対決するために日本に向かいはじめたこれからという時に悪魔くんは警官隊に射殺されてあっけなく死んでしまう。7年後に復活という予言を最後につけくわえたのはいつかは当初の構想通り物語を完結させたいという作家の意地だろう。

 復活の機会は予言より早く来た。1965年に水木はメジャー・デビューするが、翌年には「週刊少年マガジン」と「別冊少年マガジン」に『悪魔くん』の改作版を短期連載している。主人公が寄目の瓢箪顔で茫洋とした松下一郎から、りりしく賢そうな山田真吾に変わり、物語の重点を世直しから妖怪退治に移した子供向けバージョンだったが、これがテレビで実写映画化され水木人気に火がついた。

 ちくま文庫の『悪魔くん』は山田真吾を主人公とする「少年マガジン」版だが、人気を博したもののユートピアの実現という壮大な目標は途中でどこかへいってしまう。1970年、水木は当初の構想通りの『悪魔くん復活 千年王国』の連載を「週刊少年ジャンプ」(集英社)ではじめる。東考社版の途絶から6年後、悪魔くんはようやく真の復活をとげることになったのだ。これを文庫化したのが『悪魔くん千年王国』である。

 『悪魔くん』の意義は西洋文明の裏で脈々とつづいていたオカルト世界を子供にまで一挙に広めたことだろう。1960年には澁澤龍彥が『黒魔術の手帖』のもとになる連載を「月刊宝石」ではじめていたし、1961年には平凡社世界教養全集からセリグマンの『魔法』の抄訳が出たが、ごく少数の好事家が興味をもっただけで一般にはほとんど知られていなかった。ところが『悪魔くん』で魔法陣やエロイムエッサイムという西洋の呪文が知れわたった。1970年代にはいってオカルトブームが起こるが、ブームを支えたのは子供の頃『悪魔くん』に夢中になった世代である(わたしもその一人だった)。

 「少年マガジン」版『悪魔くん』は第1話「悪魔くん登場」は東考社版を踏襲するが、第2話「悪魔メフィスト」以降の五つののエピソードはテレビ放映にあわせて書かれたもので、善玉悪玉とりまぜておどろおどろしい妖怪が次々と出てくる。全身に目がある百目の異様な姿は今でもまざまざと憶えている。細密描写と偏執狂的な点描の迫力に圧倒されたが、後につげ義春と池上遼一がアシスタントとして参加していたと知りなるほどと思ったものである(NHK『ゲゲゲの女房』には小峰と倉田という名前で登場)。

 妖怪と対決するアクションものになっているが、メフィストがぐうたらな怠け者だったりと水木漫画のコミカルな味は一貫している。

 『悪魔くん千年王国』はプロダクションの分業体制で凝ったことがいくらでもできるようになってから東考社版を改作したものだが、十二使徒はそろうものの結末は東考社版とそれほど変わらない。悪魔くんが社会をどうひっくり返すのか期待していたのだが、千年王国は未発で終わるということだろうか。

 第六使徒の家獣と『ハウルの動く城』についてひと言。家獣は迷宮構造の城塞のように登場したが、正体は生き物で悪魔くんが呼びかけると二本脚で立ちあがって歩きだす。二本脚で歩く城というと誰しも『ハウルの動く城』を思いうかべるだろう。宮崎駿の『ハウルの動く城』はダイアナ・ウィン・ジョーンズの『魔法使いハウルと火の悪魔』を原作とするが、ジョーンズの moving castle とは黒煙と炎を噴きだしながら空中を移動する魔術的機械であり、邦訳の裏表紙にはラピュタを黒くしたような宙に浮かぶ城の絵が描かれている。シリーズ名もアニメ化の前は「空中の城」となっていた。二本脚で歩く城はアニメ版ではじめて登場するのである。ハウルの歩く城は家獣がヒントになっていた可能性が高いと思う。

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2010年08月21日

『河童の三平』 水木しげる (ちくま文庫)

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 河童の三平も紙芝居時代にさかのぼるキャラクターで、貸本版は1961年から翌年にかけて兎月書房から8冊出ている。メジャーになってからは「月刊ぼくら」(講談社)に「カッパの三平」として1966年1月号から7月号まで最初の部分が改作され、1968年7月には「週刊少年サンデー」(小学館)で連載がはじまった。「少年サンデー」版も基本的は貸本版を踏襲するが、新たなエピソードが追加されている。

 『河童の三平』は漫画でしか描けない世界を描いた傑作で、水木作品が百年先に残るとしたら鬼太郎でも悪魔くんでもなく、これではないかと思う。しかし子供には人気がなかったらしく、あまり本が出ていない。9月に小学館クリエイティブから貸本版の完全復刻版が限定BOXで出るようだが、現時点で入手可能なのはこのちくま文庫版しかない。困ったことに本書は〈全〉とうたっているものの「ふしぎな甕」、「木神さま」、「幽霊の手」、「夢のハム工場」の4話が未収録で、収録作品にも省略部分がある。ページ数の関係だろうが、一冊で出すには無理があったのだ。

 第一話「死神」は山奥の村で祖父に育てられている三平が小学校に入学するところからはじまる。父は大学を出たのにぐうたらで行方知れず、母は三平を大学にやるために東京のパチンコ屋に働きにいっている。三平は学校で河童に似ているとからかわれるが、舟で寝ていたところ、本物の河童に同類と勘違いされ河童の世界に連れていかれてしまう。

 河童の世界に迷いこんだ人間は殺される決まりだったが、顔が河童そっくりなことから特例と認められ(後に河童の血を引いていることがわかる)、人間の世界に留学する長老の息子のかん平の面倒を見るという条件で帰るのを許される。

 人間の世界にもどってみると死神が祖父を迎えに来ていて、ここから死神と三平の腐れ縁がはじまる。三平の努力もむなしく祖父は死神に連れ去られるが、死を悟った祖父が三平を思いやる言葉は惻々と胸に迫ってくる。

 祖父を失った後、三平は森の中に隠棲していた父と再会するが、父は三人の小人を三平に託すと死神に連れ去られてしまう。父は滅亡に瀕した小人を生涯をかけて研究していたが、小人を守るためにあえて発表せず、世に隠れて生きることを選んだのだった。

 三平は祖父も父も失うが、河童のかん平やライバルの義理がたいタヌキ、父の残した三人の小人、そしてしつこくつきまとう小狡い死神がいるので日常はにぎやかだ。

 第二話「空中水泳」では屁を推進力にした河童式泳法で国体に出場し、一冊の長編の分量のある第三話「ストトントノス七つの秘宝」では『指輪物語』ばりの大冒険をくりひろげて、ついに河童大王となる。第四話「屁道」では屁道の二代目に抜擢されるが、最後の「猫の町」では一転して病身の母をかかえて無一文で東京の裏町をさまよい歩き、子供向けの漫画にはありえない方向に転がっていく。うら寂しい結末は記憶に深く残る。

 日本ではついこの間まで死は身近なものだった。死んでも無になるのではなく、思いは残るとみんな信じていた。死は人を自暴自棄にするのではなく、残った朋輩を思いやることにつながった。それが老荘とも仏教とも違う日本の風土に根ざした死生観だった。日本人とはなにかを思いだすためにも、本書は広く読まれてほしい。

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2010年08月20日

『鬼太郎夜話』 水木しげる (ちくま文庫)

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 水木しげるは鬼太郎、河童の三平、悪魔くんという三大キャラクターを生みだしたが、筆頭は鬼太郎だろう。紙芝居時代にさかのぼる最古のキャラクターである上に現在にいたるまで描きつがれ、アニメ・シリーズも1968年版をはじめとして5度にわたって製作され、2008年には貸本時代の鬼太郎が『墓場鬼太郎』としてアニメ化されている。最初のアニメ化で「墓場」という言葉が嫌われ、「ゲゲゲの鬼太郎」に改題したことを考えると感慨深いものがある。

 鬼太郎は長く描きつがれただけに成り立ちが入り組んでいて、他の作品からとりこんだり、同じエピソードが何度も改作されたりしている。本書は長井勝一(『ゲゲゲの女房』の深沢のモデル)の「ガロ」(青林堂)に1967年6月号から1969年4月号まで連載された『鬼太郎夜話』の文庫化だが、これにはオリジナルがある。同じ長井がやっていた三洋社から1960年から翌61年にかけて出た同題のシリーズである(こちらは角川文庫の『貸本まんが復刻版 墓場鬼太郎』の第2巻第3巻として収録)。

