« 2009年12月 | メイン | 2010年02月 »

2010年01月31日

『朗読 Lolita』 Nabokov & Jeremy Irons (Random House)

Lolita (Unabridged) →bookwebで購入

 『ロリータ』の朗読CDである。アメリカは通勤に鉄道よりも車を使うことが多いので運転しながらでも楽しめる録音書籍が普及しているが、これは並の録音書籍ではない。朗読しているのはなんとエイドリアン・ライン版の『ロリータ』に主演した名優ジェレミー・アイアンズなのである。

 抜粋版も出ているが、こちらは完全版で全部で10時間以上ある(なぜか抜粋版よりも安い)。本の付録ではなく純然たる10枚組のCDだが、書籍扱いで販売されており ISBNもついている。

 CD1枚につき 10前後のトラックにわかれており、WMPでリッピングすると xxChapterというファイル名になるが(xxは数字)、トラックと章割りは一致しない。"Lolita, light of my life, fire of my loins..."という有名な書きだしは 1枚目の第2トラックの60秒目からはじまる。第二部のはじまりは 5枚目の第8トラックの40秒目からだ。なぜ章割りと一致させなかったのかはわからないが、原書を参照しながら聞く場合は注意が必要だ。

 携帯用のデジタル・オーディオ・プレイヤーで聞くためにリッピングしたが、320kbpsのmp3では1.5G近くになる。語学教材と割りきって128kbpsにすれば 600Mくらいでおさまるが、それではもったいない。

 というのも、ジェレミー・アイアンズは単に読みあげるだけでなく、演技しているからだ。架空の序文はいかにも学者然としたもったいぶった読み方だが、ロリータに呼びかける条では一転して情感たっぷりの甘い声になる。生い立ちを語る条では夢見るような響きがまじる。アナベルの思い出にふれた条のなんと甘美なこと。

 アイアンズの声は麻薬的で何時間でも聞いていたくなる。大体は淡々と読んでいくが、その声は時に激し、時に冷笑的、時に悲しみをたたえる。目で活字を追うだけではわからなかったが、ナボコフの文章はこんなにも表情豊かに千変万化していたのだ。

 語学教材としては高級すぎるが、こんな素晴らしい録音が2000円ちょっとで手にはいるのである。円高も悪くない

→bookwebで購入

『偶然性・アイロニー・連帯』 ローティ (岩波書店)

偶然性・アイロニー・連帯 →bookwebで購入

 ネオプラグマティズムの提唱者として知られるリチャード・ローティの文学・思想論である。

 ローティが注目すべき思想家であることは堀川哲氏の『エピソードで読む西洋哲学史』で教えられたが、本書を手にとったのはローティに対する関心からではなく、本書におさめられている「カスビームの床屋」というナボコフ論が若島正氏の『ロリータ、ロリータ、ロリータ』で絶賛されていたからである。

 最初は「カスビームの床屋」だけ読もうと思ったが、そうはいかなかった。本書に再録するにあたって相当手がくわえられたらしく、もはや独立の論文ではなく『偶然性・アイロニー・連帯』という本の切り離せない一部となっていたからだ。

 ローティの語彙体系で語られているので、はじめての読者としては戸惑うことが多かったが、わたしなりに要約すれば本書でローティが問題にしているのは文学が何の役に立つのかという古くて泥臭い問いである。

 サルトルはかつてアフリカの飢えて死ぬ子供の前では文学は無力だと大見えを切って反発をかったが、ローティ的に考えると、サルトル側もサルトルに反発した側もともに私的なものと公共的なものを混同するという誤りをおかしている。

 ローティによれ私的なものと公共的なものは通約不可能であり、峻別されなければならない。サルトルの誤りはアフリカの飢えて死ぬ子供への連帯という公共的なもので文学という私的なものを否定しようとしたことにある。

 だが、それは社会に背を向けた芸術芸術主義的な態度を肯定することを意味しない。ローティによれば芸術至上主義は美的陶酔という私的なものによって公共的な連帯を否定するという誤りをおかしている。私的な価値判断は私的なものに限定すべきであって、公共的なものを無視する口実にしてはいけないというわけだ(ローティは本書でサルトルに言及しているが、わたしが例に引いた発言をとりあげているわけではない)。

