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2010年07月26日

『パターン、Wiki、XP ~時を超えた創造の原則~』 江渡浩一郎 (技術評論社)

パターン、 ~時を超えた創造の原則~ →bookwebで購入

 「都市はツリーではない」で建築界のみならず現代思想にも大きな影響をあたえたクリストファー・アレグザンダーの思想がコンピュータの世界で継承され発展したことを跡づけた本で、ニューアカ時代にアレグザンダーの名前を知った者としては驚きの連続だった。

 若い人にはアレグザンダーもニューアカ(ニューアカデミズム)もなじみがないだろう。

 日本がバブル景気に突入した1980年代半ば、難解な現代思想がブームになったことがあった。発端は浅田彰氏の『構造と力』(1983)だった。ドゥルーズやデリダといったフランスの思想家を紹介した難解な本だったが、スキゾとパラノという二分法がわかりやすかったせいか、思想書の枠を越えたベストセラーになった。従来の重厚長大型のマジメ思想がパラノで、ポスト構造主義のスピーディーでエネルギッシュな非マジメ思想がスキゾというわけである。

 直接の出典は『アンチ・オイディプス』という乱暴な本だったが、それをさらに乱暴に要約したのがスキゾとパラノの二分法で、マジメをバカにする当時のバブル気分に乗って大流行した。

 スキゾとパラノはリゾームとツリーとも言い換えられた。単一の原理から整然と枝わかれしていく従来型の学問がツリーで、雑草がランナーを伸ばしてはびこっていくのがリゾームだ。

 ツリーの欠陥を都市論の分野で実証したとしてもてはやされたのがアレグザンダーだった。整然とした都市計画で作られた人工都市はツリー状の構造をしていて住みにくいが、雑然とした自然都市はセミラティスという構造をしていて住みやすいというわけだ。柄谷行人氏の『隠喩としての建築』(全集版は1979年版とはかなり違うようである)、市川浩氏の『「中間者」の哲学』などを思いだす。

 バブル崩壊とともにニューアカのブームは去り、アレグザンダーの名前も聞かなくなった。そのアレグザンダーに今回思いがけない形で再会したのである。

 著者の江渡浩一郎氏はコンピュータ内で人工生物を作るなどの研究をしているという。本書はもともとWikiの起源を探るために書きはじめたそうだが、源流へ遡るうちにアレグザンダーに行きついたのだ。

 第1部「建築」はアレグザンダーの来歴と思想を紹介するが、柄谷氏や市川氏の本に出てくるアレグザンダー像とは相当違う。1985年に日本でアレグザンダーの設計したキャンパスが作られていたこともはじめて知った。

 施主はアレグザンダーの思想に惚れこんで新しく建設する高校キャンパスの設計を依頼したということだが、どうもセミラティス構造の全体像が事前に描けると誤解していたらしい。アレグザンダーの都市計画は都市が増殖していく際のルールをパターンランゲージという形で規定するだけであって、セミラティス構造は自然増殖の結果にすぎない。ツリー構造なら事前に全体像が描けるが、セミラティス構造の設計図は原理的にありえない。

 アレグザンダーの設計した高校キャンパスは不幸な結果に終わり(建設から20年後の状況について福島ちあき氏の論文がある)、日本でアレグザンダーの名前が急速に忘れられる一因になったようである。

 第2部「ソフトウェア開発」はアレグザンダーのパターンランゲージが畑違いともいえるプログラミングの世界に移植され発展していく経緯が語られる。わたしは大昔Delphiというプログラミング言語をいたずらしたことがあったのでどうにかついていけたけれども、XP(エクストリーム・プログラミング)にいたっては今回はじめて知った。プログラミングの経験のない人にはわかりにくいかもしれないが、ツリーとセミラティスの対立に単純化したニューアカ的アレグザンダー理解に一番欠落しているのはこのあたりである。

 第3部「Wiki」はWikiエンジンの誕生の経緯をたどるが、こんな前史と紆余曲折があったとは知らなかった。

 現在、Wiki=Wikipediaと受けとる人がほとんどが、WikipediaとはWikiエンジンで作られた百科事典エンサイクロペディアであって、Wikiエンジンとは別物である。本書が論じているWikiとは第一義には Wikiエンジンのことであって、Wikipediaには一章が割かれるにすぎない(Wikipediaについては本欄ではアスリーヌ編『ウィキペディア革命』(岩波書店)と山本まさき&古田雄介『ウィキペディアで何が起こっているのか』(オーム社)をとりあげている)。

 インターネットの世界でおなじみの伽藍とバザールエリック・レイモンドという二分法はツリーとリゾームの二分法と似ていると思っていたが、本書でやはり直接的な継承関係があったことが明かとなった。

 それにしても日本で一時の流行として消費された思想がアメリカのコンピュータ界では真剣に受けとめられ、こんな果実を産んでいたのである。日本は何をやっていたのか。

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