 内容ともかかわるので、ここで鬼太郎シリーズの成立事情をふりかえっておきたい。

 鬼太郎は紙芝居作家だった時代、戦前の人気作だった「ハカバキタロー」の題名にヒントをえて描きはじめたシリーズだった。貸本漫画に移ってから1959年に兎月書房(『ゲゲゲの女房』の富田書房のモデル)の貸本誌「妖奇伝」に鬼太郎の登場する「幽霊一家」(角川文庫貸本まんが復刻版『墓場鬼太郎』第1巻に収録)を描き、読者の反響があったことから『墓場鬼太郎』としてシリーズ化された。ところが3巻まで書いたところで原稿料不払いがつづいたために兎月書房と絶縁、長井の三洋社に移って『鬼太郎夜話』シリーズとして書きついだ。4巻までは出版されたが、長井の入院で三洋社が倒産、その混乱の中で5巻目の原稿は失われてしまった。

 ややこしいのは水木が去った後の兎月書房が別の作家に鬼太郎シリーズの続篇を勝手に書かせていたことである。その作家は水木と面識があったので、続編を引き受けるにあたり、水木に1作だけだからと断りをいれたということだが、結果的に16作もつづいたという。

 別の作家の書いた鬼太郎シリーズと平行して書かれたのが本書の原型の三洋社版『鬼太郎夜話』なのである。中盤から「にせ鬼太郎」が登場するのはこうした事情と無関係ではあるまい。

 水木は1965年に「週刊少年マガジン」(講談社)に作品を発表するようになると鬼太郎を子供向きに描きなおして何本か発表するが(「少年マガジン」版はさまざまなところから出ているが、現在入手可能なものでは中公文庫コミック版が完備している)、当初はあまり人気がなかった。しかし『悪魔くん』のテレビ化で水木人気に火がつくと「少年マガジン」に鬼太郎が連載されるようになり、それが1968年の最初のアニメ化につながる。1967年から69年は鬼太郎が国民的キャラクターとして認知されていく時期なのである。

 水木はまさにこの時期に貸本時代の『鬼太郎夜話』を古巣の「ガロ」に描き直している。「少年マガジン」版の鬼太郎はどんどん正義のヒーロー化していったが、ここには煙草も吸えばスリの手伝いもする原点の鬼太郎がいる。多忙な時期にろくに原稿料の出ない「ガロ」に敢えて貸本版鬼太郎を復活させたのは水木の作家意識のあらわれだろう。

 吸血木にとり憑かれる歌手がトランク永井から三島由美夫に変わっていたり、浅沼ネタの省略があるなど細部が変わっているが、大筋は三洋社版と同じである。絵が精密化し完成度が高くなっているものの、荒々しいパワーは薄まっているが、つげ義春がアシスタントをしていた頃なので「寝子さんのようなきれいな子はつげ義春ぐらいの男前じゃなくちゃ」という楽屋落ちがあったりする(つげ義春のタッチを髣髴とさせるコマがあったりする)。三洋社版が角川文庫で入手しやすくなったとはいえ、「ガロ」の雰囲気が濃厚で、これはこれで独自の価値があると思う。

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2010年08月19日

『水木しげる 怪奇 貸本名作選―不死鳥を飼う男・猫又』 水木しげる (ホーム社漫画文庫)

水木しげる 怪奇 貸本名作選―不死鳥を飼う男・猫又 →bookwebで購入

 「恐怖」編につづく京極夏彦氏が選んだ貸本名作選の二冊目で12編をおさめるが、どれも文句なしの傑作ぞろいだ。

「不死鳥を飼う男」

 1963年に貸本誌「黒のマガジン」(東考社)第5号に掲載。

 森の中のあばら家に住む貧乏な漫画家夫婦のところに鳥かごらしき包みをかかえた老人が下宿してくる。老人は羽振りがいいらしく、言い値の家賃を半年分先払いするが、布でくるんだ鳥かごは絶対に覗かないようにと厳命する。

 仕事場に使っていた部屋を老人に明け渡したので漫画家は近くの神社の社殿に勝手に机を持ちこみ漫画を描くが、老人の鳥かごの中身が気になって仕方がない。老人の留守中、ついに覗いてしまうと……

 老人と神主の語る神社理論が妙に説得力がある。この作品の発表後2年足らずで水木家には福の神が住みついたから、ひょっとすると……

「庭に住む妖怪」

 1961年に貸本短編集『スリラー』(秀文社)に掲載。

 鬼太郎に似た風貌のガン太郎ものの一編で、金持ちにする代わりに娘が18歳になったら結婚させろと要求する狐の妖怪を退治する話。ヒロインの娘が妖怪じみた顔をしている。水木しげるは萌えキャラが不得意のようだ

「サイボーグ」

 1960年に貸本誌「恐怖マガジン」(エンゼル文庫)第2号に掲載。同号には「髪」(「恐怖」編に収録)が東眞一郎名義で併載されている。

 ノーベル賞一ダース分の名誉がえられると吹きこまれて宇宙探検のためにサイボーグ化を志願する男の話。一応SFものだが、水木しげるだからどんどん怪談化していく……

 貸本時代中期以降の作品には成功の暗黒面を描いた風刺的な作品が増えるが、これはその端緒となった作品の一つである。

「太郎稲荷」

 1964年に貸本誌「忍法秘話」(加藤書店)第12号に掲載。

 コミカルな時代ものの一編。ツッコミ役はだるま家の番頭、ボケ役の三平は丁稚でねずみ男がくわわる。三平はナショナル屋の松下幸之助のような日本一の金持ちになりたいと願いねずみ男の勧めで太郎稲荷に祈ったところ、ちょうど三越屋の当主がなくなり、彼に憑いていた太郎稲荷が三平に憑いてくれる。三平は見違えるような働き者になり、だるま家の養子にむかえられる。金持ちになったのに太郎稲荷は働け働けと三平をせっつき、三平はちっとも生活を楽しむことができない。そしてついに……

 本作発表の一年後、水木は妖怪おいそがしにとり憑かれるが、それを予感させるような一編である。

「空のサイフ」

 1965年に貸本誌「忍法秘話」(青林堂)第18号に掲載。

 コミカルな時代ものの一編。貧乏神の住みついていたサイフをめぐる奇譚で、これも妙に説得力がある。本作を発表した直後、水木家から貧乏神が去っていくが、なにか会得することがあったのだろうか。

「ろくでなし」

 1965年に貸本誌「忍法秘話」(青林堂)第19号に掲載。

 コミカルな時代ものの一編だがボケ役は登場せず、東考社の桜井昌一氏(『ゲゲゲの女房』の戌井さんのモデル)に似たツッコミ役とねずみ男だけが登場。ツッコミ役は「河童膏」という薬をつくる店に雇われ原料の河童の皿とりをしているが、さっぱり見つけることができない。河童を探して川にはいり溺れかけたところを親切な河童に救われ、川の底の家で歓待されるが、そこへ河童の皿とりの名人があらわれ……

 これも成功の暗黒面を描いた話で、非情になれない主人公はねずみ男から「天使病」と診断される。主人公にはどうしても戌井さんの面影を見てしまう。

「ねずみ町三番地」

 1961年に貸本誌「面」(カナリヤ文庫)第2号に掲載。

 安部公房の『砂の女』と似た構造の話なので驚いた。『砂の女』をヒントにしたのかと思ったら、発表はこちらの方が一年早い。安部公房が貸本屋にいっていたとは思えないが、共通のソースがあったのだろうか。あるいは偶然の一致か。

「水晶球の世界」

 1963年に貸本誌「黒のマガジン」(東考社)第2号に掲載。

 はくせい屋の主人が秘蔵する水晶球をめぐる奇譚。殺人に発展するのかと思ったが、さりげなく終わってしまうところが逆に不気味だ。

「ハト」

 1965年に貸本誌「忍法秘話」(青林堂)第14号に掲載。

 コミカルな時代ものの一編。ツッコミ役は金貸し、ボケ役の三太はその息子だ。金貸しはぐうたらな三太をどうにかしたいとねずみ男に相談したところ、ハトを飼わせろと勧められる。三太にハトの世話をさせたところ、急に模範的な子供になって親孝行をはじめたのはいいが、妙に道徳的になって金貸しはいけないなどと言いだし……。

 成功の暗黒面を描いた作品にはいるだろうが、ぐうたらの勧めというべき飄々とした結末がいい。

「猫又」

 1961年に貸本誌「別冊ハイスピード」(三洋社)に掲載。

 主人公の学生は金持ちの息子に誘われ、金になる鉄屑がたくさんあるという戦時中軍の要塞のあった島に出かける。対岸の漁村ではあの島は猫又の祟りがあるといわれていて誰も船を出してくれない。二人はタライ舟を借りて島にわたるが……

 人面瘡ならぬ猫面瘡の話で、これは怖い。

「群衆の中に」

 1964年に貸本誌「劇画No.1」(東考社)第1号に掲載。

 貸本漫画家の長井は同業の花森と久しぶりに会って酒をともにする。花森の漫画が最近低調なので理由を聞くと、花森は妻は人間ではなく妖怪の一族だなどと妄想じみた話をする。長井は聞きながすが、実は……