 ナボコフはどうなるのだろうか。

 ナボコフは一般には芸術至上主義の代表者のように考えられているが、ローティはそうではないと指摘する。その根拠としてあげているのが『ロリータ』のカスビームの床屋のエピソードなのである。

 些末なエピソードなので、カスビームの床屋といってもピンと来る人はめったにいないだろうが、ナボコフは「あとがき」で『ロリータ』について思いかえす時、「格別の楽しみとして選ぶ」イメージの一つとしてカスビームの床屋をあげ「この人物をひねり出すのに私は一ヶ月も苦労した」と注記している。それどころか「これらは小説の中枢神経なのだ」とまで書いている。

 本書では大久保康雄訳で引用されているが、大久保訳は絶版なので若島正訳で引こう。

 カスビームでは、ひどく年配の床屋がひどくへたくそな散髪をしてくれた。この床屋は野球選手の息子がどうのこうのとわめきちらし、破裂音を口にするたびに私の首筋に唾を飛ばし、ときおり私の掛布で眼鏡を拭いたり、ふるえる手で鋏を動かす作業を中断して変色した新聞の切り抜きを取り出したりして、こちらもまったく話を聞き流していたので、古くさい灰色のローションの壜が並んでいる中に立てかけてある写真を床屋が指さしたとき、その口髭をはやした若い野球選手の息子が実はもう死んでから三〇年になるのを知って愕然としたのであった。

 ハンバート・ハンバートははじめて会った床屋の身の上話など興味がなく、適当に聞き流していたので、実は30年前に死んでいたと知って愕然としたわけだが、シャーロットやロリータに対しても彼は同様に無関心だったのである。

 ナボコフはそのことをことさら語ってはいないが、ハンバート・ハンバートが見落としたディティールをさりげなく書きこむことで炯眼な読者にはハンバート・ハンバートの無意識の冷酷さがわかるように小説を組み立てているのだ。

 二つを結びつけるのは――ロリータが死を口にしたことと、彼女にはかつてぽちゃぽちゃとふとった幼い弟がいたがいまは死んでいるという事実を結びつけるのは――読者の手に委ねられている。このことと、さらにもう一つの事実、すなわちハンバート自身はそのような結びつけをおこなわないということこそ、ナボコフが自らの理想的な読者に気づいて欲しいと期待している事柄である。

 ハンバート・ハンバートはロリータを愛しているといいながら、彼女の気持にはまったく関心がない。そのことは肉体的に傷をあたえた以上に彼女を辱しめ、心の深い部分を傷つけたはずである。ナボコフはハンバート・ハンバートの無意識の残酷さまできちんと描いているのである。

 芸術至上主義は他者への無関心を正当化する結果になるが、もっとも芸術史上主義的と見られていたナボコフは逆にそうした無関心に心を傷めていた一人だった。ローティはナボコフの秘めたやさしさをみごとにつかみだしてくれたのである。

→bookwebで購入

2010年01月30日

『ロリータ、ロリータ、ロリータ』 若島正 (作品社)
『乱視読者の新冒険』 (研究社)

ロリータ、ロリータ、ロリータ
→bookwebで購入
乱視読者の新冒険
→bookwebで購入

 『ロリータ』を新訳した若島正氏の『ロリータ』論である。

 若島氏は『乱視読者の新冒険』の第Ⅳ部にナボコフについて書いた文章を集めており、最初の伝記作家、アンドリュー・フィールドの蹉跌という切口からナボコフの家父長性を論じた「失われた父ナボコフを求めて」、エドマンド・ウィルスンとの仲たがいの背景に探偵小説があったのではないかという仮説を述べた「ナボコフと探偵小説」、ジョイスとナボコフのすれ違い(二人は現実に二度会っている)からナボコフの限界にふれた「虹を架ける――『フィネガンズ・ウェイク』と『ロリータ』」、パソコンの検索機能を枕に『ロリータ』の言葉遊びを論じた「電子テキストと『ロリータ』」のような好文章がならんでいる。

