« 2008年06月 | メイン | 2008年09月 »

2008年08月31日

『ミトコンドリアが進化を決めた』 ニック・レーン (みすず書房)

ミトコンドリアが進化を決めた →bookwebで購入

 『生と死の自然史』の続篇である。進化史と人間の健康の両方をおさえているのは前著と同じだが、両方の鍵となるミトコンドリアに話を絞っているのでまとまりがいい。また書き方が弁証法的というか、ドラマチックであり、劇作家はだしである。

 著者のニック・レーンは移植臓器を長持させる研究からミトコンドリアの研究にはいったという。悠久たる進化の話をしていても人間の健康という視点があるのは臨床に密着したテーマからはじめた人だからなのだろう。

 ミトコンドリアが酸素呼吸の要であることはご存知と思うが、細胞によってミトコンドリアの量が違う。脳や肝臓、腎臓、筋肉など代謝の活発な細胞の細胞質の40%はミトコンドリアだという。成人の場合ミトコンドリアは1兆の1万倍個あり、体重の実に10%を占める。そのミトコンドリアが本書のテーマである。

 前著では先カンブリア代の細菌の進化が語られたが、本書では生命の起源にさかのぼり、酸素を使わない代謝機構からはじめている。プロトン・ポンプという言い方をしているが、生命活動は電子のやりとりにまで還元できるらしい。生命の起源はプロトン・ポンプをどう駆動するかという問題になるようだ。

 光合成と酸素呼吸もプロトン・ポンプという視点から統一的にとらえられている。最初の生命は極限状況に棲む古細菌のようなものだったらしいが、このレベルの進化は一言でいえばプロトン・ポンプの試行錯誤ということになる。

 リン・マーギュリスは真核生物は古細菌と酸素呼吸細菌の合体で誕生し、ミトコンドリアは酸素呼吸細菌の名残だという説を提唱したが(『共生生命体の30億年』参照)、具体的に何と何が合体したのかは議論があった。

 当初はミトコンドリアをもたない生物――微胞子虫類、古アメーバ類、メタモナス類、パラベイサル類など、病原性をもった困った連中――が候補だったが、そうした生物は最初はミトコンドリアをもっており、後で失ったことが判明して候補から消えた。最終的に酸素呼吸細菌と合体したのはメタン生成菌だということがわかっている。酸素呼吸細菌の正体はリケッチアらしい。

 ここの議論は専門的だが本書の白眉である。というのも、合体が古細菌主導でおこなわれたのか、酸素呼吸細菌主導でおこなわれたのかにかかわるからだ。もし古細菌主導ということになれば、古細菌が酸素呼吸細菌を食べたことになるが、酸素呼吸細菌主導ということになれば、酸素呼吸細菌が古細菌に寄生したことになる。

 著者はアポトーシス(細胞自殺)を手がかりに、まず寄生説よりに議論を進める。アポトーシスはミトコンドリアによって発動されるが、これは細胞にはいりこんだ細菌が宿主の細胞を破壊し、巣立っていくのに似ていないだろうか。そうだとしたら、真核生物はミトコンドリアにあやつられていることになる。

 ぎょっとする仮説だが、ここで著者は弁証法的な変わり身を見せる。アポトーシスはミトコンドリアが起こしているのではなく、ミトコンドリアの破壊によって漏れだした活性酸素がシグナルとなって起こるというのだ。寄生説で決まりと思わせておいて相互補完説へ反転するあたり、プロの劇作家なみの手際である。

 真核生物の一部となったミトコンドリアは800以上の独自遺伝子を核に移されたが、自己修復関係の13の遺伝子は依然としてミトコンドリア内にとどまっているという。ミトコンドリアは原子力発電所のようなものなので、もし事故が起きたら核まで設計図をとりにいっている暇がないからだ。

 自己修復できればいいが、できなかった場合は活性酸素がミトコンドリア外に漏出し細胞を内側から破壊する。こうなるともはやアポトーシスで自爆するしかない。抗酸化サプリに寿命を伸ばす効果がないのはアポトーシスの引金になる活性酸素を隠してしまうかららしい。

 日本の田中雅嗣氏の寿命を延ばすミトコンドリア遺伝子の研究が紹介されているが、この遺伝子をもっていると活性酸素の発生量がわずかにすくないそうである。百歳以上の長寿者にはこの遺伝子の持主が通常の五倍もいるが、活性酸素発生量のわずかな違いが蓄積されることで大きな違いを生むのだろう。