 大都会も皮を一枚めくると妖怪の住む異界という現代の怪談である。

「太郎岩」

 1963年に 貸本誌「劇画マガジン」(佐藤プロ)第3号に掲載。

 ダイビングで海底に沈んだ神社から真珠の首飾をもってきたばかりに妖怪少女にとり憑かれる女の話。美少女だったらもっと怖かったと思うが、水木しげるにはやはり美少女は描けないようだ。

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2010年08月18日

『水木しげる 恐怖 貸本名作選―墓をほる男・手袋の怪』 水木しげる (ホーム社漫画文庫)

水木しげる 恐怖 貸本名作選―墓をほる男・手袋の怪 →bookwebで購入

 熱烈な水木しげるファンで知られる京極夏彦氏が選んだ貸本時代の名作選である。「恐怖」編、「怪奇」編の二分冊にわかれ、「恐怖」編は10作品をおさめる。どちらか一冊ということなら、「怪奇」編の方を勧める。

 京極氏の解説は貸本漫画のシステムを解説しており、いろいろ教えられた。『ゲゲゲの女房』のファンならなるほどと思うことがあるだろう。

「墓をほる男」

 1962年に曙出版から単行本として出版された。

 世界的に知られる詩人三島ユキ夫がフランスのジャン・コクトオに髑髏を土産にと頼まれ、深夜にこっそり墓を掘りかえし三つの髑髏を手にいれる。翌日、別の土産を買いにデパートにいくが、存在するはずのない四階に迷いこみ……

 主人公の三島ユキ夫は三島由紀夫をデフォルメした顔だちで(三島由紀夫はまだ存命)、すくない線でよく特徴をとらえているが、彼を異空間に誘いこむデパートガールは「きいちの塗絵」を福笑いにしたような変な顔である。水木はあれだけ絵がうまいのに、なぜか美少女だけは不得意のようだ。

 そのまま「世にも奇妙な物語」に使えそうなストーリーだが、作品としてはどうだろうか。すくなくとも巻頭にもってくるほどの出来とは思えないのだが。

「髪」

 1961年に貸本誌「恐怖マガジン」(エンゼル文庫)第2号に東眞一郎名義で掲載。同号にはメインディッシュにあたる「サイボーグ」(「怪奇」編に収録)というSF怪談を水木しげる名義で発表している。こちらはどちらかというとデザート的な作品である。

 杉浦は高校時代から若禿に苦しみ、卒業後うっぷんを晴らすために他人の髪を切る理髪師になる。ある日、1日10cmも髪が伸びるという男が店にあらわれ、杉浦は男の毛根を自分の頭皮に移植すれば若禿の悩みを解消できると思いつき……

 傑作。水木しげるならではのとぼけた味で笑わせておいて最後は恐怖で締める。まさに名人芸だ。

「永仁の壺」

 1960年に貸本誌「恐怖マガジン」(エンゼル文庫)第1号に掲載。

 河童の卵のはいった壺を見つけたばかりに大騒動に巻きこまれる言語学専攻の学生二人組の話で、前年に起きた加藤唐九郎の永仁の壺事件がヒントになったのだろうが、怪しげな国宝候補という点以外に事件との共通点はない。

 「神様」の語源は「髪様」ではないかという人を食った仮説がはじまりだが、絵は最初から妖気を漂わせ一気に水木ワールドになだれこむ。細密画タッチの画風は一人で描いていた頃から一貫していたことがわかる。

「手袋の怪」

 1964年に貸本誌「劇画No.1」(東考社)第2号に掲載。

 怪奇作家の五味は怪奇評論社の社長の提供してくれた家に無料で住みはじめるが、宙に浮く手袋があらわれ原稿を書こうとする五味にあれこれ指図して幽霊肯定論を書かせる。原稿を受けとった社長は家のいわれを明かす……。

 五味康祐をモデルにしたと思われる狷介な作家が手袋の言いなりになるのが笑える。滑稽味と恐怖のあわせ技は水木の独擅場だ。

「鉛」

 1963年に貸本誌「黒のマガジン」(東考社)第4号に掲載。

 主人公の学生は子供のいない伯父の家に遊びにいき、酔いにまかせて夫の耳の中に融けた鉛を注ぎこんで殺した女の話をする。数日後、胸騒ぎがして伯父を訪ねると伯母が突然死したと聞かされる。伯父は急速に衰弱して死んでしまい主人公が財産を相続する。伯父の家に移った主人公は中に鉛の玉のはいった髑髏を発見し……。

 死相がだんだんあらわれてくる主人公の顔が怖い。

「陸ピラニア」

 1965年に貸本誌「忍法秘話」(青林堂)第16号に掲載。

 「忍法秘話」は白土三平の忍者ものがメインディッシュで水木はデザート的なコミカルな時代ものを提供した。登場するキャラクターは二人で漫才のボケとツッコミのようなかけあいをする。ボケ役は三太とも三平とも呼ばれる鬼太郎・ガン太郎系のキャラクター、ツッコミ役は水木作品でおなじみの「メガネをかけた出っ歯のサラリーマン」の時代ものバージョン(モデルが同じなので『ゲゲゲの女房』の戌井さんにそっくりだ)。ここには出てこないが、ねずみ男がくわわることが多い。

 本作の二人は百姓役で、顔のイボかと思ったら人間を食うりくピラニアという凶暴な生物にとりつかれていて、二人は陸ピラニアのドレイにされる。ひょうひょうとした味わいは絶品。

「半幽霊」

 1961年に貸本誌「面」(カナリヤ文庫)第1号に掲載。

 主人公の水木は漫画家になろうと上京して出版社に原稿をもちこむが一蹴され、代わりに死森という人気怪奇作家の助手にならないかと誘われる。人里はなれた幽霊屋敷のような死森家に住みこんで助手になるが、死森は締め切りが迫っているのに散歩にばかり出て原稿を書こうとしない。散歩にはついてくるなと厳命されていたが、水木はこっそり死森の後を追い……

「安い家」

 1963年に貸本誌「黒のマガジン」(東考社)第3号に掲載。

 権利金は高いが家賃は相場の1/10という格安の貸家のカラクリとは……

 恐怖ものというよりは怪奇ものだが、これは怖い。

「怪忍」

 1964年に貸本誌「忍法秘話」(青林堂)第10号に掲載。

 トペという抜忍を追って隠家にはいった主人公が出会った怪異とは……

 怪異の内容が複雑すぎてあまり怖くない。

「草」

 1963年に貸本短編集「砂の巨人」(東考社)に掲載。

 朝寝坊つづきで会社を馘になった主人公がやはり馘になった川田とともにヤワタママノオロチの宝を探しに山陰にいく。川をさかのぼってそれらしい島を見つけて野営するが、宝を守るために草が二人に襲いかかる……

 草の細密描写がすごい。一人でよくここまで描きこんだものだ。

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2010年08月17日

『大空戦―水木しげる戦記選集』 水木しげる (宙出版)

大空戦―水木しげる戦記選集 →bookwebで購入

 貸本時代の航空戦漫画7編とメジャーになってからの1編をおさめた戦記漫画短編集である。巻末に戦記ものの発表の舞台となった貸本誌「少年戦記」について聞いたインタビューを載せる。

「ごきぶり」

 「サンデー毎日」(毎日新聞社)1970年2月6日増刊号「これが劇画だ」に掲載。『敗走記』収録のものと同じである。パイロットが主人公なので本巻にはいったのだろう。

「撃墜」

 1959年に貸本誌「陸海空」(兎月書房)第1号に掲載。

 扉に「『坂井三郎空戦記録』の一部」とうたってあるように、開戦第一目のマレー攻撃における坂井三郎の活躍を描いた短編。リアルなタッチのコマと漫画的に簡略化されたタッチのコマが混在している。水木はこの作品のために坂井に取材し解説も書いているよし。

「絶望の大空」

 1959年に貸本誌「陸海空」(兎月書房)第3号に掲載。

 坂井三郎がガタルカナル上空で被弾し、片目の視力を失いながら奇跡的に帰還したエピソードを45頁にまとめたもの。本書で一番読みごたえがある傑作。

 あとがきがついていて、別のテーマで書く予定だったが撃墜王特集に坂井三郎がないのはおかしいので編集部の要望で急遽書くことになったとある。

「ブーゲンビル上空に涙あり」

 1964年に貸本誌「日の丸戦記」(日の丸文庫)第4号に掲載。『白い旗』所収の同題の作品のオリジナル版である。

 水木は1959年にも山本五十六遭難をアメリカ側の視点から描いた「山本を落とせ!」(本巻に収録)という24頁の短編を発表しているが、これは日本側の視点もとりいれて42頁に描き直したもの。前半は日本側、後半はアメリカ側と視点が交代し、奥行が生まれている。