 それぞれおもしろいけれども、折々に書かれた雑文であり、本格的な論考とはいいにくい。

 一方、『ロリータ、ロリータ、ロリータ』は題名の通り最初から最後まで『ロリータ』について書かれた純度百パーセントの『ロリータ』論である。表紙がにぎやかだが、これは各国語版の『ロリータ』の表紙をコラージュしたからで、国によってニンフェットのイメージが異なることが一目瞭然でわかる(各国語版の表紙はLibrary Thingでも見ることができる)。

 『ロリータ』は1962年のキュブリック版、1997年のエイドリアン・ライン版と二度映画化されているが、若島氏は映画化という視点から試掘孔を掘っていく。映画化が特権的な視点となるのはナボコフが映画的手法を意識した作家であることもあるが、それ以上に決定的なのはナボコフ自身による脚本があるからである。

 キュブリックは映画化にあたりナボコフ自身に脚本を依頼したが、あまりにも長すぎたので採用されることはなかった(クェイル殺しからはじめるというアイデアだけはナボコフのものだという)。しかし、没になった脚本は短く改稿された上で "Lolita : A Screenplay" として出版されており、さらにドイツでは改稿前の長いバージョンの脚本までが出版されているのである。

 映画を切口にすると、小説の本文を二本の映画と長短二つのバージョンの脚本と比較することができるのだ。

 本書はページ数の関係からか、ヘイズ夫人とハンバート・ハンバートが出会う場面しか論じられていないが、一つの場面の分析だけでもこの視点が大きな可能性をもっていることが納得できる。

 本書が次にとりあげるのはアメリカの大衆文化の暗黙の引用である。これがすごい。香水「タブー」の広告にはじまり、固有名詞のもじり(煙草のキャメルが同じ駱駝を意味する「ドロール」に化けるなど)、映画、ジュークボックスの中のヒット曲にいたるまで洗いだされ、時間のズレが仕こまれていたことが明らかにされる。

 『ロリータ』における大衆文化の大きさがいかに重要か、若島氏は次のように書いている。

 『ロリータ』のおもしろさというかおかしさの大きな部分は、教養にあふれてはいても結局のところ頭でっかちのハンバートが、アメリカという卑俗な新世界で、映画スタアになることを夢見ているおよそ教養とは無縁な普通の女の子ロリータにいかれてしまうというところにあるのだから。そこでは、文学的言及の代わりに、アメリカ口語の実例や新聞雑誌の広告の珍妙な文句などが氾濫することになる。それは文学的引用に対して絶妙なバランスを保ちながら散りばめられているのである。それがこおうえなくおかしい。高尚であるはずの文学作品が、これくらいマッドなまでに滑稽でもかまわないのだろうかと心配になるほどおかしい。だから、『ロリータ』がハイ・モダニズムに連なる作品だという人に対しては、わたしはどうしても『ロリータ』の低俗ロウな笑いを強調してみたくなるのだ。

 ナボコフは確かに文学に淫した作家だが、こと『ロリータ』に関するかぎりアメリカの大衆文化に淫していたのだ。ちょうどハンバート・ハンバートがロリータに首ったけになったように。文学偏重の『ロリータ』観は改めるべき時にきていたのである。

 本書では代表的な批評についてふれている。若島氏がもっとも注目すべき批評としてあげているのはリチャード・ローティの「カスビームの床屋」とマイケル・ウッドの「ロリータの言語」の二つであり、困った傾向としてあげているのはリンダ・カウフマンに代表されるフェミニズム批評の横行だが、わたしが一番興味を引かれたのはドローニンの修正説である。

 修正説については若島版『ロリータ』の注釈で言及されていたが、ロリータはエルフィンストーンの病院で死んでいて、それ以降はすべてハンバート・ハンバートの妄想だと解釈するのである。

 エルフィンストーンの病院からロリータが姿を消した後、ハンバート・ハンバートの語りは異様にテンションが高くなっていくが、ロリータに逃げられたからではなく、ロリータが死んでしまい、その現実から逃れるために虚構の物語を構築しようとしているというわけだ。

 ドローニンはこの驚天動地の説を精緻に論証し、一定の支持をえているということだが、肝心の "Nabokov's Time Doubling" という論文は年報に出たきりで、論集などに再録された形跡がないのだ(探し方が悪いのかもしれないが)。