 鳥や運動選手が長命なのはミトコンドリアが多く、一つ一つのミトコンドリアにかかる負荷が小さいからだという。負荷が小さければ、事故が起こる確率は低くなる。

 また、唯一実証されている長命法である絶食は燃料を減らすことで原発の運転に余裕を生む。ミトコンドリアの事故を防ぐことが長寿と健康の鍵のようである。

 ミトコンドリアだけでここまでわかるのかと驚くとともに、気分が高揚してくる。40億年の生命のドラマはわれわれの細胞一つ一つに宿っているのである。

→bookwebで購入

『生と死の自然史』 ニック・レーン (東海大学出版会)

生と死の自然史 →bookwebで購入

 『恐竜はなぜ鳥に進化したのか』に『酸素』という題名でたびたび言及されていた本である。原題は "Oxygen" だが、すでに邦訳が出ていたのだから邦題を示すべきだったろう。

 著者のニック・レーンはミトコンドリア研究の第一人者だそうだが、恐るべき博覧強記ぶりを発揮しており、しかもわかりやすい。読み進むうちに頭がよくなっていくような錯覚におちいる。

 どれくらい博覧強記かというと、普通、酸素の発見者としてはプリーストリーとラボアジェをあげ、気のきいた本だとシェーレをつけくわえるが、ニック・レーンはさらにセンディオギウスという錬金術師にまでさかのぼるのである。センディオギウスはラボアジェより170年も早く、硝酸カリウムを加熱して発生する気体が燃焼を促進し生物を元気にすることを発見していた(錬金術の世界ではこの発見はかなり知られていたらしい)。

 本書は酸素という視点から進化を検討し直した前半と、人間の生命現象を見直した後半にわかれる。500ページもある本なので二冊にわけるという手もあったろうが、一冊にまとめたことでわれわれの日々の営みがそのまま40億年前の先カンブリア代につながっているというビジョンが見えてくる。

 進化をあつかった前半では先カンブリア代の細菌の進化史を酸素の脅威という視点から再構成している。酸素は大きなエネルギーをもたらす反面、DNAを含む有機物を酸化し、ばらばらにしてしまう危険きわまりない元素である。最初期の生命は酸素のない環境で進化したので、酸素は猛毒だった。その酸素をいかに封じこめるかが細菌の進化の課題だった。

 酸素呼吸細菌がミトコンドリアとして細胞内に共生するようになったのも酸素対策が主因だったらしい。通説では酸素のエネルギーを利用するために酸素呼吸細菌をとりこんだということになっているが、酸素を利用するメカニズムは共通祖先ももっており、わざわざとりこむ理由にはならない。著者によれば酸素呼吸細菌はむしろ抗酸化作用のためにとりこまれたという。逆転の発想である。

 カンブリア爆発については Hox遺伝子のスイッチの入れ方で統一的に理解できるという説を引き、すべての動物の共通祖先が先カンブリア代に Hox遺伝子を進化させていた可能性に触れている。

 石炭紀からペルム紀についてのトンボの巨大化等についても代謝という観点からメカニズムを説明している。『恐竜はなぜ鳥に進化したのか』のやや強引ともいえる主張は本書を踏まえていたのである。

 さて、後半ではわれわれの健康・長寿という身近な話になるが、主役がミトコンドリアで一貫しているので異和感はない。

 驚いたのはサプリメントで抗酸化物質を摂取しても効果がないと断定していることだ。CoQ10やアルファリポ酸、ビタミンCがアンチエイジングの切札のようにもてはやされているが、寿命を延ばす効果を実証した研究は一つもないといわれている。その理由が明らかにされているのだ。

 抗酸化物質は活性酸素を取りのぞいてくれる。一見するとそれはよいことのように思えるが、活性酸素はミトコンドリアの修復機能を発動するスイッチの役目もはたしている。ミトコンドリアは火力発電所のようなもので、ちょっと運転を間違えると活性酸素を発生させ、みずから傷ついてしまう。だから、細胞は活性酸素を検知するとミトコンドリアの修復機能を発動させる。抗酸化物質をとりこむと、活性酸素の検知が遅れ、修復機能がうまく発動されなくなってしまうというわけだ。

 百害あって一利もないとはサプリメント大好き人間としては焦る結論だが、ミトコンドリア研究の第一人者の発言なので無視するわけにはいかない。抗酸化サプリを常用している人は本書を読んでおいた方がいい。