 山本五十六遭難は「山本を落せ!」(1959)、「ブーゲンビル上空に涙あり」オリジナル版(1964)、同改作版(1970)と3回描いているが、この1964年版が一番いい。

「山本を落せ!」

 1959年10月に貸本誌「世界戦記」(セントラル出版社)第2号に掲載。上掲の「ブーゲンビル上空に涙あり」の項を参照。

「零戦とグラマンの血闘」

 1959年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第2号に関谷すすむ名義で掲載。

 撃墜された零戦のパイロットが三八式歩兵銃一丁で戦車を破壊し、魚雷艇に救助されてからは空母を轟沈させるという大活躍をみせる。

「壯烈台風爆弾」

 1959年に兎月書房から単行本として出版される。

 扉に「製作助手 阿部一夫 米替富子 原作 水木しげる」とあるが、登場する二人の娘が他の絵柄とはまったく違う当時の少女漫画の顔であることからすると、娘を担当したのは米替氏だったのかもしれない(ということは米替氏が『ゲゲゲの女房』で南明奈が演じた河合はるこのモデルか?)。

 真珠湾攻撃やミッドウェー海戦にも参加した空母鳳翔の活躍を描いた98頁の中編。鳳翔ははじめから空母として建造された世界最初の空母だったが、大正11年就役という老朽艦だったので艦隊の最後尾についていくのがやっとで、そのためにミッドウェーでは損傷を受けずにすんだ。

 史実ではその後訓練用空母になり無傷のまま敗戦をむかえたが、本作では第一次ソロモン海戦で囮になって日本軍を勝利に導き、さらにアメリカ軍に奪われた新兵器「台風爆弾」(なんと原爆!)をとりもどすために出動する。クライマックスでは空母サラトガと一騎討ちの戦いになるが、かなり無茶な展開である。

「零戦総攻撃」

 1961年に曙出版から武取いさむ名義で出版される。

 アメリカの撃墜王ブラックの挑戦に日本の撃墜王村上が応えて一騎討ちの空中戦をおこなうが、ブラックの正体は実は……という話。この作品も応対に困る。

 B29がひしめく敵飛行場上空で「タコ爆弾」を爆発させ炎上させるというエピソードが出てくるが、綿引勝美氏の解説によると「タコ爆弾」は黄燐を飛びちらせるクラスター爆弾の一種で実戦で使われたそうである(戦果はめったにあがらなかったらしいが)。

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2010年08月16日

『鬼軍曹―水木しげる戦記選集』 水木しげる (宙出版)

鬼軍曹―水木しげる戦記選集 →bookwebで購入

 貸本時代の作品11編とメジャーになってからの作品2編をおさめる戦記漫画短編集である。

 タイトルの「鬼軍曹」とは貸本誌「少年戦記」の編集をまかされていた時代に作った陽気なキャラクターで、ぐうたらぞろいの部下を救うために獅子奮迅の働きを見せる。

 水木は「少年戦記」に毎号メインディッシュとなる「水木戦記シリーズ」を書いたが、ほかに解説記事や軍艦の図面、イラストなど、1号あたり6~12本の作品を提供していた。「鬼軍曹」シリーズはデザートといったところか。「水木戦記シリーズ」以外は別名義か無署名だったが、「鬼軍曹」シリーズは関谷すすむ名義をもちい、絵柄は素朴で単純、いかにも当時の漫画という感じだ。

 「鬼軍曹」シリーズは「少年戦記」に5本発表されるが、兎月書房と喧嘩別れした後、「戦記日本」第2号に最後の作品となる「硫黄島の白い旗」を水木名義で書いている。同作はなぜか『ああ玉砕』の方にはいっているが、こちらに収録した方がよかったと思う。

 本書で特筆したいのは水木と兄の宗平氏との対談が載っていることだ。宗平氏は海軍大尉で敗戦をむかえたが、ニューギニア時代に撃墜したアメリカ軍パイロットの処刑にかかわったことでB級戦犯になるが、パイロットとは片言の英語でお喋りした仲だったので処刑命令を受けた時はつらかったそうだ。

「鬼軍曹~それは何だったのか~」

 「ビッグコミック」(小学館)1995年8月増刊号「終戦五十周年記念特集」に掲載。

 自伝系の話で、鬼という姓の軍曹が出てくる以外、貸本時代の「鬼軍曹」シリーズとは共通点がない。貸本時代の鬼軍曹は豪胆なスーパー軍曹だったが、こちらの軍曹は出世に汲々とするせこい中間管理職で、なまじ勇ましいことを言ったためにひっこみがつかなくなり、みじめな最期をとげてしまう。顔もまったく違うしモデルということはないだろう。なぜこの作品が巻頭に来ているのかわからない。

「鬼軍曹」

 1959年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第5号に関谷すすむ名義で掲載。

 「鬼軍曹」シリーズの第一作で、タコ壷にもぐって敵戦車のキャタピラーを破壊し、戦車から出てきたアメリカ兵と殴りあいをやって負かしてしまう。重い話を読んだ後の口直しにちょうどいい。

「鬼軍曹 ちょいと居眠りの巻」

 1959年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第6号に関谷すすむ名義で掲載。

 鬼軍曹が塹壕で一人居眠りをしていると敵戦車が突進してくる。鬼軍曹はすかさず手榴弾で戦車を走行不能にする。敵機が機銃掃射をくわえてくると鬼軍曹は敵戦車の砲塔に飛び乗り、戦車の機銃で敵機を撃墜する。

「鬼軍曹 ちょいとスリルの巻」

 1960年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第8号に関谷すすむ名義で掲載。崖の上の敵の斥候を鬼軍曹が発見、射殺する。

「鬼軍曹 土人の手紙」

 1960年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第11号に関谷すすむ名義で掲載。部下が原住民に頼まれた手紙を鬼軍曹は適中突破して届けにいくが、それは実は原住民から自分にあてた手紙だったとわかる。

「鬼軍曹の冒険」

 1960年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第12号に武良茂名義で掲載。

 鬼軍曹の分隊は敵に包囲され全滅は時間の問題だった。中隊に救援を求めにいかなければならないが、部下たちは誰も志願しないので鬼軍曹がみずから行くことに。途中、鬼軍曹は敵戦車を奪って敵の砲兵陣地をつぶし戦闘機を撃墜する。

「戦車對戦闘機」

 1960年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第9号に武良茂名義で掲載。燃料切れで敵軍に占領された飛行場に強行着陸した零戦が戦車と機銃を撃ちあいながら正面衝突したという実話を紹介した4頁の掌編。おそらく埋草として書かれたのだろう。

「乃木将軍と二〇三高地」

 1959年に貸本誌「陸海空」(兎月書房)別冊日露戦争特集号に掲載。『坂の上の雲』以前に書かれたので、神格化された乃木将軍像を何のひねりもなくなぞっている。

「ダンピール海峡」

 1959年に貸本誌「陸海空」(兎月書房)第2号に掲載。『敗走記』収録のもののオリジナル版で改作版の40頁に対し61頁ある。カット割が自然でこちらの方が迫力がある。しかし60頁目の欄外の「数日後、この軍旗は無事に海軍部隊によって救出する事が出来た!!」という注は興をそぐ。

「ケ号作戦裏話 脱出地点」

 1959年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第4号に武良しげる名義で掲載。

 ガタルカナル島の負け戦をアメコミ風のドライな絵柄で描いた異色作。カット割もアメリカの派手な戦争映画を意識しているようだ。こういう対蹠的な作品があると水木戦記ものの湿度の高い密林の瘴気の立ちこめた作風がよりはっきりする。

「マリアナの竜」

 1960年に貸本誌「陸海空」(兎月書房)第4号に掲載。

 扉に「原作 ジョージ・本田 構成 水木しげる」とあって「少年戦記の会」のマークが描かれている。原作つきというふれこみだが、本当にそういう原作者がいたのかどうかはわからない(ご存知の方は御教示願いたい)。

 マリアナの竜と恐れられた月形治大佐を暗殺するために日系二世の兵士が送りこまれるというストーリーで応対に困る。月形大佐もいかにも漫画的なヒーローで実在の人物とは思えない。

「二人の中尉」

 1964年に貸本誌「日の丸戦記」(日の丸文庫)第1号に掲載。『敗走記』に収録のものと同じである。

「敗走記」

 「別冊少年マガジン」(講談社)1970年2月号に掲載。同題の短編集に収録のものと同じである。

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2010年08月15日

『ああ玉砕』 水木しげる (宙出版)

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 6編をおさめる戦記漫画短編集である。A5版と大きい上に貸本時代の作品や単行本化されていない作品が収録されており、宙出版の「水木しげる戦記選集」の中でも特にお買い得感の高い一冊である。

 そのためか版元品切中で一部でプレミアがつきはじめている。しかし流通在庫はまだあって、わたしは今月になって新本で手にいれたし、紀伊國屋BookWebでも在庫ありとなっている。人気のある本なので増刷される可能性もなくはないだろう。

