« 『地球を呑む』1&2 手塚治虫 (講談社) | メイン | 『空気の底』 手塚治虫 (秋田書店) »

2009年10月13日

『人間昆虫記』 手塚治虫 (秋田書店)

人間昆虫記 →bookwebで購入

 「プレイコミック」に1970年から翌年にかけて連載された長編漫画である。講談社版全集では上巻下巻にわかれているが、ハードカバーで一冊本の秋田書店版「手塚治虫・傑作選集」で読んだ。値段は講談社版とほぼ同じだが、造本がしっかりしていて版型がひとまわり大きい。

 十村十枝子という女性が先輩を食い物にしてのしあがっていくという女版ピカレスクである。

 彼女はまず女優として頭角をあらわし演出に手を広げ、グラフィック・デザインで世界的な賞をとり、小説を書いて芥川賞を受賞する。大企業の重役夫人におさまったかと思うと、海外で写真家として名声を博するという具合である。

 彼女は多彩な才能を発揮するが、実は模倣の才能だけでオリジナリティはなく、評価された仕事も先輩の構想段階の作品を盗んだ結果にすぎない。盗まれた方は腑抜けのようになって落ちぶれるか、彼女を恨みながらも崇拝しつづけるか、盗作を言いたてて崇拝者に殺されるか、悲惨な末路をたどる。

 色と慾にまみれたいかにも劇画的な題材を手塚流の丸っこい絵柄で描いているので、かなり異和感があった。

 手塚の絵は少年漫画の時代からエロティシズムが隠し味になっていたが、そこはかとないエロティシズムだったからよかったので、エロスを前面に出すとなると別である。十枝子は一仕事終えると、隠れ家にしている田舎の家で亡母を形どった蠟人形に全裸になって甘えるが、ヌードの絵がさっぱりエロチックではないのだ。1970年前後の手塚は劇画ブームにすりよろうと無理をしていたという見方があるが、この作品については一理あると思う。

 『地球を呑む』よりは劇画が板についてきたが、エロチックな場面はまだ成功しているとはいえないし、十枝子の勝ち誇った表情もどうかなと思う。だが時おり見せる悔しそうな表情や、見捨てられたような空虚な表情は可愛らしくも魅力的である。

 手塚は悪の魅力を描こうとしたが、悪に徹しきれない弱さの部分で十枝子はようやくリアリティをもちえた。ピカレスクものとしては不徹底である。手塚がヒューマニズムの枠を越えるには手塚劇画の最高傑作『奇子』を待たなければならない。

→bookwebで購入

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://booklog.kinokuniya.co.jp/mt-tb.cgi/3409