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2010年07月13日

『メディアを変えるキンドルの衝撃』 石川幸憲 (毎日新聞社)

メディアを変えるキンドルの衝撃 →bookwebで購入

 著者の石川幸憲氏は在米のジャーナリストだがIT系のライターではない上に、本書は今年の1月という不運な時期に出ていて iPadは最初と最後に「噂」として言及されているにすぎない。表題に Kindle をうたっているものの、Kindleに多大な影響をあたえたソニーのLIBRIéにふれておらず、記述の浅さは否めない。Kindleについて知りたかったら西田宗千佳氏の『iPad vs. キンドル』を読んだ方がいい。

 では読む価値がないかといえば、そんなことはない。今回、電子書籍関係の本をまとめて読んだが、一番教えられるところが多かったのは本書だった。

 まだ海のものとも山のものともわからない電子書籍が騒がれるのは日本の場合は出版危機があるからだが、アメリカの場合は新聞危機だ。日本の新聞社も相当危ないが、トリビューンなど長い歴史を誇る名門新聞社があいついで倒産し、2009年だけで1万5千人のジャーナリストが失業した。天下のニューヨークタイムスまでが十億ドルの負債で危うく倒産しかけている。アメリカでは新聞の大淘汰時代がはじまっているのだ。

 アメリカの新聞は日本と違って地元密着のローカル紙ばかりなので、ドル箱だった三行広告をcraigslist.orgとGoogleに奪われて経営危機に陥ったというような説明はさんざん読んできたが、ローカル紙中心ということとニューヨーク・タイムスの十億ドルの負債がどう結びつくのかがわからなかった。お恥ずかしい話だが、背景を知らなかったのでニュースが読めていなかったのである。

 本書によるとアメリカには1400もの新聞があるが平均発行部数は4万部で25万部以上の大新聞は3%にすぎない。成功した実業家が社会奉仕のために創刊した地元密着のローカル紙がほとんどで、かつては儲け主義とは無縁な手堅い経営をしていた。

 アメリカで日本のような全国紙が生まれなかったのはメディア集中排除規制によるところが大きい。巨大資本が言論を独占しないように歯止めがかけられていたわけだ。

 ところが1990年代に規制が緩和され、おりからの好況で広告料がどんどんはいってくると新聞は儲かる産業と注目を集める。ウォールストリートから資金がどんどん流れこみ、ハーストやマードックだけでなくニューヨーク・タイムスやトリビューンのような老舗新聞社もローカル紙やローカル局、ケーブルTVの買収に走り、メディアコングロマリットとなった。1990年代のアメリカは新聞バブルの時代だったのである。

 日本のマスコミで羨望をこめて語られるアメリカの調査報道は新聞バブルのおかげだった。調査報道というと1973年から4年にかけてのワシントン・ポストのウォーターゲート事件の追求が有名だが、ウッドワード記者とバーンステイン記者は何ヶ月もウォーターゲートにかかりっきりになっていたわけではなかった。花形記者が一つの事件を一年がかりで取材してピューリッツァ賞をとるような贅沢が許されるようになったのも1990年代になってからだそうである。

 しかし新聞バブルはインターネットの普及で破裂し金融危機が追い打ちをかける。アメリカの新聞社は総収入の80%を広告に依存していたが、2005年に494億ドルだった広告収入はわずか4年で半減する。新聞チェーンは傘下のローカル紙に経費削減を厳命しリストラを断行するが、紙面は貧弱になり読者が離れていく。

 本書の後半ではインターネット事業に乗りだした新聞社の右往左往が語られるが、貧すれば鈍するで裏目裏目に出る。課金をめぐるニューヨーク・タイムスの迷走などは本書でようやく全貌がわかった。1990年代のバブルがなければアメリカの新聞業界はもっとましな対応ができていたかもしれない。

 本書には古い新聞人の典型というべきワシントン・ポストのピンカス記者と新しい潮流に乗りだそうとしているSkiff社のフックスバーグ社長のインタビューがおさめられている。

 ピンカス記者はNPO化の動きをバカげたことと一蹴する。外部の介入を招くだけでなく新聞を趣味化させるというわけだ。同じ系列の新聞・雑誌・テレビ局の記者がホワイトハウスに常駐するのは無駄なのでまとめるべきだとか、広告をとるために社交欄を充実させろといった経営寄りの発言もあるが、それだけ現状が厳しいのだろう。

 フックスバーグ社長によればハーストは10年前から電子ペーパーのE Ink社を支援していたという。Kindleやソニーのリーダーなど既成の端末は本をモデルにしているので表示が画一的だが、新聞はブランドが命なのでその新聞社独特のフォントやレイアウトをそっくり再現しなければいけないと語っていた。

 アメリカの新聞業界は固有の事情をかかえているとはいえ、インターネット対応では日本と共通する問題がたくさんある。電子書籍の今後を読むためには騒動から一歩引いてアメリカの先行例を考えるところからはじめた方がよさそうだ。本書はそのための手引きとなってくれるだろう。

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