 ドローニンの説は大いに気になるが、原文は見つかりそうにない。若島氏は『アーダ』の新訳で手一杯のようだから、誰か翻訳してくれないだろうか。

→『ロリータ、ロリータ、ロリータ』を購入

→『乱視読者の新冒険』を購入

『ロリータ』 ナボコフ (新潮文庫)

ロリータ →bookwebで購入

 日本のナボコフ研究の第一人者、若島正氏による『ロリータ』の新訳である。

 『ロリータ』の最初の邦訳は1959年に河出書房から上下二巻本で出た大久保康雄氏名義の訳だったが、この訳は丸谷才一氏によってナボコフの文学的なしかけを解さぬ悪訳と手厳しく批判された。

 今回の若島訳をとりあげた丸谷氏の書評(『蝶々は誰からの手紙』所収)によると、大久保氏は丸谷氏に私信で、あの訳は自分がやったわけではなく、目下、新しく訳し直しているところだという意味のことを書いてきたという(大久保氏はおびただしい数の訳書を量産していたから、下訳を自分でチェックせずに出版するということもあるいはあったのかもしれない)。その言葉通り、大久保氏は1980年に新潮文庫から全面的に改訳した新版を出している。

 新潮文庫版が全面的な改訳だったとは知らなかったので、今回、古書店で探して読んでみたが、明らかに誤訳とわかる部分(pedrosis=小児性愛を「足フェティシズム」とするような)は散見するけれども、流麗ないい日本語になっているという印象を受けた。

 さて、三度目の邦訳である若島訳である。

 若島訳は2005年11月に単行本で出たが、一年後、文庫にはいる時に訳文が練りなおされ、さらに40ページを越える注釈が付された(単行本を買った人間にとっては腹立たしいが、ナボコフの専門家による注釈がついたこと自体は歓迎すべきことである)。

 賞味期限がまだあると思われる大久保訳を絶版にしてまで出した意義はどこにあるのだろうか。わたしはナボコフの一ファンにすぎないが、野次馬的興味から比較してみることにした。

 夫人の急死後、ハンバート・ハンバートがロリータをキャンプにむかえに行き、最初の夜をむかえる場面を見てみよう(第1部第27章)。まず、大久保訳。

「へえ、しゃれた感じね」下品な私の恋人は、音をたてて降りしきる霧雨のなかへ這い出して、ロバート・ブラウニングの言葉を借りるなら、"桃の割れ目"にくいこんだ服のしわを子供っぽい手つきでつまんでのばしながら、漆喰壁の方を横目で見やった。アーク燈の下の拡大された栗の葉の影が、白い柱の上で、たわむれるようにゆれた。

 なめらかで文学的な日本語である。これが若島訳だとこうなる。

「うわあ! イケてるじゃん」。音をたてて降りしきる雨の中に這い出して、桃の割れ目*(ロバート・ブラウニングからの引用)にはさまったワンピースの襞を子供らしい手つきでつまみあげながら、下品なわが恋人は漆喰壁を横目で見て言った。アーク灯に照らされて、栗の葉の拡大されたシルエットが白い柱の上ではねまわってはしゃいでいた。

 ロリータの口調が現代的になっていて、不協和音のように耳に突きささる。しかし、ブラウニングの「桃の割れ目」という雅やかでエロチックな表現と下品な今風の言葉づかいが衝突する面白さが原文の意図だとしたら、あえて流麗さをぶちこわした若島訳のように訳すべきだろう。

 次はモーテルの一室で裸のハンバート・ハンバートがロリータを膝の上に抱く場面(第2部第2章)。二人は男女の関係になっており、ハンバート・ハンバートは朝と晩にロリータに「おつとめ」を要求するにようなっている。

 とくべつ暑さのきびしい午後は、憩いシエスタのひとときのじっとりと汗ばむほどの親密さにひたって、彼女を膝にのせ、肘掛椅子の背に重い裸の体をもたせかけて、椅子の革のひんやりとした感触を楽しんだ。彼女は、いかにも子供っぽく新聞の娯楽欄に読みふけりながら鼻をほじくり、まるで靴か人形かテニスのラケットの柄の上にうっかり坐りこんだが、どくのもめんどうくさいといったように、私の恍惚状態には、まったく無関心な態度を示した。

