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2009年10月19日

『ファウスト』 手塚治虫 (講談社)

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 ゲーテの『ファウスト』の漫画化で、1950年に書下ろし作品として発表された。大人の読む文学作品を漫画にした例はそれまでなく、後の世界名作漫画ブームの先駆けとなったといわれている。

 手塚治虫は『ファウスト』を三回漫画化している。本作と1971年連載の『百物語』、絶筆の一つとなった1988年連載開始の『ネオ・ファウスト』である。ファウストは手塚が生涯追求しつづけたテーマとされている。

 いつかは読もうと思っていて今回ようやく読んだのであるが、有名なエピソードは一応抑えているものの、原作とは別物で、「どこがファウスト?」というのが第一印象だった。これだったら『罪と罰』の方がまだ原作の匂いを伝えている。

 原作ではメフィストは人間に理性をもたせることの是非を神と議論し、理性の権化であるファウストを悪の道に引きずりこめるかどうかという賭を神にもちかけるが、手塚版のメフィストは孫悟空のように天上界で大暴れして捕まり、傲慢の鼻をへし折るために下界に送られる。そんなに力があると思うならファウストを悪の道に引きこんでみろというわけだ。原作はファウストが試される話だったのに、手塚版ではメフィストの力が試される話にひっくり返っている。

 手塚版ではファウストの影が薄い。理由ははっきりしている。ファウストに悪事を犯させないからだ。

 原作では若返ったファウストは酒場で乱暴狼藉をはたらき、清純なマルガレーテを妊娠させ、あろうことか彼女に嬰児殺しの罪をかぶせて獄死させてしまう。そういう裏切りをおこなったファウストが最期はマルガレーテに救われるのである。マルガレーテのエピソードを割愛したら『ファウスト』ではなくなるではないか。子供向けでは刺激が強すぎるということかもしれない。

 ファウストの影が薄い一方で、メフィストは可愛らしい黒犬の姿で登場して大活躍する。手塚は主人公をメフィストに変えているのだ。

 「あとがき」を読んで謎が解けた。手塚はエルショフの原作によるソ連製アニメ『せむしの仔馬』を見て感銘を受け、その影響が決定的だったというのである。

 「せむしの仔馬」の美術デザインの影響が、この「ファウスト」には、かなり顕著にあらわれています。また、設定もかなり「せむしの仔馬」的です。まず、悪魔のメフィストフェレスは、この作品では終始黒犬で登場しますが、原作ではご存知のとおり、最初のくだりにちょいと出てくるだけです。つまり、「せむしの仔馬」のイワン少年と仔馬のコンビネーションが、この作品ではファウストと黒犬という関係になっているのです。ファウストが黒犬にまたがって空を飛ぶところなんか、これはもう完全に「せむしの仔馬」です。

 『火の鳥』も『せむしの仔馬』の影響を受けているそうだし、最晩年には『青いブリンク』として『せむしの仔馬』の再アニメ化にとりくんでいる。手塚が生涯追いつづけたのは『ファウスト』ではなく、『せむしの仔馬』だったということか。

 講談社全集版『ファウスト』には「赤い雪」が併録されている。

 「赤い雪」は1955年に「少女の友」に連載された中編で、赤い雪が降った日に生まれたばかりに魔女あつかいされてきた少女が歌の才能を発揮し、王子様と結婚してめでたしめでたしとなる話だが、ソ連製アニメ『氷の女王』の影響が濃厚である。

 この作品が「ファウスト」に併録されたのはソ連製アニメという括りからだろうと思われる。手塚治虫におけるソ連製アニメの影響はきちんと論じられる必要がありそうだ。

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