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2010年07月30日

『女優 岡田茉莉子』 岡田茉莉子 (文藝春秋)

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 『映画女優 若尾文子』の中で四方田犬彦氏は若尾文子と対置できる女優がいるとしたら、それは岡田茉莉子だと言下に語っている。なるほど二人はともに昭和8年の東京生まれで女学校時代に地方に疎開し、世情の混乱が一段落してから東京にもどると相次いで銀幕デビューを飾り、日本映画全盛時代を支える大女優になるとよく一致している。ところがデビュー以前の生い立ちと撮影所体制崩壊後の処し方は正反対だ。若尾はすばらしい企画をことごとく断りテレビと舞台に転進するのに対し、岡田は映画監督の吉田喜重と結婚し、経済的に苦しい独立プロの活動を支えつづけるのである。

 最初の研究書でも両者は好対照を見せる。若尾文子は大学の映画研究者二人の論文集発刊にあたって億劫そうにインタビューに応じただけだが、岡田茉莉子は400ページ近い大冊をみずから書き下ろしているのである。しかも全16章のうち最初の5章は自伝だが、フリーになる決意をして以降は映画論、監督論、そして岡田茉莉子論を兼ねるようになるのだ。

 岡田茉莉子が「日本のヴァレンチノ」と呼ばれた岡田時彦の娘であることはよく知られている。夭折した美男スターの忘れ形見という立ち位置は中川翔子と似ているが、ショコタンがあくまで庶民顔のアイドルで下積みを経験しているのに対し、岡田は神がかった美貌と遅れてきた七光りで映画スターになることを運命づけられていたともいえる。

 本書は赤ん坊の頃、叔母の出演していた宝塚の舞台に乳母車に乗せられて出演する冒頭にはじまり、大いなる自慢話、巨大なナルチシズムの産物といえなくはないが、岡田はあたえられたスターの座から離れ映画の表現者として自分の人生を選び直しているので自慢話くささがない。

 岡田はデビュー10年目に100本出演記念作として『秋津温泉』をみずからプロデュースし、生涯の伴侶となる吉田喜重監督と出会うことになる(『秋津温泉』は今年ようやく見たが岡田の美貌に圧倒された)。

 吉田監督の影響なのかどうかはわからないが、フェミニズム論者のような視点も出てきて女優の手すさびどころか一本立ちの映画論になっていて本格的である。

 惜しむらくは日本映画全盛時代のメロドラマと凋落後のとんがった映画に二分され、若尾文子のような後世に残る傑作がすくないように思えるが、自らの筆で巨匠たちの横顔を書き残してくれたのは貴重である。

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