 「靴か人形かテニスのラケットの柄」というのは勃起した男根の婉曲表現である。ハンバート・ハンバートが男根の上にロリータの尻を感じて恍惚となっているさまがくっきりと脳裏に浮かぶ。

 この条は若島訳ではこうなる。

 とびきり熱帯のような午後、べとべとと身体を寄せるシエスタの時間に、膝の上に彼女を抱きながら、全裸の巨軀肘掛け椅子の革に触れるそのひんやりとした感触が私は好きだった。彼女はそこでいかにも子供らしく、鼻をほじくりながら新聞の娯楽欄に夢中になっていて、我が恍惚にはまったく無関心で、あたかもうっかりその上に腰を下ろしてしまっただけの、靴とか、人形とか、テニスラケットの握りみたいなもので、わざわざどけるのも面倒だという感じだった。

 若島訳は原文直訳に近いので、ロリータがハンバート・ハンバートの勃起した男根の上に座っているという位置関係がわかりにくい。うっかりするとハンバート・ハンバートのけしからぬ行為を読みすごしてしまうかもしれない。再読した時にわかるように、わざとわかりにくく訳したのかもしれないが、ここはそういう箇所ではないと思う。

 最後は失踪したロリータを探してボロボロになったハンバート・ハンバートがロリータとの関係をふりかえる条である(第2部第32章)。

 彼女とのはじめての旅の途中――最初の極楽めぐりのあいだの――ある日、私は、おのれの幻想を心安らかに味わうために、いやでも気づかずにいられない事実を――彼女にとっては私がボーイフレンドでもなければ魅惑的な男でも友だちでもなく、一個の人間ですらなく、ただ二つの目と赤く充血した一本の肉の足(言っていいことだけを言おうとすると、ついこんなことを言ってしまうのだ)にすぎない事実を無視しようと堅く心に決めた。

 「赤く充血した一本の肉の足」はわかりやすいけれども、くだきすぎである。原文は"a foot of engorged brawn"であり、a foot of snow が「雪の足」ではなく「一フィートの雪」であるように「一本の肉の足」は誤訳というべきだろう。誤訳を承知でわかりやすしたのかもしれないが。

 若島訳は原文に忠実だが、それだけにおやと思う箇所がある。

 私たちが最初に旅行したあいだ(いわば第一回目の楽園めぐりだ)、幻影を心穏やかに楽しむために、私が彼女にとってはボーイフレンドではなく、魅惑の男性でもなく、友達でもなく、まったく人間ですらなくて、ただ単に二つの目と一フィートの充血した肉でしかないという(ここに書けることだけを書けばの話)、目にせざるをえない事実をかたくなに無視することに決めた日があった。

 30cmの男根というのはいくらなんでもありえないだろう。日本語だけを見ていると、こちらの方が誤訳ではないかと思う人がいてもおかしくない。もしかしたらこれは誇張表現であり、ゲラゲラ笑うところなのかもしれない。そうだとしたら、若島訳のようにひっかかるように訳すべきということになる。

 若島訳の特質は優雅で伝統的な文学的表現と俗悪なアメリカ口語の衝突を日本語で再現しようとしたところにあるだろう。丸谷氏の大久保訳批判に代表されるように、これまでナボコフというと文学的な本歌どりの面ばかりが強調されてきたが、『ロリータ』については他の文学作品への言及といってもポオの「アナベル・リー」、メリメの『カルメン』、キャロルの『不思議の国のアリス』を押さえる程度で十分のようだ。本歌どりよりもむしろ雅語と俗語の衝突という俳諧的な面が濃厚であって、大衆文化への引照こそが『ロリータ』の言語宇宙の柱となっている。

 大久保訳は確かに流麗で文学的であるけれども、『ロリータ』に関するかぎり、文学趣味だけでできあがっているわけではなく、不協和音が必要なのだ。若島訳の意義はそれに気づかせてくれたことにある。