「セントジョージ岬―総員玉砕せよ」

 『総員玉砕せよ!』の短編版で、長編版刊行の直前、「劇画ゲンダイ」(講談社)1970年8月1日増刊号に掲載された。書き下ろし作品の宣伝という意味もあったろう。

 長編版の350頁に対して短編版は32頁に圧縮されている。玉砕から生き残った兵士に待ち受ける過酷な運命を描いているのは同じだが、最後が違う。長編版は実際に近いややこしい経緯が語られているが、短編版は衝撃的な結末でスパッと終わる。こういう展開は現実にはありえないが、この結末で短編版は単なるダイジェストではなくなった。

「硫黄島の白い旗」

 1962年に貸本誌「戦記日本」(兎月書房)第2号に掲載。

 題名からすると「白い旗」(同題の短編集に収録)の別バージョンのようだが、こちらは「鬼軍曹」シリーズの一編である(『鬼軍曹』参照)。硫黄島に送られた鬼軍曹が獅子奮迅の活躍を見せるが、敗北が明白になった後部下を救うために白旗を掲げ味方から射殺される。

 「鬼軍曹」シリーズは「少年戦記」に口直しのユーモア戦記ものとして関谷すすむ名義で掲載されたが、シリーズ最後の作品となった本作は水木しげる名義で発表され、指がもげ首が飛ぶ生々しい話になっている。

「地獄と天国」

 「少年ワールド」(潮出版社)1979年1月号と2月号に分載。

 水木が戦場で片腕を失いながら生きのびた経緯は『マンガ水木しげる伝』や『ゲゲゲの人生』などで語られてきたが、これは子供向けにダイジェストした中編でエロチックな話は省略されている。

 歩哨に立っていたために敵の奇襲から生き残った主人公は死地を突破して中隊に収用されるものの敗残兵としていじめられ、マラリアで倒れる。高熱で寝ているところに敵の上陸があり、砲弾の破片で腕を失う。主人公につらくあたっていた中隊長は自分から輸血を申しでた上、最後のダイハツに乗せて後方に送還してくれる。中隊は全滅し、主人公はまたも生き残る。

 主人公はラバウルの野戦病院にいれられるが、薬も食料もとぼしく自分で食物を調達するしかない。歩けるようになると主人公も機銃掃射の危険を冒してジャングルに食料探しにいくが、原住民と仲よくなり歓待されるようになる。兵士は原住民との接触が禁じられており主人公の行動は問題になるが、温厚な軍医がとりなしてくれてことなきをうる。

 敗戦になり引きあげがはじまるが、主人公は原住民との暮らしが楽しく現地除隊してジャングルにとどまりたいと言いだすが、親切にしてくれた軍医の説得で日本にもどることになる。

 主人公が生きのびることができたのは特異な資質もさることながら、ひどいとはいっても軍隊も人間の集団なので最低限の善意があったからだろう。どんな状況でも楽天的だった主人公の明るさが善意を呼び起こしたのかもしれない。

「駆逐艦魂」

 1961年に曙出版から出た単行本版をそっくりおさめる。小学館クリエイティブから出ている『駆逐艦魂 完全復刻版』と同じもので、カラーページが白黒化されているくらいの違いしかない。この作品だけでも値段以上の価値がある。

「海の男―戦艦大和の艦長有賀大佐の最期!!」

 1964年に貸本誌「日の丸戦記」(日の丸文庫)第2号に掲載。『姑娘』におさめられた「海の男」と扉も含めて同じものだが、版型が大きいので迫力がある。

「戦争と日本」

 「小学六年生」(小学館)掲載の〈シリーズまんが現代史〉から戦争の部分を抜きだしたもの。ねずみ男が砂かけ婆に日本の過ちを語るという趣向だが、いわゆる南京大虐殺の20万人説など疑問が出ている説を子供向けの作品で事実のように語るのはいかがなものか。

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2010年08月14日

『ああ太平洋』上下 水木しげる (宙出版)

ああ太平洋 上
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ああ太平洋 下
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 水木しげるは1957年に他の作者が途中で放棄した作品を補筆する形で貸本漫画業界にはいり、翌年2月実質的なデビュー作である『ロケットマン』を、3月には『戦場の誓い』を発表する。オリジナル第二作にして戦記漫画を書いているのである。この年水木は20作品を出版するが、そのうちの4作品は戦記ものだった。

 戦記ものはそこそこの部数が見こめたのか、水木を専属のように使っていた兎月書房は1959年5月に貸本誌「少年戦記」を創刊する。水木は執筆だけでなく編集までまかされ、カバー絵を小松崎茂宅にとりにいったりコラムや図解を書いたり、同じ号に別名義で複数の作品を書きわけたりした。原稿料の不払いがもとで翌年水木は兎月書房と絶縁するが、それまでに「少年戦記」は15号が出ている。1959年にかかわった24点の貸本漫画のうち19点が戦記関係である。NHKの連続ドラマ『ゲゲゲの女房』の「少年戦記の会」のエピソードはこの頃の話がもとになっている。

 兎月書房を離れた後も水木は一定の需要のある戦記ものを描きつづけた。貸本時代の水木作品の中で戦記ものは一大山脈を作っているが、多くはマニア向けの高価な復刻本でしか再刊されなかったのでなかなか全貌を知ることができなかった。宙出版の「戦争と平和を考えるコミック」シリーズから出た全5冊の「水木戦記選集」は貸本時代の作品を中心に「少年戦記」のコラムを一部再録しさらに水木のインタビューと綿引勝美氏の解説をくわえており、水木戦記漫画の集大成となっている。貸本漫画と同じA5版で各巻400頁を越えるのに価格は1365円におさえられている。紙質がよくないのと書誌データがないのが不満だが、この値段では文句は言うまい。

 なお、本欄の書誌データは山口信二氏の労作『水木しげる貸本漫画のすべて』(YMブックス)によっている。水木ファン必携の素晴らしい本だが、絶版なので本欄では紹介することができない。ここに注記して感謝をあらわしたい。

 さて『ああ太平洋』である。水木は「少年戦記」に「水木作戦シリーズ」と銘打って大東亞戦争の主な海戦を次々と描いたが、このシリーズを中心に海軍関係の作品を史実の順に編集したのがこの二巻本である。上巻は真珠湾攻撃から第一次ソロモン海戦まで、下巻はマリアナ沖海戦とレイテ沖海戦を描く。上巻は玉石混淆だが、負け戦になってからの下巻は文句なしの傑作である。水木サンは負け戦を描く時の方がボルテージが上がるようだ。

 上巻から紹介しよう。

「カランコロン漂泊記 戦争論」

 「ビッグコミック」に連載されたエッセイ『カランコロン漂泊記』から小林よしのりの『戦争論』にふれたショートコミックを抜きだしたもの。

 『戦争論』を読んで戦前の勇ましさを思いだし「非常に懐かしかった」が、同時に「何だか輸送船に乗せられるような気持ち」もしたと複雑な心境を語る。

 メジャーになってからの戦記ものは反戦色が濃いが、戦争で興奮する自分を否定しては戦争観が薄っぺらになる。貸本時代、ある意味で好戦的な戦記ものを描きつづけたのは需要があったからだけではないだろう。『ゲゲゲの女房』に極貧時代、夫人から「わが家にはそげな軍事予算はありません」と苦情をいわれながらもプラモデルで連合艦隊の再建をめざすエピソードが出てくるが、仕事と割り切って描いていたなら「「あ号作戦」と南雲中将」や「決戦レイテ湾」のような傑作は生まれなかったはずである。

「山本元帥と連合艦隊」

 1961年にカナリア文庫から発行された貸本誌「ああ太平洋」第1号と第2号に分載。山本五十六の死までを5部にわけて描く予定だったが、「ああ太平洋」が2号で終わったので続編は書かれなかった。

 第一部は大正8年の駐在武官としてのアメリカ勤務と真珠湾攻撃、第二部は「プリンス・オブ・ウェールズ」と「レパルス」を撃沈したマレー沖海戦を描くが、出来はいまいちである。

「印度洋作戦」

 1959年に兎月書房から単行本として出版。

 南雲機動部隊が英国東洋艦隊を撃滅するためにスリランカ沖まで出ていったインド洋作戦を描く。陸軍と海軍の意志が統一できず目的が曖昧で批判の多い作戦だったが、迎え撃つ英国側のハリケーン飛行中隊の視点をとりいれることで緊迫感が生まれた。海に不時着した日英のパイロットが力を合わせてフカと戦うエピソードが見せ場となっている。

「珊瑚海大海戦」

 1959年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第2号に掲載。

 史上初の航空母艦どうしの対決となった珊瑚海海戦をパイロット兄弟を軸に描くが、かなり無理のあるストーリーだ。こんなにひねらなくてもよかったと思うのだが。

「ミッドウェイ作戦」

 1959年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第1号に掲載された「水木作戦シリーズ」の第一弾である。

