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2009年10月21日

『ルードウィヒ・B』 手塚治虫 (潮出版社)

ルードウィヒ・B →bookwebで購入

 『ル-ドウィヒ・B』は「コミックトム」に1987年6月号から1989年2月号まで連載された未完の長編である。2月号が店頭にならんだ一ヶ月後、手塚治虫は61年の生涯を閉じている。『ル-ドウィヒ・B』は手塚の絶筆作品の一つとなった。

 「コミックトム」は「希望の友」を前身とする創価学会系の子供向け雑誌で、横山光輝は『三国志』を15年、『項羽と劉邦』を5年の長きにわたって連載した。手塚も『ブッダ』を12年間連載している。ベートーヴェンの前半生を描いた『ル-ドウィヒ・B』は『ブッダ』につづく伝記漫画で、もし手塚が長生きしていたらベートーヴェンの全生涯をカバーした大河漫画になっていただろう。

 講談社全集版では二巻にわけて収録されているが、ハードカバー一冊の潮出版版で読んだ。この版では冒頭の七頁がカラーで印刷され、巻末にウィーンのベートーヴェン旧居を訪ねた絵入りエッセイと萩尾望都による解説が付されている。

 ベートーヴェンについては多くのエピソードが伝わっており、伝記作家は材料に事欠かないが、手塚はドラマに緊迫感をもたせるためか、生涯を通した敵役――フランツ・クロイツシュタイン公爵を登場させている。

 『アマデウス』のサリエリのような役回りだが、サリエリは実在の人物であるのに対し、クロイツシュタイン公爵は手塚の創作である。モデルになった人物もちょっと思い浮かばないが、強いてモデルをあげるとしたら仏伝の敵役、提婆達多だろうか(『ブッダ』ではダイバダッタとして登場)。

 『ブッダ』のダイバダッタは逆恨みの権化だったが、フランツ・クロイツシュタイン公爵はそれに輪をかけた逆恨み男である。ルードウィヒという名前の孔雀のせいで母親が死んだと思いこみ、ベートーヴェンの名前がルードウィヒだという理由だけで執拗に意地悪をくりかえすのだ。ベートーヴェンにふりかかる災難はすべて公爵の差し金とされており、難聴になったことまで彼の責任になっている。

 いかにも漫画的なドラマ作りだが、史実のベートーヴェンは嫌みの固まりのような男だったので、これくらい強烈な敵役をぶつけないと読者の共感を呼べないと判断したのかもしれない。

 フィクションの中におなじみのエピソードを巧みに織りこんでいるが、残念なことに終わりに近づくにしたがってストーリー展開がざつになっていく。ハイドンとのからみなどはもっと描き方があったと思うが、手塚には余力が残っていなかったのだろう。

 もっとも病状的に一番きつかったと思われる時期に、クロイツシュタイン公爵家にベートーヴェンを撮影したビデオテープ(!)が残っていたという設定で、コマ割りで見せるという遊びをやっている。手塚はアニメの大作を作る一方で実験的なアニメを作りつづけたが、亡くなる直前の時期でも実験を試みていたのはすごい。

 ベートーヴェンが30歳になり「月光ソナタ」を作曲したところで終わっているが、30歳になってもベートーヴェンは子供のままの顔で描かれている。『ブッダ』でもずっと子供の顔のままで、成道してからやっと大人の顔(老人の顔?)になったが、ベートーヴェンもいずれ大人の顔に描かれたのではないか。それは放蕩者の甥が出てくるあたりだろうか、完全に聴力を失ったあたりだろうか。

 未完で終わったのは残念だが、描かれなかった後半を想像するという楽しみもある。

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