→bookwebで購入

『恐竜はなぜ鳥に進化したのか』 ピーター D.ウォード (文藝春秋)

恐竜はなぜ鳥に進化したのか →bookwebで購入

 空を飛ぶのは酸素を大量に消費する激しい運動だが、鳥は空気の薄い高空でも難なくやってのける。そんなことが可能なのは、鳥には気嚢システムというきわめて効率のいい呼吸器官があるからだ。

 鳥だけでなく、鳥の先祖にあたる恐龍も気嚢システムをもっていたことが、骨の特徴から確実視されている。そして、そのことが恐龍に繁栄をもたらしたらしい。

 古生代後半、地上を支配していたのは哺乳類型爬虫類と呼ばれる、恐龍とは別系統の爬虫類だった。哺乳類型爬虫類は子孫の哺乳類に受けつがれる優れた歯をもっていたので、恐龍の先祖を圧倒して繁栄を誇っていた(恐龍は貧弱な歯しかもっていないので、鳥と同じように石を呑みこんで胃の中で食物をすりつぶした)。

 ところが古生代と中生代を区切るペルム紀末の大絶滅で哺乳類型爬虫類は小型の種を除いて壊滅し、代わって恐龍が君臨した。中生代は恐龍の時代である。

 ペルム紀末の大絶滅の原因については隕石衝突説など諸説があったが、酸素濃度低下説が最近有力になっている。

 ペルム紀は酸素濃度が30%もあったが、末期には地球史上最低の12%にまで低下したらしい。哺乳類型爬虫類が大型化したのが高い酸素濃度のおかげだとしたら、酸素の激減は致命的である。小型の種しか生き残れなかったとしても不思議はない。

 一方、恐龍は気嚢システムをそなえていたので、低酸素状態でも素早く動くことができた。

 この説をはじめて知ったのはNHKが2004年に放映した「地球大進化」シリーズの第四集でだった。「地球大進化」はNHKの科学番組の中でもとりわけ面白かったが、中でも第四集と地球全球凍結仮説を紹介した第二集は群を抜いていた。

 酸素と進化の関係をもっと知りたいと思っていたところ、本書が翻訳された。邦題は「恐竜はなぜ鳥に進化したのか」だが、恐龍だけでなく、カンブリア爆発から新生代の哺乳類の台頭までを酸素濃度の変化で統一的に解こうとした野心的な試みである。

 本書はまず酸素の重要性と、地上の酸素濃度と二酸化炭素濃度が時代によって大きく上下したことを説明し、酸素濃度と二酸化炭素濃度の時間的推移を推定したバーナー曲線というグラフを提示する。以降、各章の扉にはバーナー曲線が掲げられ、曲線のどの部分をあつかっているかが図示されている。

 バーナー曲線によると、カンブリア爆発のあった古生代のはじまりの時期は酸素濃度が低下したらしい。著者はカンブリア爆発で進化の実験室といっていいような多種多様な構造(体制)の生物があらわれたのは酸素不足に対応するためだったとする。たとえば、節足動物でいえば、体節を増やすという単純な操作によって鰓の数を増やし、とりこめる酸素の量を増やしたというように。

 ここで著者は一つの仮説を立てる。低酸素期には体制の変化というような大進化が起こり、高酸素期には種の多様化という小進化が起こるのではないか、というのである。高酸素期には個体数が増えやすいから、種の多様化が起こりやすいのは確かだろう。

 古生代はオルドビス紀末に酸素濃度が低下し、大絶滅が起こった後、酸素濃度はどんどん上昇し、ペルム紀には30%という史上最高の濃度に達する。酸素が増えるとともに生物はどんどん巨大化していき、さしわたし2mもある巨大なトンボまで出現する。生物の地上進出を可能にしたのも高い酸素分圧だという。

 さて、いよいよペルム紀末の大絶滅である。「地球大進化」は大陸が一つにまとまった結果、マントル対流に異変が起き、ホットプリュームという高温の塊が上昇してきて、シベリアで何万年もつづく大噴火が起こったという説をとっていたが、本書の著者も慎重な留保をつけながらも、酸欠の原因をシベリアの大噴火にもとめている(ただし、ホットプリューム説はとっていない)。

