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2008年08月26日

『カンブリア紀の怪物たち』 サイモン・コンウェイ・モリス (講談社現代新書)

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 バージェス動物群研究の第一人者、サイモン・コンウェイ・モリスによるカンブリア爆発の一般向け概説書である。モリスはウィッチントンを長とするケンブリッジ大学のバージェス頁岩プロジェクトに参加したのみならず、北極圏にあるシリウス・パチェットには本書執筆時点までに三度訪れている。ハルキゲニアの記載論文を書き、ハルキゲニアと命名したのも彼である。

 本書は1997年3月刊行に講談社現代新書のための書き下ろしとして出版された。翌1998年にオックスフォード大学出版局から"The Crucible of Creation: The Burgess Shale and the Rise of Animals"という本が出ているが、目次を見るとほぼ重なっているから、おそらく本書の英語版にあたるのだろう。

 十年以上前に書かれた本だが、今回、確認のために拾い読みしたところ、面白くて最後まで読んでしまった。素人目にも古くなった部分は目につくが、依然としてカンブリア紀を知るための最良の入門書ではないかと思う。

 19世紀末にバージェス頁岩が発見され、1960年代にハッチントンの再調査プロジェクトによってカンブリア爆発があきらかになる経緯を述べた最初の二章は簡にして要を得ているが、第三章「タイムマシーンに乗って」というカンブリア紀探検記は本書の一番の読みどころである。こんな具合だ。

 アユシュアイアは泥底をのんびりと横切っている。ちょっとみたところ、巨大な毛虫のようだ。上部は大体濃い赤で、下部は少し赤が薄くなっている。しかし胴回りを規則的なリング状にとり囲む小さな突起はあでやかな紫に、中心の点は黄色に彩られている。

 長い蠕虫のような胴は並んだ短い丸い足で海底上で支えられ、足の先には二つのツメが付いている。これらの足は軟らかく乳頭状をしており葉状肢と呼ばれる。ちょうどマーレラの歩脚のように、アユシュアイアが歩く時、それぞれ対になった葉状肢を後ろに押し、前に振り戻すといった運動のうねりが体の前後に伝わる。……中略……

 さらにアユシュアイアが海底を横切って進むのを観察し続けると、大きなカイメンの群に近づき、足に付いているツメを使って難なくカイメンの表面にくいいり、登り始める。アユシュアイアの頭は左右にゆっくり揺れ続け、それからひと休みしてカイメンの表面に向かって上半身を曲げる。トラベラーはすでに気づいているが、アユシュアイアの口は体の前端にあって、前方に向かって並んだ突起がそれをとり囲んでいる。カイメンを食べはじめた。カイメンの表面をしゃぶり、小さな組織片を吸い上げる。一つの場所をひととおり食べ終わると、次の場所に這っていってまた同じことを始める。

 化石には色は残らない。アユシュアイアが赤いというのはモリスの想像である。硬い甲羅もトゲもなく、柔らかな背中を無防備にさらしていることから、アユシュアイアは毒を持っていたのだろうと仮定し、威嚇色としての毒々しい赤にしたのだろう(攻撃と防御に視覚が重要な役割を果たしていたことはアンドルー・パーカー『眼の誕生』を参照)。

 葉状肢でのそのそ歩く様子はユーモラスだが、これも想像である。しかし、このように描写されると、葉状肢が節足動物の脚につながっていくのがすんなり納得できる。

 第四章では新たに発見されたシリウス・パセットと澄江を簡単に紹介し、第五章からはいよいよグールドと対決する。

 グールドの『ワンダフル・ライフ』は衝撃的だった。カンブリア爆発を世に知らせ、アノマロカリスを世界的な人気者にしたのは同書の功績といっていい。

 グールドは動物のバリエーションはカンブリア紀に極大に達したが、多くの門はすぐに絶え、少数の門だけが現在まで子孫を残したとする。しかも、この選別には偶然が大きく働いており、もしテープをカンブリア紀まで巻きもどして進化をやり直したら、別の門が生き残っていたかもしれない。アノマロカリスの末裔が高度な知能を獲得していた可能性もあるというわけである。

 モリスはグールド説を誤りと断じる。カンブリア紀の動物のバリエーションはモリスが考えるほど広くはなく、その後に狭まってもいないというわけだ。

 グールド説を批判するにあたり、モリスはグールド説の前提となっているウィッチントンとケンブリッジ学派の考え方の再検討からはじめる。

 ウィッチントンはモリスのかつてのボスだが、モリスはバージェス頁岩プロジェクトに参加するためにブリストル大学からケンブリッジに移ってきた人なので、外様意識があるのかもしれない。

 バージェス頁岩を再調査するプロジェクトが進められていた当時、ケンブリッジではシドニー・マントンの説にしたがい、節足動物には共通祖先がなく、四つのグループがそれぞれ独立に進化し、収斂進化で間接肢という共通の特徴をもつようになったと考えられていた。四つのグループとは鋏角類(クモ、サソリ)、甲殻類(エビ、カニ)、単肢類(昆虫、ムカデ)、三葉虫類である。

 節足動物が系統の異なる四つの独立した門の寄せあつめなら、バージェス頁岩から見つかった新種の奇妙奇天烈な動物たちを整理することも難しくなる。実際、ウィッチントンが最初に描いた系統図は「系統の芝生」と揶揄されたように、多数の門がただ一列に並んでいるだけで、系統づけは最初から放棄していたに等しい。ウィッチントンの「系統の芝生」を一般向けに簡略化すれば、カンブリア紀になって多数の門が独立に一斉に出現したというグールドの説になる。

 しかし、コンピュータによって多数の特徴を整理して分岐図を描きだす分岐分類学と、現生動物の遺伝子から遺伝的な距離を算出する分子生物学の発展によって、節足動物の分類は大きく改められた。三葉虫は鋏角類の中に包含され、三大グループに編成しなおされ、三大グループ間の系統関係も明らかになってきている。

 最新の説によると、環形動物(ミミズなど)からわかれた節足動物の共通祖先から、まず葉状肢動物(アユシュアイア、ハルキゲニアなど)が分岐し、次に有角類(昆虫など)が分岐した。最後に鋏角類と甲殻類が共通祖先からわかれたと考えられている(鋏角類と甲殻類はスキゾラミア類と総称される)。

 このような系統図を描くと、バージェス動物群はどこかにおさまってしまうのだそうである。現在進行中の研究なのでどうなるかわからないが、『ワンダフル・ライフ』の仮説がもはや維持できないのは確かだ。平行宇宙のどこかにアノマロカリス人間がいたら面白いと思っていたのだが、その可能性はなさそうだ。

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