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2009年12月29日

『反哲学入門』 木田元 (新潮社)

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 本書は題名からして『反哲学史』とかぶっているが、中味も完全にかぶっている。異なるのは『反哲学史』が大学の講義を元にしているのに対し、本書は哲学とは縁遠い若い女性編集者に語った録音を原稿に起こし、新潮社のPR誌『波』に連載した点である。『反哲学史』も驚異的にわかりやすかったが、本書はそれ以上にわかりやすい本を目指しているのである。

 結果はどうか?

 わたしの見るところ、デカルト以降は本書の方がいいが、古代・中世をあつかった前半部分は前著の方がよかったと思う。

 急いでつけくわえておくが、本書は前著の二番煎じにならないように、前半部分にも新しい論点が追加されている。ギリシア土着の自然観と日本土着の自然観がよく似ているという指摘は前著にもあったが、本書では丸山眞男の「歴史意識の『古層』」(『忠誠と反逆』所収)に出てくる、世界のさまざまの民族の宇宙創成神話が「なる」「うむ」「つくる」という三つの動詞のどれかに分類できるという説を引き、ギリシアと日本の土着の自然観がともに「なる」系なの対し、プラトンはセム民族の「つくる」系の自然観を持ちこんだとしている。ちなみに西欧の「自然」という言葉の語源となったラテン語の natura は「うむ」系だそうである。

 芽生え生長していく、おのずから「なる」自然から生命力を奪い、「つくられる」自然、材料としての自然に置き換えたところに哲学的思考の本質があるとするのがニーチェにはじまる哲学批判の流れである。

 「なる」「うむ」「つくる」という分類は面白いが、その点を考慮しても本書の前半部分は前著におよばないような感想をもった。前著がそれだけみごとに書かれているからだが、それだけでなく、本書の前半部分はちょっと崩しすぎではないかという印象を受けるのだ。

 一方、近代をあつかった後半部分は本書の方が断然いい。前著は講義が元だけに学期末が迫ってきて駆け足になり、十分展開しきらなかった憾みが残ったが、本書は数学化された自然の成立を実にすっきり説明しており、「主観」と「客観」という言葉が近代にまって逆転した顚末などほとんど名人芸を見る思いがする。

 また最終章は「反哲学」の大成者であるハイデガーにまるまるあてており、「反哲学史」がようやく完結したという手応えをもつことができた(推測だが、木田氏自身、前著の後半部分には満足していなかったので、本書の企画に乗ったということはないだろうか)。

 勝手なことを言うと、前著の1~6章の後に本書の4章以降をつなげ、序文で「なる」「うむ」「つくる」の三類型にふれた本を作れば、最強のハイデガー系哲学史になるのではないか。

 最後に目次を載せておく。

第1章 哲学は欧米人だけの思考法である
第2章 古代ギリシアで起こったこと
第3章 哲学とキリスト教の深い関係
第4章 近代哲学の展開
第5章 「反哲学」の誕生
第6章 ハイデガーの二十世紀

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