 「地球大進化」はすべての恐龍が最初から気嚢システムをもっていたような描き方だったが(TVなので話を単純にした可能性もある)、著者は気嚢システムをもったのは鳥につながる竜盤類だけで、しかも鳥盤類がわかれた後に獲得したとしている。

 では、大絶滅期に恐龍の祖先はどのように酸欠に対処したのか? 著者は二足歩行が酸欠への適応だという。

 爬虫類は歩く際、体を左右にくねらせるので呼吸がしにくくなる。恐龍と祖先を共通にするワニは脚を腕立て伏せの形にすることで肺の変形をすくなくしたが、恐龍は脚を胴体から垂直におろし、さらに二足歩行に移行することによって、走っても胸郭が変形しないようにした。トリケラトプスやステゴサウルスのような鳥盤類の巨大恐龍は四足で体を支えているが、もともとは二足歩行の恐龍から進化したということである。

 壮大な進化史を展開する野心的な本であるが、十分材料が集まっていないらしく、理屈で押していく演繹的な書き方になっている面は否めない。本書を強引に感じた人はニック・レーンの本『生と死の自然史』や『ミトコンドリアが進化を決めた』の併読をお勧めする。

→bookwebで購入

2008年08月26日

『クマムシ?!』 鈴木忠 (岩波科学ライブラリー)、『クマムシを飼うには』 鈴木忠&森山和道 (地人書館)

クマムシ?!
→bookwebで購入
クマムシを飼うには
→bookwebで購入

 『クマムシ?!』は出た時から読むつもりだったが、雑事にとりまぎれて放っておいた。目次にアノマロカリスの名前が出ていたのを思い出して、この機会に読んでみた。

 クマムシは1mmにも満たない小さな原生動物で、最大2mもあるアノマロカリスとは縁遠いように思えるが、クマムシ=緩歩動物を有爪動物などとともに汎節足動物という大分類にまとめる説があり、アノマロカリスも仲間になる可能性があるらしい。

 節足動物はミミズのような環形動物から進化したと考えられているが、環形動物から節足動物にいたる過程で試行錯誤した名残が汎節足動物ということになるだろう。ちなみに、アノマロカリスとの関係が有力視されているハルキゲニアは有爪動物で確定のようだ。

 近いといっても、門のレベルの近さであるから、人間と魚よりも離れているわけだが、分類学上、謎とされてきた生物のつながりがうっすらとでも見えてきたという状況はわくわくする。

 さて、クマムシである。クマムシは近縁の生物が現存しないので、単独で緩歩動物門 tardigrada という独立の門に分類されているが、tardigradaとはのろまという意味のラテン語で、このサイズの動物としては動きが非常にゆっくりしているのだそうである。こちらの映像を見るとちょこまか動いているように見えるが、似たような大きさのワムシや線虫と較べるとのろいというわけだ。

 『クマムシ?!』の著者の鈴木忠氏は大学キャンパスで採取した苔をシャーレで水に浸し、中に棲んでいる動物を調べたところ、二種類のクマムシを発見した。二ヶ月後、シャーレを見てみると、クマムシがまだ生きていたので、飼うことにしたという。

 放置しているだけでは飼っている実感がないので(!)餌をやることにしたが、文献に線虫を食べるとあったので線虫をあたえたが、クマムシは逃げまわり、食べるどころではない。結局、ワムシがいいとわかり、ワムシの飼育からはじめる。このなし崩しの展開はクマムシ的である。適度に湿った環境を維持するために、シャーレに寒天をコーティングする工夫をするなど、実に楽しそうである。

 ワムシをあたえるとクマムシはぱくぱく食べて、どんどん成長する。ある程度まで成長すると脱皮をする。4回目以降は脱皮と同時に産卵する。産卵といっても、体外に卵を産むのではない。脱皮した抜殻の中に卵を残してくるのだ。抜殻を卵の保護に利用するとはうまいやり方だ。

 クマムシといえば乾眠だが、乾眠するのは陸上種だけで、海に棲むクマムシのはその能力がない。陸上といっても、苔などにへばりつているのだが、ちょっとしたことで干からびてしまう。クマムシはゆっくり干からびると、樽のように体を丸めて乾眠状態に入る。乾眠状態になると、他の生物が耐えられないような放射線や高音、低温にも耐えられるようになる。クマムシ不死身伝説である。

