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2009年07月30日

『ウィキペディアで何が起こっているのか』 山本まさき&古田雄介 (オーム社)

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 『ウィキペディア革命』はWikipediaを文化論の視点から俯瞰的に論じていたが、本書は日本語版Wikipediaがどのような人たちによって、どのように運営されているかに注目していわば等身大に論じている。著者の山本まさき氏はSE、古田雄介氏はIT関係のライターだそうである。2007年から2008年にかけての日本語版が対象となっていることもあるが、『ウィキペディア革命』と較べると情報量が多いだけでなくなんとも生々しい。

 2007年から2008年の日本語版と断ったのには理由がある。社会的影響力をもちはじめた日本語版Wikipediaは2007年にいたって外部の批判にさらされるようになたが、内部的には批判に答えるべく体質改善の動きが起こり、すったもんだの末に2008年には一応の改善が見られたからだ(といっても、相当あぶなっかしいが)。

 01「ウィキペディアとは」(山本まさき)は全体のまとめにあたる文章である。うまくまとまっているので日本語版Wikipediaの運営のあらましがわかったつもりになるかもしれないが、それは早合点だ。03を読まないと本当の問題点はわからない。

 02「ウィキペディアで起きた事件」(古田雄介)は2008年2月までに起きたWikipedia関係の重要事件を例に、Wikipediaのルールが具体的にどのように機能したかを検証している。ルールというと退屈な印象を持つ人がいるかもしれないが、記憶に新しい事件が題材となっているだけにわかりやすく面白い。

 03「ウィキペディアの管理は問題山積み」(山本まさき)は本書の一番の読みどころで、唖然とする話が次から次へと出てくる。Wikipediaの魅力の一つは独裁者がいないことだが、日本語版Wikipediaには責任者もいなかったのである。

 管理者権限をあたえられている管理者はいることはいるが、一般利用者とさして変わらぬ無報酬の善意の人である上に、人数が本書出版時点で50人しかいないので(同規模の利用者をかかえる2ちゃんねるは300~400人)、問題のある記述があっても削除にはひどく時間がかかるそうである。

 一番驚いたのはプロバイダ責任法にもとづく発信者情報の開示が実質的に不可能という指摘だ。名誉棄損が起きた場合、発信者情報の開示請求はアメリカのWikimedia財団に対しておこなうことになるが、英語という壁がある上にアメリカにはプロバイダ責任法はないので梨のつぶてなのだそうである。

 WikiScannerの公開で発信者情報の問題には一応の解決がついたが、管理者はめんどくさいことがあると全部アメリカのWikimedia財団にまわしてしまい、またそれ以外の対処法が用意されているわけでもない。Wikimedia財団を訴えるにはアメリカでアメリカ人の弁護士を雇い、アメリカの法律にのっとって英語で訴訟を起こさなければならない。実質的には不可能で被害者は泣き寝入りするしかない。

 04「それぞれが考えるウィキペディア日本語版」(古田雄介、山本まさき)は日本語版Wikipediaの管理者二人とWikipedia批判派二人のインタビューだが、管理者は管理者というより傍観者的な印象が強い。そんなことでいいのかと思ったが、著者は管理者に同情的で、善意でやっているのに逆恨みされる気の毒な人たちという見方をしていて、「現在、匿名の権利をもって最初に保護しなければならないユーザーは管理者である」と断定している。実際インタビューに答えた二人の管理者はTomos、Ks aka 98というハンドルネームで登場する。

 05「変わり始めるソーシャルメディア信仰」(山本まさき)は WEB2.0ともてはやされた利用者参加型のメディア一般を考察し、その中でWikipediaがどのような位置を占めるかを考察している。本書で唯一俯瞰的な議論をおこなっている部分だが、一介のサラリーマンという視点に徹しており『ウィキペディア革命』のような高尚な文化論にはならない。とかく批判されがちな若者がマスコミより口コミを信用する傾向や匿名制を著者は支持しているが、大所高所に立つ言論人ではなく一介のサラリーマンの発言だけに、それなりの説得力がある。一般人の間でここまでマスコミ不信が強まっていることをマスコミ側は知るべきだ。

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