→bookwebで購入

2010年01月29日

『ナボコフ伝 ロシア時代』1&2 ボイド (みすず書房)

ナボコフ伝 ロシア時代
→bookwebで購入
ナボコフ伝 ロシア時代
→bookwebで購入

 『群像』11月号のナボコフ特集は泥臭い文芸誌とは思えない充実ぶりだった。名のみ知られていた初期短編「ナターシャ」の翻訳もよかったが、一番の収穫はナボコフ研究の第一人者、ブライアン・ボイド氏の「ナボコフの遺産」という文章である。

 大作家の遺族とのつきあいは難しいものだが、ボイド氏は博士論文を送ったのが縁でヴェーラ夫人にナボコフが暮らしたモントルーのホテルに招かれ、厖大な資料の整理をまかされるようになる。

 『ロリータ』の成功で巨額の印税がはいるようになったナボコフはレマン湖に臨む高級ホテルのスイートルームを五室借りあげ、そのうちの一室を「物置部屋」にしていたが、亡くなった後も「物置部屋」はそのままにされていた。ボイド氏は「物置部屋」で総重量一トンはあろうという資料の整理にあたる一方、税金対策のために50年間公開禁止という条件でアメリカ議会図書館に寄贈されていたナボコフ関連文書にアクセスすることも許された。ボイド氏はヴェーラ夫人の信頼にこたえ、ついには公認の伝記を書く許可をもらうまでになる。

 「ナボコフの遺産」はボイド氏の研究者としての成長とともに新発見のときめきがつづられた好文章で、ボイド氏の名を一躍世界に知らしめた『ナボコフ伝』が俄然読みたくなった。

 ボイド氏の『ナボコフ伝』は「ロシア時代篇」と「アメリカ時代篇」にわかれているが、日本では前半の「ロシア時代篇」のみが上下二巻本で翻訳されている。前半だけといっても、英語圏の学者の書いた伝記だけに本文は上下二段組で660ページ、それに原注が65ページつくという大冊である。

 わたしは構造批評の洗礼を受けた世代なので、正直言うと作家の伝記には抵抗がある。ナボコフの作品は完成度が高いので伝記を読んでも作品を読む妨げにはならないだろうと理屈をつけて読みはじめたが、すぐに引きこまれた。訳文が明快ですらすら読めたということも大きい。

 ナボコフには『記憶よ、語れ』という哀切な美しさに満ちた回想録の傑作があるが、思いつくままの回想なので話が前後するし、時代背景などナボコフ本人にとって言わずもがなのことは書かれていない。記憶の間違いや故意の言い落としや謙遜、歪曲もある。本書を読んでようやく『記憶よ、語れ』の全体像が見えてきた。

 ナボコフの父親(名前が同じウラジーミルなので、本書では「V.D.ナボコフ」と表記)がリベラルな政治家だったことは『記憶よ、語れ』にもふれられていたが、想像していたよりもはるかに大物だった。立憲民主党カデットの幹部で、二月革命までは言論人として重きをなしたが、革命後臨時政府ができると入閣し、ミハイル大公の皇位継承放棄の詔書を起草するなど重要な役割を果たしている。

 十月革命が起こるとクリミアに逃れて当地の臨時政府の閣僚となったが、結局、亡命を選ぶ。貴族の中には情勢の悪化を見越して、預金を海外に移すものがすくなくなかったが、ナボコフの父親は愛国者だったので資金移動を潔しとせず、そのため亡命後、ナボコフ家は経済的に逼迫することになる。

 ナボコフ家はいったんはロンドンにおちつくが、一家は奨学金でケンブリッジに入学した二人の息子を英国に残し、すぐにベルリンに移る。白軍の壊滅後、百万人を越える亡命者がロシアを後にしたが、その多くは物価の安かったベルリンに流入し、ベルリンは亡命ロシア人の中心都市になっていたからである。

 亡命者の多くは教育を受けた知識人だったから、ベルリンはペテルスブルクやモスクワをしのぐロシア文化の中心地となった。1920年代前半、名のある作家や芸術家の多くはベルリンに居を定めており、なんと86ものロシア語の出版社が鎬を削り、ベルリンで発行された本や雑誌、新聞はアメリカやアジアなど世界中でロシア人亡命者に読まれていたという。