 伝説の多くは本当だが、乾燥が急速に進むと乾眠に入れずに死んでしまう。  乾眠状態なら二百年大丈夫という説もあったが、実際は最長で九年だそうである。二百年説は、ある研究者が二百年前に採取された苔の標本を水につけたところ、クマムシがふやける際、生きているかのように動いたと書き残したところから生まれたようだ。水でふやけただけで、生き返って動きだしたわけではなかったのだ。

 本書には多数の図版がおさめられているが、クマムシの研究者でも見たことのない、知る人ぞ知る貴重なものだという。それがわかったのは『クマムシを飼うには』を読んだからだ。

 『クマムシを飼うには』はサイエンスライターの森山和道氏による鈴木氏のロング・インタビューで、もとは有料のメールマガジンに掲載されたものである。長さの制約がないので未編集で載せているということだが、どこに話が転がっていくかわからないスリルがある。

 題名は「飼うには」となっているが、飼い方のハウツーが書いてあるわけではない(飼い方は『クマムシ?!』の方に詳しい)。前半は『クマムシ?!』で語り残したクマムシ関連の話題だが、後半、鈴木氏の研究歴やデンマーク留学の話に広がっていく。科研費のおりにくい不要不急の研究をやっているだけに、切実な話もまじる。同じ不要不急の分野でも、天文学は業界をあげてPRしているのでお金が出るなどというやっかみめいた感想も出てくる。

 著者はデンマークではラインハルト・クリステンセンのもとでクマムシを研究したということだが、図書館と博物館が日本では考えられないくらい充実している。『クマムシ?!』にはいっている貴重な図版も司書に頼んだだけで出てきたそうだ。そんな司書は日本にはなかなかいないし、第一、資料そのものが残っていないだろう。

 日本でも資料を集めていないわけではない。しかし、いくら集めても、保存する文化がないので、教授が代替わりすると廃棄されるのが普通だそうである(ありそうな話だ)。

 デンマークでも最近は基礎研究の予算が削られているそうだが、50年ぶりにビーグル号のように世界を一周する調査船を送りだしたというから、較べるのも恥ずかしくなる。科学研究の伝統の差だが、その背景には科学を支える市民社会の差があるだろう。Scientific Americanの日本版が「サイエンス」として出ているが、発行部数に十倍の差があるそうである。人口比から考えると、日本版は今の三倍売れていてもおかしくないが、それだけ科学に対する興味を大人が失っているわけだ。子供の理系離れが危機感をもって受けとめられているが、子供の前にまず大人が科学に対する関心を失っているのである。

 はじまりはクマムシだったが、考えさせられるところの多い対談であった。『クマムシ?!』ともどもお勧めである。

→ 『クマムシ?!』を購入

→ 『クマムシを飼うには』を購入

『カンブリア紀の怪物たち』 サイモン・コンウェイ・モリス (講談社現代新書)

カンブリア紀の怪物たち →bookwebで購入

 バージェス動物群研究の第一人者、サイモン・コンウェイ・モリスによるカンブリア爆発の一般向け概説書である。モリスはウィッチントンを長とするケンブリッジ大学のバージェス頁岩プロジェクトに参加したのみならず、北極圏にあるシリウス・パチェットには本書執筆時点までに三度訪れている。ハルキゲニアの記載論文を書き、ハルキゲニアと命名したのも彼である。

 本書は1997年3月刊行に講談社現代新書のための書き下ろしとして出版された。翌1998年にオックスフォード大学出版局から"The Crucible of Creation: The Burgess Shale and the Rise of Animals"という本が出ているが、目次を見るとほぼ重なっているから、おそらく本書の英語版にあたるのだろう。

 十年以上前に書かれた本だが、今回、確認のために拾い読みしたところ、面白くて最後まで読んでしまった。素人目にも古くなった部分は目につくが、依然としてカンブリア紀を知るための最良の入門書ではないかと思う。

 19世紀末にバージェス頁岩が発見され、1960年代にハッチントンの再調査プロジェクトによってカンブリア爆発があきらかになる経緯を述べた最初の二章は簡にして要を得ているが、第三章「タイムマシーンに乗って」というカンブリア紀探検記は本書の一番の読みどころである。こんな具合だ。

 アユシュアイアは泥底をのんびりと横切っている。ちょっとみたところ、巨大な毛虫のようだ。上部は大体濃い赤で、下部は少し赤が薄くなっている。しかし胴回りを規則的なリング状にとり囲む小さな突起はあでやかな紫に、中心の点は黄色に彩られている。

