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2009年02月28日

『人類の足跡10万年全史』 スティーヴン・オッペンハイマー (草思社)

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 人類の起源の手がかりはかつては化石しかなかったが、今ではDNA解読と古気候学の進歩によって人類がどのように生まれ、どのように世界に広がっていったかの道筋がほぼたどれるようになった。出アフリカをはたしたのはわずか150人ほどの集団で、アフリカ人以外の人類はすべてこの150人の子孫であることがわかっている。

 本書は10万年におよぶ人類の旅を概観した本である。著者のオッペンハイマーは人類学者だが、科学ライターとしても活躍しているよし。

 人類の旅のあらましはTVや雑誌などでたびたびとりあげられているので、紹介するまでもないだろう。ここでは本書ならではの点をとりあげる。

 まず目を引くのは巻頭の8ページのカラーの口絵である。特に最初の3ページには化石から復顔したアウストラロピテクス、ホモ・エレクトス、ネアンデルタール人の写真が掲げられているが、よほどの名人が復顔したのか、見ていて飽きない。

 最初のアウストラロピテクスはルーシーの家族と見られる骨から復顔したそうだが、チンパンジーとあまり変わらない。次のホモ・エレクトスは現生人類に先だって出アフリカして全世界に拡がり、アジアでは北京原人やジャワ原人、ヨーロッパではネアンデルタール人に進化した旧人のルーツであるが、第一印象は人間である。ワイルドすぎる点と鼻と顎にチンパンジーの面影が残るが、眼は人間そのものといってよく、叡智を感じさせる。

 三番目のネアンデルタール人になると、これはどう見ても面長で知的な白人である。最近、ネットでネアンデルタール人の少女の復顔像を見たが、繊細で可憐でさえある。以前はいかにも原始人然としたごつい風貌で描かれることが多かったが、実は現生人類とほとんど変わらなかったのかもしれない。以上の三葉の写真だけでも、本書を買う価値はある。

 次に目を引くのは出アフリカがシナイ半島を通ってレバノンに抜ける北ルートだったか、ソマリアの北から紅海をわたってアラビア半島に上陸する南ルートだったについて多くのページを割いていることだ。

 TV番組や類書では簡単にすまされることが多いが、考えてみれば不思議なことである。北ルートはつねに地つづきだったが、南ルートは出アフリカがおこなわれた6万5千年前の時点では氷河期による海面低下があったとはいえ、なお海で隔てられていた。モーセのように紅海をまっぷたつに割るなどという芸当はわれわれの先祖には無理だったろうから、筏かなにかでわたったのだろう。なぜそこまでして出アフリカを決行したのだろうか。出エジプトをしたユダヤ人のように誰かに追われていたのだろうか。

 本書によれば南ルートが選ばれた理由は古気候にあった。150人の先祖が出アフリカを敢行したのはヴュルム氷期のまっただなかだった。北ルートにあたるエジプトからレバノンにかけての一帯は砂漠化し、ヒトがたちいれるような状態ではなかった。紅海は完全に外洋から遮断されることはなかったものの内海化し、塩分濃度が高まっていた。塩分濃度が高いとプランクトンが激減し、蟹や貝などが育たなくなる。オッペンハイマーは書いている。

 紅海のプランクトン・レベルの低下はさらに浜の採集民の暮らしにも影響をおよぼしただろう。それにひきかえ対岸にあるイエメンのアデン湾の浜は、<悲しみの門>の外にあって栄養豊富で、インド洋から押し寄せる海水によって酸素が供給された。つまり南アラビアの沿岸では浜で採集する条件は非常によかったと思われる。
 紅海西岸のとぼしくなる食料、アデン湾の魅力ある海岸、そして避難地に適した涼しく湿ったイエメンの台地が、わたしたちの祖先をきわめて重要な行動にかりたてたのだろう。

 アラビア半島に上陸した先祖たちは半島の南岸沿いに広がっていき、海面低下で陸地化していたホルムズ海峡を通ってインドに達する。当時のインドは温暖で、ヒトの第二の揺籃地となった。先祖たちはここで人口を増やしてユーラシア大陸の西と東に散っていくのである。

 南ルート説が出てくる前は北ルート説が一般的だった。南ルート説が定説になった後も北ルート説に固執する学者はすくなくなかった。彼らが北ルート説にこだわった背景にはヨーロッパ人の起源の問題があったようだ。北ルート説なら出アフリカした人類は直接ヨーロッパにはいれるが、南ルート説だと一度インドまで行き、人口が増えてから改めて西進してきたことになるのだ。白人至上主義にとらわれた人にとっては認めたくない事実に違いない。

 本書はまたアメリカ先住民の起源にも多くのページをさいているが、これもまた政治的に微妙な問題である。興味深い指摘がいろいろあるが、詳しくは本書を読んでほしい。

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