 ナボコフの父親は「舵」という新聞を創刊して亡命ロシアの文化的指導者となり、立憲民主党カデットの活動を再開したが、ここで悲劇が起こる。立憲民主党カデットの創設者、ミリュコーフの歓迎会でミリューコフを襲った狂信的王党派の暗殺者を押しとどめようとして落命する。

 父を喪った日のナボコフの長文の日記が引用されているが、これだけで一つの文学作品になっている。

 ケンブリッジ卒業後、ナボコフはベルリンにもどり銀行に就職するが、わずか三時間で退職してしまう。以後、定職に就かず、ロシア語の家庭教師やテニスのコーチ、果樹園の労働者などの職を転々としながら詩と小説を書きつづけて、亡命ロシア人作家として実績を積み重ねていく。

 定職に就かなかったために、ケンブリッジのルームメイトで反ユダヤ主義者のミハイル・カラシニコフの従妹との婚約は破棄されてしまうが、すぐに別の出会いがある。生涯の伴侶となったヴェーラ夫人である。

 ヴェーラ夫人はユダヤ系ロシア人だったために、ナチスが台頭してくるとヨーロッパにいては危険になる。貧乏暮らしをつづけていたナボコフにはアメリカに渡航する費用は用意できなかったが、ナボコフの父親が反ユダヤ主義に果敢に反対したことを憶えていたユダヤ人組織の指導者のはからいと募金で一家は1940年5月、危ういところでフランスを出国する。「ロシア時代篇」はここで終わる。

 下巻には『ディフェンス』と『賜物』についてのまとまった批評があり、勉強になった。『ディフェンス』はあまりいいとは思わなかったが、読みが足りなかったのかもしれない。

 「アメリカ時代篇」が読みたいので原書を注文しようとしたら絶版だった。「アメリカ時代篇」の一日も早い邦訳を願う。


→1を購入


→2を購入


2010年01月28日

『The Original of Laura』 Nobokov (Knopf)

The Original of Laura →bookwebで購入

 没後32年目に出版されたナボコフの遺作で、「死は悦び」という副題がついている。ナボコフは未完の作品はすべて焼却するように遺言していたが、その遺言に逆らって出版したというので世界的なニュースになった。

 ナボコフの未完の「長編」が出たのは文学的事件なので注文してみたが、届いたのは3cmくらいある分厚いハードカバーだった。こんな長い作品が眠っていたのかとわくわくしながらページを開いたところ、愕然とした。

 "The Original of Laura"はインデックスカードという厚紙のカードに鉛筆書きされていたと伝えられているが、奇数ページの上半分にはカードの表側が写真版で、下半分には活字化されたテキストが印刷されている。偶数ページはカードの裏が同じ体裁でレイアウトされているが、裏面にまで文字が書かれているカードは数枚だけである。本の用紙自体もインデックスカードの厚さなので(カードの縁に沿ってミシン目がはいっていて、切りとれば元のカードが再現できるようになっている)、ぶ厚いといっても280ページほどしかない。インデックスカードは12行書けるようになっているが、それを活字化したテキストは8行で組まれている。普通の組み方をしたら50ページ足らずでおさまるだろう。

 書き直しや綴りの間違いまでふくめてナボコフの肉筆を見ることができたし、凝った造本の割りには3000円そこそこだったので腹は立たなかったが、厚さが厚さだっただけにがっかりしたことは否めない。

 50ページの分量しかないなら「長編」という報道は間違いだったのだろうか。

 本書の刊行にあわせて『群像』11月号は「知られざるウラジミール・ナボコフ」という特集を組んだが、若島正氏は「私の消し方――『ローラのオリジナル』を読む」を寄稿し、本書が『透明な対象』と同じくアルファベットになぞらえた26章構成であること、『透明な対象』と共通する人物が複数登場すること、死にゆく意識をテーマとしていることから、両者をペアになる作品と推定している。この仮説が正しいなら、刊行された『ローラのオリジナル』はありうべき作品の1/4ほどの断片ということになる。わたしは若島説は説得力があると思う。この書き出しは『透明な対象』に匹敵する長編の冒頭にふさわしい。