 よけいなひねりはくわえずほぼ史実通りだが、澤地久枝の『滄海よ眠れ』の前なので「運命の五分」説で話が組み立てられている。水木には澤地の発見にもとづく真実のミッドウェーを描いてほしかった。

「空母飛龍の最期」

 1959年に貸本誌「少年戦記 別冊空母戦記」に掲載。

 ミッドウェー海戦では「赤城」、「加賀」、「蒼龍」があっけなく戦闘不能になる中、はなれたところを航行していた「飛龍」が唯一反撃をおこなったが、本作は「飛龍」の奮戦と最期を艦とともに運命をともにした山口多聞少将を軸に描いている。上巻では一番読みごたえのある作品である。

「急襲ツラギ夜戦」

 1959年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第3号に掲載。

 ツラギ夜戦として知られる第一ソロモン海戦については1964年にも「奇襲ツラギ沖」(『姑娘』に収録)を書いている。主人公とストーリーはほぼ同じだが、出来は1964年版の方がずっとよい。

 以上が上巻で次に下巻。

「波の音」

 「週刊朝日」(朝日新聞社)1974年4月20日増刊号に掲載。

 南の島に遊びに来た日本人観光客が波うちぎわの髑髏から死の経緯を聞かされる。髑髏は生前は日本兵で最後の突撃で生き残り敵対する原住民に追われながら何とか生還するが、中隊では生きていてはいけない卑怯者だといじめられ、みじめに戦病死する。「敗走記」や『総員玉砕せよ!』の別バージョンといえよう。

「「あ号作戦」と南雲中将」前編・後編

 1959年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第5号と第6号に分載。

 南雲忠一中将は日米相討ちの形となった南太平洋海戦の後、昭和19年3月中部太平洋方面艦隊司令長官を拝命してサイパン島に着任する。サイパン島にはアメリカ軍の上陸が迫っていた。日本海軍はサイパンに向かうアメリカ艦隊とマリアナ沖で決戦をいどむが、いわゆる海軍乙事件で作戦計画書がまるまるアメリカ軍の手にわたっていた上に作戦自体に無理があったことから、日本の機動部隊は壊滅する。連合艦隊が救援に来てくれるという期待もむなしくサイパン島の日本軍は孤立無縁のままアメリカ軍の上陸をむかえ玉砕していく。南雲中将は最後の訓示の後、自決したとも兵の先頭に立って突撃したともいわれているが、本作では自決説をとっている。

 サイパン島守備隊の視点から見たマリアナ沖海戦という視点は新鮮である。ミッドウェーの敗北の責任から自分を責めつづける南雲の暗い心情が基調となっているが、『ああ太平洋』中随一の傑作である。

「決戦レイテ湾」

 1959年から1960年にかけて貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第7号~第12号に連載(第9号には第3部と第4部を同時掲載)。

 栗田艦隊がアメリカ軍輸送船団がひしめくレイテ湾の手前までゆきながら反転したについてはさまざまな説がたてられているが、その謎解きを軸に捷一号作戦を描いた全7部272頁の雄編である。

 水木の描く栗田は表向き「自分はどうでもよい。ここは犬死により、部下を救ってやろうと決意した」と温情ある決断を下したことになっている。しかし最初から通して読むと「犬死に」とは輸送船団ごときと差し違えるのは嫌だという意味であり、日本軍の悪弊である兵站無視の結果だったことがわかるしかけになっている。多くの論者が批判するようにレイテ湾に集まったアメリカ輸送船団は連合艦隊と引き換えにするだけの戦略的価値があった。栗田艦隊は海軍エリートたちのわがままから戦機を逃がしたのかもしれないのである。

 部下の犬死にを避けるという栗田の決断が神風特別攻撃隊の誕生をうながしたという皮肉な対比も本作には仕組まれている。確かにそういう一面はあっただろう。日本はなんと幼稚なエリートたちに国の命運を託していたのだろうか。

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2010年08月13日

『駆逐艦魂 完全復刻版』 水木しげる (小学館クリエイティブ)

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 小学館クリエイティブの「復刻漫画シリーズ」の一冊で、1961年に曙出版から出た貸本漫画を版型から装丁、広告にいたるまで忠実に復元している。

 カバーはリバーシブルになっていて、表側にはバーコードと小学館クリエイティブの文字がはいるが、裏返すと曙出版版そのままのカバーになる。本文は最初の8ページはカラーで、それ以降は丁ごとに印刷インクの色が変わっている(昔の漫画は確かにそうだった!)。ページの脇には「爆雷が潜水艦の近くに落ちた場合、艦がゆるみ重油がもれる」のように注釈がはいっている。奥付は曙出版版のものの後に小学館クリエイティブのものがある。ハードカバーでないのをいぶかしく思う人がいるかもしれないが、貸本漫画はソフトカバーで無線綴じが多かった。本書のオリジナルもそうである。

 折込の付録として梶井純氏の「深刻さと陽気さが交錯する怨念の地平」という解説と「復刻漫画シリーズ」の広告がはいっている。同シリーズの水木作品には1958年の『怪奇猫娘』、『地獄の水』、1962年の『火星年代記』など単行本8作品と『戦記漫画傑作選 限定BOX』のようなBOX版3作品がある。単行本版はどれも1995円だが、ここまでやってくれてこの値段はリーズナブルだと思う。

 本作は後に「幽霊艦長」(『敗走記』に収録)として改作されているが、曙出版版の143ページに対して改作版は50ページと短くなっている上に、ストーリーも変わっている。改作版は日本海軍最後の勝利となったルンガ沖夜戦をフィクションをまじえて描いているが、曙出版版に描かれる二度の海戦はどちらも負け戦である。水木の戦記漫画は華々しい勝利よりも負け戦を描く時に本領を発揮するが、改作版と曙出版版を読みくらべてもそれは言える。本書ではその曙出版版が読めるのである。

 登場人物も変わっている。改作版は駆逐艦「旋風」で伝令として勤務することになった武田二等水兵が視点人物だが、曙出版版では水木中尉が視点人物だ。水木中尉は海軍兵学校をビリの成績で卒業したので、40トンの掃海艇の艇長に配属され揚子江で機雷処理にあたっていた。南方と同じく内地の三倍の給料をもらっているが、艦隊勤務で華々しく活躍している同期生に引け目を感じている。「しかしあまりパッとしない海軍もあった」というわけだ。

 このパッとしない水木中尉にチャンスが訪れる。ラバウルを泊地とする第27駆逐艦隊の「旋風」の機関長に抜擢されたのだ。

 通常は大尉がなる機関長に中尉の水木を抜擢したのは第二水雷戦隊司令の塚原大佐だった(改作版では宮本艦長。塚原、宮本は塚原卜伝、宮本武蔵からとったものだろう)。塚原司令は白髪茫々の異相の老人で、水木の父に世話になったので恩返しに機関長にしたと明かす。

 改作版ではルンガ沖夜戦の勝利とその後の第二次輸送作戦を描くが、曙出版版ではまずウェワク島へ向かう輸送船団護衛のエピソードがある。僚艦が次々と撃沈され、ただ一隻生き残るという現実の海戦を水木ははじめて体験する。

 クライマックスは架空のベラベラ島沖夜戦であるが、ルンガ沖夜戦のような日本の圧勝ではなく日本艦隊はアメリカ艦隊と魚雷艇に全滅させられる。海に放りだされた日本兵には情け容赦なく機銃掃射がくわえられ、最後は塚原司令が魚雷にまたがって敵艦に体当たりするという壮烈な結末である。

 絵は荒っぽいが本来のカット割なので海戦のダイナミックな展開に圧倒される。改作版はなまじ史実に近づけたために艦長が人間魚雷になるという終わり方に異和感があったが、こちらの展開なら納得できる。

 水木は「幽霊艦長」として改作しただけでなく、ルンガ沖夜戦を史実通りにたどった「田中頼三」(『白い旗』に収録)も描いている。ここまでこだわるのは一時田中の部下だった兄宗平氏から田中の活躍を聞いていたこともあるだろうが、それだけではなく日本海軍がバカにしていた輸送船の護衛という地味な、しかし実は一番重要な任務に田中が全力でとりくんだことが大きいだろう。水木は日本軍の兵站軽視を「決戦レイテ湾」(『ああ太平洋』下に収録)でも批判しているが、艦隊決戦至上主義という海軍の幼稚な戦争観のためにどれだけ多くの日本兵が溺死しジャングルで餓死にしたかわからない。

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2010年08月12日

『姑娘』 水木しげる (講談社文庫)

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 表題作を含め5編をおさめる戦記漫画短編集である。表題作以外は貸本時代の作品で、印刷は悪いが貸本時代の荒々しいタッチを見ることができる。

