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2009年07月29日

『ウィキペディア革命』 アスリーヌ編 (岩波書店)

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 本書はフランスのグランゼコールの一つであるパリ政治学院シアンスポで講師をつとめるピエール・アスリーヌが、演習でおこなったWikipediaに関する調査をもとにまとめた本である。パリ政治学院を卒業したばかりの若いジャーナリストがそれぞれ一章を担当し、アスリーヌは全体のまとめにあたる序文を書いている。

 第1章「動揺する教育現場」にはWikipedia丸写しのレポートを提出する学生がフランスにもたくさんいるとあり、やはり世界的な現象だったのだなと苦笑した。

 第2章「判定の判断―ネイチャー誌調査の真実」は Natureが2005年におこなったBritanicaとWikipediaの比較記事の問題点を掘りさげている。  Natureは専門家に依頼して、42の項目について Biritanicaと Wikipediaの記事を比較検討してもらった結果、間違いと欠落が Britanicaには123箇所、Wikipediaには162箇所あったと発表した。WikipediaはBritanicaより24%不正確だったわけだが、24%しか違いがなかったともいえる(Britanica側はNatureの記事に対する反論を発表し、Nature側は再反論を出している)。

 素人百科事典と見られていたWikipediaは、この記事以降、Britanicaに匹敵する信頼性をもつという見方が広まった。

 本章ではNature調査の問題点がいろいろ指摘されているが、最も重要なのは対象となった項目がWikipediaの得意とする科学分野に限られていた点だろう。Wikipediaの投稿者はもともと理系に偏っている上に、「ハンス・ベーテ」や「アルドール反応」といった専門的な項目には素人投稿者は近寄らず、荒らしの対象になりにくい。42の項目のほとんどは修正回数のすくない安定した項目であり、2006年度の修正回数が千回を越えていたのは「エタノール」だけだった。

 一方、「ジャンヌ・ダルク」のような項目は一家言のある素人投稿者がちょっかいを出したくなるのか、同じ時期の修正回数が二千回近い。「イラク」や「アルカイダ」のような政治的に微妙な項目だと二千四百回前後となる。

 日本語版Wikipediaを見ても文系項目は理系項目と比べると質・量ともに見劣りがする。アニメ 、マンガ、アイドル、SF関係は異常に充実しているが、これはWikipediaの投稿者がその方面に偏っているためだろう。

 第3章「ウィキペディアの裏側」は政治的荒らし行為とWikipediaが生みだした対抗策についてとりあげている。保護処置や仲裁制度が紹介されているが、日仏のローカルルールの違いか、『ウィキペディアで何が起こっているのか』で紹介されている日本語版の場合とはすくなからず異なる。

 第4章「間違い、改ざん、虚偽」は意図的なでっちあげ、Wikipediaを利用した誹謗中傷、投稿者の虚偽の経歴など、Wikipediaの暗黒面がとりあげられている。

 アメリカ版Wikipediaで調停委員会の委員長を二度つとめ、荒らし行為を罰する権限を持つ14人しかいないチェックユーザーにも選ばれたEssjayという人物は神学の教授と称していたが、実は24歳の青年だったことがわかり、大騒ぎになったという。

 暗い話ばかりだが、愉快な話題もある。レバノン沖に浮かぶ島、ポルシェジアだ。いたずら者がWikipeiaに投稿したでっちあげ項目だったので今は削除されているが、削除後もこの島を愛する人々によってネット上で島の歴史が語り伝えられている(Prochesiaで検索すると二千件近くヒットする)。WikipediaのパロディであるUncyclopediaには「プロシェジア島のホロコースト」という項目まで立てられている。

 第5章「百科事典の興亡」は無料のWikipediaのために影響を受けた既存の百科事典、ラルースクイッドをとりあげている。

 ラルースはまずマイクロソフトのCD-ROM百科事典Encartaで打撃を受け、十巻本のグラン・ラルースは1985年版を最後に書籍版からCD-ROM版に、さらに有料のオンライン版へと移行した。

 クィッドの一巻本百科事典は2000年には50万部を売ったが、2001年にWikipediaフランス語版が登場すると売上は75%減の13万部前後に低迷し、2008年以降は書籍版の出版をとりやめ、オンライン版に完全移行した。ラルース、ユニベルセル、アシェットは有料路線をつづけたが、クィッドは2001年に無料化に踏み切り、広告収入だけで運営することにした。インターネット・バブルの崩壊で広告料が激減した時、経営を支えたのは部数を減らしながらもつづけていた書籍版の売上だったというのは皮肉である。

 興味深いのはネットによって大打撃を受けたにもかかわらず、ラルースもクイッドもネットを前向きにとらえ、新しいニッチを築こうとしていることだ。

 クィッドは項目数を二万程度に絞りこみ、その範囲で専門家の手による簡潔でバランスのとれた信頼性の高い記述を目指す方針をとった結果、現在では一定のブランドになっているようだ。

 ラルースはオンライン版に「貢献スペース」を設け、読者の力をとりこもうとしている。Wikipediaと違って投稿者は実名でなければならないし、項目の内容を修正することはできないが、コメントをつけたり、他の項目へリンクをはることができるという。

 フランス革命史を専門とするトゥラールという歴史学者がWikipediaのナポレオンの項目に加筆したところ、別の投稿者が高校生なみの修正をくわえたので、Wikipediaに協力する気をなくしたという話が出てくる(本当に高校生だったのかもしれない)。これはよくわかる。わたし自身、日本語版Wikipediaの存在を知った時にアカウントを作ったが、他人にいくらでも文章を変えられてしまうとわかり、一回も投稿せずに終わった(最近、必要があってまたアカウントを作ったが、義理を果したのでこれ以上係わるつもりはない)。自分の文章を勝手にいじられるのは苦痛であり、そんなものに協力する気にはなれない。

 第6章「ディドロはウィキペディアの先駆者?」は本書で一番読みごたえのある章だが、章題とは裏腹にWikipediaとディドロの思想の根本的な違いを問題にしている。

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