 長い蠕虫のような胴は並んだ短い丸い足で海底上で支えられ、足の先には二つのツメが付いている。これらの足は軟らかく乳頭状をしており葉状肢と呼ばれる。ちょうどマーレラの歩脚のように、アユシュアイアが歩く時、それぞれ対になった葉状肢を後ろに押し、前に振り戻すといった運動のうねりが体の前後に伝わる。……中略……

 さらにアユシュアイアが海底を横切って進むのを観察し続けると、大きなカイメンの群に近づき、足に付いているツメを使って難なくカイメンの表面にくいいり、登り始める。アユシュアイアの頭は左右にゆっくり揺れ続け、それからひと休みしてカイメンの表面に向かって上半身を曲げる。トラベラーはすでに気づいているが、アユシュアイアの口は体の前端にあって、前方に向かって並んだ突起がそれをとり囲んでいる。カイメンを食べはじめた。カイメンの表面をしゃぶり、小さな組織片を吸い上げる。一つの場所をひととおり食べ終わると、次の場所に這っていってまた同じことを始める。

 化石には色は残らない。アユシュアイアが赤いというのはモリスの想像である。硬い甲羅もトゲもなく、柔らかな背中を無防備にさらしていることから、アユシュアイアは毒を持っていたのだろうと仮定し、威嚇色としての毒々しい赤にしたのだろう(攻撃と防御に視覚が重要な役割を果たしていたことはアンドルー・パーカー『眼の誕生』を参照)。

 葉状肢でのそのそ歩く様子はユーモラスだが、これも想像である。しかし、このように描写されると、葉状肢が節足動物の脚につながっていくのがすんなり納得できる。

 第四章では新たに発見されたシリウス・パセットと澄江を簡単に紹介し、第五章からはいよいよグールドと対決する。

 グールドの『ワンダフル・ライフ』は衝撃的だった。カンブリア爆発を世に知らせ、アノマロカリスを世界的な人気者にしたのは同書の功績といっていい。

 グールドは動物のバリエーションはカンブリア紀に極大に達したが、多くの門はすぐに絶え、少数の門だけが現在まで子孫を残したとする。しかも、この選別には偶然が大きく働いており、もしテープをカンブリア紀まで巻きもどして進化をやり直したら、別の門が生き残っていたかもしれない。アノマロカリスの末裔が高度な知能を獲得していた可能性もあるというわけである。

 モリスはグールド説を誤りと断じる。カンブリア紀の動物のバリエーションはモリスが考えるほど広くはなく、その後に狭まってもいないというわけだ。

 グールド説を批判するにあたり、モリスはグールド説の前提となっているウィッチントンとケンブリッジ学派の考え方の再検討からはじめる。

 ウィッチントンはモリスのかつてのボスだが、モリスはバージェス頁岩プロジェクトに参加するためにブリストル大学からケンブリッジに移ってきた人なので、外様意識があるのかもしれない。

 バージェス頁岩を再調査するプロジェクトが進められていた当時、ケンブリッジではシドニー・マントンの説にしたがい、節足動物には共通祖先がなく、四つのグループがそれぞれ独立に進化し、収斂進化で間接肢という共通の特徴をもつようになったと考えられていた。四つのグループとは鋏角類(クモ、サソリ)、甲殻類(エビ、カニ)、単肢類(昆虫、ムカデ)、三葉虫類である。

 節足動物が系統の異なる四つの独立した門の寄せあつめなら、バージェス頁岩から見つかった新種の奇妙奇天烈な動物たちを整理することも難しくなる。実際、ウィッチントンが最初に描いた系統図は「系統の芝生」と揶揄されたように、多数の門がただ一列に並んでいるだけで、系統づけは最初から放棄していたに等しい。ウィッチントンの「系統の芝生」を一般向けに簡略化すれば、カンブリア紀になって多数の門が独立に一斉に出現したというグールドの説になる。

 しかし、コンピュータによって多数の特徴を整理して分岐図を描きだす分岐分類学と、現生動物の遺伝子から遺伝的な距離を算出する分子生物学の発展によって、節足動物の分類は大きく改められた。三葉虫は鋏角類の中に包含され、三大グループに編成しなおされ、三大グループ間の系統関係も明らかになってきている。

