『文字史の構想』 杉本つとむ (萱原書房)
国語学者で語源と異体字の研究で著名な杉本つとむ氏が多年にわたって書きためた文字学に関する論文をまとめた本である。杉本氏には本欄でもとりあげた『漢字百珍』という好著があるが、文字学の本は意外にも本書がはじめてだそうである。
本書は第Ⅰ篇「漢字・仮字の本質を考える」と第Ⅱ篇「漢字はどう研究されたか」の二部にわかれる。
第Ⅰ篇「漢字・仮字の本質を考える」は理論篇で、日本における漢字受容史と異体字、宛字、仮名を考察した論文が集められている。
長年、文字を研究してきた碩学だけに興味深い事例がふんだんに登場し、貴重な図版も多数収録されていて勉強になったが、理論的考察となるとどうだろうか。著者には江戸の本草学を紹介した『江戸の博物学者』というすぐれた本があるが、博物学的な観察こそが著者の本領ではないかという気がする。
片仮名と平仮名がどう違うかを論じた「漢字周辺文字としての<かな>」と「カタカナの本質と位置」は興味深かった。同様の問題は網野善彦氏が『日本論の視座』の第五章「日本の文字社会の特質」で考察しているので、あわせて読むといいだろう。
第Ⅱ篇「漢字はどう研究されたか」はおもしろかった。異体字関係では必ず名前が出てくる『干禄字書』、新井白石『同文通考』をはじめとして、太宰春臺の一連の漢字研究、山本格安『和字正俗通』、狩谷棭斎と松崎慊堂の学問の交流、吉利支丹版の漢和辞典『落葉集』のライデン大学所蔵本を論じた文章が集められている。
白石の『同文通考』は日本の文字研究の嚆矢とされる有名な本だが、版本として刊行されるまでに焼却されかかるなどの曲折があったとは知らなかった。
『落葉集』については『落葉集』自体の重要性もさることながら、同書を世に知らせたアーネスト・サトウの『日本耶蘇会刊行書誌』の書影の捏造疑惑が出てきたという条には驚いた。