「姑娘」

 「リイドコミック」(リイド社)1973年4月増刊号に掲載。「あとがき」によれば中国戦線に出征した友人から聞いた話がもとになっているという。

 戦乱にレイプはつきもので昔から中国の村では軍勢がはいってくると娘を隠したが、女狩りをしたのは日本軍も同じだった。ある村で広州の大学で勉強した村長の美しい娘が日本軍の女狩りでつかまり、中隊長に献上されることになる。中隊に向かう最初の夜、分隊長は娘をレイプするが彼女は処女だった。彼女は二夫にまみえることはできないので妻にしてくれ、どんな困難があってもついていくと分隊長に懇願する。

 次の夜、分隊ナンバー2の上等兵がレイプしようとするが娘は激しく抵抗する。仲裁にはいった分隊長に彼女はこんなあさましいことをあなたが許したのかとなじる。分隊長は上等兵をなだめようとするが誤って彼を殺してしまう。軍隊にいられなくなった分隊長は自分と上等兵は戦死したことにしてくれと部下たちに言い含めて娘と脱走する。

 四十年後、観光で中国を訪れたかつての部下は昆明の田舎で年老いた分隊長と偶然再会し、その後の運命を聞く。なんとも哀切な短編である。

「海の男」

 1964年に貸本誌「日の丸戦記」(日の丸文庫)第2号に掲載。最後の大和艦長となった有賀幸作大佐を主人公に大和の水上特攻を描いた短編である。

 史実をなぞるにしては短すぎる。大和轟沈後、有賀大佐が息子の夢枕に立つという結末が水木らしいと言えるかもしれない。

「此一戦」

 1962年に貸本誌「戦記日本」(兎月書房)第1号に掲載。水木は1959年にも「ミッドウェイ海戦」(『ああ太平洋』上に収録)を描いており二度目の漫画化となるが、山本五十六を主人公にすることで新味を出そうとしている。

「奇襲ツラギ沖」

 1964年に貸本誌「日の丸戦記」(日の丸文庫)第3号に掲載。ツラギ沖夜戦として知られる第一次ソロモン海戦を描く。水木は1959年にも「急襲ツラギ夜戦」(『ああ太平洋』上に収録)を描いているが、ストーリーはほぼ同じで「鳥海」の水上偵察機パイロットを主人公にした点も共通するが、本作の方がすぐれている。

「戦艦比叡の悲劇」

 1961年発行の戦記漫画短編集『大夜戦』(兎月書房)に掲載。第三次ソロモン海戦を戦艦「比叡」を中心に描く。

 額縁の物語がついていて「比叡」最後の艦長だった西田正雄大佐の息子が戦記マニアの友人からお前の父親は卑怯者だとなじられ、「比叡」自沈にいたる顛末を探るという設定になっている。

 海戦のややこしい経緯をときほぐしながら迫力ある漫画に仕立てた手並みもみごとだが、艦長として最善をつくしながら生き残ったがために卑怯者呼ばわりされた西田の雪辱という柱が一本通っており、含蓄の深い作品になっている。

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2010年08月11日

『白い旗』 水木しげる (講談社文庫)

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 表題作を含め4編をおさめる戦記漫画短編集である。いずれも貸本時代の作品だが、「ブーゲンビル上空涙あり」以外は貸本版を複製してほとんどそのまま再録しているので現在とは違う荒々しいタッチを見ることができる。

「白い旗」

 1964年に貸本誌「日の丸」(日の丸文庫)戦記増刊号に「二人の中尉」(『鬼軍曹』に収録)として発表された作品の改題版で「ガロ」1968年5月号に掲載。見開きだった扉が1頁に描き直されている以外はオリジナルと同じである。

 「あとがき」によると兄宗平氏の親友で硫黄島の海軍陸戦隊に配属された西大条中尉の戦死の状況について雑誌に奇妙な記事が掲載された。その記事を読んだ水木の母がぜひ漫画にするようにと手紙で知らせてきたのが執筆の動機だという。

 ということは実話をもとにしたということになるのだろうが、擂鉢山の攻防戦が終わった後に島を脱出した日本兵がいたとはにわかに信じられない。しかしこういう話が伝わっているということは内地に生還した兵がいたということだろうか。

 硫黄島の激戦はクリント・イーストウッドの「硫黄島からの手紙」で若い人にも知られるようになったが、この作品も読みつがれてほしい。

「ブーゲンビル上空涙あり」

 1964年に貸本誌「日の丸戦記」(日の丸文庫)第4号に掲載した同題の短編(『大空戦』に収録)の改作版で「文春漫画読本」1970年7月号に掲載。42頁が31頁に圧縮されている。

 前半は山本五十六、後半は山本機を撃墜したフライヤー中尉と視点が交代している。42頁なら視点の交代は奥行をうむが31頁では印象が散漫になった。この作品はオリジナルの方が断然いい。

「田中頼三」

 1960年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第15号に掲載。

 ルンガ沖夜戦は「幽霊艦長」(『敗走記』に収録)でも描かれているが、怪奇もの風に脚色していてラストはほとんどファンタジーだった。

 こちらは史実に忠実に海戦の経過を描いたものでタッチは荒っぽいし刊本から複製したので細部がつぶれているが、「幽霊艦長」よりも迫力がある。

 田中頼三の事績はアメリカ海軍は高く評価しているのに日本海軍では冷遇され、戦後もあまり知られていない。輸送船団の護衛という地味な任務にあたったせいだろう。日本軍の兵站軽視の悪弊はこんなところにもあらわれている。

「特攻」

 1961年に曙出版から単行本として出た『壮絶!特攻』の改題版。前半は戦艦大和の水上特攻、後半は8月15日の玉音放送前におこなわれた特攻を描いた141頁の中編で本書中で一番読みごたえがあった。

 沖縄に向かう大和には20機の零戦が掩護にあたったが、燃料のために途中で引き返している。主人公の撃墜王上代守大尉は帰途についたものの大和を見捨てるにしのびず、もう一度引きかえし、大編隊に波状攻撃をかけられ激戦の末に沈没する大和を見守る。

 鹿屋基地にもどった上代には神風特別攻撃隊を先導し援護するという新たな任務が待っていた。いわば死の案内人であるが、皮肉なことに最後の任務で特攻に志願した実の弟を先導しなければならなくなる。弟の特攻を見とどけた上代は自分自身も空母に体当たり攻撃をかける。

 史実では玉音放送前の最後の特攻は鹿屋基地ではなく百里原基地から発進し、敵艦隊にたどりつくまえに消息がわからなくなっている。本作はあくまでフィクションで実際はこんな勇ましい話ではなかったのである。

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2010年08月10日

『敗走記』 水木しげる (講談社文庫)

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 表題作を含め6編をおさめる戦記漫画短編集だが、どれも読みごたえがあり完成度が高い。貸本時代の作品とメジャーになってからの作品が混在しているが、貸本時代の作品は描き直されているのですべて細密画風の現在のタッチである。もし水木の戦記ものを1冊だけ読みたいなら本書がお勧めである。

「敗走記」

 『総員玉砕せよ!』の原型にあたる作品で、「別冊少年マガジン」1970年2月号に掲載。

 昭和19年、ニューブリテン島の最前線を守る分隊が爆撃と機銃掃射で全滅してしまう。歩哨に立っていた主人公は助かりもう一人生き残った鈴木とともに30キロ離れた中隊司令部に向かうが、一帯の原住民は連合軍から武器を支給されて日本軍と敵対しており敵中を突破するに等しい。

 主人公はなんとか中隊にたどりつくが、歓迎されるどころか敵前逃亡罪に問われるという不条理。『総員玉砕せよ!』のエッセンスがここにある。

「ダンピール海峡」

 貸本時代の作品を描き直して「文春漫画読本」(文藝春秋社)1970年7月号に発表したもの。貸本版(『鬼軍曹』に収録)は61頁だったが、改作版は40頁に圧縮されている。絵柄はオリジナルに似せているが荒々しさはない。

 ダンピール海峡とはニューブリテン島とニューギニア島を隔てる海峡で多くの日本の輸送船が沈められた。本作は輸送船が撃沈され海に投げだされてなお軍旗を守ろうとする軍旗衛兵たちの話で最後は怪奇譚になる。どこの国の軍隊でも軍旗は物神的に崇拝されるが、日本軍の軍旗崇拝はことのほか強烈だったので、こうような鬼気迫る話が生まれたのだろう。

「レーモン河畔」

 「ビッグゴールド」(小学館)1980年6月号掲載の短編。戦争で一番迷惑をこうむるのは戦場となった場所にいた民間人だが、これは日本軍とオーストラリア軍の境界地帯に住みながら全員無事に戦争終結をむかえた幸運な一家の実話である。