 最新の説によると、環形動物(ミミズなど)からわかれた節足動物の共通祖先から、まず葉状肢動物(アユシュアイア、ハルキゲニアなど)が分岐し、次に有角類(昆虫など)が分岐した。最後に鋏角類と甲殻類が共通祖先からわかれたと考えられている(鋏角類と甲殻類はスキゾラミア類と総称される)。

 このような系統図を描くと、バージェス動物群はどこかにおさまってしまうのだそうである。現在進行中の研究なのでどうなるかわからないが、『ワンダフル・ライフ』の仮説がもはや維持できないのは確かだ。平行宇宙のどこかにアノマロカリス人間がいたら面白いと思っていたのだが、その可能性はなさそうだ。

→bookwebで購入

『カンブリア爆発の謎』 宇佐見義之 (技術評論社)

カンブリア爆発の謎 →bookwebで購入

 カンブリア紀は長らく三葉虫の時代と考えられていたが、通常化石にならない軟組織をもった生物が化石になったバージェス頁岩の発見で、多種多様な生物が一挙に出現し、進化の実験室の様相を呈していたことが明らかになった。これをカンブリア爆発という。

 その後、バージェス頁岩と同じような軟組織の化石が世界各地で見つかるようになった。グリーンランドのシリウス・パセットと中国雲南省の澄江ではまとまって出土したが、中でも澄江の化石は量とカバーする年代の長さでバージェス頁岩をはるかに凌駕した。本書は澄江を中心に、カンブリア爆発の最新の研究成果を紹介した本である。

 著者の宇佐見義之氏はもともとは古生物畑ではなく、コンピュータ・シミュレーションを研究していたが、アノマロカリスの遊泳をシミュレートしたのを機にカンブリア爆発を研究するようになったという。コンピュータで復元したアノマロカリスの泳ぐ姿は著者が開いている「インターネット自然史博物館」で見ることができる。

 澄江の化石はバージェスよりも1500~2000万年古く、カンブリア紀の地理では古太平洋パンサラッサをはさんで5000キロ以上隔たっていた。5000キロといえば、東京からハワイの手前あたりだし、1500~2000万年前といえば人間とオランウータンが共通祖先からわかれた頃にあたる。地理的にも時代的にもそんなに離れているのに、生物には共通するものが多いというのは興味深い。バージェス動物群は特殊な生物ではなく、カンブリア紀にごく普通に見られる生物だったということだろう。

 本書は澄江で発見された奇妙な生物を復元図つきで紹介している。アノマロカリスだけでも五種類いて、ながめているだけでも楽しい。ただし、化石の図版は多くない(化石を見たい人には『澄江生物群化石図譜』という本が出ている)。

 アノマロカリスは脚がなく、脇腹の鰭をひらひらさせて泳いでいたと考えられてきたが、澄江では脚をもったアノマロカリスが発見された。アノマロカリス・サーロンとパラベイトイア・ユンナネンシスである。

 ここで注目したいのは、最後の章で披露されるアノマロカリスの遊泳法のシミュレーション結果で、ヒレの長さが7cmを越えると遊泳能力が突然向上するというのだ。それが正しいなら、初期のアノマロカリスは海底を歩いたり泳いだりしていたが、だんだん巨大化してヒレの長さが7cmを越えたところで泳ぎ中心になり、脚が退化していったということになるだろうか。

 しかし、澄江最大の発見はミロクンミンギアという魚が発見されたことだろう。魚の誕生はオルドビス紀とされていたが、それが一気に5000万年も遡ったのである。グールドは『ワンダフル・ライフ』で、バージェスで発見されたピカイアという原始的な脊索動物をわれわれの先祖と紹介したが、直系の先祖である原始的な魚類が確認された以上、ピカイアは傍流にすぎなかったことになる。

 グールドはバージェス動物群を現存の動物の分類体系には含まれないまったく新しい門に属し、子孫を残すことなく滅んだと主張して衝撃をあたえたが、その後、サイモン・コンウェイ・モリスの『カンブリア紀の怪物たち』などで反論が出された。シリウス・パセットや澄江で新たに見つかった化石の研究によって、バージェスの奇妙奇天烈な動物群は節足動物の近縁にあたるという見方が有力になっているようだ。本書もその見方をとっていて、脚を中心に節足動物との関係を論じているが、この部分は記述が錯綜している。現在進行中の分野だけに、まだ結論を出せる段階ではないのかもしれないが。

 最後になったが、「インターネット自然史博物館」では本書の正誤表が公開されていることを申しそえておく。

→bookwebで購入