 さて、中味である。

 物語は闇の中の声からはじまり、目が闇になれるようにしだいに状況があきらかになってくる。声の主の女はフローラといい、作家の妻。もう一人男がいて、彼も作家らしい。二人はパーティを抜けだして、束の間の情事を楽しんでいる。かなりあけすけな描写である。

 第二章以降はフローラの生い立ちに飛ぶ。フローラの祖父は1920年にモスクワからニューヨークに亡命したロシア人画家で、その息子でファッション・カメラマンのアダムと、バレリーナのランスカヤの間にできたのがフローラだ。父アダムには少年愛の癖があったが、愛した少年たちが殺しあいをしたのを気に病んだのか、ピストル自殺してしまう。彼は自殺の瞬間を自動シャッターで撮影したが、未亡人となった母はその写真を雑誌に売ってしまい、その金でパリに住居を確保する。

 フローラの母はバレエ教師として成功するが、フローラが12歳の時、ヒューバート・ヒューバート(!)という男があらわれる。彼は母とねんごろになるが、本当の狙いはフローラにあり、ある夜、フローラが38度の熱を出し、母が薬屋にアスピリンを買いに行っている隙にイタズラしてくるが、彼女はすんでのところで股間を蹴りあげ身を守る。

 フローラは14歳の時、滞在先のホテルでテニスの球拾いをやっている少年と初体験をすませる。彼女は彼の性器を冷静に観察する一方、唇へのキスは許さない。セックスへの好奇心から身をまかせたにすぎず、ロリータとそっくりの経歴である。

 この後、大学時代に話が飛び、フランス語とロシア語の授業で一緒になった日本人の娘から左手に文字を書きつけるというカンニングの技を伝授される(肌に文字を書くことと日本人が教えるというのは「耳なし芳一」からの連想だろうか)。

 小説の態をなしているのはこのあたりまでで、残りは断片や創作ノートの類だ。冒頭でフローラと交わっていた作家は彼女をモデルに『ローラ』という小説を書き、ベストセラーになるという展開らしい。『ローラのオリジナル』という題名はここから来ているが、フローラの生い立ちを描いた部分とどうつながるかはわからない。

 フローラを描いた条はナボコフの香りがたしかにするけれども、それだけだったら遺言に逆らってまで出版するほどの価値はなかっただろう。本書で一番興味深いのは創作ノートの部分だった。仏教のニルヴァーナの思想についてのメモや自我の消滅といった文言が書かれており、われわれが知っていると思っていたのとは別のナボコフが顔をのぞかせている。瞑想修行を思わせる記述もある。本書の副題になっている「死は悦び」も死後の世界や仏教への関心が背景にあるらしい。

 死後の世界への言及は『青白い炎』などにも出てきたが、狂人の戯言のような形で相対化されていた。ナボコフと仏教などというと大方の読者は眉に唾をつけることだろう。ところが現在のナボコフ研究はどうもそちらの方向に向かっているらしいのだ。

 ナボコフの伝記の決定版の著者であり、ナボコフ研究の第一人者であるブライアン・ボイド氏が『群像』の特集に「ナボコフの遺産」という文章を寄せているが、そこにはこう書かれている。

 一九七八年にヴェラナボコフが書き記したナボコフの中心的なテーマは「異界」だというよく引用されるコメントとは別に、私はナボコフの形而上学への傾倒、とりわけ死後の世界があるとしたらどのようなものかという、思考実験と小説上の探求についての研究にも手を伸ばしていた。私はナボコフの中心的なテーマは、自伝『記憶よ、語れ』で述べられているように、心理的、認知論的、倫理的、形而上学的なものまでふくむ、宇宙における意識の位置だと一貫して考えてきた。死の先にある形而上学的存在の可能性への生き生きとしたナボコフの関心は一九七〇年代の終わりまでかろうじて認められ、十分に、たぶん十分すぎるほど、ここ三十年にわたるナボコフ研究の中で解明されてきた。

 ボイド氏は1986年にヴェラ夫人から許可をもらい『ローラのオリジナル』を読んでいたということだが、なるほど、こういうわけだったのだ。

→bookwebで購入