 ホセはフィリピンからの入植者でレーモン河畔に椰子農園を拓いていた。妻はドイツ人で二人の娘は日本人と結婚していたが、大東亞戦争がはじまると日本人の婿はオーストラリア軍の収容所にいれられてしまう。

 昭和17年、日本軍がラバウルを占領しホセ一家の農場をはさんでオーストラリア軍と対峙するようになると一家は微妙な立場に追いこまれる。婿をオーストラリア軍に人質にとられているのでスパイにならざるをえないが、スパイだとわかったらおしまいである。事実スパイの嫌疑を受けるし二人の娘を慰安婦にしようという話が持ちあがるが、日本軍守備隊の隊長と末端の兵士たちの温情によってラバウルの収容所に送られることになる。一家が最後のダイハツでラバウルに去った後、農場は激戦地となり守備隊は玉砕する。

 日本の敗戦後、二人の婿はオーストラリア軍から解放され一家はふたたび農場を再開する。

 事実は小説より奇なりとはいうがこんな話があったのかと啞然とした。「白骨は何も語らないが……即ちみんなで助けてやろうという意志が働いていたことは確かだと、ぼくは思う……」という結語が心に響く。

「KANDERE」

 1980年に「カスタムコミック」(日本文芸社)第7号に掲載。ブーゲンビル島の沖にあるグリーン島の守備隊が奇跡的に生還する話である。表題の「KANDERE」とは現地語で「同族」を意味し、二等兵の津田が酋長の娘と恋仲になり分隊長の許可をもらって結婚したことから分隊全体が「同族」としてあつかわれることになる。奇跡の生還は「同族」になったおかげなのであるが、そこにいたるまでにはさまざまな曲折があった。原住民との一筋縄ではいかない関係や生き残った者の葛藤が描かれていて、実際はこうだったのかという驚きがある。

「ごきぶり」

 「サンデー毎日」(毎日新聞社)1970年2月6日増刊号「これが劇画だ」に掲載。

 水木しげるの兄は戦犯で巣鴨プリズンで服役したが、巣鴨で見聞した実話がもとになっているという。

 隼搭乗員の山本はニューギニア上空の空戦で被弾しジャングルに不時着する。原住民につかまって捕虜収容所にいれられるが、作業中、監視のオーストラリア兵に男色行為を迫られ抵抗しているうちに誤って殺してしまう。そのまま脱走して友軍に助けられるが、敗戦後、戦犯と死刑判決を受ける。別の刑務所に送られる直前脱走し在留邦人にまじって帰国するが、故郷で待っていたのはGHQの手先となって戦犯狩りをする日本の警察だった。山本は妻を連れて北海道に逃げるが、結局逮捕され再度死刑判決、一年後処刑される。遺骨をわたされた母親は「むすこの一生はまるで逃げまどうゴキブリのような一生じゃった……」とつぶやく。

「幽霊艦長」

 本作は1961年に曙出版から長編戦記漫画第二弾として出た『駆逐艦魂』の改作版で月刊「少年」1967年9月号の別冊付録として発表された。曙出版版は小学館クリエティブから「完全復刻版」として再刊されている。

 日本海軍の最後の勝利とされる昭和17年のルンガ沖夜戦をもとにしたフィクションである。実際の戦闘を指揮したのは田中頼三少将で生還しているが、本作では司令が戦死したので白髪を振り乱した幽鬼のような宮本艦長が指揮し、ラストでは魚雷にまたがって敵艦に突入するという壮絶な最期を遂げている。もちろんフィクションであるが、史実に即した海戦の経過は『白い旗』に収録された「田中頼三」で読むことができる。

 曙出版版の143頁を50頁に圧縮しており、ストーリーは史実に近づける方向で改変されている。絵は本作の方が精密になっているが、迫力は曙出版版の方がある。

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2010年08月09日

『総員玉砕せよ!』 水木しげる (講談社文庫)

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 水木しげるが戦記漫画を描いていて評価が高いことは知っていたが、陰々滅々な話だろうと敬遠していた。しかしNHKの連続ドラマ『ゲゲゲの女房』で水木が戦記物に注いだなみなみならぬ情熱を知り、思い切ってまとめて読んでみることにした。

 水木の戦記漫画は過去にさまざまな版で出ているが、現在書店で買えるのは完全復刻をうたった小学館クリエイティブ版を除くと講談社文庫版と宙出版版の二つである。

 講談社文庫版は大東亞戦争開戦50年目にあたる1991年に講談社コミックから出た『水木しげる戦記ドキュメンタリー・全4巻』の文庫化で、長編の『総員玉砕せよ!』と3冊の短編集(『敗走記』、『白い旗』、『姑娘』)からなる(短編集には15編をおさめる)。

 宙出版版はA5版400頁の大冊で『ああ太平洋』上下、『ああ玉砕』、『鬼軍曹』、『大空戦』の5巻が出ている(『大海戦』が予告されていたが出版されなかったようだ)。

 宙出版版と講談社文庫版は多くの作品が重なるが、同じ作品でも別バージョンを収録しているので(宙出版版は初出に近いものが多く、講談社文庫版は改作が多い)、水木漫画が好きなら両方買った方がいい。

 さて『総員玉砕せよ!』である。1970年の短編「敗走記」(同題の短編集に収録)をもとに1973年8月8日に書き下ろし長編として講談社から出版された。出版に先だって「劇画ゲンダイ」1973年8月1日増刊号に「総員玉砕せよ! 聖ジョージ岬・哀歌」として短編版(『ああ玉砕』に収録)が発表されている(短編版は32頁、本作は350頁と長さが10倍以上違う上に結末が変わっているので、別作品と見た方がいいかもしれない)。

 水木は昭和18年にニューブリテン島ラバウルへ送られ爆撃で左腕を失うが、入院中に所属する成瀬大隊(作中では田所支隊)が前線のズンゲンで「玉砕」している。「玉砕」前後の不条理な経緯を描いたのが本作で、「あとがき」には「九十パーセントは事実です」と断り書きがある。

 玉砕というと硫黄島のような逃げ場のない小さな島で守備隊が全滅するという受けとり方をする人が多いだろう。わたしもそう思いこんでいたが田所支隊の「玉砕」は違った。

 そもそもニューブリテン島は九州くらいの面積のある大きな島で、島の北部のラバウルには陸海軍あわせて10万近い日本軍が一大要塞を作りあげていた。あまりにも日本側の兵力が大きいので連合軍は包囲して空爆をくわえるにとどめ、日本軍は敗戦までラバウルを保持しつづけた。レイテ島やガダルカナル島の惨状から較べればニューブリテン島ははるかにましだったのである。

 田所少佐(実際は成瀬懿民少佐)率いるバイエン支隊500名は連合軍の上陸が予想されるワランゴエ河(実際はメベロ河)河口に進出し、激しい爆撃を受けながら陣地構築にあけくれる。昭和20年3月、いよいよ連合軍が上陸してくる。虎の子の大隊砲と水際に展開していた中隊は爆撃と艦砲射撃で吹き飛ばされ、田所支隊は二つの中隊だけになり後方を敵にふさがれてしまう。

 ここで若い田所少佐は早々と玉砕を提案するが、ゲリラ戦を主張する中隊長らの反対にあう。美しい死に場所をもとめる成瀬少佐とラバウルを守るにはゲリラ戦が効果的とする中隊長たちの対立は埋まらず、田所少佐はついに最後の斬りこみと重症者の自決を命じラバウルの兵団司令部にその旨打電する。

 司令部では唐突な玉砕に驚き最後まで陣地で戦えと返電するが、応答がなかったので玉砕と大本営に報告してしまう。玉砕は軍事的には何の意味もなかったがラバウルの弛みかけた軍規を引き締める効果はあった。

 ところが数日後、聖ジョージ岬(実際はヤンマー)警備隊からありうべき機密電報が届く。「玉砕」したはずの田所支隊の兵士が将校に率いられて生還したというのだ。

 玉砕を急ぐ田所少佐は副官から「でも……大隊の兵の心が玉砕に統一されておりません」と制止されるが、十万の友軍が目と鼻の先のところで「惰眠をむさぼっている」のに、死ねといわれて死ねるものではないだろう。田所少佐は美学に酔って現実が見えていなかったのだ。

 しかし司令部が「玉砕」と発表した以上、彼らは生きていてはいけない人間である。かくして田所支隊の生存者をもう一度「玉砕」させるべく参謀が送りこまれることになる。

 やりきれない結末だが、南洋のうだるような暑さの中でつづく単調な軍隊生活の中で単調に人が死んでいく感覚など戦争を体験した人にしか描けないリアリティがある。一度は読んでおくべき作品だ。なおNHKで放映された『鬼太郎が見た玉砕』は本作のドラマ化、『水木しげるのラバウル戦記』(ちくま文庫)は同じ時期を描いた絵文集である。

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